映画レビュー0932 『スターリングラード』

もうかれこれ15年ぶりぐらいになると思いますが、ずっと再鑑賞したいと思っていたこちらの映画、ネトフリにあったのねと配信終了が来て気付く例のパターンにより観ました。

スターリングラード

Enemy at the Gates
監督

ジャン=ジャック・アノー

脚本

ジャン=ジャック・アノー
アラン・ゴダール

出演

ジュード・ロウ
ジョセフ・ファインズ
エド・ハリス
レイチェル・ワイズ
ボブ・ホスキンス
ガブリエル・トムソン
ロン・パールマン

音楽
公開

2001年3月16日 アメリカ

上映時間

131分

製作国

アメリカ・ドイツ・イギリス・アイルランド

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

スターリングラード

テーマの良さと、それ故の気になる点と。

8.5
2人の狙撃手を軸に、人類史上屈指の凄惨な軍事戦“スターリングラード攻防戦”を描く
  • 戦意高揚のため英雄に祭り上げられるソ連兵狙撃手と彼を討つべく派遣されたドイツ軍少佐の戦い
  • 狙撃が主体らしい終始漂う緊張感が◎
  • 友情と恋愛もうまく混ぜ込んだ人間ドラマとしても秀逸
  • “因縁の対決”感を盛り上げるための繰り返しがちょっと気になる

あらすじ

記憶の中では「大傑作」だったんですが、今回当然のようにところどころまったく記憶にない新鮮さを感じつつも、大まかな流れは覚えていたが故に少々引っかかる点もあり、やや記憶の方が美化されていたような印象。とは言え傑作であることに疑いはありません。

ちなみに今更のご説明ですが「スターリングラード」は地名です。単語としては「スターリン+グラード」です。ご存知岡田真澄似で有名なヨシフ・スターリンの城とか都市とかそういう意味です。「スターリングという謎の動物から採ったラード」じゃないので気をつけましょう。

っていうか今どき岡田真澄って通じるんでしょうか。

主人公はジュード・ロウ演じるヴァシリ・ザイツェフ。ご存知の通りイギリス人でセリフも英語なんですが今回はロシア人の役ということでご承知おきを。若い。イケメン。

元々田舎の羊飼いの朴訥とした青年なんですが、戦時下ということで当然ながら戦地に駆り出され、現代において“人類史上屈指の凄惨な軍事戦”と言われるスターリングラード攻防戦に向かいます。

向かう道中の船の時点で砲撃によって“間引かれる”ようなかなり厳しい戦況の中、無謀とも言える特攻によってバタバタと倒れるソ連兵たち。

その無数に転がる死体の中で息を潜めていたヴァシリは、あとからやってきて同じく死体の中に隠れた政治将校ダニロフが手にした銃を借り、ドイツ軍将校他数人を見事に射殺、無事生還します。

当時のスターリングラード攻防戦は明らかにソ連軍の劣勢なんですが、なにせ名前に「スターリン」を冠する象徴的な都市ということもあってドイツ軍に明け渡すことは許されない、しかし夥しいほどの死傷者を出しているソ連軍の士気も上がらない…ということで現地に檄を飛ばしに来た(後に最高権力者となる)フルシチョフに進言する形で、ヴァシリの神業を目の当たりにしたダニロフが言うわけです。「新聞で英雄の姿を伝え、希望を持たせましょう」と。

かくしてダニロフによって“英雄”に祭り上げられたヴァシリは、その期待に応える戦果を上げ続けた結果ドイツ軍にもその名が知れ渡り、事態を重く見たドイツ軍は「ヴァシリを始末する」ために軍の狙撃兵訓練教官でもあるケーニッヒ少佐を派遣。

かくしてヴァシリ vs ケーニッヒの長い戦いが幕を開けるわけでございます…。

ちなみに現実の戦闘&実在する人物を描いた映画で、実際にヴァシリとケーニッヒの戦いについても当時から語られていたようなんですが、ただケーニッヒについては「ソ連側のプロパガンダにしか登場しない」という話もあり、ソ連側が戦意高揚のために創作した人物という説も根強いそうなので、あまり「実話を元にした映画」という捉え方はしないほうが良さそうです。

登場人物少なめ故にわかりやすいバランスの良さ

歴史に名高い「スターリングラード攻防戦」を中心とした戦争映画でありつつ、敵も味方も完全に“個”にフォーカスしたお話なので、非常にわかりやすく、また感情移入しやすい人間ドラマとしてもよく出来た映画になっています。

基本はヴァシリ vs ケーニッヒではあるんですが、そこに立場は違えどヴァシリの親友となったダニロフや、この二人が惹かれていくことになる女兵士ターニャ、そして彼女の弟同然である少年サーシャと言った面々が戦時下という極限状態での人間関係を見事に描きます。

ターニャはその美貌故致し方のないところではありますが、期せずして(というかダニロフの独り相撲ですが)三角関係的な構造をもたらしたことでヴァシリとダニロフの間に亀裂が走り、また少年故に警戒され難い状況を利用してダブルスパイ的にサーシャを利用し合うダニロフ vs ケーニッヒの構図もあり、単純な「味方視点のソ連軍 vs 憎き敵ドイツ軍」というような勧善懲悪的な構造ではないのがポイントでしょうか。

主要メンバーはほぼこれだけで、戦争を描くにしては珍しいかなりの少人数で展開する物語だと思いますが、それ故にわかりやすいし個々の感情も受け取りやすい作りなのがとても良いしそれ故に“響きやすい”バランスを持った映画ではないかなと思います。

どっちも頑張れ、でもどっちかが死ぬ

またメインが「狙撃の名手同士のライバル対決」なので、「ヘマした方が即死」的な緊張感に溢れ、上映時間ほどの長さを感じないのも良いところ。

ご存知の通り、僕は全巻所持するゴルゴ13ガチ勢なので、「狙撃手対決」の時点でもう胸アツなわけですが、それを差し引いてもやっぱり題材として「じっと好機を待って一瞬で仕留める」狙撃というのは、緊張感とそこから来る引力の強さは他にないよなと思うわけですよ。こっちも手に汗握ってじっと観ちゃうよね、っていう。

おまけにこの二人は何度も対峙しつつ決め手を欠くような攻防を繰り返し、双方のキャラクターの良さも相まって「どっちかが死ぬ時」へのある種恐怖のようなものも観客を締め付けていくんですよ。

主人公はヴァシリだしヴァシリが勝つんだろうけど、でもケーニッヒを演じるエド・ハリス超渋いしかっこいいし凄腕すぎるし彼が死ぬのも嫌だぜ、みたいな。

一歩も譲らず、それぞれがお互いの力量を認め合うライバル関係は敵味方を超越した関係に見えてくるんですが、しかしそこは戦争。当然決着をつけなければならないし、そもそも戦争以前に「相手に勝ちたい」、この勝負にケリを付けたい男のプライドのようなものがムラムラと立ち上る、その男臭さがまたアツい。わかる、わかるぜお前ら…!(エアコンの効いた過ごしやすい室内でダラダラしながら頷く男)

この「優秀な二人のどちらかに必ず死が待っている」戦いを見守る緊張感、これはやっぱりたまらんぞと改めて思いましたよ。ええ。

明日死ぬかもしれない二人の恋愛

もう一点、大事なのはやっぱりターニャの存在でしょう。

僕はことさらに恋愛エピソードを嫌うタイプの人間ではありますが、この映画のターニャとヴァシリの恋愛はかなり重要な“描くべきもの”だと思います。

言うまでもないことですが、劇中でも語られる通り「明日がないかもしれない」状況にいる人間にとって、その日生き長らえたことと、そばにいる人の存在の大きさというのは…多分僕を含めた戦争とは無縁の現代人には到底理解できないほどに尊いものだと思うんですよね。

大げさでなく文字通り「明日死ぬかもしれない」状況というのはこの上なく本能が強くなるはずで、それ故にこの映画で描かれる二人の恋愛はとてつもなく尊く、また根源的な欲求を感じるので胸熱。ただの美男美女の恋愛とはワケが違うんですよ。「お前らどうせ別れたって次行けるじゃん」って話とは。もう次の恋愛どころか翌日の命すら保証されてないですからね。

その本能が極まったとあるシーンがあるんですが、ここはやっぱり歴史に残る名シーンだなと。改めて思いましたね。しみじみと。

エド・ハリスが魅力的な敵役を演じる映画は外さない説

ヴァシリとケーニッヒは何度も銃を構え合うんですが、その区切りの部分が割とあっさりしていて、「あれだけ執念深く待ってた割に帰陣しちゃうの?」という点が何度かあったのがちょっと引っかかりはしたんですが、しかし総じて熱い人間ドラマをベースにした素晴らしい戦争映画の一つだと思います。

これは映画好きであれば通るべき映画の一つと言って良いんじゃないかなーと。

やっぱりエド・ハリスが魅力的な敵役を演じる映画は外さないって話ですよ。もう「ザ・ロック」の頃からの定義です。これは。

ネタバレングラード

強烈に記憶に残っていたケーニッヒがサーシャを手に掛けるエピソード。

改めて観て思いましたが、ケーニッヒは二重に予防線を張ってたんですね。「情報を流さない」上に「家から出ない」ようにしろ、って。

どっちかだけなら許された、というか彼自身(当然ですが)サーシャを殺したくはなかったのに、どっちも破ってしまったと。

ここまで来るとコケにされた…というと陳腐ですが、やはりプライドとしても、また自身の危機管理としても看過できないところに来てしまったがためにこうせざるを得なかった、と…。悲しい。サーシャめっちゃかわいかっただけに余計に。なんで現地行っちゃったのかなぁ…。

しかしその策略もヴァシリに見破られ、結局サーシャは死に損…というか誰も得しない悲劇になってしまったのがまたなんとも…。お母さんを気遣って「裏切って帰ってこない」と伝えるダニロフも泣ける。

最初に書いた通り、現在では「ヴァシリは実際に狙撃で名を馳せたが、ケーニッヒはプロパガンダのためにソ連が創作した人物」説が濃厚なようなんですが、ただそれに対する逃げ道と言うか、その事実とも整合性を取るかのようにケーニッヒが最後の勝負前にドッグタグと勲章を預けるシーンが入っているのはなかなかウマいなと今回気付きました。

「創作と言われているけどこうして“実在したんだけど実在しない人間にした”んやで」と信憑性を持たせるように見せる作り。

しかしあれだけ慎重で根気強い男が、最後はあっさり身を晒して殺されちゃうっていうのはまたちょっと解せない気はしましたね。

帰還前最後の日で勝負を焦っていたような部分もあるだろうし、根負けしちゃったのもわからないではないんですが…もうちょっと自然な決着が観たかったなぁ…。

このシーンがイイ!

これはもう誰もがあそこって言うと思うんですが、レイチェル・ワイズの尻のシーンですよ。いや尻が見られてよかったねとかそういうんじゃなくてね。尻が出てくるシーンですよ。

これほど尊く、胸に迫るシーンってなかなかないと思います。また彼女の肌の白さがものすごく効いてるのもいい。大げさですがあの肌の白さで神性を帯びたような意味すら感じました。

このシーンを活かす意味でも、夜に二人が語るシーンもとても大事だと今回改めて気付いたよ、というのも書いておこうと思います。

ココが○

狙撃対決の緊張感と、少なめの主要メンバーによる人間ドラマの濃厚さ。

戦場の描き方も綺麗すぎずにリアルで良かったと思います。どこもかしこも死体置きっぱなし。

ココが×

上に書いたように、「対峙が終わる時」の描写がないところ。

なぜ「ここは一旦退こう」と判断したのか、それが双方一度も描かれずに進むので、穿った言い方をすると「何度も対決させるために進めた」ように見えるんですよね。そこがどうも引っかかりました。

どっかで一回ずつでも描いてくれれば推測もできるんですが、双方一度も無いので「もっと粘ればよくね?」感が強い。狙撃手なんて何日も同じ場所で待っててもおかしくないわけですからね…。

MVA

これねー、当然ながら皆さんいいんですけどねー。

ん〜、でもやっぱりこの映画はこの人なのかな…。

エド・ハリス(エルヴィン・ケーニッヒ少佐)

主人公ヴァシリのライバル、ドイツ軍狙撃手。

劇中でも「あなたほどの将校が…」と言われていたように、最前線で戦うのはおそらく異例と思われますが、その雰囲気を醸し出すエド・ハリスの雰囲気がまたピッタリで素晴らしい。

優しげで知的な雰囲気もありつつ、しかし戦争らしく(生き残るために必要な)残酷さも持ち合わせたキャラクター。

コレだよ、俺が観たかったエド・ハリスはコレだよ! と一人納得するのであった。完。

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