映画レビュー0693 『ダンケルク』
映画、特にノーラン好きには2〜3年に一度の大イベントでございます、ノーラン監督作品がついに公開ということで、もちろん初日に行ってまいりました。IMAX2Dにて鑑賞。やったね。まじで。3Dヤメテクレ。
最近はもうね、家でやりたいことが多すぎてレビュー書くのは会社ってことにしてるんでね。掲載遅れましたけども。
時間をアウトソーシングするっていうね。自分に。会社の自分に。どんどんダメな社会人になってきております。
ダンケルク
さすがの“サスペンス”っぷりも、ノーラン映画としては正直不満。
すでにかなり話題になっているのでご存知の方も多いでしょうが、そもそもこのブログに来る方が多くないじゃん? ということでご説明から。
史実に名高い「ダンケルクの戦い(通称ダンケルク大撤退)」と呼ばれる“撤退戦”、要は逃げるための作戦(ダイナモ作戦)を描いた今作。
ノルマンディー上陸作戦等と比べると日本人にはあまり馴染みがない戦闘だと思いますが、この撤退戦の主役となるイギリス人たちの間では今でも困難な物事に団結して立ち向かうという意味の「ダンケルクスピリット」という合言葉が使われるほど、国民に根ざした強烈な戦争体験だったようです。規模も意味合いも違うのは重々承知で言うなれば、日本人にとってのヒロシマ・ナガサキのような記憶に近いものかもしれません。
そういう側面で考えると、イギリス人にとってきっとこの映画は日本人が観る「この世界の片隅に」に対する感情と(心構え的に)似たものがあったのかもしれないですね。完全に想像ですが。
そんなイギリス人にとってとても重要な戦いを、イギリス人監督であるクリストファー・ノーランが全力を傾けて作り上げました、と。相も変わらずノーランらしく、当時の軍艦や軍用機を修理して実際に映像に使用したとか、臨場感のためにカメラごと沈めたとか、役者(トム・ハーディ他)は実際に飛行機に登場して撮影したとか、嵐のシーンは嵐を待って撮影したとか、まあ細部までこだわり通した映画のようです。これ無事に終わったから良かったようなものの、万が一その古い機体が墜落したよ、なんてなったらものすごい非難されていたのは間違いないわけで、相変わらずノーランのキ●ガイっぷり、異様なまでのリアリティに対する渇望が伺えます。褒めてます。
基本的にこの映画は3つの舞台に分けられています。
1.防波堤(1週間)
「防波堤」とは言っていますが、実際はこの防波堤にやって来た主人公の一人・トミーを追った1週間という感じ。オープニングの舞台になります。
2.海(1日)
ダンケルクへ向かう民間船のお話。船長は「ブリッジオブスパイ」での名演も記憶に新しいマーク・ライランスでございます。ブイシー。最もドラマが盛り込まれた、おそらくセリフも一番多いフェーズ。
3.空(1時間)
時間単位からもわかる通り、劇中最も最後に近い部分を「援護する」空軍が主役。ノーラン作品ではおなじみのトム・ハーディがメイン。
この3つの舞台を切り替えながら、立体的に「ダンケルク大撤退」を描き、戦争映画というよりはサバイバルサスペンスのような展開で見せる映画、という感じでしょうか。もちろん大前提として「ダンケルク大撤退」のお話なので、舞台が分かれているとは言え同じ場所での出来事のため、後になって別視点から見た同じ場面が出て来る、というような形で相互にリンクはしています。「バンテージ・ポイント」や「桐島、部活やめるってよ」的な描写と言えばいいでしょうか。
ケネス・ブラナー扮する海軍中佐が最初に登場する場面で若干説明してくれたように、イギリス軍では撤退予想が3万〜4万5千人程度と想定していたこの作戦ですが、実際にダンケルクに残された兵士たちは40万人。いかに厳しい撤退戦なのかこの事実だけでもよくわかるわけですが…果たしてどれだけの兵士が無事祖国に戻れるのか、そのサスペンスをじっくりご覧くださいという映画でございます。
さて、前置きが長くなりましたが、感想。
さすがにディテールにこだわった映像だけに、まあ改めて言うまでもなくすごい迫力で、最初から緊張感の持続する素晴らしくサスペンスフルな映画ではありました。「逃げる」という一点に注力した作りは潔く、また理解もしやすいので過去のノーラン作品の中でも最も誰もが理解しやすい映画になっていると思います。
加えて時計を刻むかのように煽り続けるハンス・ジマーの劇伴が効果抜群で、劇中「いついつまでに撤退しないと全員死ぬ」みたいな話は一切出てこないにも関わらず、マジで早く逃げないと全員死ぬで…! と不安でならない雰囲気作りはお見事です。
今回IMAXで観たわけですが、画面の大きさも去ることながら特に音響面での効果がものすごくて、終始爆撃の迫力ある音や尖った銃声音に晒され、余計に不安、余計にコワイ。これIMAXじゃなかったら面白さ3割減ぐらいになる気がする。(適当な数値)
それぐらい、やっぱりIMAXすげーな、と思わざるを得ないIMAX込みでの映像体験感がすごかったですね。防波堤のワラワラ群がる兵士たちの絶望感、空から見た無情なまでに広い海の光景、と映像面だけでも過酷な状況が見て取れる作りのうまさはさすがノーランと言ったところでしょうか。
ただ。
鼻血が出そうなぐらいに期待していた人間としては、正直ちょっと物足りない気がしました。
ノーランの映画ってもう脳味噌が沸騰するイメージしか無いんですよね。「インセプション」以降の話ではあるんですが。「ぐええええええぇぇぇぇぇぇまたやってくれたなこのド変態が!!! 」っていう。
この映画はそういうレベルにない…というか、史実が元なのでそもそもそういう脳味噌を沸騰させるような映画ではないので、「また俺の脳味噌活性化しちゃうぜ」とワクワクしていた自分としては結構ガッカリしちゃったというのが本当のところ。
時間軸の違う3つの舞台を切り替えながら展開させる辺りはノーランらしいなぁと思いますが、それもその見せ方自体が効果的かというとそこまででもないかなーという気がするし、むしろ一箇所を追い続けることの“飽き”によるリスクを避けた印象の方が強く、それぞれ個別に観るとそこまで深い内容でもないので、水増しとしての3セットという気もします。劇中は「これ最終的に全部つながってウヒョー! ってなるんだろ…!!」と期待しちゃったのも良くないんですが、その僕が期待するノーラン的ウルトラCによる合体技を拝むことも無く、良くも悪くも真摯にダンケルク大撤退を描いている“だけ”の映画、と言うとちょっと語弊があるんですが…。
“だけ”の割にレベルが高いのは間違いないんです。おそらく実際の戦争を描いた映画でここまでサスペンスフルに作れるのはこの人しかいないのは間違いないでしょう。
でも、それ以上を期待しちゃうんですよね…ノーランには。
事前の評判で「94%の支持率!!」っていうのを見ちゃったこともあって、かなりハードルが上がっていたのも関係しているのかもしれません。
念のためもう一度書いておきますが、面白かったんですよ? ものすごく良くできていたし、こりゃ確かにノーランしか作れないだろうな、と思える映画なんですが、「確かにノーランしか作れないだろうな」レベルじゃ満足しない自分がいるわけですよ。この人の映画に関しては。
「ノーランマジ変態何この人頭おかしい(褒めてます)」っていう呆れにも似た感情を抱けるような映画を期待しちゃうんですよ。ノーランには。それだけの、言ってみれば「自分の理解を越えた物語」という世界が無かったので、やや期待外れという結論です。弟のジョナサン・ノーランが脚本に関わってないのも関係あるのかなぁ。
ただ、相対化した評価としては当然素晴らしい映画であるのは間違いないでしょう。あくまで「ノーランはコレじゃない」という個人的な願望によるガッカリ感が少し強く出ちゃった、そんなところでしょうか。
このシーンがイイ!
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、船の中での1シーンが一番グッと来ました。「ああ」のシーン。気持ちがよくわかってね…。良いシーンでしたね…。
ココが○
ノーランらしからぬ2時間を切る上映時間ですが、それ故なのか…終始途切れない緊張感はやっぱりスゴイ。多少間延びしそうな気もするんですけどね。最後まで走り切りましたね。
ココが×
やっぱりもっと椅子からズリ落ちるレベルの強烈な印象が欲しかったので、そこだけが悔やまれます。
MVA
当然ながら役者陣はお見事な面々。ほぼ女性が出てこないのも珍しかったですね。船長のマーク・ライランスの渋さも捨てがたいんですが、今回はせっかく無名の若手を多く起用したという監督に応えてこちらの方に。
ジャック・ロウデン(コリンズ役)
トム・ハーディの同僚の空軍パイロット。
爽やかイケメン感が今後の期待を膨らませます。舞台をつなぐ良い役柄でもあったし、彼の存在は間違いなく物語に奥行きを与えていたと思います。おそらくこれで他の映画にも呼ばれると思うので、ぜひ名前を覚えておきましょう。
それと演技的には、珍しく(?)良い役だったケネス・ブラナーが最良だったかもしれません。彼の表情でいろいろ読み取るシーンが何度かあり、良い顔するなぁと感動しました。この人も歳を取ってまた味が出てきたような気がしますね。