映画レビュー1316 『AIR/エア』
「BLUE GIANT」を観に行ったときに流れた予告編を観て、「ああこれもう絶対面白いやつじゃん」と期待していたこちらの映画。どこかのタイミングで観に行こう…と思ってたら早々にアマプラに来たのでウヒョウヒョ言いながら観ました。
AIR/エア
アレックス・コンヴェリー
マット・デイモン
ジェイソン・ベイトマン
ベン・アフレック
クリス・メッシーナ
クリス・タッカー
ヴィオラ・デイヴィス
マーロン・ウェイアンズ
2023年4月5日 アメリカ
112分
アメリカ
Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)
予想通りに良い。王道のサクセスストーリー。
- エア・ジョーダンの生みの親たちを描いたサクセスストーリー
- ただの「大ヒット商品開発」にとどまらない影響力が伺い知れる歴史の1ページ
- ストーリーはシンプルでわかりやすく、勘所を押さえたさすがの作り
- マット・デイモンもさすがだね
あらすじ
マット・デイモンとベン・アフレックの親友コンビが出演し、そして「基本的に外さない」実際にあったサクセスストーリーモノということで「これは絶対面白いやつでしょ」と安心して観たんですが予想通りに良く、誰にでもオススメできる、ド安定の一本でした。
舞台は1984年。もはや説明不要のあの「ナイキ」ですが、当時は今ほどの超巨大企業ではないものの、すでにこの当時もランニングシューズでは覇権を取っているらしくそれなりの規模の企業ではある模様。上場もしています。
しかしバスケットシューズ部門は業績不振に陥っており、予算も控えめで競合他社に勝つのは難しい状況です。
ちなみに当時の競合他社はアディダスとコンバース。バスケットシューズにおいてはその次に来る三番手というのがナイキの立ち位置になります。
当時バスケットシューズ部門で働いていたソニー・ヴァッカロ(マット・デイモン)は、「その年のドラフトでどの選手にナイキのシューズを履いてもらうよう営業をかけるべきか」を相談する社内の会議でも同僚たちと意見が合わず、かと言ってどうすれば良いのかの妙案も無く、低迷する部門をどうやって立ち直らせるべきか思案中。
彼はドラフトで全体3番目に指名されたマイケル・ジョーダンと交渉したいと考えますが、しかしナイキの予算からしてマイケル・ジョーダンに注ぎ込むほどの余裕はなく、おまけにマイケル・ジョーダン本人が「ナイキだけは履きたくない」と公言してはばからないという完全に逆風が吹いております。
しかし諦めきれないソニーは、周りを巻き込みつつ強引な手で彼との交渉権を得ようと奔走するわけですが…あとはご覧ください。
契約できるか否かが問題ではない
エア・ジョーダンって今の人たちにとってもご存知感強いんでしょうか。
若い人たちの感覚がまったくわからないおっさんなのでピンと来ませんが、僕はもうモロにスラムダンク世代なので、まーエア・ジョーダンの流行りっぷりったらすごかったですよ。
僕自身は野球をやっていてバスケとは縁遠い人生だったので買ったこともないしそもそも買いたくても買えないものだったので選択肢に上がりませんでしたが、それでも…つまりバスケど真ん中にいた人間ではなくても「エア・ジョーダン」「エア・マックス(キッズの自分には違いがわからなかったのでほぼ同一視していた)」と言えば憧れのスニーカー、とアイコン的に認識していたぐらいに“強い”ブランド力を持ったシューズでした。
そのエア・ジョーダンの誕生秘話。たまたま運良く公開記念でマット・デイモン演じるソニー・ヴァッカロご本人にインタビューした記事を発見したので読みましたが、内容的にはよくあるパターンで「細部の脚色はあれど全体的にはほぼ真実を描いている」そうです。
となると同じベンアフ監督作の「アルゴ」よりも事実に近い印象ですが、どちらも良作であることは間違いがなく、やっぱりベンアフは俳優業より監督業の方が評価が高い気がしてなりません。まあ今回のフィル・ナイト(ナイキの社長)役も良かったけどね。
後世、つまり今の視点から見れば、いくら泡沫候補扱いされて大変だろうが結果的に契約したことは知っているし、無謀な賭けに見えようが死ぬほど売れて成功したことも知っているので、「答えがわかっている話」を追っていくだけではあるものの、それでもやっぱりスリリングに上手く行くのか緊張感を持って観られるようになっているのは映画のレベルの高さ故、でしょうか。
当然ですが途中途中で色々とトラブルもあれば「ダメかも」と思わされるエピソードもあり、結果を知っているのにここまで惹きつけられるのは素直にすごいなと思います。僕が自分から騙されようとする善人なだけかもしれませんが。
しかしね、これはわかりきっているとは言え強調しておきたいことなんですが、いくら今結果がわかってて「無理筋でも売れるんだから無理やり契約しちゃえばいいじゃん」と言ったところで、当時のソニーやフィル・ナイト、そしてジェイソン・ベイトマン演じるマーケティング責任者のロブ・ストラッサーたちからすれば、「マイケル・ジョーダンが2023年の人間誰もが知っているぐらいに成功する」なんてことはわからないわけですよ。
もう至極当然な話ですが、でもその大前提を忘れてもらっちゃ困るぜ、と。
当時ですらドラフト全体3番目の指名、つまりその前に指名された人間が2人いるんですよ。
もちろん指名する側のチーム事情(当時のレギュラーとポジションがかぶるとか)もあるので一概に「早く指名された方がいい選手」と言えるわけではないですが、それでもトップではないわけです。
もっと言えばこの年に限らず、それ以前に「上位指名されたけど鳴かず飛ばず」みたいな選手もいっぱいいたはずです。
日本でドラフトと言えば野球ですが、1位指名で活躍できずに引退した選手なんて山ほどいますからね。
なのでこの時点で「マイケル・ジョーダンが後世知られているマイケル・ジョーダンのようになる」保証なんてどこにもないし、まずその人に“オールイン(全賭け)”することのリスクはかなりのものですよ。
おまけに劇中でも言われていたように怪我のリスクだってあります。1年目に激しい接触で怪我して引退、なんて可能性だって当然ある。もしかしたらナイキ側が調べきれなかったプライベートの問題で選手生命に影響が出たりとかの可能性だってあり得るでしょう。
それでも押して押して彼を選び、そして彼が実際に(期待以上に)名選手となった、その事実こそが尊いし、大きな感動を呼ぶ源泉なんだろうと思うんですよね。
つまり「様々な障害を乗り越えて契約した事実(のみ)」がすごいわけではなくて、それだけの障害を乗り越えて契約しようと信じた選手が、その情熱に見合った人生を過ごしてきた事実が熱いんだと思うんです。それがすごいな、と。
なので「契約できることを知っているのに契約できるか否かを延々描かれても」みたいな批判は的外れで、その中にあるビジネスを超えた、人間の根源的な情熱がこの映画の面白さなんだろうと思いました。そしてそれを描いた制作陣の力量のすごさ、ですよ。
ちなみに脚本家の方はなんとまだ20代だそうです。すごい。
観ていてちょっと勘違いしそうだなと思ったのは、「自分が信じたとき、勝負のときにはルールを破るべき」みたいな教訓に感じられるエピソードに見えるんですが、そうではなくて「ルールの外にある、自分の情熱と信念で目標に向かうこと」、裏を返せば「ルールを破るぐらい強い信念を持って勝負に出られるものに出会えるか」を描いた映画ではないかと思います。
つまりはこれも(未見ですが)「15時17分、パリ行き」と同じく、「人生における真実の瞬間」を描いた映画なのではないかなと。
そこを勘違いして、上っ面で崩壊スターレイルの主人公みたいに「ルールは破るためにある」って厨二病全開に考えちゃうと道を誤る危険性があると思うので、ある意味では危険な映画でもあります。ただ崩壊スターレイルは面白いです。
どうしても今の日本と比べてしまう
その他にも「エア・ジョーダン」だけにとどまらない、今に続くスポーツビジネスのその後の影響についても知ることができたり、そもそも関わった人たちのエピソードが強すぎたりしてやっぱりすごく良くできた映画だなと改めて思います。
マット・デイモンの役柄、そして同じ“王道の良さ”という意味で「フォードvsフェラーリ」に非常に近いものを感じました。同じぐらいの熱さも。
ちなみに最後に余談ですが、ご存じの方も多いとは思いますがナイキの起業は日本の企業「オニツカタイガー」、今のアシックスの代理店から始まっています。
その品質の高さとコストの安さ…今で言う“コスパ”の良さに衝撃を受けたフィル・ナイトがその輸入販売を始めたところをスタートとした企業です。
そのことを思うと、やっぱりどうしても昔の日本と今の日本では企業も人もポテンシャルがまるで違うと思わざるを得ないし、どうしてここまで差がついてしまったのかとうら寂しい気持ちにもなります。
劇中「昔のナイキを思い出した」というセリフが出てきて、すごくいいセリフだなぁと思ったんですが、ああいう黎明期の勢いのある感覚、今の日本で作るのは難しいのかなと妙に考え込んでしまいました。
いろいろ成熟しすぎると社会の勢いも失われてリスクを取りたがらなくなるし、それによって低迷の度が増していくのも自明なんでしょうがなんともやりきれない気がします。
答えの出ない問いですが、もう一度ナイキぐらいのポテンシャルを持った企業が目標にするぐらいの日本企業が出てきませんかね…。
かつて輝いていた大企業が軒並み輝きを失っているだけに、熱いサクセスストーリーとは裏腹に心は冷えていくばかりです。
このシーンがイイ!
初めてソニーがマイケル・ジョーダンの母と会ったときの会話がすごく好きでした。ただインタビューによるとあのエピソードは作り物のようです。
会社に残って深夜にソニーとロブが会話するシーンもしんみり良かった。人がいない夜中だからこそ起こる会話っぽくて。
あとオープニングが「1984年はこんな年」的に映像が流れるよくあるパターンのオープニングだったんですが、その映像がすごく良かった。映画とかいろいろ出てきて。
最後に一つ、言うまでもなくソニーのあのシーンは素晴らしかったと思います。
ココが○
上に書いたこと以外だと、途中助言をもらいに行ったときの“演説”のエピソードと使い方がすごく上手くて良かったですね。
話を聞いてて「これもしや“I have a dream”では…」と思ってたら当たったのも嬉しかったです。こういうところで知識の価値が出るな、と自惚れました。
ココが×
コレと言って無い気がしますね。本当に観やすくて誰にでもオススメできる良い映画だなと思います。
ネトフリ初期と同じで初期のAmazonスタジオが絡む映画は微妙な映画が多い気がしていましたが、ここに来てこれだったり「おやすみ オポチュニティ」だったり良作が目立ってきたので今後も楽しみですね。
MVA
演者はもちろんみなさん文句なしですが、それでもやっぱりこの人でしょう。
マット・デイモン(ソニー・ヴァッカロ役)
主人公。役職は大して高くもなさそうですが社長ともくだけた会話をしていたのでベテラン社員、って感じでしょうか。でも「立て直すために来た」みたいなことを言ってたしスカウトで来たのか…その辺ちょっと謎。
まーしかし本当に毎回言ってますが、マット・デイモンは本当にいい役者になったと思いますね…。しみじみと。めちゃくちゃ良かったですよ。
これも毎回言ってますが若い頃はそんなに好きでもなかったんですが、歳を取って本当に良くなってきたなと思います。伊達にいろんな映画に出てない。カメオ出演多すぎだしあちこち顔を出す気安さが素敵。
上にも書いた通り、役としても「フォードvsフェラーリ」に近い、言ってみれば「いつものマット・デイモン」っぽさが強いんですが、それでも細かい部分での感情の乗せ方が素晴らしい。なんなら社長室から出ていく後ろ姿一つとっても上手い。お見事でした。
今作はかなり中年太りを強調してましたが、まあ当然これは役作りでしょう。その中年感も素晴らしかったです。