映画レビュー1328 『コレクティブ 国家の嘘』
今回は何かで知ってずっと観たいと思っていた映画なんですが、僕はてっきり「コリーニ事件」みたいな事実を元にした硬派な社会派映画なのかと思ってたら完全にドキュメンタリーで、このときはドキュメンタリー気分ではなかったのでちょっとやめようか迷ったんですがそれをやっちゃあおしめえよ、と僕の中の寅さんが言ってきたのでそのまま観ました。
コレクティブ 国家の嘘
アレクサンダー・ナナウ
アレクサンダー・ナナウ
アントアネタ・オプリス
カタリン・トロンタン
カメリア・ロイウ
テディ・ウルスレァヌ
ブラド・ボイクレスク
ナルチス・ホジャ
キャン・バヤニ
2020年2月28日 ルーマニア
109分
ルーマニア・ルクセンブルク・ドイツ
Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)
嫌でも今の日本と比較せざるを得ない政治とメディアと国民の関係性。
- 一つの火災を契機に様々な腐敗が明るみになる恐ろしい現実
- 前半は新聞記者、後半は政治家を中心に追う
- 対岸の火事ではない、あらゆる面で今の日本と比較せざるを得ない内容に気分が沈む
- 奇跡的に撮影されていた火災現地の映像が壮絶
あらすじ
ドキュメンタリーを観るときは眠くなりやすいジンクスがあるんですが、この映画はもう本当に他人事ではないし“事実は小説より奇なり”だしで食い入るように観てしまいました。ドキュメンタリーとしてはかなりの傑作だと思います。
ルーマニアのブカレストにあるナイトクラブ「コレクティブ」でライブ中に火災が発生。現地はパニックとなり、逃げ遅れた人たち27人が死亡という痛ましい事件が起きます。
しかしその後半年の間に、「逃げて病院に入院した」にも関わらず37人もの負傷者が死亡。この事件の取材を進めていた記者・トロンタンはその裏にあるずさんな医療と、医薬品メーカーとの癒着を知り、紙面で告発。
これがきっかけとなって大規模な抗議活動が起き、保健相が辞任。新しく若い大臣のヴォイクレスクが就任します。
この映画では前半はトロンタン、後半はヴォイクレスクの姿を中心に、ルーマニアの医療がどうなっているのか、そしてそこに至る政治の存在を追っていきます。
「ルーマニア以下」の日本
「コレクティブ」とは上記の通り事件のあったナイトクラブの名前なんですが、同時に「組織的」とか「共同体」と言った意味の英単語でもあり、恐らくはダブルミーニングのタイトルなんでしょう。
すべての発端となった「コレクティブ」の火災は、おそらく現地でライブに参加していたお客さんがスマホで撮影していたんだろうと思われますが、発生から一気に火が広がり、逃げ場を失うまでの壮絶な映像として残っていて、それがそのまま映画でも流されます。まずこのシーンが本当に生々しくて言葉を失うぐらいに強く、一気に当事者意識を持たされる作りがすごい。
この火災で逃げ遅れてしまった人たちについては、気の毒ではありますが亡くなってしまったのは理解できますが、問題は「逃げられたのに後に亡くなってしまった」人たちが逃げ遅れた人たちよりも多く存在した、という点で、そこについて新聞記者のトロンタンを中心とした取材メンバーが調査報道で問題に迫る、というのが前半の中心。
その細かい内容については観てもらうとして、やっぱり僕が観ていて気になったのは記者会見の様子です。
日本ではあまり記者会見について問題意識を持っている人は少ないと思いますが、今の(主に総理や大臣に対する)記者会見の酷さは本当にお話にならないレベルなんですよね。
この映画では普通に権力者と記者が質問と回答でラリーを繰り広げていますが、今の日本ではこれすら許されていません。「皿問(さらとい)禁止」というふざけた内閣記者会のルールによって、質問は1人1問だけであとは答えようが答えまいがそれ以上突っ込めないんですよ。
もうこの時点でどう考えてもおかしいんですが、ただそれをルール化しているのが記者クラブ、つまり記者側というところに本当の病根があって、どの国でも当たり前に行われている「まともに答えない権力者に繰り返し問う」それが難しければ「別の記者が畳み掛ける」共同戦線のようなものがまったくなく、記者クラブが権力者にすり寄って「ルールを守れ」とか言ってるのが本当に救いようがないんですよね。
この前も総理に「逃げるんですか」と問うた記者の人がいて話題になっていたんですが、そのリアクションで多いのが「ルールを守れ」という意見。心底奴隷根性しか無い国民だなと思います。
権力者側に都合の良いルールを守ってたら腐敗なんて明らかになるはずもなく、つまりこの映画で問われている問題は“日本であれば”明らかになっていない可能性が高いと思います。そこがものすごくつらいし考えさせられました。
おまけにこの映画の主役とも言えるトロンタン記者はなんとスポーツ誌の記者なんですよね。元々スポーツ界の不正を追求したりしていた調査報道寄りの記者ではあったようなんですが。
日本のスポーツ誌記者と言ったらこたつ記事を書くのが仕事、みたいなのばっかりですからね。最近。テレビかネットで話題になったことをそのまま記事にして閲覧数稼ぐクソみたいな商売ですよ。
現役記者の人がこの映画を観て何も感じなかったら相当ヤバいと思いますが、でも多分何も感じないような気もします。それぐらいバカじゃないとこたつ記事で金稼げないと思う。
まーとにかくそういう感じで内容の深層に触れる前の入口の段階で「ルーマニアよりひどい日本って一体…」ととてつもなく気が重くなってしまい、内容は興味深いんだけど気が沈む一方でした。
古すぎて申し訳ないんですが、ルーマニアというとどうしてもチャウシェスクのイメージが強いので、いまだに独裁国家のイメージを引きずっていたところにメディアは日本よりまだマシ(もっともいわゆるナショナルペーパーと呼ばれるような新聞はやっぱり政治と癒着してろくでもないらしい)という事実はなかなか打ちひしがれるものがありました。
後半の主役になるのは新しく赴任した保健相のヴォイクレスクさんですが、この方は元々(詳細は忘れましたが)患者側の権利獲得のための活動をしていた方らしく、病院の理事長から保健相になった前任者とは経歴が正反対の人です。
一見すると「病院の理事長から保健相に」というのもそこまで問題ではなさそうな気もするんですが、実はここにも大きな問題がありまして、その詳細はまさに後半明らかにされます。
その作りにも衝撃を受けたんですが、そこは置いといたとしても、まさかルーマニアが「正反対の属性の人を新任大臣に据える」ダイナミズムを持っていた、というのもかなりの衝撃で、これまた日本にはできないことだな…と暗くもなりますよ。
そもそもこの映画で描かれた一連の問題・腐敗が(メディアの力不足によって)「暴けない」のが今の日本ですが、暴けたとしてもとても政権交代まで行くとは思えず、二重の意味でしんどい。
となると仮に今の日本でこの問題が掘り起こされたとしても、厚労相が自民党のクズから自民党のクズに変わりました、という茶番に終わるだけなので、独裁国家から数十年の国に完全に劣っている日本ってなんなのと脱力感に襲われるわけですよ。マジで。
またこのヴォイクレスクさんがその出自故かかなりオープンに取材を許す人で、ドキュメンタリーのカメラがここまで入っていても良いのか心配になるぐらい貴重な場面を追っています。
そこがまたこの映画の見どころの一つだとも思いますが、その明け透けな内容故にこの国の病理が明らかになっていくドキュメンタリーとしての凄みも感じられ、明るい内容ではないんですが非常に価値のある映画になっていると思います。
ドキュメンタリー好きならぜひ
そんなわけでひどく暗い気持ちになった映画ではあるんですが、それでもドキュメンタリーとしてはやっぱりかなり質の高い映画なのでドキュメンタリー好きにはぜひ観て頂きたい一本ですね。
途中「嘘でしょ」と言いたくなるような、創作だったら陳腐すぎてボツになりそうな展開が出てきたりもするんですが、それが実際に起こっちゃうのがやっぱり怖いと同時にドキュメンタリーの(不謹慎ですが)面白さだなとも思います。
やっぱりもっといろいろ観ていきたいですね、ドキュメンタリーは。
このシーンがイイ!
これはもうネットのレビューでもかなり触れられていたトロンタン記者の言葉、「メディアが権力に屈したら、国家は国民を虐げます」のシーンでしょう。本当に真理だと思います。
でももうほとんどのメディアが屈しちゃってるんですよね、日本は。だからまさに今虐げに来ているわけで、実感としてものすごく説得力のある言葉だなと思います。
ココが○
ドキュメンタリーとしては珍しく「ドキュメンタリー的に云々」みたいなことを考えないで、ただ流れていく事実に衝撃を受け続けた映画だったので、それは裏を返せば単純に映画としても面白いということなのかなと思います。
なんと言うか…社会派のスリラー小説を読んでいるような没頭感みたいなものがありました。
ココが×
非常に社会派なので、興味がない人はさっぱりでしょう。
ただ身近な人が被害にあったら他人事でいられない内容でもあるし、決して遠い国の遠い話ではないのも確かなので、当事者意識を持って観てほしいところではあります。
MVA
主役のどっちか、と言いたいところですがやっぱりドキュメンタリーだし該当なしで。
なんとなく「この人良かった!」と言いづらいというか、そういうテーマではないので黙っておこうかなと思います。殊勝に。