映画レビュー1261 『ペパーミント・キャンディー』

例の韓国民主化三部作(と勝手に言っている)を知ったときに、「光州事件と言えばペパーミント・キャンディーも」的な話を聞いていて頭に残っていたタイトルなんですが、これまたニクいことにJAIHOが配信してくれたのでタイミング良く観ることができました。4Kリマスターで画質も良くて喜び。

ペパーミント・キャンディー

Peppermint Candy
監督

イ・チャンドン

脚本

イ・チャンドン

出演

ソル・ギョング
ムン・ソリ
キム・ヨジン
パク・セボム
ソ・ジョン
コ・ソヒ

音楽
公開

2000年1月1日 韓国

上映時間

129分

製作国

韓国

視聴環境

JAIHO(Fire TV Stick・TV)

ペパーミント・キャンディー

ひたすらつらい、もう一度観たいが二度は観れない悲しい物語。

8.5
「戻りたい、帰りたい」と叫びながら電車に衝突した男、そこに至るまでの20年
  • 現在から徐々に20年前まで遡る逆順ドラマ
  • なぜその男はここまで堕ちてしまったのか、そのつらさが物語を牽引する
  • 結末を知っているだけに終始つらく、しんどい
  • ただし犬を蹴ったので問答無用でクソ野郎

あらすじ

非常に良い映画なんですが、非常につらい映画でもありました。感覚としては「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に近いかもしれない…。

最初の舞台は1999年、春。

とある河原でそんなに若くもなさそうな方々によるピクニックが行われているところに一人の男(ソル・ギョング)がフラリと訪れます。

一人だけ場違いなスーツで何やら様子もおかしいですが…ピクニック勢は「…お前、キム・ヨンホか?」「キム・ヨンホじゃねーか!」ってことでどうやら昔からの知り合いだった様子。

彼もそのピクニックに混ざりますが、やっぱり一人情緒不安定でどうにも言動に少々違和感があり、他の面々も困惑気味。

やがて彼は川に入って走り回り、気付けば鉄橋の上の線路に立っていました。

「電車が来たら轢かれるぞ! 危ないから降りてこい!」という忠告も無視して鉄橋の上で佇むキム・ヨンホ。やがてやってきた電車を背に、叫びます。「戻りたい…帰りたい!」

舞台は変わって3日前のキム・ヨンホ。何やら怪しい2人組と待ち合わせをし、とある品を入手する彼ですが…。

こうしてここからまたさらに順を追って遡りつつ、彼の20年間で何が起きたのかを観ていくことになります。

ひたすらつらい

物語は全部で7つの時期に分かれていて、1999年の現在から1979年までのキム・ヨンホの半生を逆順で振り返る作りになっています。イメージとしては長いスパンの「メメント」といった感じですが、あの映画よりも前に作られているのでなかなか当時としては斬新な作りだったのではないかなと思いますね。

開幕で(寸止めですが)自殺が描かれ、同時に強烈な「戻りたい」意思を見せる…つまり彼は何らかの形で道を踏み外してしまった、「こんなはずじゃなかった」自分に強烈な後悔の念を抱いていることがわかるんですが、その「自殺の原因」を引力に観ていくドラマはとにかく底に深い悲しみが終始流れているような感覚で、まあ観ていてつらかった。

構成上、肝となる部分は終盤(つまり描かれているキム・ヨンホの人生で言えば序盤)に起こることなので、映画としてはそれまで「人が変わってしまったキム・ヨンホ」をずっと“観させられる”形になります。

2つ目のパートでは初めて会った見知らぬ男に銃を向けやさぐれる彼であったり、3つ目のパートでは家で飼っている犬を蹴飛ばす彼(これは本当に許せなかった)であったり、まー基本的にクソ野郎なんですよ。

「何かがあったからこうなったんだろう」ことは理解しつつも、それでもあまり共感できない人物像をひたすら観続けなければいけない映画でもあるので、これも結構しんどい部分がありました。

自分だったらもっとこうする、こんな態度は取らない、それは自分に責任があるだろう…それはつまり「こうだからお前はああなったんだろ」という逆説的な理解につながっていくんですが、ただそれは「なぜこうなったのか」を観る前の情報で思っているだけなので、最後まで観るとその思いが全部塗り替わる…まさにオセロのような鮮やかさで「だからああいう最期になったんだよ」と知らされると、それまで彼に対して抱いていた嫌悪感が一気に申し訳なく思えてくる作りにはかなりやられました。

彼が変わってしまった理由については納得の行くものだし、きっと当人にしかわからない激しい傷が残ったのであろうことを考えると、いかに今まで観てきた(ターニングポイント以降の)彼がひどい人間であろうと、それを全部否定することは出来ない“弱み”のようなものを植え付けられてしまって、あらゆる意味でひどくつらい映画だなと思います。観客に対して「それでもお前はこいつを否定できるのか?」と突きつけてきているような気もして。そういう意味でもしんどいし、ある意味では意地の悪い映画でもあるなと思います。

この映画の基本は「キム・ヨンホの半生」ではあるんですが、そこにもう一つの核として恋愛と結婚があります。

2つ目のパートで「どうやら別居しているらしい上に訪ねても中に入れてすらくれない」奥さんとの絡みがあり、そこから徐々に彼女との生活から馴れ初めまでを振り返っていく、この逆順もひどく残酷で、なにせ結婚も上手く行っていない(上に一人死んでいく)彼が「徐々に」奥さんと距離が縮まっていく様を見せつけられるのもかなりつらい。

ある意味では珍しくない展開とは言え、心が離れていく夫婦の姿を逆順で観るだけでこんなに残酷なものなのかと思い知らされました。奥さんの表情が映画序盤(現実における別れた後)と後半(現実における出会いの頃)とでまるで違う…。

そしてそれ以上に重要なのが、キム・ヨンホの初恋の人であるユン・スニム(ムン・ソリ)とのエピソード。

彼女の存在は奥さんとの関係にも影響を与えているし、もっと言えば彼の人生は彼女の存在が(彼女の意図とは関係なく)左右していたのも間違いのないところで、おそらくはどちらも善良な人間であったはずの二人がなぜこのような人生を歩むことになってしまったのか、その環境にもまた心が痛みます。

直接的な理由はある意味“不可抗力”とも言えるし、その人が生きる時代と環境によってこれほどまで狂わされるものがあるのかと打ちひしがれる思いです。なんともつらい。

終始こんな感じでつらく悲しい物語が続くので、まあ本当にしんどかったですよ…。もちろんハッピーなシーンもあるんですが、それとてオープニングで結末を知らされているために皮肉にしか見えないし、なんならハッピーな方がつらくも見えるという…なかなか救いようのない話だと思います。

一度は触れてみてほしい

「メメント」もそうでしたが、逆順という性質上観たあとにもう一度最初から観たい映画…ではあるんですが、もう散々書いた通りひたすらつらい映画なので「観たいけど…いいかな…」みたいな感じで尻込みしちゃうのがこれまたつらい。

すごく良い映画なんですけどね。間違いなく。そのつらさ込みでかなり心に残る良い映画なんですよ。でもつらいから観られないという…この辺がまさに「ダンサー・イン・ザ・ダーク」っぽい。

またこの映画も「メメント」と同様に順行で観たところでさして面白くないと思われるだけに、改めて構成の妙というものを感じたりもします。

最初に書いた「韓国民主化に関わる映画」としてはあくまでサブ的な内容と言っていいでしょう。

彼個人に与えた影響の大きさを考えれば、一連の民主化運動によって引き起こされた“事件”そのものがテーマであると言えなくも無いですが、とは言え描写としてはかなり短いものだし、あくまできっかけにしかすぎません。(それがものすごく重いものでもあるんですが…)

その上で、あの辺の事情に触れていると当然背景に対する理解も深まるし、キム・ヨンホの置かれた環境がよくわかるので、この映画に(あの三部作を観たあとで)触れられたのは良かったのかもしれません。

いずれにしても名作ではあります。ただしんどいときには観ないほうが良いのも確か。

観るタイミングを考えつつ、一度は触れてみてほしい映画といったところでしょうか。

ネターバレト・キャンディー

ここでも人生を狂わせたのは光州事件だった、ということで…今のロシアとウクライナの戦争だったり、その他の内乱が続く国であったり、このような事例は知らないだけできっとたくさんあるんでしょうね…。

それにしてもあの事件が回復不能なトラウマを植え付けたのも理解しつつ、それでもなぜユン・スニムに寄り添えなかったのか…そこがつらいし受け入れがたい。

それだけ心の傷を負ったんであろうこともわかるんですが、そう理解した上でもなんとかならなかったのかよと涙ながらに訴えたい気持ちです。

あんなに優しくていい人が必死に追ってきてくれているのに、トラウマにすがって別の女性(後の奥さん)にちょっかい出す様を見せつける、ってなかなかのクソ野郎ですよね…。

あれは強がりだったのか、はたまた「どうでもいい」と思っていたのか、それともあのときは後の奥さんの方に魅力を感じていたのか…真相はわかりませんが、いずれにしてもその後の引きずりっぷりを見るにあれが彼にとっての分水嶺だったのは間違いないでしょう。正しくは「彼に選択することができた最後の分水嶺」。

光州事件の件は(彼が引き金を引いたとは言え)極限状態における不可抗力として(自分の中で)処理できなくもないだろうけど、あの食堂での一件はどう言い逃れもできないレベルで自分のせいですからね。

もっともユン・スニムと一緒になった世界線があったとしても、その後彼女は(おそらく)早くに亡くなってしまうわけで、そこでまた彼が狂ってしまっていた可能性もあるでしょう。

光州事件のせいなのか、はたまた彼が生まれ持ったメンタルの問題なのかはわかりませんが、「狂ってしまうかもしれない危うさ」を持った弱さを感じさせる彼の人間性そのものに悲劇を感じた面もありました。

…といろいろ言っていますがこれは全部創作の話なだけに、これだけ考えさせる人物像を2時間ちょっとで見せる、考えさせる作りは見事だなという結論です。

このシーンがイイ!

いいシーンもあったけど、思い出すと悲しいシーンしか出てこない…。

警察時代、バーの女性とともにした一夜のシーンかな…。いろいろグッと来てしまいました。

ココが○

もう本当につらい映画なんですが、それだけ感情移入させる作りは本当に見事ですよ。久々に物語で落ち込みましたがそれだけよく出来ている証拠です。

ココが×

散々書いているように、つらい。しんどい。そこがすべてでしょう。

あとはワケアリなのは理解しつつも主人公がところどころクソ野郎なので、「理解はするけど好きになれない」みたいな感情面で追いつけない、評価が下がることはありそう。

それとラストシーンは少々消化不良感がありました。「あーここで終わるんだろうな…」と思ってたら実際そこで終わったんですが、構造上仕方がないとは言えもう少しビシッと決まるラストにしてほしかったというか…。

MVA

まあもう実質この人の映画だと思うので…。

ソル・ギョング(キム・ヨンホ役)

主人公。

当時30代前半だったようですが、概ね20歳〜40歳ぐらいまでを見事に演じています。ちゃんとそれぞれの時代でそれぞれ印象が違うのが本当にすごい。

オープニングの「帰りたい!」と叫ぶ表情がものすごいな、と感心したんですが、もうそれどころじゃなく全編通して見事でした。

個人的にはメガネをかけていた頃が一番かっこいいなと思いました。一番クソ野郎(犬蹴り不倫DV野郎)でもあったけど。

ちなみにたまたま目にした記事によると、彼は今でもこの映画を5分も観ると泣いちゃうそうです。それだけ彼にとっても大きな作品だったんでしょうね…。

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