映画レビュー1238 『82年生まれ、キム・ジヨン』

今回はJAIHOですが、公開当時からかなり話題だったので特にレアな映画ではありません。ずっと観たかったので観てみました。

しかしいつにも増してジャケ絵がひどい。

82年生まれ、キム・ジヨン

Kim Ji-young: Born 1982
監督

キム・ドヨン

脚本
原作

『82年生まれ、キム・ジヨン』
チョ・ナムジュ

出演

チョン・ユミ
コン・ユ
キム・ミギョン
コン・ミンジョン
キム・ソンチョル
イ・オル
イ・ボンリョン
パク・ソンヨン

音楽
公開

2019年10月23日 韓国

上映時間

118分

製作国

韓国

視聴環境

JAIHO(Fire TV Stick・TV)

82年生まれ、キム・ジヨン

女性の社会的な立場を理解するために必見の一本。

9.0
メンタルの問題から、稀に“他人が憑依”してしまう主婦、キム・ジヨン
  • どこにでもいそうな「普通の主婦」が知らず識らずのうちに追い込まれ、病んでしまう
  • 本人に自覚はなく、周りの心配をよそに自分は大丈夫と暮らしていくが…
  • 就職、結婚、出産その他現代女性の生きづらさをリアルに描く
  • 基本的に周りがいい人なのも悩ましさを深くする

あらすじ

噂ではかなり「刺さった」と聞いていたんですが、なるほどこれは…想像以上に良かったです。でもそんなに大げさな映画でもないんですよね。センスなのかなぁ…身の丈にあったテーマに関わらずすごく刺さるのは、観た人の社会に対する解像度の違いも影響していそうな気がします。

タイトル通り、1982年生まれのキム・ジヨン(チョン・ユミ)。彼女は3歳年上のデヒョン(コン・ユ)と1歳になる娘と3人で暮らしています。

ある日夫の実家に帰省した際、実の娘には何もさせず自分にだけアレコレ用事を頼んでくる養母に対するストレスからか…突如として自らの母が乗り移ったかのように物を言い、養母に不満を言い立てる事件が発生。

夫のデヒョンは即座に彼女を連れて実家を離れますが、帰路の途中で話をしていてもその件についてはジヨン本人はまったく覚えていないようで、不安にかられるデヒョン。

やがて似たようなことが何度か起こり、しかし本人は自覚症状もなく一生懸命頑張っているだけに下手なことも言えず悩んだデヒョンは精神科医を訪ねます。

「本人も連れてきてください」と言われるデヒョンも悩みを深めますが…あとはご覧ください。

嘘っぽく感じる憑依によってより深刻に感じさせる巧みさ

我ながらあらすじの書き方がダメダメだなと思うんですが、まとめると「専業主婦の様々なストレスによって病んでしまった彼女とその周辺の人々」から社会問題(韓国社会ではありますが日本もほとんど同じようなものだと思います)を捉える物語、と言ったところでしょうか。

この世代の韓国人女性としては最もポピュラーな名前らしい主人公の「キム・ジヨン」は、元々は広告代理店でバリバリ働いていたんですが結婚・出産を機に退職。しかしそんな彼女を「旦那の稼ぎでのんびり過ごしやがって」的な噂話が徐々に蝕んでいき、また劇中最初に登場する“憑依事件”がそうであったように結婚による夫家とのストレスであったり、子育てのストレスであったり、それらに対する夫のスタンスであったり、様々な「あるある」が彼女を徐々に変えていってしまう…というようなお話です。

言ってみればこれは(日本も含め)「(夫の)家に入って出産する」ことで大なり小なり誰しも経験するであろう辛さや違和感を上手く物語として紡いだお話だと思いますが、とは言え「憑依する」面を除けばまったく大げさではなく既視感のある内容だけに、特に女性にとってはかなり共感できる内容になっているでしょう。

またその「憑依」についても、ややファンタジックではあるもののそれによって嘘くさくなるわけでもなく、むしろかなり感情的に揺さぶられる、創作の良さを感じさせるある種のイベントになっていて、その異様さ、リアリティの無さが逆に「深刻さへのリアリティ」を強く感じさせる、その手法には本当に驚きました。すごいな、こうやって惹き付けるのか、って。

これであの憑依が無ければなんとなく「我慢してます」だけでスルーしてしまいそうなアレコレを、憑依が発生することで「本当にヤバい、もうギリギリなんだ」とわからせてくれる強烈なメッセージになっていて、テーマの良さも去ることながらその作りの巧みさにも舌を巻きました。

ある意味ではかなり一般的な、誰もが認識している(けどズルズルとそのまま放置している)問題を、リアルさとアンリアルさの双方から浮かび上がらせて「このままでいいんですか?」と問いかける物語になっていて、これはまあとんでもなくよく出来た映画だなと思います。

この辺りの仕立ての上手さは韓国映画らしい強さだなと思いますね…。

男女問わず必見

もう一つ書いておきたいのが、「基本的にみんないい人」である点。

養母だけは立場上難しい関係は避けられず、どうしても(ジヨンから見て)いい人とは言い切れない面はあるものの、とは言え当然ながら悪い人ではないし、常識的に見てこういうタイプは珍しくない。

最も重要な存在である夫に関しては、一見すればとても優しく理解があって、いろいろ引き受けていこうとする良き夫に見えました。

ただこれも難しいところですが、本人にはまったくその気がなくても大事なところでミスを犯しているように見える面もあり、「良い夫なのにうまくいかない」辛さも内包しているのがまたすごく響くし上手いなと思います。

ただこの辺は当然ながら僕も男なので完全に理解しているとは言えないのも事実で、人によっては夫に対してかなり厳しい評価を下している人もいました。そこまで言うほど!? と思いましたがそう思ってしまうほど追い込まれる環境なのもまた事実なんでしょう。

そういう意味でも非常に人それぞれで捉え方が変わる面もあって、それだけ深い映画だなと思います。

女性は当然共感できる部分は多いし、男性でも学ぶべきところが山ほどあるお話で、むしろ男性だからこそ観るべき内容だと思いますね。本当に学びの多い映画でした。

総じて地味そうでありつつも中身はしっかり濃く、そして危ない状態にある主人公の姿に緊張感があるおかげで飽きずに惹きつけられる、これは本当にとても良く出来た映画だと思います。

原作本は韓国のみならず世界でもかなり売れた本のようですが、その評価を損なうこと無くしっかり映画化した作品だと思います。(未読なのでいい加減な意見ですが)

もはや現代人であれば男女問わず必見の映画と言えるでしょう。

このシーンがイイ!

ジヨンの窮状を聞きつけて、ジヨン母が家に訪れるシーン。もうめちゃくちゃ泣きました。

ココが○

すごく繊細で、なおかつ男としては「責められる」と感じそうな難しいテーマだと思うんですが、非常にフラットに観やすく提示する作りは本当に上手いです。

きっと原作からしてそうなんだろうと思うんですが、訴えたいことに対する素材の出し方と見せ方がものすごく巧みで、なおかつ映画としての面白さを損なわない、ある種の凄みみたいなものすら感じましたね。

さり気なく思春期の事件も混ぜてくるのもすごく上手いなと思います。女性がどれだけ大変なのか、そしてそれが長く続いているのかを端的に理解させる強烈なエピソードでした。

ココが×

僕としては特に無いんですが、人によっては(気分的に)面白くないと感じる人はいそう。男性で。

そういう人こそきっちり受け止めないといけない話だと思うんですけどね。

MVA

キム・ジヨン役のチョン・ユミ、すぐ「あっ、この人!」と気付いたんですが「ソニはご機嫌ななめ」のソニちゃんでした。小悪魔感ほとばしるソニ役と全然違う役なのにまったく違和感もなく、さすがにお上手でしたね。

彼女にしたい気持ちもありつつ、でもこの映画はこの人だと思うな…。

キム・ミギョン(ジヨンの母役)

役名そのまま。ジヨンの実母。働き者の母です。

母親像としてはベタかもしれませんが、しかし彼女自身の人生もまた我慢を強いられるものであることが描かれ、その女性としての苦労の積み重ねがジヨンにのしかかってきていることの罪悪感を(感じる必要ないのに)感じてしまう、とにかく優しいお母さんの姿がもうダメでダメで泣かされまくりました。

特に上に挙げたシーンはもう本当に涙なしには見られない名シーンなのでぜひ観て欲しいところ。この方すごく良い役者さんですね…。

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