映画レビュー1052 『わたしは、ダニエル・ブレイク』

なんとびっくり今回もネトフリ終了間際シリーズです。あらやだ。

これも非常に口コミをよく見かける映画の一つだったのでずっと観たかったやつなんですよね。初ケン・ローチ監督作品です。

わたしは、ダニエル・ブレイク

I, Daniel Blake
監督

ケン・ローチ

脚本

ポール・ラヴァーティ

出演

デイヴ・ジョーンズ
ヘイリー・スクワイアーズ
ディラン・マキアナン
ブリアナ・シャン

音楽
公開

2016年10月21日 イギリス・フランス・ベルギー他

上映時間

100分

製作国

イギリス・フランス・ベルギー

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

わたしは、ダニエル・ブレイク

貧しい者が貧しい者を支える地獄。

9.0
働きたいけど働けないダニエル・ブレイク、お役所仕事に振り回される
  • 病気のため働けなくなった主人公が手当を申請するも“お役所仕事”に苦しめられる
  • 同様にお役所仕事に苦しめられる母子家庭と知り合って交流を持つが…
  • 決して対岸の火事と言えないどの国にも存在する生々しいシステムの問題点を浮き彫りにした名作
  • 社会包摂について嫌でも考えさせられる物語

あらすじ

ケン・ローチ監督作品は社会派で苦しい映画が多いと聞いていたんですが、なるほど確かに…とてもリアルな一般人の苦境を描いた映画、という感じでした。

とは言えただ苦しい、苦境のみを描いて世に問う欺瞞に満ちた物語というわけでもなく、その状況・環境に適応しつつ生きていこうとする主人公他登場人物たちの姿はドキュメンタリーのように生々しく、ただただ「システムがひどい」と語るだけの映画とはまったく違う、しっかりと地に足のついた社会批判の映画だと思います。

主人公はタイトル通り、ダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)。彼は大工一筋で働いてきたようですが、最近(この物語が始まる前に)心臓発作で倒れてしまい、医師から休職を命じられたために現在は無職。ですが大工という仕事に誇りを持っていて、できれば仕事に復帰したいと願っているようです。

年齢は明確に語られませんが、演じているデイヴ・ジョーンズの年齢がこの頃ちょうど60歳ぐらいだったようなのでおそらくその辺の設定でしょう。アラカンさんです。

彼は(働きたいものの医師から止められているため)仕方なく給付金の申請をするためにカウンセラーと面談をするんですが、医師に止められている等の話を伝えても「就労可能」と判断され、結局給付金申請は通りません。

彼がその決定に不服であることを訴えていると、「別の給付金制度がある」とのことでそちらの制度で給付金を得るためにハローワークのようなところに行って手続きをしようとしていると、窓口で子連れの一人の女性・ケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)が取り乱しているところに遭遇。

自身の給付金申請が通らなかったこともあって、かねがね“お役所仕事”に不満を抱いているダニエルは彼女の肩を持ち、一緒になって役所の職員を問い詰めますが結局はケイティともども追い出され、給付金申請も遅々として進みません。

一方この件をきっかけに知り合ったケイティとお互いを支え合うようにしながら友人となっていくダニエル。彼女の子どもの送り迎えを手伝ったり、配給される食料を受け取りに行く彼女に付き添ったりしながら、お互いにかけがえのない存在として親交を深めていきます。(恋愛要素じゃないよ)

しかしどちらも生活はいっぱいいっぱいであり、早い話がお金がない。かたや給付金申請がなかなか進まず体に問題を抱える高齢男性、かたや手に職もなく貧困に喘ぐシングルマザー。まさに「公的支援が必要な二人」がその支援を受けられずになんとかその日暮らしをしていくわけですが、果たしてこの物語が終わるとき、二人はどのような生活をしているんでしょうか…。

将来あなたが適応している保証はない

軽く補足しておきますが、この映画の舞台はイギリスであり、当然ながら日本とは社会保障制度が違うため簡単に比較することも出来ないんですが、おそらく最初にダニエルが申請した給付金は「傷病手当」のようなもので、それを断られたために「失業手当」の方に切り替えた、というイメージです。

前者はよく知らないのでわかりませんが、後者の方は日本のものとも似たような印象で、「働く意欲はあるものの職が見つからない状態のため一時的に手当が支給される」ような制度なんでしょう、それを証明するために(働けないことがわかりつつ)職務経歴書を書いたり面接を受けたりする姿がとても悲しい。

また申請はオンラインのみのものもあり、大工一筋でまったく慣れ親しんで来なかったパソコンに初めて向かい、近くの若者に教えを請いながら書類申請を繰り返す姿もなかなか切ないものがあります。

シーン自体はある種コミカルだったりもするんですが、それでもこの光景はおそらく日本でも少なからず繰り広げられているものだろうし、「パソコンは問題ない」自分でも、例えば今から20年後にその時点で主流になっているテクノロジーに乗り遅れてしまい、自分が希望する行動が取れない可能性は往々にしてあり得ると思うんですよね。

そこがすごく示唆に富んでいるというか、「あははーパソコンぐらい使えない爺さんしょうもねー」なんて笑っていられる話じゃないんだぞ、と我が身に置き換えて思いました。今は大丈夫でも、将来も大丈夫である可能性が保証されているわけじゃないんだぞ、と。

最近たまたま読んだブログでドキッとしたんですが、歳を重ねることで「便利だろうとはわかってるんだけど面倒」だから忌避していたことが積み重なって、結果的に気付けば置いていかれている状況になる…みたいな話が書いてあったんですよ。

僕の場合は例えばPayPayとかのスマホ決済なんかがそうで、一回だけダイソーで使ったものの、結局使いすぎるのも嫌だからクレジットカードと紐付けたりもしないし、チャージするのも面倒だからその一回使ったっきりで今に至っているんですが、そうこうしているうちにサービスがいろんなところに広がって、よりお得な制度が出来上がったりスマホオンリー決済が広がって、気付いたらいつの間にか「欲しいけど買えない」環境が出来上がったりするんじゃないか、という…。

最初の段階は「こういうものでしょ」とわかっていても、その最初の一歩を渋ったがために百歩先にあるものすごく便利だったりお得だったりするものがいつの間にか「超えられない段差の階段」になっているんじゃないか、と。

そういうこと、全然あり得ると思うんですよね。もしかしたら将来のみならず、知らないだけで現時点でもあるかもしれないわけです。

将来あなたが無事に働けている保証もない

話が少し逸れましたが、何を言いたいのかと言うと「誰にでもこうなる可能性がある」ということです。

それは「申請のために必要なテクノロジーについていけない」という細部の話に限らず、「社会保障を必要とする立場に置かれる可能性がある」ということに関しても。

僕はいわゆる“自己責任論”が大嫌いで大嫌いでその論に立つ人間を反吐が出るほど軽蔑しているんですが、彼らに決定的に欠けている視点が、この「誰にでもこうなる可能性がある」点だと思っています。

例えば事故がわかりやすいですが、誰だって事故に遭って半身不随のような状況に陥る可能性はあるわけです。そうなったらさすがに「自己責任だ」なんて言って自分でなんとかしろ、は無理があるでしょう。

蓄えがあって「自分でなんとかできる」人もいるかもしれませんが、とは言えそれだってお金を払って自分の代わりに何かをしてもらう形になるわけで、自分ひとりで完結するわけではありません。

ダニエルにしても、彼の休職の原因となる心臓発作が起きた日、おそらくその発作の瞬間まで自分がこの状況に身を置くことになることなんて想像もしていなかったはずです。誰でもいきなり不幸に見舞われ、自分の力ではどうしようもない環境に身を置く可能性はあるわけですよ。

その視座もないまま、「まずは自助」なんてちゃんちゃらおかしいし、ましてやそのことを政治家が、もっと言えば(どこぞの)国の首相が言っていい言葉ではありません。これはもう100%そうです。

個人の信条として「まずは自助が大切」と考えるのは良いことだと思いますが、それを他人に強要することは傲慢だし、ましてやそれをもっとも困っている人に対する寄り添う視線を持っているべき職業の人間が口にする、そしてそれを許容する社会というのは、この映画で描かれたイギリス社会以上に異様で残酷な社会であると思います。

そう、結局他国の話であってもそれは日本にも帰ってくる話なんですよね。国のトップが「まずは自助で」と言った先にある未来は、この映画で描かれる「貧者が貧者を支える地獄」ですよ。

おそらく日頃から「自分も何かのきっかけで社会的弱者になるかもしれない」と思っている人は、この映画からそういうつながりを感じ取り、それ故にこの映画が傑作であること、そしてとてもつらい話であることを理解すると思います。

逆にその視点が持てない人が観たとき、もしかしたら「偏屈な爺さんがただ社会に不満を言うだけのクソみたいな映画だな」と言うのかもしれない。

この映画を観てどっちに捉える人の方がより身近にいて欲しい人なのか、答えは明らかだと思いますが…今の日本の風潮を見ていると、その答えですら不安になるのは確かです。

役所側の描写も秀逸

どうも社会問題関係になるとヒートアップしがちなタイプなので熱く語ってしまいましたが、そうさせるだけの優れた描写がある映画だと思っていただければ。

ある種淡々としていて地味な映画であることは間違いないんですが、不思議と飽きずに見られる辺り、映画の作りとしてもとても巧みだと思います。文句なしに良い映画でした。

きっとそう感じられる理由の一つは、「他国の事情」で片付けられない、根本的に人間社会が抱える問題を描いているからなのだろうと思います。語られているのは「誰にでも起こり得る問題」であり、どこの国にもあるシステムの問題なんですよね。

制度上、画一的に対応せざるを得ないのも理解できるんですが、しかしあまりにも情のない“お役所仕事”は、切実度こそ違えど同じように憤った経験を持つ人も多いと思います。例えば免許更新のときのやり取りで腹が立った、とか。

この映画でも少し描かれますが、“役所的な冷たい対応”に対比するかのように“情を見せた対応”をする職員が出てくるものの、上司らしき人物から叱責されてしまうシーンがあって、そこがまたすごく生々しいんですよね。人としては正しくても、仕事としては問題と見なされてしまうジレンマ。

きっとこれ、“公務員あるある”なんだろうと思うんですよ。こうして心を折られて“お役所仕事”に堕していった先人もたくさんいるんでしょう。かつては志を持って仕事をしていたものの、どんどん打たれていってやがて“こうはなるまい”と思っていた先輩たちそのものになっている、という。

これもまたお役所に限らずあらゆる仕事でも考えられる現象だし、その辺りの普遍性もあって傑作足り得たのかもしれません。

決して明るい映画ではありませんが、社会について、包摂について考える価値観を持っている人であれば、必見の一作と言っていいでしょう。オススメします。

このシーンがイイ!

やっぱりタイトルの意味がわかるシーンでしょうか。すごくグッと来ました。

ココが○

とにかく生々しいですよ。

上には書きませんでしたが、隣人との人間関係等から見えてくるダニエルの人間性もとてもしっかり描かれていて、観客を味方につけるのがとても上手い映画だとも思います。

ココが×

どうしても社会派なので人を選ぶ側面はありそう。娯楽要素は殆ど無いですからね。

ただこういう話を見て何も感化されないのはそれはそれで悲しすぎる気はします。

MVA

まー事実上の一択、ですかね。

デイヴ・ジョーンズ(ダニエル・ブレイク役)

主人公。ハゲの爺さんです。

少し調べたところ、コメディアンでもあるそうで…コメディアンの役者さんってやっぱりどこか深みがあるというか、役に命を吹き込むのが上手いなぁと思います。とても良かった。

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