映画レビュー0677 『ハンナ・アーレント』

地味ですが非常に観たかった映画の一つ。Netflixにあったので観てみました。

ハンナ・アーレント

Hannah Arendt
監督
マルガレーテ・フォン・トロッタ
脚本
マルガレーテ・フォン・トロッタ
パメラ・カッツ
出演
バルバラ・スコヴァ
アクセル・ミルベルク
ジャネット・マクティア
ユリア・イェンチ
ウルリッヒ・ノエテン
音楽
アンドレ・マーゲンターラー
公開
2013年1月10日 ドイツ
上映時間
114分
製作国
ドイツ・ルクセンブルク・フランス
視聴環境
Netflix(PS3・TV)

ハンナ・アーレント

モサドによって逮捕されたナチのアドルフ・アイヒマン。彼の裁判を傍聴したいと申し出た哲学者のハンナ・アーレントは、その裁判で見た彼の姿から「彼はただ命令に従っただけの凡庸な悪である」と表明、同時に当時のユダヤ指導者層への批判も言及したことで世間から猛反発を受ける。

興味があるなら一見の価値あり。

7.5

ハンナ・アーレントという人は一般日本人的にどれだけ有名なんでしょうか。あんまりピンと来ない気もします。僕は以前にたまたま知る機会があり、あのユダヤ人大虐殺を主導した人間の一人であるアドルフ・アイヒマンを「凡庸な悪だ」と言ってのけた女性だということで、どういう人なのか興味がありました。

今となってはその「凡庸な悪」論も定説として語られている気はしますが、当時の被害者たちを中心とした世論からすれば、彼はとんでもない悪魔であり巨悪だと信じられていたため、「思考をやめた時、誰でもアイヒマンになり得る」という彼女の論は到底受け入れられないもので、それ故に猛烈な反発が巻き起こるわけです。

物語は彼女の「アイヒマン裁判を傍聴したい」という申し出に始まり、その裁判に関する記事をニューヨーカー誌に連載、そしてその記事に対する世間の反応や彼女自身の周りの反応を交えながら、彼女の仕事や人間性を描く映画です。

序盤の裁判傍聴に関しては、まさに今年始めに観た「アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち」の別視点という感じで、あの映画でも使われていた同じ資料映像を使いつつ、あの映画で描かれていた「放送」を彼女が観ている、という形。「アイヒマンショー」のディレクターであるフルヴィッツがアイヒマンの悪魔性を炙り出そうとしていたのとまったく同じように、彼の裁判を見守るハンナを始めとした人々も彼の内なる残虐さを見出そうと食い入るように傍聴しますが、やはりフルヴィッツ同様、彼が小役人のような「凡庸な悪」であることを受け入れられず、戸惑います。やがて彼女はその「凡庸な悪」論を世間に提示することで、大量の脅迫状を受け取るほどの反発を受けるわけですが…。

今の時代でもそうですが、凶悪な事件に限らず直視したくない嫌な問題が起きた時、世間的には誰か一人(ないし複数の)悪者を仕立て上げて、「こいつのせいだ」で溜飲を下げ、また「こいつは異常者だ」で自分たちの埒外に置いて安心しようとする部分があると思いますが、まさにこの時代、アイヒマンの裁判に向けた世間一般の考え方はこの考え方そのもので、それ故に真理を突いたハンナの「凡庸な悪」論を受け入れられない、受け入れたくない人たちの反発がすごかったんでしょう。

おまけに自分(ハンナ)と同じユダヤ人にまでその批判の矛先を向けたがために、友人だった人たちからも反発されてしまい、ほぼ四面楚歌の状態になりながら静かに戦う彼女。しみじみとかっこいい。主演のバルバラ・スコヴァ演じるハンナは、常にタバコをくゆらせ、ややくたびれた雰囲気の中にも凛とした佇まいがとても印象的でしたね。

映画としては、まさに歴史上の人物を描いた伝記ものという感じで、またドイツ映画であることも手伝ってか、至って真面目で至って地味な映画ではあります。それ故に、これまた伝記もののご多分に漏れず、対象となる人物に対する興味が無いとなかなか入り込むのは難しい側面はあるでしょう。おまけに彼女の扱うテーマは政治色が強いし、職業的にも哲学者なので、地味な上にさらに輪をかけて地味というか。社会派伝記映画の中でも地味な方だと思うので、本当に興味がない限りは最後まで観るのがしんどい映画かもしれません。

が、やはり良くも悪くも映画の題材になりやすいアイヒマンが片方の軸にいることもあり、ナチスものを深掘りしていこうと思う人には避けて通れない映画の一つでもあると思います。上に書いたように「アイヒマンショー」との共通点もかなり観られるので、アイヒマンやハンナ・アーレントという人物に興味があるのであれば両方セットで観るのがオススメ。

今思えば「アイヒマンショー」の最後に語られた価値観はまさにハンナ・アーレントが言ったことそのものだし、歴史に残る大虐殺の悲劇を繰り返さないためにも、くどいほど“普通の人”に伝えていかなければいけないものなんでしょう。

よく殺人事件が起こった時にワイドショーなんかで近くに住んでいる人にインタビューして「明るくて面倒見の良い人でしたけどねぇ」とかやっていますが、まさにその手の話と通底しているというか、普通の人でも突如として“そっち側”に行くことがある、というのは何事にも共通して言えることで、例えば「詐欺なんて引っかかる方がおかしい」とか言ってる人が引っかかっちゃう、みたいなのも同じような面があると思うんですよ。

そうやって身の回りに置き換えていくと、このハンナ・アーレントの言う「思考停止の先に凡庸な悪がいる」というのは「はぁそうですか」と素通りするにはとても危険な、大切な問題を語っているのは間違いないわけで、映画として面白いかどうか以前に、いろいろな人が我が身に置き換えて観るべき話ではないかなと思います。そういう意味でも良い映画でした。

このシーンがイイ!

これはやっぱり…終盤の“講義”のシーンですねぇ〜。一番の見せ場らしい、気合の入った演技が素晴らしかったです。実際こういうことはあったんだろうし、学生が羨ましい。あそこだけちょっと法廷ものっぽかった。

ココが○

単純に「ハンナ・アーレントという人を学ぶ」という意味でとても良い映画だと思います。知識欲旺盛な人には特にオススメ。

ココが×

ちょっとね、エンディングが「え? これで終わり?」って感じにあっさりしていたので、そこが少し気になりました。そこがまた生真面目ドイツ映画っぽいと言えばそうなんですが、でももう少し「終わるぞ!!」って感じが良かったな、と。

MVA

やー、これはもう文句なしにこの人でしょう。

バルバラ・スコヴァ(ハンナ・アーレント役)

優しそうな雰囲気も意志のある眼力も文句無しで、本当にこんな感じだったんじゃないか、という説得力がスゴイ。

Wikipediaの顔写真見たらもう全然違うし。映画の方が数百倍かっこいい感じで。良い女優さんでした。

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