映画レビュー0695 『ダブリンの時計職人』
引き続きNetflix配信終了間近シリーズ。
公開時に観たいと思いつつ、しかし随分渋い映画を劇場公開するのねと思った一本。
ダブリンの時計職人
セリフ少なめの味わい深いヒューマンドラマ。
主役のホームレス中年男性を演じるのはコルム・ミーニイなんですが、僕はかの「ウェールズの山」以来この人はなーんか気になるんですよね。印象的な顔をしているせいもあるんでしょうが、なんとなくこの人がいると良さそうな映画に観えちゃうという謎の存在感があって。「レイヤー・ケーキ」でもこの人の存在感は素晴らしかったと思いますが、そんなわけで「コルム・ミーニイ主役とか渋すぎるし観たいぞ」ということで気になっておりましたこちらの映画。まずは概要でございます。
トイレで体を拭いて風呂代わりにし、車(マツダ車というのがナイス)で寝泊まりする中年男性・フレッド。失業中です。何度か失業保険の申請をしてはいるものの、「定住地が無い」ことを理由に断られ続けるという厳しい状況。そんな中、彼が暮らす海岸駐車場に一台の車がやって来て、どうやら彼と同じようにここで「暮らす」ことを選択した模様。
その彼の名前はカハル。フレッドとは違って前途洋々と思われる若者ですが、父親と仲違いしてこの生活を選んだとのこと。しょっちゅうマリファナを吸っています。いわゆるジャンキーに近い感じ。最初は悪いやつなんじゃ…と思わせる感じですが、実際は人懐っこい良いヤツで、あまり多くを語らないフレッドとも次第に打ち解け、一緒にスポーツクラブへ通ったりと次第に仲良くなっていきます。やがてカハルのおかげで前向きになってきたフレッドはスポーツクラブで知り合った未亡人ピアニストに淡い恋心を抱き始め、徐々に再び人生が回り始めていくのですが…。というお話です。
タイトルは「ダブリンの時計職人」となっていますが、劇中特に時計職人でした的なセリフはありませんでした。原題は「駐車場」的な意味っぽいので、ちょっと邦題に違和感を感じなくもないです。悪い邦題ではないんですけどね。おそらく邦題を知らなければ、何度か挟まる時計を直す描写を観て「ああきっと時計職人的なことをやってたのね」と理解するような感じで、実際のところは何をしている人だったのかよくわかりません。セリフでも「(仕事は)いろいろやった」ぐらいにしか言ってないし、ずっと時計職人だったのか、はたまたいくつかやった仕事のうちの一つに時計職人があったのか、というのもわからない感じ。
…と、こんなのはどうでもいい話なんですが、この映画はそういった「説明不足」感というか、状況を説明するセリフがかなり少ない印象でした。カハルも親と喧嘩したことは言うもののその詳細については語らないし、フレッドの恋愛話もかなりあっさりしていて、進行具合もイマイチ伝わってきません。
が、それが良かった。
最小限のセリフながら丁寧に状況を見せるシーンが続くので、観ている方としてはいろいろ考えながら観る楽しみがあります。「ああ、きっとこうなったんだな」とか「多分これはこういうことなんだな」と推測して確認しながら観ていく感じ。
人によっては不親切だと感じるかもしれませんが、物語自体がかなり大人向けの地味なお話だったこともあり、対象年齢を絞って絞ってしっかり見せ、考えさせる映画として作っているぞ、という意識がしっかり見える映画だと思います。
いわゆる社会的弱者の友情と成長とその他のお話になりますが、話の進み方も嘘くさくないし、ヘタに煽ったりもせずにしっかり丁寧に物語を見せてくれるので、地味ながらじわじわと染み入る味わいのある映画でしたね。いかにもヨーロッパらしい映画だし、いかにも地味で大人向けだしで、どちらかと言うと映画もしくは人生中級者以上向けと言えますが、その絞った作りだからこその味わいはやっぱりなんとも言えず、じんわりウルウル来る場面もチラホラ。
恋愛にしても男女ともに相当なお年を召した二人の話なので、浮ついた感じも嘘くささも無くて真っ当。真面目な人がちゃんと作った映画なんだろうな、という感じ。そしてそれが良い。
ただ説明不足故に気になる箇所もいくつかあって、例えばフレッドはホームレスの割に小綺麗な服を何着も持っていたりだとか、若干所持金の不安を吐露する場面もあるものの、とは言えしょっちゅうコーヒーを買ってきたりスポーツクラブに通ったりして生活環境以外ではそんなにお金に困ってる風な描写がなかったりだとか、ところどころ引っかかるような部分がいくつかあって、そこはちょっともったいないかな、という気はしました。まあ、おそらくは監督が描きたい本筋以外の部分はバッサリ切って、最低限の要素で作るようにしたのかな、と思います。
なにせ主演を見てもわかる通り、かなり地味な映画なので人も観るタイミング(眠くならないときがいいでしょう)も選ぶとは思いますが、こういうヨーロッパ映画が好きな人であれば間違いなく何らかの余韻が残る映画だと思います。
盛り上がりも無いです。本当に淡々と、登場人物に寄り添うお話。
でも僕はこういうヨーロッパの真面目な映画好きですね。不器用でうまく行かず、「いかにも人生」というほろ苦いストーリーはいろいろと考えさせられるものがあります。
お酒を飲みながらしんみり観るには良い映画ではないでしょうか。
このシーンがイイ!
終盤は思いの外感情が高まってしまい、どのシーンも結構うるうる状態。中でもあの人(ナイショ)との会話はキタな、やっぱり…。ここでも語りすぎない大人のやり取りがすごくグッと来ました。
ココが○
やっぱり「自分が踏み出せない一歩を踏み出すように勢いを与えてくれる友」の大切さをすごく感じて、人とのつながりって大事だよな、と改めて考えさせられました。
散々語り尽くされたテーマではありますが、「歳をとっても人は変われるぞ」というメッセージを丁寧に見せてくれた感覚がすごく好きです。
ココが×
上に書いた通り、若干ですが説明最小限であるが故に気になる部分はあるので、細かい部分には目を向けないのが良いんでしょう。
あとは本当に地味で真面目な映画なので、難易度は高めかなと思います。
MVA
主役と言える3人は皆さんとても良かったんですが、少々悩みつつ…この人かな。
コリン・モーガン(カハル役)
フレッドの元へやって来るご新規ホームレスの青年。
ジャンキーというのは置いといてもそこはかとなく漂う危うさ、脆さみたいな雰囲気がとても印象的でした。でも人を引っ張る魅力もあるという…なかなか複雑な人物をきっちり演じていたと思います。
余談ですが、コルム・ミーニイはなんとなく晩年のジーン・ハックマンっぽい雰囲気になってきましたね。ジーン・ハックマンは引退しちゃいましたがこの人はまだまだ頑張っていただきたい!