映画レビュー0598 『この世界の片隅に』
自分でもまさか劇場に行くとは思ってもみなかったんですが、今話題のこちらの映画、近くの劇場でも公開が始まったので観に行ってきました。
アニメの劇場鑑賞は、何度か書いてますが0巻欲しさにカップルとキッズに囲まれながら観た「ONE PIECE FILM STRONG WORLd」以来、約7年ぶりとなります。ちなみにあの映画はレビューもしていませんが、原作ファンとしては5.0点程度だった記憶。
この世界の片隅に
人間なら観よう。
今年大ヒットした邦画である「シン・ゴジラ」や、僕はまだ未見ですが「君の名は。」同様、もう軽く検索すればあらゆる方面からものすごく鋭い指摘がなされている、本当に今話題の映画なので、今さら僕があっさい知識と鈍りきった感覚でアレコレ語ったところで多分何一つ伝わらないし何一つ感心させることもないのは間違いないので、「いいから観ろや」で終わらせてもいいぐらいではあるんですが…。
ただ、何せ主人公のすずもごく普通の人間ということもあるので、ごく普通の人間代表として、「この物語に隠された奥深いなんちゃら」とかはスルーしてですね、ごく普通の目線でごく普通の感想を書きたいな、と思います。ちなみに原作は未読ですが、絶対に近々買って読みます。
前日譚も描かれますがひとまずそれは置いといて、映画本編の舞台は1943年スタート。って西暦より昭和で書いたほうがピンときますね。昭和18年。
そう、時代は太平洋戦争真っ只中ということになりますが、まだ劇中、つまり一般人のところまではあまり戦争の足音も近づいておらず、広島で海苔養殖の家に生まれたすずとその家族は、穏やかに平和に暮らしています。
物語は幼少期からちょっとしたエピソードを挟みつつトントンと進み、やがて良い歳になったすずのもとに呉に住む男性から縁談の申込みが。なんで知らない人がわざわざ自分を…? と不思議に思いつつも、悪い人ではなさそうだし、と結婚を決意、嫁いでいった先でまたちょっと苦労しつつものほほんと暮らすすずですが、確実に戦争の足音が近づいてきて…というお話。(ちなみに馴れ初めの話もとてもイイので見逃さないよーに)
僕がこの映画を最初に知ったのは、NHKの「おはよう日本」という番組の企画でした。その時は特に何も思わず「ふーん、クラウドファンディングでお金集めたのかーすげーなー」ぐらい。
何せ邦画、しかもアニメとなると、自分の中では最も鑑賞欲の後方に位置する映画になるので、この時は劇場に観に行くのはもちろん、ソフト化されても観るとは思っておらず。おまけにNHKの朝ニュースで取り上げられた“戦時中を描いた作品”なので、教科書的に綺麗事と悲劇を並べた、真正面から正義を語るような鼻につく話なんじゃないの、と率直に言って偏見丸出しの想像をしていました。お説教臭い系なんじゃないの、と。絵もなんか地味っぽいし、って。大変失礼なんですが。
そんな感じでまったく観る気も無くスルーしていたわけですが、ここ最近、“映画好き”の人たちから発せられる「これは観るべき傑作だ」みたいな評価を立て続けに見ていて、そこまで言うなら…と観てきたわけです。
なんでカッコつきの“映画好き”なのかというと、(良し悪しではなく)「君の名は。」は、どちらかと言うとアニメクラスタと言うんでしょうか、元からアニメが好きな人たちが「すごいぜすごいぜ」って言っているように見えたんですが、この映画に関しては、僕と同様に洋画を主食とするような“映画好き”の人たちが「すごいぜすごいぜ」って言っているように見えたんですよね。層が自分とかぶったというか。だから重い腰を上げた、というような面がありました。
で、観た結果、ですよ。
もうね、全然泣くつもりで行ってなかったんですが、オープニングのコトリンゴが歌う「悲しくてやりきれない」の時点ですでにうるうる来ちゃってましたからね。
その後、日々の普通の暮らしを観ているだけでもなんかじわじわ来てるんですよ。自分でも意味がわからなかったんですが。
「失われた日常」とかありきたりの表現でいいのかわかりませんが、今は失われた日本の古き良き風景と、不便でも幸せだったであろう時代に「なんか来た」んでしょうね。きっと。
とても優しい世界、でも結果として戦争に踏みにじられるであろう未来も知っている。しかもすずの出身地は広島。その入り口だけで、もうすでにじわじわ来ちゃって。「ああ、これやばいな、このまま行くとやばいわ…」と思って観ていたんですが…。
ところが、序盤は特に、なんですが、日常をサクサクとテンポよく見せてくれて、おまけに結構笑いどころも散りばめられているので、のっけから泣ける、ずっと辛い映画というわけではなくて。これがとてもとても大きいと思います。
主人公のすずも、いわゆる「戦争でも気丈に生きる健気な女性」という教科書的な人物像ではなくて、すごく普通だけどいかにもいそうなリアルな女性なんですよね。やや天然で抜けてる部分も多いし、悪気はないのはわかってるんだけどイラッとする人もいるだろうな、んでそう感じちゃうのが周作のお姉さん、すずから見るといわゆる小姑にあたるケイコなのかな、とか。
主人公がすずで、時間としては短くても幼少期から観ているから当然感情移入もしてきて、突然結婚するとなって「すず大丈夫か!?」とお父さん気分で観て、でもまあ嫁いだ先も良い人たちっぽいねと安心して…と観ていると段々戦争が近づいてくるフェーズに入ってきます。そしてやがてもう「逆に劇場で良かったわーある程度我慢するし」ってなぐらい号泣するフェーズになってくるわけです。
僕のあっさいレベルで「この映画の良さ」を語るとすれば、それは戦争との距離感なのかな、と思いました。戦争の話はもう語り尽くされているし、当然その分物語の題材としても消費され尽くしていると思うんですが、「はだしのゲン」みたいな「戦争の悲惨さ」を語るためのある種エゲツない被害描写だったり、「日本のいちばん長い日」(前後しますが先日観たので後日レビュー載せます)みたいな軍人の話だったり、それはそれで当然意味はあるしある種の面白さもあるんですが、やっぱり一般人からするとちょっと遠いんですよね。
「はだしのゲン」も一般人ですが、ただなんというか…過酷すぎて現実味がないというか。実際に体験しないと理解できない、少し次元の違うものに見えている気がするんです。凄惨すぎて記号化しているというか。それが悪いわけではなくて、その「次元が違うものが原爆なんだぞ」という意味が大事だとも思うんですが、ただ物語として自分の身に入ってくる浸透度としては、やっぱり少し距離が遠い。
対してこの映画は、普通の日常を徐々に犯して、やがてそれが一番の日常として鎮座する「戦争」という存在を見事に描いていて、普通の一般人として見た時の戦争という意味で、もっとも現代の人に刺さりやすい形で日常にシンクロさせた物語という気がします。
ああなんか説明臭くてダメですねもう。
小さな幸せを感じながら慎ましやかに暮らして、米が少なかったら工夫して、失敗しても「あちゃー」と苦笑で済ませられる、そんな劇的ではない日常の描き方が本当に素晴らしいので、それだけにその日常に食い込んできた戦争の残酷さと、失っていくものへの共感が、今まで“消化”してきたどの物語よりも勝っているんだと思います。
この映画で描かれる、普通の日常、市井の人々。それはつまり、観客なわけです。時代は違えど、この人たちは自分でしかない。
そう思うと、感情移入を通り越して、体験に近いものになるのかもしれない。
そう、この映画はきっと、戦争の疑似体験と言った方がいいかもしれません。それぐらい、一般人に近い肌感覚の物語でした。
もう一つ書いておくなら、すずの「絵を描くのが好き」という設定がすごく効いているというか、この設定とそれを活かしたストーリー、絵を描く「右手」そのものの存在が物語に大きな影響を与えていて、戦争というノンフィクションに、架空の人物のフィクションを融合させる意味で、とても大きな役割を担っていたのがすごいなぁと感動しました。
いやもうホント書きたいことは山ほどあるんですけどね…。ネタバレは書けないし、深掘りしようにも素晴らしい先人がたくさん書いているので自分が浅いことを書いても仕方がないし…という。
個人的なことを書けば、この映画は時代的に婆さんに見せた方が良かろう、ということで、ちょうどこの物語の舞台となる時代に生まれた我が母を誘ったところ「観たい」というので連れて行ったんですが、まあもう中盤以降は、お互い親子の目を気にすること無く号泣してましたね。
普段一緒に映画を観た後は鑑賞後に歩きながらアレやコレや語るんですが、今回だけは僕のほうが「何か話そうとしたら泣いちゃう」ような状態だったので、何も言えませんでした。逆に。「あそこが」って言おうとして思い出したらもう泣いちゃうんですよ。喋ったら絶対涙出る、って状態で。これは初めての経験でしたね…。
上で書いたように、劇場だったから泣くのも我慢していた部分があったんですが、これ家で観ていたらとんでもなく泣いていた気がします…。
それでも間違いなく今年一、泣いていました。
ただ、それもわかりやすい悲劇で泣いた、とかじゃないんですよね。もういろんな感情をつつかれて泣いた感じで。決して「ひどい、悲しい話」の号泣で終わり、という単純な話ではないので、何としても観てもらいたい映画です。
日本人のみならず、人間なら観ろや、と言いたい。
喜びも悲しみも、極めて現実的で、日常と地続きになっている表現の秀逸さ。
若干拝見しましたが、この映画を観てケチつけてるやつには「この時代に生きてみろボケ」と石を投げてやりたい。まともな感性を持っていれば、何かしら受け取らないわけがない。
「アバウト・タイム ~愛おしい時間について~」を観た時と同じく、いかに自分がダラダラと贅沢に無駄な時間を過ごしているのか、またも反省させられましたよ。便利で豊かな今の時代、恵まれているのに不満だらけの日常ってなんなんだろう…と。
とにかくいろいろ考えさせられる部分の多い映画でした。ぜひ観てください。
このシーンがイイ!
もう良いシーンなんて挙げきれないほどありましたが、そうだな…。
一例としては、“楠公飯”のシーン。笑っちゃうんだけど、過酷な日常を思えば考えさせられもするし、戦時中の環境を伝える意味ですごくよく出来たシーンだなと思いました。
ココが○
これまた山ほどあるので、一例として。
かなり監督がこだわったというのは「おはよう日本」で観ていて知っていたんですが、とにかく風景が細かく繊細で、アニメとしてもとんでもなくレベルが高いんだろうな、と。(だろうな、というのは普段アニメを観ないのでよくわからないんですスミマセン)
あと、これは映画好きとして声を大にして言いたいのが、とても「映画的演出」に優れている点。説明は最小限にして人物像を提示していく序盤のテンポの良さ、手紙を書く時の細かな表現、「波のうさぎ」の映像、劇中最も感情に訴えかけるであろう“とある場面”の表現。たくさんありました。
僕はアニメに詳しくないのでもしかしたら的外れな評価かもしれませんが、「映画としての演出」をきっちり見事にやっている感じがすごく良かったな、と。もちろんそれはアニメと喧嘩する要素ではないので、「ただのアニメに終わらせなかった」技術が良い意味で気になった、と言う感じでしょうか。
「すごいアニメ映画」じゃなくて、「すごい映画」でした。なので、自分と同じように「アニメはあんまり観ない映画好き」にもしっかりオススメできます。
それと歌に限らず、コトリンゴの劇伴もめちゃくちゃ良かったです。
ココが×
無いかなー。
ただ、当然ながら時代的な要素がいろいろあるお話なので、「モガってなに?」みたいな疑問は人によってはたくさん出てくるんじゃないかと思います。「何でしょっちゅう一升瓶突っついてるの?」とか。
まあその辺は物語の核に影響のない部分ではあるし、また鑑賞後に補完でもいいでしょう。
MVA
これはねー、皆さん素晴らしかったですが、やっぱり巷の評判通り、この人でしょう。
のん(浦野すず/北條すず役)
言わずと知れた主人公。
事務所といざこざがあったせいで本名使用不可ということで改名させられたあのお方です。もうどうせなら新能年玲奈にすればよかったのに。坂本一生みたいに。ってこのネタがわかる人ももはやだいぶ少ないんでしょうが。
「TIME/タイム」の某篠田麻里子を引き合いに出すまでもなく、一般的に芸能人の声優はほぼハズレなのがデフォルトですが、この方はもう本当に見事なまでになりきっていました。すげぇ。
いざこざ後の初の大きな仕事がコレ、っていうのも…何か持っている気がします。彼女。
もっとも、そういう背景がまた力になった可能性もあるし、この映画との出会いは運命的なものだったのかもしれませんね。緩さも激しさも完璧にこなしていたし、広島弁も関東人から見れば違和感がなく、お見事の一言。劇中、彼女の顔を思い出せないぐらいにすずでした。
これで旦那の周作が某EXILEの誰かとかだったら一気に興ざめでしたが、そういったこともなく一安心。やっぱり声の演技は大事ですねぇ…。
あと晴美ちゃんもね…すごく良かったよね…。