映画レビュー0860 『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』
やって参りましたネトフリ終了間際シリーズ。っていうか終了当日でした。
この日はあんまり映画を観るつもりもなかったんですが、なんとなく気分を変えたくてやっぱり映画観るかな、って感じで観たよというどうでもいい情報でスタートです。
素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店
ラブコメなのに泣ける。死生観にも訴える良作。
- 何一つ不自由のない生活でありながら死を望む男の物語
- 自殺幇助の代理店であとは待っているだけのはずが、知り合った女性のおかげで予定が狂う
- 先は読めるものの嫌味がなく爽やかなので気持ちよく物語に乗れる
- 死生観も問うレアなラブコメ
オランダの映画です。ヨーロッパの映画は好きですが、オランダの映画ってなかなか観る機会が無いんですよね。「人生はマラソンだ!」ぐらいしか記憶にない。
しかしこれがなかなかでですねー。映像の作りからして(言い方良くないですが)小奇麗で垢抜けた雰囲気があり、内容も相まってなかなか予定外の良いパンチ食らっちまったぜ、という印象。いや良かった良かった。まさか泣くとは。
主人公のヤーコブは物語開幕で母親を看取り、彼女の持つ莫大な遺産を受け継いでもう信じられないぐらい金持ちになるんですが、まあ元々ボンボンなのであんまり関係は無いんでしょうね。即座に遺産を母がやっていた財団にまるっと寄付、この世にまったく未練もないようで自殺しようと敷地内でチャレンジするも失敗が続き、仕方なく外に出たところ妙な現場を目撃しまして、その現場に残されていたマッチからある代理店にたどり着きます。
その代理店は「事故に見せかけた自殺幇助サービス」を販売しているところで、彼は「契約解除はできませんよ」と念押しされつつ渡りに船とばかりに契約を結び、なんならさっさとやってくれとばかりに待ち構えるんですがその時はなかなか訪れません。
ちなみに彼が契約したコースは「サプライズ」コースという、驚きとともに満足感のある最期を迎えられるコースなんだとか。
彼はその契約を結んだ時に偶然知り合った他の客、アンネという女性から連絡をもらい、“殺される”その時までなんだかんだデートしたりしながら、妙な感覚に陥るわけです。
「もう少し、彼女と一緒にいたい」と。
しかし契約は解除不可、同様の契約を結んでいる彼女にもその時は訪れるわけで、果たして二人はどのような結末を迎えるのか…というお話です。
この「事故のように見せかけて自殺幇助するサービス」って結構需要ありそうですよね。っていうかもしかしたら今もあったりして…。
「苦しまずに眠るように死にたい」願望って結構な人が持ってると思うんですよ。僕も別に生きてたところでさして良いことがあるわけでもなし、だったら“気付いたら死んでた”状態って意外と理想なのでは…とか考えながら観ていました。
そんな感じで今は可視化されていないだけで潜在的な需要が多そうな商売だなと思いつつ、そこにやってきた二人の男女が次第に惹かれ合うラブコメ…なんですが、ワタクシの大好きなおヒューが出てくるようなどベタなハッピーラッキーキャッチーなラブコメとはちょっと違う、少しシュールで深いラブコメと言った感じ。いかにもヨーロッパっぽい。
話の流れとしては割と読みやすく、二転三転はするものの「ああはいはい、そういうやつね」とか「これアレだ、あの人がアレなやつだ」とか特に予想しなくても浮かんじゃうレベルにはおなじみの展開ではあるので、その辺気に食わない人は面白味を感じられない映画かもしれません。
ただそれでも「素直には終わらない」転がしっぷりは、飽きさせないように頑張るサービス精神の裏返しにも感じられるし、いわゆる「わかっててもイイ」、こっちが(無意識含め)期待しちゃう展開で素直に進んでくれるので、どこか清々しくて爽やかな印象が残る映画でした。
世間的にはあんまり評価が高くもないようなんですが、僕はこれ好きですね…。かなり。
なんなんでしょね、やっぱり背景に「死」が描かれているのがイイのかな。
主人公のヤーコブは、城のような屋敷に暮らす想像を絶するお金持ちで、使用人も大量にいるし車は世界に数台しかない超レアカーばっかり何台も持ってるし、僕のような一般市民からすれば羨ましいことこの上ない生活…なんですが、ただどこか面白くなさそうな感じもすごくわかるんですよ。
独り身っていうのもあるし、目標になるものも何もなさそうだし、物質的な豊かさが頂点に達したらそりゃつまらないんだろうなと妙に納得してしまい、その納得感からなんとも言えない彼の孤独を見るんですよね。
彼自身は人当たりもよく、パッと見明るそうで特に問題ない人物には見えるんですが、ただ実際は過去の出来事から“感情を喪失”してしまったらしく、恐怖も喜びも悲しみも怒りもない人になってしまったそうで。そりゃつまらないだろうし別に死ぬことに対する恐怖も執着も無いからさっさと終わらせよう、ってなるのも無理はないよね、みたいな。
そこで自ら有限の時の中に身を置いたら今度はその時間を伸ばしたくなる出来事が待っていたという皮肉。そして相手もまた同じ、と。
僕は「エンド・オブ・ザ・ワールド」然り、どうも「有限とわかった」状況に対して抗おうとする心情に弱いのかも知れません。
人間誰しも時間は有限なんですが、ただそれを身体感覚として感じることはなかなか難しいじゃないですか。「神様メール」にもそんな要素がありましたが、やっぱり「あとこれぐらいだよ」ってわかってからの振る舞い方ってすごく人間を変えるし人間の中身が出てくる気がするんですよ。
締切的なものだってそうじゃないですか。夏休み入ってすぐなんて余裕だから何もしなくて、最終日になって焦って友達と半分ずつやろうって決めて、夜電話で残り半分の答えを教え合う、みたいな。俺だよ俺。
そのどうしようもない「終わりが見えてから本気になる人間の性」みたいなものがね。やっぱりなんか終始特別な味付けになってると思うんですよ。だからこの映画、好きなのかなって。
あとは終盤、これまた条件提示されて「あ、じゃあもしかして」って気付いちゃう話ではあったんですが、ただこの話が格別に良かったんですよ。
このエピソードで「うわぁ、めっちゃイイ映画だわ」ってなったことは否めません。そこまでのフリ、人の使い方含めてとてもうまいと思います。
一応彼にとって契約を履行しようとする代理店の存在が悪役にはなって来るんですが、彼らもちょっと抜けた感じが憎めなくて「悪い人が出てこない」作りなのも好き。
ちょっとね、ラブコメが好きな人は一度観て欲しいなと思いますね。うまく説明できませんが、映像の撮り方や編集にも無駄がなくてセンスが感じられ、変なところで違和感を感じない観やすさもとても大きかったと思います。
このシーンがイイ!
ムラーとライスプディング食べるシーンが好きです。というかムラーと会話するシーン、どこも良かった。
あとエンドロールもすごく良かった。
ココが○
細かい部分で大きな違和感を感じなかったのも素直に見られた一因だと思います。ヨーロッパ映画の割に基本的に直球勝負だったところが。
ココが×
どうしても読める=ベタではあるので、そこが一番引っかかる人は引っかかるでしょうね。
MVA
主人公を演じたイェルーン・ファン・コーニングスブリュッヘ(長い)はちょっとした立ち居振る舞いに育ちの良さみたいなものが感じられてすごく良かったですね。姿勢の良さとか余裕のある雰囲気とか。同時に感情がない、何を考えてるかイマイチつかめなさそうなところも見事でした。
相手役のジョルジナ・フェルバーンもそこそこ良いお歳だと思いますが、それでもかわいさ・綺麗さ・ヤンチャ感どれもそれっぽく、これまた見事。ただ選ぶのはこの人。
ヤン・デクレイル(ムラー役)
執務長、でしたっけ。まあ早い話が使用人のトップの爺さんです。
爺さんが良い映画はたまらないですね。やっぱりね。この人も雰囲気、話し方、佇まい、どれも最高でした。役どころもずるいし。
あと爺さん然とした白ひげもずるい。