映画レビュー0720 『人生、ここにあり!』

気付けば急に配信終了が目前に迫っている映画が大量に出てくるのが最近の悩みのタネ、今回はNetflixよりご紹介です。

「Netflixよりご紹介」と言いつつ僕が観る映画はもうブログが更新される頃にはNetflixに無いものばっかりなのでまったく参考にならないということでね。申し訳ない限りなんですけども。

人生、ここにあり!

Si può fare
監督
ジュリオ・マンフレドニア
脚本
ジュリオ・マンフレドニア
ファビオ・ボニファッチ
原案
ファビオ・ボニファッチ
出演
クラウディオ・ビシオ
アニタ・カプリオーリ
ジュゼッペ・バッティストン
ジョルジョ・コランジェリ
アンドレア・ボスカ
ジョヴァンニ・カルカーニョ
音楽
ピヴィオ
アルド・デ・スカルツィ
公開
2008年10月31日 イタリア
上映時間
111分
製作国
イタリア

人生、ここにあり!

労働組合内で鼻つまみ者となってしまったネッロは、「君に相応しい組合で腕をふるって欲しい」と精神病患者たちが作る組合に飛ばされてしまう。そこで虐げられながら単純作業を続ける患者たちに生きがいを持たせたいと思った彼は、彼らに寄木張りの技術を教え、収入増と精神の安定をもたらせるように努力を続けるが…。

自分たちの知らない世界。

7.5

これまた邦題がちょっといい加減で困るんですが、こんな「人生、ブラボー!」的にビックリマークを付けるような勢いのある映画ではなく、むしろ地味で大人しくてでもしんみり考えさせられつつ感動を呼ぶような社会派ヒューマンドラマ的な映画でした。

イタリア語の原題をGoogle先生にお伝えしたところ「あなたにもできる」的な意味合いのようですが、そのニュアンスをそのままストレートな邦題にしようとすると確かに客を呼べねーわな、という気はします。とは言え…この邦題はちょっとイメージと違うので要注意です。

オープニングで右翼だの左翼だのイデオロギー的なセリフが飛び交い、のっけからちょっと不安なスタートではありました。正直文化的にかなり労働に対する認識が日本とは違う雰囲気がありありと出てくるオープニングなので、もう入口の時点で結構覚悟がいるというか…面白くなるのかなーと不安に感じるような部分もあって。

おまけに主要登場人物は精神病患者の皆さんなので、誤解を恐れずに書けば…まあクセがあります。とても。その“クセ”で差別するべきではないのは当然ですが、ただ映画として観やすいかというとやっぱりちょっと気軽には観づらい面はあるでしょう。良い悪いではなく、とっつきにくいというか。ただ、そこを我慢して観ていれば、とても良質で考えさせられるドラマに仕上がっているので、まず序盤のとっつきにくさを我慢して観る価値はあるかな、と思います。

さて、そんなイデオロギー的なオープニングを経て、所属する労働組合で厄介者となった主人公のネッロは、「君のために良い組合を紹介する」的に体よく半ば左遷のような形で別の組合に飛ばされます。そこは精神病患者たちが患者ではなく社会を構成する一員として暮らせるように、という形で労働組合を“組まされていて”、封筒への切手貼りのような単純作業を担っては安い給料をもらう日々を送っているような場所です。

細かい解釈・説明は間違っているかもしれませんが、おそらくは「精神病患者を減らす」という社会的な意義のためと、寝たきりの精神病治療ではない違った形での治療の実践およびそれに伴う治療費の軽減、辺りが狙いと思われます。

とは言えやはり精神病患者なので、どの“組合員”もクセのある人たちばかり。言った作業をそのままできない人も多数いるんですが、ただネッロはそういう場所に飛ばされた割に意気消沈することもなく、強い意志とリーダーシップと包摂力で彼らを説得し、「廃材を利用した寄木張り内装事業」を立ち上げます。

最初はさすがにうまくいかなかったものの、これが次第に形になり、同時に患者たちの薬の量も減っていって上手く回り始めるんですが…この先は観ていただくとしましょう。

やはりメインは精神病患者たちの話であるだけに、全体的な雰囲気は「カッコーの巣の上で」を思い出させるものがありました。あと「レナードの朝」っぽい感じもありますね。この辺を観たことがある人はそれで大体の感じはわかるんじゃないかと思います。

やっぱり精神病というのはなかなかデリケートな問題だし、僕を含めた一般人はあまり普段接点を感じにくい部分のお話なので、それ故に耐性もあまり無く、腫れ物を扱うような感じだったり違う種類の人間だと思ったりしがちな面はどうしてもあると思うんですが、ただ…ごくごく当たり前の話なんですが、やっぱり彼らも人間なんですよね。

褒められたいし、やりがいのあることをしたいし、恋もしたいっていう。

この「自分たちと同じ人間なんだよ」ということを改めて気付かせるための「普通の人間としての精神病患者」の描き方がとてもよく出来た映画で、それ故にまた改めて自分の中にある偏見の目であったり、無意識に異質の(と感じる)ものを遠ざけようとする内面であったりに向かい合わざるをえないお話でした。

またその「普通の(精神病ではない)人たちとのつながり」という面でも、「カッコーの巣の上で」を始めとした隔離された精神病棟が舞台の映画とは違う、もっと社会と距離の近い物語になっているため、余計に“こちら側”の人間に対するメッセージが強い内容だった気がします。

もちろん、あっちかこっちかで分けるものでも分けて良いものでもないんですが、感覚的にそういう側面があったような気はしました。

言ってみれば精神病に対する偏見の壁を取っ払って、同じ人間としていかに相互理解を進められるようにするのか、ある意味では最も重要で難しい問題を描いた映画と言えるかもしれません。とは言え当然ながらそこまで強烈に説教じみた話になっているわけではなく、うまくあり得そうな部分を突いて社会との繋がりを描いているので、なかなか巧みな脚本ではないかなーと思います。

はっきり言ってこの映画の話はあくまでイタリアの話であり、日本における精神病治療の実態からすると残念ながら夢物語でしか無いのは事実なんですが、とは言えこういう話に触れる人が増えることによって少しずつ変わっていくのが社会でもあるんだろうし、そういう意味でも観る価値のある1本ではないでしょうか。

やや重いしクセもあるだけに気軽にはオススメ出来ないんですが、こういった精神病や社会派的な内容に興味を持てる人であれば、ぜひ観ていただきたいなと思います。

ネタバレ、ここにあり!

おそらくこの映画の物語自体は創作だとは思うんですが、ただエンドロールで明かされるように、その土壌としてイタリアの「バザリア法」という精神医療に関する法律の精神が強く関わっていて、言わば半創作・半実話のような映画なんでしょう。

ここまで見事なドラマ的展開は無かったでしょうが、少しずつ変えていった結果、今ではこの映画のような“組合”が多数存在している…という事実は驚きとともに感動しました。やはりヨーロッパ、閉鎖的な日本とは少し違うお国柄を感じます。

とは言え最近は難民問題で揺れている面もあるし、徐々に閉鎖的な方に流されていっているのも事実なんでしょう。この辺りはなかなか難しい問題だとは思います。僕は左翼とまでは言いませんが志向としてはリベラルなだけに、この映画のような包摂力のある社会が羨ましいしかっこいいと思うので、この映画の舞台であるイタリアを始めとしたヨーロッパ諸国にはその精神は失ってほしくないと思うんですけどね…。

このシーンがイイ!

ラストかなぁ。当然ながら理由は書けませんが、やっぱりグッと来ちゃいましたよね…。

あとルカが本を持ってくるところね…。

ココが○

この手のお話ははっきり言ってお金になりにくいものだと思うので、それを映画化して他国に届けている、というその事実だけでも素晴らしいことだと思います。

ココが×

やっぱり上に書いた通り、ちょっととっつきにくいのは否めません。地味だしね。

こういう話こそ(社会を変える意味でも)若い人たちに観て欲しい映画ですが、それなりに映画自体に親しみがないと選択肢に上がらない映画だと思うので、観て欲しい層にリーチするのが難しい映画というのがちょっと残念ですね。

MVA

これはなかなか難しいところなんですが…やっぱり無難にこの人かな。

クラウディオ・ビシオ(ネッロ役)

主人公のハゲたおっさん。でも美人の彼女がいるっていう。悔しい。

ただクセがある人物のように見えて最初から一貫して精神病患者たちとも対等にしっかり向き合う姿勢があり、これはなかなか好人物だなと思わされます。演技も良かったよ、おっさん。

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