映画レビュー0225 『コンテイジョン』

GW特別企画「これ観たかったんだよ」シリーズ第3弾。

これもねー、ほんとは劇場行こうと思ってたんですよ。一番近くの劇場でやってたし。そしたら思いの外、公開終了が早くて。確かIMAXでやってたのに2週間とかで打ち切りだったよーな記憶が…。

それだけに、好物そうな話ではあるものの、ちょっと「イマイチ感」は否めないのかな、と不安を持ちつつ、鑑賞。

コンテイジョン

Contagion
とある女性とその息子が、前例のない感染症にて死亡。瞬く間に世界各地へと広まる中、虚実入り乱れた情報で世界は混乱していく。

「面白かったぜ!」という映画ではないけれど。

7.5

スティーブン・ソダーバーグ×豪華キャスト、という時点で叩かれがちな映画という感じがしますが、「オーシャンズ」シリーズ全面肯定派としては「うるせーよ中身観てから喋れよタコ」と言いたくなるぜ、とまずは前置きしつつ、しかし実は「そこまで豪華キャストか?」という思いがあります。僕の中で。

実際、「ハリウッドでトップギャラ稼いでるんだぜウホッ」的な人と言えば、マット・デイモンとジュード・ロウぐらいじゃないでしょうか。それ以外の人たちは(大スターではあるものの)やや引いた位置にいると思うし、何より全員が「演技派」だと思っております。ワタクシ。

マリオン・コティヤールは「ついにトップに名前が出るほどになったかー」と感慨深いものはあったものの、役柄的に正直どうでもいいポジションだったのがすごく残念でしたが、ただ彼女は彼女で「エディット・ピアフ~愛の賛歌~」を観たら恐ろしく演技派なのも納得できるので、「見た目重視」の起用ではないでしょう。

ローレンス・フィッシュバーンだってどちらかと言うと渋い脇役タイプなだけに、「こりゃキャストで売るよりも、演技重視で緊張感を持たせたかったんだろう」というキャスティングの狙いが見えるハズ。っていうかそう思えないなら映画観るなタコ!

っとちょっと過激になってしまいましたが、大事な本編のお話。

謎の感染症が世界各地に広まり、ウィルス作成は遅々として進まず、不安を煽る輩もいて世界はパニックに…さぁ人類はどうなる! というお話。

【恐怖】は、ウィルスより早く感染する

とはこの映画のキャッチコピーですが、まさにこれがこの映画の主題でしょう。(このコピーあてた人はナイスです。クソ紹介キャッチとは雲泥の差)

結局はパニックが一番怖い。劇中でもセリフで出てきます。かと言って“パニックを恐れた”を免罪符に原発事故当時の過ちを反省しないどこぞの政府は論外ですが、しかし実際のところ、結局は「大衆はバカ」というのは(個々人の問題ではなく、集団化した時の動き方として)間違いなく真理なわけで、そのバカな民衆をリアルに描いた作品として、ある意味で淡々と、事実のみを追っていく展開は、非常に真面目な作りで好印象。

後半は収束に向けての物語になるので、序盤の拡散に対する恐怖から来るテンションからはちょっと落ちた感じはしますが、かと言ってずっとそのまま進んでくれよとなると収拾のつかない映画になりそうだし、これはこれで間違ってないんだと思います。面白さを狙うより、ドキュメンタリーのような緊張感で、戦う人々、煽る人々、そして“一般民衆”の動きをリアルに描きました、という映画です。

さて、今なぜこの映画なのか、というと、やはりキーワードは2つ。「ネット」と、「システム化」。

ネットは言わずもがな。ジュード・ロウ扮するフリー記者・アランが、自分のブログで胡散臭い情報を発信、それを信じる民衆のお陰で潤っちゃうというお話。これは今のネット社会に対する強烈な皮肉ですね。

今の日本でも同じようなことがあって、同じような人が登場すれば、まったく同じように流される人たちが出てくるでしょう。要はリテラシーの問題。これが今の一般人には決定的に欠けている。「マスメディアは信用出来ないけどネットなら信用出来る」と、ネットになると思考停止しちゃう、っていうのが非常に危険なわけで、そのことに対するメッセージでしょう。今の時代だからこそのこの問題は、ひじょーに考えさせられますねぇ…。

次の「システム化」。例えばコンビニなんかだとわかりやすいですが、今はもう極限的に効率重視にシステム化されているので、「コンビニ」という出口に限らず、流通からたどって製造、さらに一次産業に至るまで、「これだけしか必要ないからこれだけしか取り扱いませんよ」という世の中になっているわけです。

となると、一旦どこかでほころびが出ると、それをカバーする余裕がどこにもないので、簡単に言えばフォローに時間が掛かるわけです。この映画で言えば、隔離地域の食糧配給であったり、その延長線上にある食料強盗であったり「レンギョウ騒ぎ」であったり、昔ならもっと耐久力があった部分が薄っぺらいせいで、よりパニックを助長してしまうという怖さ。

ワクチンの製造にしても、見つかる→認可→製造に時間が掛かりすぎるのは、一種の「システム化」による弊害です。アランが言うように、副作用云々という問題はあるものの、時間をかけるべき事柄と急ぐべき事柄が画一に扱われる社会、という問題点があります。

いいですねー。現代人はクソみたいな世の中に暮らしているのがよくわかります。

そんな、すべてにおいてギリギリの状態で効率を求めるあまり、どこにも余裕が無い社会なので、それがそのまま民衆の精神状態に投影されていくわけです。すぐパニくって、奪い合ったりしちゃう。

奇遇なことに、昨日レビューした「デルス・ウザーラ」では、猟師・デルスが「後から来る人」にモノを残そうとするんです。後から来る人たちが食べられるように、と食料を吊るしておこうとしたり、余った肉を燃やそうとする隊員に、「置いておけばタヌキだって食べられる」とそのままにするように注意したり。自然と周りの動物たち、みんなに助けられて生きているということをよくわかっている人物でしたが、これが非常に示唆に富んだ話だったな、と唸っちゃいましたね。(この順番で観た自分ナイス)

この「自分だけが良ければいいのかお前ら」という問題。

これも実はこの映画でも、「自分に大事な人にだけ情報を」という形で表現されていて、これもまた考えさせられます。

結局、自分も“そういう場面”に遭遇した時、「そんなのかっこ悪いし焦っても一緒だよ」と言えるのか、はたまたこの映画のように周りと一緒にガツガツするのか、その辺のところは実際わかりませんが、でもかなりの確率で「バカと同化」しない気はします。

それは常日頃からこういうことを言ってる以上、翻すのがかっこ悪いというのもありますが、やっぱり惨めですよね。何よりも。薬局で「レンギョウ」を奪い合う人たち、情けなさ過ぎますよ。ああはなりたくない。自分は。ってことを確認する、認識するためにも、この映画は観ておいていいんじゃないでしょうか。

「豪華キャスト」なんて浮ついた言葉とは裏腹に、すごく真面目でいい映画だと思います。

ちなみに余談ですが、僕の好きなボードゲームに、プレイヤー同士が協力してウィルスの拡散を防ぐ「パンデミック」というゲームがあります。まだたかだか7回とかしかプレイしていませんが、未だ人類絶滅以外の結末を迎えたことがありません。

それだけ怖いんです。ウィルスは。なんか違う気もするけど。違うね、うん。

このシーンがイイ!

マット・デイモンがデジカメ見てるシーン。ここで泣きましたね。僕は。

ココが○

「恐怖心を煽る」というと結構過激な印象がありますが、この映画はそういう感じでもなくて、事実を追っていく、まさに「ドキュメンタリーのような」映画なので、過度な演出のなさが(地味に思われがちですが)いいんじゃないかと。

ココが×

実は主要人物のほとんどに絡みがなく、見方によっては(個人的に)恐怖の“マグノリア方式”です。

「リプリー以来のマット・デイモンとジュード・ロウの共演!」なんつって結局その2人一緒に登場するシーンないやん、っていう。(無かったハズ)

あとこれだけは声を大にして言っておきたいですが、誘拐絡みの話、ズバリいらんでしょ。

ああいう話ってありそうだけど、でも絶対いらない。あの後があるのかと思ったらないし。「24」シーズン2のキム絡みエピソードばりにいらない。

MVA

エリオット・グールドがねー。地味ながら真面目な感じでいいなぁと思ってたらチョイ役で終了という悲しさ。

他にも意外な人物の早めのご退場なんかもあって贅沢な感じはありましたが、さぁ悩みつつ一人挙げるなら…。

マット・デイモン(ミッチ・エンホフ役)

まあ、この人も正直いらないポジションではあるんですが、泣いちゃったデジカメのシーンで、「いやホントいい役者になったなぁ…」としんみりしちゃったので、採用。

次点でローレンス・フィッシュバーンかなぁ。

しかしあの間抜け面でおなじみだった彼もどんどん味わい深くなっていきますね。こんな歳のとり方をしたいもんです。

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