映画レビュー0983 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

新型コロナで大変ですが皆さん無事お過ごしでしょうか。

僕は今のところ特に何もなく、明日から週の半分ぐらい自宅での仕事になりました。ひたすら昼寝する光景しか浮かばない…!

さて今日はつい最近アカデミー賞で話題になった…と思いきやもう3年ちょっと前なんですね。時間が経つのは早いもんだ…。

今回もネトフリ終了が迫ってきたために急いで観ましたよっと。

マンチェスター・バイ・ザ・シー

Manchester by the Sea
監督
脚本

ケネス・ロナーガン

出演

ケイシー・アフレック
ミシェル・ウィリアムズ
カイル・チャンドラー
ルーカス・ヘッジズ
ベン・オブライエン
グレッチェン・モル
C・J・ウィルソン
テイト・ドノヴァン
カーラ・ヘイワード
アンナ・バリシニコフ
ヘザー・バーンズ
マシュー・ブロデリック

音楽
公開

2016年11月18日 アメリカ

上映時間

137分

製作国

アメリカ

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

マンチェスター・バイ・ザ・シー

人間そんなに強くない。

9.0
兄の急死によって甥の後見人となった男が向き合わざるを得ない過去
  • 甥のためにかつて住んでいた街へ戻った男を苦しめる過去
  • とても淡々としていて地味なものの理解しやすい心情の描き方が秀逸
  • 最後まで大きな展開は無いがじわじわ染みる
  • にんげんだもの みつを

あらすじ

オーシャンズ大好き勢としてはケイシー・アフレック主演の時点で若干盛り上がるわけですが、しかしなかなか久しぶりに観た彼は渋くいい感じのおっさんになってきましたね。若い頃より全然いい男になってる気がします。

映画自体も非常に地味ではありましたが素晴らしく染みるストーリーで、終盤はなんてこと無いシーンでもなんかウルウル来ちゃうような…感極まる良作でした。

さて、そのケイシー・アフレック演じる主人公、リー・チャンドラー。チャンドラーと言えばカイル・チャンドラーですが、そのカイル・チャンドラーはジョー・チャンドラーという名前でリー・チャンドラーの兄を演じています。ややこしい。チャンドラー渋滞。

リーはボストンで一人暮らし。マンションの便利屋として働いていて、無愛想で評判も悪く喧嘩っ早くて友人もいない…というなんとも寂しい方なんですが、ただ腕は確かなようでそれなりに重宝されている模様。というか仕事の能力が低かったらとっくにお払い箱にされてそうなぐらいに陰キャ感強いです。ただいかにもケイシー・アフレックっぽい感じの役ではあるかも。ちょっと狂気を内に秘めてそうな一匹狼タイプ。

物語開始早々、彼の元にチャンドラー渋滞の元凶であるところの兄、カイル・チャンドラー演じるジョー・チャンドラーが倒れたとの連絡が。

リーは急ぎ地元(直接的に地元という表現は無かったんですがおそらく地元でしょう)である「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に帰りますが、着いた頃にはすでに兄は他界。

葬儀の相談やら何やらと遺族の仕事をこなしながら、かつてかわいがっていた今は思春期真っ只中の甥・パトリックと数日共に過ごすことに。

その後兄の遺言を確認すると、一度も相談されたこともないまま「パトリックの後見人」として指名されていたことを知り、そんなの無理だと突っぱねつつもやむなくそのままパトリックとの生活が始まります。

リーはボストンに帰りたいのでやむなくパトリックも連れて引っ越したいと考えますが、しかしパトリックはモテチンコ野郎なので二股からさらに他股に広げていってやろうかというチンコ脳状態で大反対。答えが出ない状況の中、回想シーンを挟みつつ徐々にリーが「なぜマンチェスター・バイ・ザ・シーから出たいのか」を観ていくことになります。

過去の出来事そのものの大きさが問題ではなく

ということでタイトルの「マンチェスター・バイ・ザ・シー」とは街の名前だそうで、カッコイイ街ですね。なんかね。

その名の通り海に面した田舎町で、とても雰囲気の良いのどかな街なんですが…しかしリーには過去の経験から「ここにいたくない」理由があり、頑なに帰ろうと意思表示しつつ、その理由となる過去の話がポツポツと挟まれる、ただそれだけの映画です。言ってみれば。

ネタバレにならない程度に書けば、亡くなった兄は優しく誰からも慕われる人物だったという自分との違いもあるし、彼の息子であるパトリックは父が亡くなった悲しみも程々にほぼセックスのことしか頭にない状況も苛立たせる面があったとは思います。まあ最大の理由は“語られる過去”であることは間違いないんですが、それだけじゃないよなというのもなかなかつらいところ。

またその過去の出来事によってマンチェスター・バイ・ザ・シーのような小さな街では“あのリー”的に顔が知られてしまっているような面もあり、とにかく住むには気まずい状況なんですよね。彼の内面を除いたとしてもそうなのでなおさらつらいという。

肝心の過去の話についてはここでは触れません。ただ、ネット上の声には「ふーん、でしかない」という意見もありました。

まあそれもわからないでもないんですが、僕としてはこの過去の話そのものの大きさっていうのは実はあんまり関係がないんじゃないかなと思います。

その人にとって、その経験がどれだけつらいことなのかはその人本人にしかわからない、というごくごく当たり前のことですよ。例えばその過去が「万引きで捕まった」ぐらいの、周りからしたらバカバカしく感じるようなことだったとしても、本人がそれによって生きていくのも大変なぐらいつらいのであればそれはもう様々な決定打になり得るわけです。

偶然、僕も最近愛犬を失ったばかりですが、これも人によっては「そんなのよくあることだし大したことないじゃん」って思う人もいると思うんですよ。そう思う人を責める気もないし、理解できないのは仕方がないことです。僕がどれだけ彼の存在に救われていたのかもきっと理解できないでしょうからね。

ただ僕にとっては今まで生きてきた中で最もつらい出来事だったので、この映画で描かれる「リーの過去」はとても壮絶だと思いつつ、でも壮絶か否かすら関係ない、当人にとってどうなのかを慮ったときにいろいろと感じる部分があり、そこにどうしても心を動かされてしまう映画でした。

リーと自分が人間的に似ているのかと言うとそうでもないとは思うんですが、ただ内にこもっていく感覚はものすごく近いものを感じたし、絶えず「この状況で自分だったらどうなるか」を考えながら観ていて、それ故にひどく感情移入させられた面はあったと思います。

じっくり観られるときにじっくり向き合って観て欲しい一本

くどいようですがかなり地味だし、観る時間帯や人生経験にもかなり左右される映画ではあるかもしれません。僕も眠くなる時間帯に観てたら危なかった気がする。

ただ淡々としつつも回想シーンによって登場人物に興味も持たせてくれるし、徐々に「最初からこういう人間じゃなかったんだよ」というのがわかるにつれてどんどん今のリーを観るのがつらくなってくるのがなんともお上手。

なんてこと無い街の、なんてこと無い一人の人物の特殊な過去を見つめ、「でも人間ってこうだよね…」と至ってリアルな物語がじわじわ自分を侵食していく感じがとても良かったです。少し「スリー・ビルボード」に近い感じがあったかも。

ちょっといろいろ言いたいんですがネタバレになっちゃうので、後はネタバレ項に書くことにします。ただ明るい映画ではないよというのだけは書いておこうと思います。

少し大人向けのお話だとは思いますが、それなりに生きてきた経験がある人であれば、何かしら感じられる映画ではないかなと。それこそパトリックぐらいの男の子には多分良さはわからないでしょうね…。

マンチェスター・ネタ・バ・レー

深い洞察力があるわけではないのでアレですが、僕はこれは「変われなかった、変わらなかった男の物語」なんだろうなと思いました。

それこそ主人公が「変わった」、成長した物語というのは腐るほどある…というか普通はそっちを描かないと面白くならないものだと思うんですが、それを「変わらない」人物を描いて物語冒頭と同じ生活に回帰していく話を描き、その上胸に刺さる物語になっているというのがすごいなと思います。

果たしてリー本人が「変わりたくても変われなかった」のか、本心がどこにあったのかまではわかりませんでしたが、僕が思うに彼はそもそも「変わりたくない」、変わることを諦めてしまった人なのではないかなと思います。

これがねー、すごくリアルだなと思ったんですよ。僕も多分そっち側の人間なので、もちろん何らかのきっかけで前向きに頑張る物語も好きだし憧れるんですが、でもいざ自分も同じ環境に置かれたとしたら…多分リーと同じく変わらずに先の暗い人生を歩み続けるんじゃないかと思い、そこがものすごく刺さりました。

「いつまで過去に引きずられてるんだよ」と思うのもわかるんですが、きっとリーは“生きるため”に過去の事件に囚われ続けることを選ばざるを得なかったんじゃないかなと。選ぶというか、そうしないとおそらく自分自身の精神が保てなかったんじゃないかなぁ、と…。

やっぱり“沈む”のって居心地良かったりするんですよ。このままじゃダメだとわかっていても、そこにとどまることでかろうじて自我を保てるような状況だったんじゃないかなと思うんですよね。

愛する子どもたち4人全員を自らの過失が原因で失い、妻にも「地獄に堕ちてもおかしくない」ほどの罵詈雑言を浴びせられた挙げ句別れ、一人生きていくには文字通り殻にこもるしかなかったんだろうと。その重さを思うとひたすらつらい話でした。

終盤、パトリックに対して自分はボストンに戻ってパトリックは養子に出すという話をするシーンで、涙も逡巡も無く、吹っ切れたように「耐えられない」って言うんですよね。無理だと。そこに込められた思いを考えるともうどうにも涙なしでは観られませんでした。

リー自身は至って平静に「耐えられない」と最も言いづらいであろう言葉をきっぱり伝える、その背負ったつらさたるや相当なものですよ。

このままここにいたら間違いなく自分が壊れてしまう、だからこういう結論に至ったんだと細かく説明する以上に説得力のある「耐えられない」という言葉の重み。その描き方が素晴らしかったと思います。

一度堕ちた人が切り替えて前向きに“変わる”のって、例えば100人いたら1人か2人とかかもしれないし、もしかしたら99人かもしれないけど、でも絶対に100人全員ではないと思うんですよ。

その“変われなかった”人たちはずっとそこにとどまって、他の人が知り得ない苦悩を抱えたまま生きるしか無いわけです。そしてそういう人たちはそれこそ映画のような“物語”でも、普通の一般社会でも見逃されがちで、余計につらい思いをしているんだと思います。

「変わった話」は言わばサクセスストーリーなので、世間にも好まれるし「教訓」として例示されやすいんですよね。でも変われなかった人の話はそうではないわけで、そこでまだ過ぎ去らない嵐を受け止めながら、立つだけで精一杯の人たちの物語というのは、やっぱりすごくつらい分胸を打つ面があるんだと教わった気がします。

自分がリーだったら…きっと自殺したんじゃないかなぁ…。そもそもリーも警察で拳銃奪って死のうとしたのを止められてしまい、「死ぬに死にきれない」状態で(結果的に)ズルズル生き続けることになってしまったんでしょうね。本当は死にたかったんだろうけど、「死ぬことすらできなかった」ことでその意欲すら削がれてしまったと…。

こんな状況の人に対して、元妻(ミシェル・ウィリアムズ)が泣きながら「愛してる」って言ったのは本当にひどいし本当につらかった。彼女も彼女でわかるし責められない面もあるんですが、でも自分は別の人と結婚して子どもまで産んでおいて、今の居場所が確保された言わば安全地帯からの「愛してる」はないよ…。きつすぎる。

あれが「耐えられない」決定打になったのは間違いないでしょうね…。酷すぎる。あんなに残酷な「愛してる」は初めて観たかもしれない。

このシーンがイイ!

終盤のとあるシーンがものすごく良くて泣いたんですが、ネタバレになりかねないのでどこなのか詳細は書きません。

感情を高めて言うのが当然のようなシーンで、まったくそういう素振りを見せずに言うセリフ、その演技と演出ともに素晴らしかったですね。

ココが○

主人公の最初から最後までを追うと、ある種少し変わった映画だと思うんですがそこがすごく良いし刺さりましたね。これまた詳しく書けないのが申し訳ないんですが。

端的に言うときっと自分が「物語の主人公」になったときに、他の映画のように綺麗にうまくいかないだろうという思いがこの映画の主人公とリンクして、そのリアリティに心を揺さぶられました。

なかなかこのレベルで人の内面を見せてくれる映画って無いと思います。過去の語り口、現実とのリンクのさせ方、すべてレベルが高かったですね。

ココが×

やはり地味な点と、おそらく「強い人」にはまったく響かない物語だと思います。

言ってみれば何らかのスポーツの一流選手が三流選手の物語を見ても理解できないのと似た問題がありそう。

“弱さ”に共感を持てない人にはきっとつまらない映画なんだろうなぁ…。

MVA

ミシェルがねー。相変わらずかわいいし相変わらず薄幸そうだし相変わらず素晴らしく上手で最高なんですが、やっぱりさすがアカデミー賞受賞しただけあるぞと言うことで、この人でしょう。

ケイシー・アフレック(リー・チャンドラー役)

主人公。

無愛想で自分の殻に閉じこもってる感じ、他人に興味のない感じがドンピシャ過ぎて。他にこの役をうまくこなせる人ってあんまり思いつかないかもしれない。

映画同様演技も淡々としているので良さが見えづらい面もあるんですが、でもその淡々とした中に重いものを抱えている雰囲気がすごくよく出ていて、いやケイシー良い役者になったねぇ…としみじみ。

ただ過去の問題も結構糾弾されているようなので、少し心を入れ替えてまた頑張って欲しいところです。ちょっと他にいないタイプの役者さんだと思うので。

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