映画レビュー1477 『特捜部Q 知りすぎたマルコ』

先週はついに念願の鳥羽水族館まで行ってきまして、土曜日には戻ってきてたんですが灰になったジョーのようになっていたのでお休みしました。
メイキラちゃんは最高にかわいくて感動で泣けるので皆さんぜひ元気なうちに会いに行ってください。

さて本日は因縁のこちらの映画。
アマプラで特捜部Qシリーズがすべて配信終了を迎えることとなりまして、諸事情により(詳細は後述)避けていた最新作をいい加減観ることにしました。
やっぱりね、観ないで文句言うのはダメですからね。

特捜部Q 知りすぎたマルコ

Marco effekten
監督

マーチン・サントフリート

脚本

アンデシュ・フリチオフ・アウグスト
トーマス・ポルサーガー

原作

『特捜部Q ―知りすぎたマルコ―』
ユッシ・エーズラ・オールスン

出演

ウルリク・トムセン
ザキ・ユーセフ
ソフィー・トルプ
アンドレス・マテセン
リサ・カーレヘド
トーマス・W・ガブリエルソン
キャスパー・フィリップソン
ルーボス・オーラー

公開

2021年5月27日 デンマーク

上映時間

125分

製作国

デンマーク・ドイツ・チェコ

視聴環境

Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)

特捜部Q 知りすぎたマルコ

みんなの愛した特捜部Qは死にました。

5.0
拘束された少年の持つ偽パスポートは失踪した公務員のものだった
  • かつて性犯罪者として捕まった後失踪した公務員の行方の鍵を握る少年を追う特捜部Q
  • 原作・映画ともにシリーズ5作目
  • キャスト・製作陣すべて一新
  • 過去4作とは似て非なるもの、映画としての質が超絶低下

あらすじ

覚悟はしていたんですが…キャスト変更はもちろん、しかしそれ以上に製作陣の変更が堪えた気がします。まさに「似て非なるもの」、僕としてはまったく評価できない駄作と言い切ります。

逮捕目前に迫った犯人が自殺し、またも休養に入ったカール(ウルリク・トムセン)はこれまた例によって早々に復帰し、アサド(ザキ・ユーセフ)とともに以前未成年女性への暴行容疑で逮捕されたのちに失踪した公務員・スタークの行方を捜査することに。
一方国境の列車内で拘束された少年・マルコ(ルーボス・オーラー)はそのスタークのパスポートを所持していたことから捜査線に浮上、カールも尋問しますが一言も言葉を発しません。
限られた手がかりから捜査を進めるカールですが、結局鍵を握るのはマルコ。なんとかして情報を引き出そうと試みるも、彼は収容先から逃走してしまいます。
難航する捜査ですが、スタークの行方、そしてマルコとのつながりは…。

文化の破壊

日を経るごとに深まる憤慨で罵詈雑言を並べ立てたいところですが、ここは大人としてまず丁寧なご説明から始めましょう。

ご存知ユッシ・エーズラ・オールスン原作の「特捜部Q」シリーズ、今作は5作目となります。
1作目から順番に、

ときて、最新作が今作「知りすぎたマルコ」です。
そして散々書いてますが改めて書くと、前作までの4本からはキャスト・製作陣全変更で言わば“リブート版”の1作目というポジションにもなりますよ、と。

過去4作についてはどれも本当に、見事なまでの人間の闇(と僅かな希望)を描いたムナクソスリラーとして1本残らず完成度が抜群に高く、刑事ものとして、バディものとして、そしてシリーズものとして他に類を見ないレベルの高さがありました。僕も超がつくほどお気に入りです。そしてそれは僕のみならず、ある程度映画が好きな人たち(このシリーズにリーチできるぐらいの映画好き層)には総じて高く評価されているシリーズでもありました。
それだけにさすがにキャスト変更は当時も特捜部Qファンの間では相当な話題になっていて、当然ながら賛否の“否”ばかりではありましたが、まあ言うて僕もいい大人なので「キャスト変更だと!? どうせクソな仕上がりなんだろ!?」と好戦的に構えることもなく、大きく譲歩して「今さら言っても仕方がないし、これはこれとしてきちんと評価しよう」と努めてフラットに観る意識で観ました。そして結果クソでした。

ただ、キャストの人たち“だけ”が悪いとは言えません。
もちろん、僕はあのゴリラ似のニコライ・リー・カースが演じるカールの苦み走った表情とぶっきらぼうな不器用さが好きだったし、優しさと芯の強さを持ち合わせていたファレス・ファレス演じるアサドも好きだったし、飄々としつつ優秀さを醸し出すヨハン・ルイズ・シュミット演じるローセも好きでしたよ。
キャスト変更はもちろん嫌でした。カールはなんでこんなただの爺になったんだよと思いましたよ実際。
が、キャスト以前にもう映画の作りそのものが稚拙で以前の4作の足元にも及んでいません。

まずアサドが超モブ。モブオブモブ。全然相棒感がないし、つまりはバディ感も皆無。これは新制作陣がバディものではなくカール中心の作品にしようとしたということなんでしょうか。
ローセも超モブ。モブオブモブその2。ぶっちゃけ出てた? ってぐらい影が薄かった。
ついでに特捜部Qにいきなり知らない若いメンバーらしき人員も増えてます。紹介も説明もなく、また出番もほとんどないから特捜部Qの人間なのかどうかもわからないぐらい謎の存在でしたが。
なので自ずと、もう作りの時点でカールの役割が重くなるわけですが、そのカールがまた…活気ゼロで辛気臭さ全開です。
ただでさえ暗いシリーズなだけに、この爺さんではなかなか…それなりに見せ場があればまだしも、そういったものもあまりなく、ひたすら地味なまま。
以前の4作も絵面的には地味だなと思って観ていましたが、しかし改めて今観るとニコライ・リー・カースもファレス・ファレスもすごく華があるなと思い直しました。存在感やオーラがまるで違う。表情一つ一つで読み取らせる演技が本当に見事でした。
今作、出番の多いカールはまだしも、アサドなんて本当にモブとしか言いようがなかったので役者云々以前に彼の表情で何かを感じた記憶が一切ありません。まだ課長の方が雄弁な顔してた気がします。
「24」で初登場したシーズン中に速攻死んでいく現場捜査官ぐらいのモブ感。これ、本当に特捜部Qシリーズなのか…?

で、一番文句を言いたいのが終盤の展開。
正直、途中までは「前のほうが断然良いけど記憶を消したとすればまあそこまで悪くはないのかもしれないかもしれない」と大幅に譲歩しながら観ていました。別物として観れば、原作も同じなんだしそこまでひどくなるはずがないよねと。
ところが終盤、黒幕が判明してから結末を迎えるまでがショート動画かよと突っ込みたくなるレベルでサクッと進んで終了、という雑さ。ショート動画かよ。

実は今作があまりにも納得行かなかったので、同じタイミングで配信終了だったんですが急いで過去4作を観直したんですよ。全部。あまりにもまずいラーメンだったから美味しい店に入り直すような感じで。
それで改めて感じたのは、過去4作はどれもしっかり終盤にピークがあり、最後まで緊張感を持たせる…言ってみれば非常に“映画的”な盛り上がりがしっかりあった、ということ。
今作はもしかしたらこれこそが原作準拠なのかもしれませんが、盛り上がるべき終盤をさっさと終わらせてくれたおかげで「ハァ?」とちいかわのうさぎと化しました。なにこれ?
さらに言えば、過去4作は事件の解決をピークに、その後のエンディングで余韻を残す終わり方まで完璧で、そこで少しカールとアサドの距離が縮まったりカールのその後に希望が持てるようなエンディングにすることで「ムナクソな話だったけど良かったな」と満足感を抱かせてくれる非常に上手な作りをしていたんですが、今作は果たして最後がどうだったのかまったく覚えていないぐらいに印象に残らず、それはつまり当然「今後の特捜部Qやカールに思いを馳せる」ようなシーンはまるで無かったということで、読後感的なものまで過去作にまったく歯が立ちません。
同じ原作(者)の映画でこうも変わるのか…とものすごく勉強になりましたね。皮肉も込めて言ってますが。
そしてこれはつまり、もはやキャスティングだけの問題じゃないんですよ。明らかに作り手の、監督・脚本その他制作陣全体の問題なわけです。
実は過去4作の監督について、「檻の中の女」と「キジ殺し」は一緒ですがその他2作は別の監督が担当しています。つまり都合3人が監督しているシリーズなんですね。
それでもどれも同じぐらいレベルが高く、印象に残る素晴らしい作品になっているというのは、それだけ監督以外の制作陣にしっかりとしたビジョンと熱量があった証左でしょう。
で、全変えしたらこれですよ。この体たらく。
マジで納得がいかないし、マジであの「特捜部Q」を返してほしい。これはもう文化の破壊と言っても大げさではないと思います。
世界的にも評価されているシリーズなので、当然ビジネス的にも相当な痛手ではないかと思いますが…。デンマークのGDP減らしてるんじゃね? っていう。
ちなみに、参考にならないものも多いのであくまで指標の一つでしかないんですが、IMDbの評価を並べると

  • 檻の中の女 7.2
  • キジ殺し 7.1
  • Pからのメッセージ 7.0
  • カルテ番号64 7.4
  • 知りすぎたマルコ 5.3
  • 吊るされた少女 5.6

ということで一目瞭然、世界的な評価も「新シリーズクソだな」でウッボーです。ウッドボール。決まり。
僕の知る限りIMDbで7点台はかなりの良作、5点台は駄作と相場が決まっているので、もうそのままそういう評価と考えていいと思います。
そしてしれっと書きましたが実はこの次の作品「吊るされた少女」も本国では公開されているようなんですが、もちろん今作からのキャストが続投しているっぽいので製作陣もそのまま続投なんでしょう。そして案の定評価は振るわず。やめてくれマジで。

クソジジイのエゴにより特捜部Q終了のお知らせ

…と大量のお気持ち表明を綴ったところで、そもそも「なぜキャスト&製作陣全変更になったのか」の話をしましょうよ。
大元のソースに当たったわけではないので真偽不明ではありますが、おそらくほぼ確実と思われる話として、実は原作者のユッシ・エーズラ・オールスンは「この(ニコライ・リー・カースの)カールはカールじゃない、軽薄すぎる」と不満に思っていたそうです。
作を重ねるごとに製作陣と原作者の間の溝は深まっていったそうで、最終的に「カルテ番号64」の試写にユッシ・エーズラ・オールスンは来なかったとか。
つまり、この大惨事は原作者の意向ということになります。
実際の交渉については当然わかりませんが、大まかな流れとしては原作者権限により「全部変えろ」と命じた、という形なんでしょう。
実際原作を履修している人からすると、賛否は置いといても「こっちの方が原作のカールに近い」というのは公開当時から言われていました。
じゃあ仕方がない…とすんなり納得することもできないんですが、しかし「セクシー田中さん」の悲劇を思い出すまでもなく、やはりある程度原作者の意向というのは尊重するべきことであるのもまた事実です。

なので、この結果を見て僕は結論を出しました。
「自分含め、みんなが好きだった特捜部Qは“幻”だった」ということです。今作を持って「夢が醒めた」と言ってもいいでしょう。
原作を映画として昇華させた過去4作のキャストを含めた制作陣の類まれなる才能はすべて原作者の意向により無に帰し、名実ともに「死んだ」と思いましょう。復活のときは永遠に訪れません。

繰り返しますが原作者の意向は尊重するべきなので、そこは理解します。
理解しますが、一方で原作者のセンスの無さに絶望するのもまた(映画版の)ファンとして当然の権利なので、はっきりと「ユッシ・エーズラ・オールスンはプライドを優先したセンスゼロのクソジジイ」だと書いておきましょう。なんならご丁寧に(見るはずもないけど)デンマーク語の翻訳でも書いておいてやりましょうよ。

Carl Valdemar Jussi Henry Adler-Olsen er en frygtelig gammel mand uden kulturel sans og en pride-first-attitude.

この怒りがわかりますかね!?
クソジジイによって生み出された素晴らしい映画シリーズが、同じクソジジイによって終止符を打たれたということです。

過去4作のスタッフ及びキャストが集結して、別のシリーズを作ってほしいと切に願います。似たような設定で。
物語の質が多少落ちたとしても、新生「特捜部Q」シリーズよりはるかにマシだと思いますね。

では最後に原作者のユッシ・エーズラ・オールスン様にカールのセリフをお返しして終わりにしましょう。

「脳みそ使ってない」

このシーンがイイ!

建設現場らしき場所で追いかけるシーンはちょっと盛り上がりました。ちょっとだけ。

ココが○

ないですね。ゼロ。

ココが×

もはや風景まで以前の4作と比にならないぐらい凡庸な写りになってしまいました。ロケーションの美しさもこのシリーズの良さだったのに…。

MVA

書き忘れてましたが課長役も大概ですよ。前の渋いハゲの方が全然良かった。今回からの人はなんなら敵にしか見えない。
で、あまりにも怒り心頭なので該当者なし…としたいところですが唯一良かったかなと思ったこちらの方にします。

アンドレス・マテセン(タイス・スナプ役)

事件の鍵を握る、NGOだったか銀行だったかのお偉いさん。もう気に食わなかったから適当ですよ。
ただこの方は結構見どころ多く、キーマンらしい良い演技でした。
元はスタンダップコメディアンらしいんですよね。やっぱりコメディアン出身の役者さんは良い役者さんが多い気がします。

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