映画レビュー0798 『帰ってきたヒトラー』

今回も特に観たい配信終了間際のものもなかったので、ネトフリより観たかった映画をチョイス。

帰ってきたヒトラー

Er ist wieder da
監督
デヴィット・ヴェント
脚本
デヴィット・ヴェント
原作
『帰ってきたヒトラー』
ティムール・ヴェルメシュ
出演
オリヴァー・マスッチ
ファビアン・ブッシュ
カッチャ・リーマン
クリストフ・マリア・ヘルプスト
フランツィスカ・ウルフ
音楽
エニス・ロトフ
公開
2015年10月8日 ドイツ
上映時間
116分
製作国
ドイツ

帰ってきたヒトラー

2014年、ドイツのある場所にヒトラーそっくりの男が現れる。テレビ局をクビになったばかりのフリーディレクター・サヴァツキは、この「ヒトラーそっくりの男」はネタになると踏んでテレビ局と交渉するために彼の映像を撮り、YouTubeにアップしたところまたたく間に話題となるのだが…。

笑えない政治風刺ブラックコメディ。

8.0
現代にヒトラーが登場したら? を描くブラックコメディ
  • なんらかの理由により現代にやってきたヒトラー本人がドイツを席巻
  • いつもの記号的なヒトラーではない、やや人間らしいヒトラー像
  • ヒトラーの優秀さ、人間味を盛り込むことでちょっとした生々しさのあるコメディに
  • それだけに笑えない、歴史は繰り返す感

ご存知の通りナチス・ドイツ≒ヒトラーというのは、世界史の中でもおそらく最も悪者として見られている存在だと思うんですが、それ故に過去に対するドイツの反省は事あるごとに見聞きする機会があるだけに、逆にこういうヒトラーを肯定しているように取られかねない物語を作る、というのはなかなか勇気があるしすごいなぁと感心させられるものでした。

もちろん、ヒトラーの優れているところ(プレゼンのうまさ、議論の強さ等)を描きつつも彼を肯定しているわけではなく、「現代にヒトラーが出てきてもみんな乗せられちゃうから気をつけないとダメだぞ」という社会風刺の物語になってはいるんですが、「キャプテン・フィリップス」とか「アメリカン・スナイパー」をアメリカバンザイ映画だと理解した人たちがいたように、この映画も「ヒトラーを礼賛するなんてけしからん!!」と短絡的に判断する人も当然いるだろうし、なかなかに挑戦的な物語だと思います。

タイトルだけで「万引きを肯定するのか!!」とか怒っちゃうどこぞの国の痛い人たちと近い気がしますが、まあどの国にも一定数その程度の読解力しか持たない人たちはいるので、気にしてたら何も作れないっていうのもあるんでしょうね。

物語はまさにヒトラーが現代(2014年)に降り立った、その瞬間からスタート。(一応プロローグ的にマナーについて云々語るヒトラーの場面はありますが、あれは前座のコントみたいなものなので特に意味はないでしょう)

何故ヒトラーが現代にやってきたのか細かな説明はまったくなく、何らかの理由で突然現代に転移してきたような形。当然ながら本人もまったく事情がわからず、少し街を徘徊することでどうやら自分が暮らしていた時代とは別の時代に来たらしいことを理解します。

現代の人たちもこれまた当然ながらまさかヒトラー本人だとは思いもせず、早い話がヒトラーを真似する「ナチスオタクの痛い人」ぐらいの認識なんでしょう。日本における軍服を着て靖国神社に行っているような人たちを見るのと同じような感じでしょうか。

彼が現代にやってきたその時、近くでたまたまテレビの撮影が行われていたんですが、その撮影を担当していたフリーのディレクター・サヴァツキは人員削減の波に飲まれてテレビ局をクビになり、失意の中この時に撮っていたお蔵入りの映像を眺めていたところ、カメラに映る“ヒトラーそっくりさん”の存在に気付きます。彼はネタになるかもしれない、と踏んだサヴァツキは彼を探しだし、共に行動しながら映像を撮ってYouTubeにアップしたところ話題沸騰、この事実を材料にテレビ局に再度掛け合ったところ「面白い」ということでついにヒトラーがテレビデビュー、というお話です。

まずこの映画の面白いところは、言明されてはいませんがおそらくはモキュメンタリー、いわゆるフェイクドキュメンタリーの手法で撮られている点。

ところどころ街の一般人たちのところに「本物のヒトラー」を放り込んでリアクション&会話させるんですが、これがかなり生々しく、「ヒトラーだから」嫌悪する人ばかりではないというところに、現代でも彼を受け入れる土壌がありそうな雰囲気が伺えます。

別にそれが良い悪いではなくて、やっぱり人間なんでも目の当たりにするとその当事者(この場合はヒトラー)に対する配慮だってあるだろうし、ノリでちょっと盛り上げたりすることってあると思うんですよね。

「いない人は悪く言えるけどそこにいる人には悪い顔ができない」ってすごくリアルじゃないですか。おまけにヒトラーとは言え当然ながら普通の人たちは本人とは思っていない、そっくりさんに対してのリアクションになるので、この「本人なんだけど周りはそうは思ってないから扱いが本人とは変わってくる」一般人のリアクションが劇中のヒトラーの立ち位置に見事に合致して、創作と(フェイク)ドキュメンタリーの融合がものすごくうまくいってるんですよ。

当然、この映画は創作だし「ヒトラー本人」とは言っても作られた存在なので、現実とは壁のあるお話…ではあるんですが、この一般人たちのところにヒトラーを放り込んでそのリアクションを物語に組み込む作りにすることで、「実際に今ヒトラーがドイツにやってきたらどうなるのか」をシミュレーションするような映画になっているんですよね。その作りがものすごくうまい。

このモキュメンタリーのシーンは「サヴァツキがヒトラーを連れて街の人達に話を聞いている」という形で撮られているんですが、このサヴァツキ&ヒトラーはそのままこの映画の中心人物なので、その後展開するこの映画の物語に妙なリアリティを与えてくるんですよね。それが本当に面白いし怖くて。すごい映画だなと思います。

設定的に「突然現代に飛んできたヒトラー」というSF的な要素がありつつ、ヒトラー自身は芸人(日本で言うところの芸人とはちょっと違う、政治風刺を主とする芸人というイメージ)として活動する…というコメディ映画ではあるんですが、もう全然ゲラゲラ笑うようなコメディじゃないんですよね。ものすっごい皮肉なブラックコメディなんですよ。

こういう話を観ていると、一笑に付していた「今は戦前と似ている」的な論調がにわかに色付く雰囲気も感じられて、自分たちはちょっと「民衆」を信じ過ぎなのかもしれない、という怖さがありました。もちろん危機を煽る言説はどうかと思いますが、しかし何らかのスイッチ(この場合はヒトラー)が出てきた時、一気にそっちになだれ込みかねないある種の“愚かさ”がまだあるんだな、という不安定さをまざまざと見せつけられたような印象。

要は反省だなんだと言いつつも歴史は繰り返しちゃうのかな、というような不安感を植え付けられるような感覚があって。モキュメンタリーを利用しつつその痛いところを突いてくるこの映画の作りはものすごい巧みだと思います。

原作のうまさもあると思いますが、映画的手法においてもかなり巧みでうまく料理していると思うし、「ヒトラーが現代に」を最大限活かす、今現在の民衆のあぶり出し方がうまい。フィクションなんだけど、「ヒトラーが現代に」を取っ払ったらノンフィクションじゃん、という事実の怖さというか。

細かいところをすっ飛ばして現代に適応し過ぎなヒトラーに違和感を抱かないこともなかったんですが、上記の通りヒトラー自体はある意味で概念のようなものでしかないので、「ヒトラー以外」の部分に目を向ければなかなか他にない気味の悪さを感じられる良い映画だと思います。

素直に観て面白いコメディというよりは、かなり社会派の色が濃い風刺コメディなので、むしろ社会派映画好きの人たちにオススメしたい、そんな映画でした。

ネタバレしたヒトラー

ちょっとだけ。

サヴァツキ精神病院行きはちょっと余計というか…悲劇性を高めるためにありがちだなーという気がしてちょっと残念でした。余計とは言わないけどそうじゃないんだよ! って。

ただまあ、「真実に気付いた人間は隔離される」っていうのが(劇中の)世間の病みっぷりを風刺しているので、それはそれでアリなのかもしれないですね。というか「サヴァツキ入院! ガーン!」みたいな見せ方がちょっと気になったのかも。あそこは粛々と事実だけ伝える感じでも良かったんじゃないかな〜。エンドロールで文字のみ、とかでもショッキングで面白かったかも。

このシーンがイイ!

名前が使われてて使えません的なくだりは笑いましたね。ありそう。っていうかヒトラーなんてかぶって無くても拒否されそうなレベルだけど。

あとは初のテレビ出演シーンはさすがにうまく存在感を見せつける作りで良かった。

ココが○

実は「このヒトラーはヒトラー本人だ」っていう保証は何一つ出てこないんですよね。急に目覚めたシーンから始まるだけなので、「頭を打ってヒトラーだと思い込んじゃったナチスオタク」でも話は成り立つんですよ。そこがすごく上手いと思います。

上に書いた通り、結局ヒトラーが本人かどうかなんて実は関係ない、“ただの概念”として使っているという、そのからくりがよりこの物語の怖さを増幅しているような気がします。

それはつまり、「今本当にヒトラー本人がタイムスリップしてやってくる」だとあり得ないですが、「ヒトラー本人だと思い込んでいる人間が世の中に現れる」なら全然あり得る話なわけで、そうなるとこの物語と同じような社会になっていく可能性があるわけです。その怖さったらないですよ。

そこに「ナイトクローラー」にも通ずる現代との地続きな意地の悪さを感じるし、そこがうまいなぁと感心しました。

ココが×

上にもちらっと書きましたが、些細なことではあるもののちょっとヒトラー適応しすぎじゃね? とか若干気になる面はありました。でもその辺も「まあコメディだしね」で許されちゃう、設定を最大限活かすジャンルの置き場所もお見事、ってことなのかなぁ。いろいろ巧みな気がしますね。この映画は。

あとこうして振り返ってるといろいろ良く出来てるなすごいなーと感心するんですが、ぶっちゃけ観ている最中はそこまで「面白いぞ…!」とのめり込めるほどの映画ではなかったです。やっぱりそういう細かい部分の惹き付け方はアメリカ映画の方が良くも悪くも上手いよなーと思います。

それと愛ワーン家としてはワーンの扱いがちょっと…。一応フリではあるんですがちょっと趣味が悪い面があったのが気になりましたね。

MVA

まあこれはもう順当にこの人でしょうねぇ…。

オリヴァー・マスッチ(アドルフ・ヒトラー役)

本人は全然ヒトラーに似ていないようなんですが、なんでも毎回2時間メイクして作り上げたそうで…すごい。

さすがに役が役だけにかなり研究もしたんだろうし入り込んでいたんでしょう、普段観る“悪役”ヒトラーとは少し違った、魅力と説得力を感じる人間・ヒトラー像の作り方がお見事。

「ヒトラーと言われても託したくなる」、その閉塞感を打破してくれそうな雰囲気作りがお上手でした。

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