映画レビュー0184 『友よ静かに死ね』
昨日書き忘れたんですが、「レインマン」の劇中に出てくる「ビーチクレスト通り」を「ビーチク・レスト通り」、つまりです。
なんだか最近古い映画ばっかりで申し訳ないですが、僕自身もそろそろ飽きてきたので新しいのを観たいと思ってます。でもまだBS消化が終わらないんだよなぁ。
ということで今回はアラン・ドロン特集第2弾。ちなみにややこしいですが、同じフランス映画である「そして友よ、静かに死ね」とは別の映画です。
友よ静かに死ね

取り立てて良いところは無いれけど。
タイトルからしてかなりハードでボイルドなハードボイルド映画(そのまま)を想像していましたが、開けてビックリオープニングからしてほのぼのとしたゆるいギャングモノでした。雰囲気としては「明日に向って撃て!」っぽい。
が! 中身は当然、全然違います。
アラン・ドロン衝撃の髪型(カーリー・ヘアとか言うらしいことを初めて知りました)に三流映画の匂いを嗅ぎ取り、怯えつつも観ましたがまさに予想的中。どーってことない、いい歳して若い火遊びで刹那的な人生を送る男たちのお話。まーほんとに「何があったすごかった」という要素がまるで無いです。ただのドラマというか…。「映画」としてお金を取るストーリーなのか疑問に感じたというのが正直なところ。あ、。
とは言え、ですね。
確かに当時はそういう映画だったと思うんですよ? 何だよコレ的な。でも、今観るとホンのちょっとだけ、熟成された味わいが感じられるというか…個人的に、かつて「スケアクロウ」を観たときからずっと胸に引っかかっている、「古き良き大らかな時代」を感じさせる内容に、どこか懐古主義的にならざるを得ない思いを抱くのです。
今の時代、何でもシステマチックになりすぎてて、非常にスキがない世界になってると思うんですね。。
もちろん、この映画で描かれているようなギャング的な犯罪行為なんかを肯定するわけではないですが、この映画の持つちょっと間の抜けた空気感というのは、やっぱりこの頃の持つ世間的な空気感を反映している気がして、いろんなタイプの人たちを許容できた時代、みたいなものを感じるんです。大変だけど、なんだかんだでみんな暮らしていけるような。
今みたいにフルデジタルな、0か1かで割り切れない世界がそこにはあって、こういう時代は今よりも確実に格差は少なかったんじゃないかな…とふと思うわけです。恋愛格差社会論者としては(急に)。話逸れました(おなじみ)。
そんなわけで、映画としての面白さで言えば決してオススメできるものではないんですが、かといってバッサリ「観なくていいよ」と言えるほど否定的にもなれない不思議な映画でした。面白かったかと聞かれれば、別に面白くは無かったよ、と言うんだけど、でも観て損したかと聞かれれば、別に損もしてないな、と言う。
こだまでしょうか。
いいえ、違います。全然違います。
このシーンがイイ!
んー、どこだろう…。特にシーンとして印象的なところもなかったんですよねぇ…。ということで今回はナシ。
ココが○
とにかくテーマ曲みたいなのが忘れられないほど何度も繰り返し登場するんですが、その曲の雰囲気がまさにこの映画の雰囲気を作り出してて、その緩さがいいな、と。懐かし~い感じです。
ココが×
とにかく話としては三流というか…別に何も無いんですよねぇ。
ラストに至る話も、いくらなんでも大らかすぎだろ、っていう話だし。大らかというか、間抜けというか…。そこがまたこの時代を表してるエピソードなのかもしれませんが。
MVA
アラン・ドロンについては、最初誰がアラン・ドロンかわからないほどの衝撃的髪型だっただけに、始終複雑な気持ちで観てました。かっこいいのにもったいない、と…。ただギャングの割に二枚目半で、時折見せる少年のような笑顔は印象的でしたねぇ。
そんな中、選ぶとしたらこの人。
ニコール・カルファン(マリネット役)
若くてかわいい。ただそれだけ。それだけでもいいじゃない!
パンチラシーンはよ!


