映画レビュー0648 『ギャング・オブ・ニューヨーク』

今年は今のところ順調に消化してきているので、可能な限り平日更新もやっていこうと思っております。

さて、そんなわけで本日の映画。最近2時間を切る短めの映画ばっかり選んじゃうので、このままじゃバカになっちゃう! と根拠のない謎の焦りを感じ、少し長めの映画をチョイスしました。ディカプリオの映画久しぶりだなー。

ギャング・オブ・ニューヨーク

Gangs of New York
監督
脚本
ジェイ・コックス
ケネス・ロナガン
音楽
主題歌
『The Hands that Built America』
U2
公開
2002年11月9日 アメリカ
上映時間
167分
製作国
アメリカ・ドイツ・イタリア・イギリス・オランダ

ギャング・オブ・ニューヨーク

19世紀初頭、ニューヨークの“ファイブ・ポインツ”と呼ばれるエリアではいくつかの組織による熾烈な縄張り争いが繰り広げられていた。ある日、その中でも特に強大な二つの組織“ネイティブ・アメリカンズ”と“デッド・ラビッツ”の雌雄を決する戦いの結果、デッド・ラビッツのリーダー・ヴァロン神父が、ネイティブ・アメリカンズのリーダー・ビルに殺されてしまう。それから16年、施設に収容されていたヴァロン神父の息子・アムステルダムは、未だファイブ・ポインツのボスとして君臨するビルを殺し、父への復讐を成し遂げようと再びファイブ・ポインツへ舞い戻る。

決着の付け方がちょっと…。

6.5

タイトルからてっきり1960年代ぐらいの、現代に近い時代のギャングが出てきてドンパチ繰り広げるものだとまたも勝手に想像していたんですが、それよりも全然古い時代のお話で、どちらかというと西部劇の時代から徐々に近代化の波が押し寄せて来てまっせ的な時代背景感。

古い時代のギャングが、新しい時代へ抗いながら自らのプライドと縄張りと利権を懸けて戦う、大河ドラマのような映画でした。と言いつつ大河ドラマはちゃんと観たことがないという。ごめんよ。

主人公はディカプリオ演じるアムステルダム君。幼少期に抗争の末に父親を殺され、その殺した相手に復讐しようと地元に戻り、その復讐相手の組織に入り込んで気に入られ、寝首をかいてやろうと手ぐすね引いてその時を待ってるぜ、的なお話です。

こうして振り返ると割と既視感のある設定のお話ではあるんですが、たださすがに舞台もしっかり作り込んでいるし、良くも悪くも日本人としてはそこまで馴染みのある時代ではないだけに新鮮な面もあるので、こうして字面で感じられるような想像しやすさ、ベタさを感じる映画ではなかったと思います。

3時間弱の長丁場ではありますが、その割に特にダレるようなところもなかったし、さすがにマーティン・スコセッシ監督が構想に30年かかったと言っていただけのことはある、気合いの入った歴史スペクタクル的な人間ドラマと言っていいでしょう。なかなか見ごたえがありました。

物語は大きく分けて雰囲気的に(演出上明確に言われているわけではないですが)3部構成になっていて、第一部がオープニングであるアムステルダムの少年期、第二部がネイティブ・アメリカンズ潜入期、第三部が(ネタバレ回避のために濁しますが)お楽しみ期、という感じ。時間配分にして体感で1:6:3というところでしょうか。

まず「概ね面白かったよ」とお断りつつ不満な点としては、この最後の部分、第三部に該当する部分がちょっと時間的に物足りなかった気がしましたね。当然ながらエンディングにつながる部分なので、最も盛り上げて、最も丁寧に描いて欲しいところだったんですが、時間としては上記体感のようにやや短めに感じられて、バタバタとあっさり最後まで進んでいっちゃう感じがちょっと残念。

また、第二部に該当する部分は、主人公・アムステルダムよりも敵役となるビルの描写に力が入っているので、結果的にこの映画の主人公もアムステルダムよりビルじゃね? 的な感じがする分、第三部のアムステルダムのターンの盛り上がりにやや欠ける面があったように思います。もっとビル見せてくれよかわいいよビルハァハァ、みたいな。かわいくはないんだけど。

そんな感じで、ちょっとだけ力点の置き方、置き場所に不満があったかな、と。

それと最後まで観て思ったのは、結局は「ギャング・オブ・ニューヨーク」というタイトルが示す通り、最終的にはニューヨークという場所に依拠する物語になっているので、人間ドラマのようでいてラストは「これがニューヨークの下地にあったんだぜ」みたいな、場所語りの物語として幕を閉じているところにちょっとノレなかった部分もありました。

これはおそらくアメリカ人目線じゃないとそこに対して熱い思いを抱けないと思うので、日本人が観た場合にこう思っちゃうのも仕方ないのかな、とは思うんですが。

それともう一点、もしかしたらこれが一番大きな不満だったような気がしますが、劇中終盤、南北戦争の影響が色濃く出てきます。そのために、映画のエンディングに対する戦争の関与がかなり強くなってしまい、こっちの(個人的な)期待とは違う形で決着していくところがすごく残念でした。

そりゃないぜ、と。

もちろん、南北戦争が時代の転換点となって古いギャングが時代とともに云々かんぬんみたいなのもわかるんですが、個人にフォーカスしたフィクションドラマだったら別に南北戦争をここまで絡めて来なくてもよかったんじゃないの、という気がしたんですよね。おかげでちょっと最後の部分でモヤモヤしたものが残ってしまい、もうちょっと気持ちよくして欲しかったな、と思うわけです。

この、「場所に帰結する物語だった」「南北戦争の影響が強かった」ところが、「個人間の任侠モノ」的な見方をしていた僕にとっては肩透かし感が強く、ちょっと残念に感じられたというところでしょう。全体的にとても気合の入った大作感がすごかっただけに、余計に残念な気持ちが強く残りましたね。「勝手にお前がそう思ってただけだろが」と言われればそれまでなんですが。

おそらくは、この辺の捉え方も任侠育ちの日本人とアメリカ人の文化の違いが出てるのかな、とテキトーなことを書いて終わります。知らないけどきっとそう。

このシーンがイイ!

ビルが「久々に」ジェニーを助手に、ナイフ投げの芸を披露するシーン。なかなか緊張感も思いも見えていいシーンでしたねぇ。

ココが○

あまりにも自然すぎてまったく意識してなかったんですが、街並み全部セットなんですよね。とんでもなく金がかかってますね、ホント。ただ後半で一部、遠景の時に空があまりにも固定すぎて違和感があった場面もありました。今だったらきっと空は合成でもっと自然に作るんでしょう。しかしこれだけのものを室内で作り上げるのは…想像が付かない。

ココが×

結局は決着の仕方かなぁ。

MVA

時代的に似合わなそうなキャメロン・ディアスがヒロインを演じていましたが、これが意外と結構頑張っていてなかなか良かったです。でも「私の中のあなた」でもそうでしたが、元々キャメロン・ディアスってなんか「頭の悪いルックスオシ女優」みたいなイメージがあるせいか、ちょっといいと褒められるというオトクなポジションにいるような気もします。

とは言え、この映画はおそらく満場一致でこの方になるでしょう。

ダニエル・デイ=ルイス(ビル・“ザ・ブッチャー”・カッティング役)

ディカプリオの親の仇の悪ボス。ポジション的にはディカプリオが主人公のはずですが、もう完全にこの人が主人公になってましたね。

聞けばダニエル・デイ=ルイスはこの映画のオファーが来るまで半引退中で、靴屋で修行していたそうです。それもまたすげーな、と。

この後アカデミー賞主演男優賞を2度受賞、この前を含めると2017年現在3度の受賞を誇る(現状)唯一の俳優さんですからね。そういう人が靴屋になろうとしてた、っていうのも驚きですが、戻ってきてやった役がコレ、っていうのもまたスゴイ。

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