映画レビュー1114 『密航者』
今回はなんと! 終了近くないネトフリオリジナル映画ですよ奥さん。
たまたまツイッターで見かけて面白そうだなと思ったので、勢いですぐに観ました。SFは勢いで観がち。
密航者
ジョー・ペナ
ジョー・ペナ
ライアン・モリソン
2021年4月22日 各国
116分
アメリカ・ドイツ
Netflix(PS4・TV)
まさに現代とリンクする“命の選択”。
- 研究のため火星に向かう宇宙船、なぜかもう1人紛れ込んでいたために窮地に陥る
- 戻ることも出来ず、物資の補給もできないクルーたちはどういう選択を取るのか
- 極限状態のSFと思いきや現代社会とリンクするテーマ性
- 低予算と思わせない作りの良さ
あらすじ
キャストは4人のみ、間違いなく低予算映画だと思いますが、そう感じさせない質の良さ。SFはデジタル加工との相性の良さから低予算にうってつけなんですかね。「良質な低予算映画と言えばSF」的な印象があったり無かったりしますが、この映画もそこに入る良質さがありました。
舞台はとある宇宙船。元々定員2名の小さな宇宙船ですが、改造によって定員3名に増強し、船長のマリーナ(トニ・コレット)、医学者のゾーイ(アナ・ケンドリック)、生物学者のデヴィッド(ダニエル・デイ・キム)を乗せて研究のため火星への2年間の旅に出ます。
詳細は語られませんが、おそらくはその他のSFよろしく地球資源の枯渇に向けた研究、特に植物の研究と火星移住の可能性を探るための計画と言ったところでしょうか。
地球から飛び立ち、無事火星の起動に入った宇宙船ですが、その中の一室で血痕を発見したマリーナが天井のパネルを外すと一人の男・マイケル(シャミア・アンダーソン)がドサッと落下。
とりあえずなんとか治療を施し一命をとりとめたマイケル。彼は離陸準備の作業に当たっていたエンジニアとのことで、当然ながらクルーとしての訓練は受けておらず、ぶっちゃけさして役にも立たない“余剰人員”として宇宙船に乗っている形になります。
地球に引き返すほどの燃料はなく、火星に向かうしか無い2年間。しかし船に積まれた食料や酸素等のライフラインは3名分。次第にこの事実が4人に重くのしかかってくるわけですが、果たしてどうなるのでしょうか。
現代社会とのリンクが秀逸
限られたリソースでどう生命を維持し、また最小限の被害でいかに計画を遂行するのか。まさにSFらしい宇宙空間における危機をシンプルに描いた良作です。
誰かが裏切ったとか危険な地球外生命が現れたとかの危機ではなく、リソースの問題というのが非常に現実的で良いですね。
問題のマイケルが「なぜそこに入っていたのか」のちゃんとした説明は無くサラッと触れられる程度だったのが少々残念ではありましたが、本題はそこにないのでまあそれは良しとしましょうよ。ねえ皆さん。
「地球に引き返す燃料も無ければ片道分の食料しか無いのに帰りどうするのさ」とかもあんまり突っ込まないようにしましょう。なぜならこれはリソース管理のお話だから。
結局「ギリギリ3人が生命維持できる環境」に想定外の1人が加わり、無情なる椅子取りゲームが始まってしまうお話なんですが、とは言えこれもまた非常にお上手なんですがマイケル含めて全員常識人で悪い人間がいない、というのがリアルかつ問題を難しくしているところです。
これでマイケルがクソ野郎だったらもうよっぽど楽なんですが、そうではないのがとても最近の映画っぽくて良いですね。物事はそんなに単純じゃないぞという。
とは言え取れる選択肢はひどく限られているため、迫るタイムリミットに対してしっかりと答えを出さなければ「全員死亡」となりかねない状態なだけに、非常に切羽詰まった“キツイ選択”を求められるお話になってきます。
宇宙空間なので他に手の施しようがない、悪化する一方故にそこに強制力が働くのでわかりやすくジレンマを感じる物語になってはいますが、実はこれは広く見れば現代社会そのものとも言えるし、「宇宙飛行士は大変だなぁ」なんてハナクソほじりながらのほほんと観ていて良い話ではないのが良く出来ているし怖いところ。
もう直近で言えばすでに日本でも新型コロナの自宅待機(と言う名の自宅放置)によって亡くなる人が出てきているということ、つまりすでに“命の選択・選別”が行われているというのがまずタイムリーだし、この映画が他人事ではない怖さを帯びるポイントでもあります。
むしろこの映画で描かれる物語にはある程度優劣の差がつけやすい立場の違いがある分マシと言うか、自分の気持ちを落ち着かせる方法がまだあるかなと思うんですが、現実ではもっと理不尽で理由がわからないまま医療を受けられない人たちも大勢いるわけで、そのことを思うとまた重い気持ちにもなるんですよね。本当に嫌な社会になっちゃったなと。
またもっと広い目で見ると、そもそも「最低限の物資で支える社会」、つまり余剰分を受け入れられるだけの余裕がない社会になっている点もこの映画のシチュエーションと重なっていて、そこにも同じように現代社会への警告めいたものを感じ取ることができると思うんですよね。
宇宙船は性質上仕方がないとは思いますが、とは言えそもそももっと余裕のある環境が作れていれば他に乗り越えるための選択肢がいくつかあり得たと思うし、「トラブルは無いもの」としてギリギリのリソースで計画を進めちゃったがために不幸を呼び込むこの展開は、現実でも例えば大雪が降ると物流が止まってお店から商品が消える、というような現代社会の脆さとリンクして見えるんですよ。
経済合理性を突き詰めた結果、想定外のトラブルに弱い社会ができあがったのと同じように、究極の合理性を体現するかのような宇宙船はかくも脆いものなのだと思い知らされる物語と言うのは、なかなか皮肉だと思います。
テーマの良さで見せる映画
当然ながら後半の展開については触れませんが、全体的には非常に良く出来た現代的な良SFだと思います。
ただ終盤の展開はお決まりのコースな気もするし、現代的なテーマを描くのであればそこももう少し踏み込んで違った展開を見せて欲しかったとも思いました。仕方がないんでしょうが。
なので展開についてはそこまで期待しない方が良いかもしれません。テーマの良さが光る映画、と言ったところでしょうか。
このシーンがイイ!
いわゆる船外活動のシーンの緊張感は素晴らしかったですね。あの辺りを観ていてやっぱり宇宙モノのSF好きだなーと思いました。
ココが○
本当に4人しか出てこない、通信相手の声さえ聞こえない割り切った作りですが、見た目も内容的にも低予算と思わせない良い作りだと思います。安っぽく見えない低予算映画というのは当然ですが大事。
ココが×
やっぱり設定的に少々強引さは否めず、おそらくは現実への暗喩にしたいが故に宇宙船を借り物に作ったものの、設定を詰めきれていないせいで無理やり感が出てしまっているのも確か。入口の部分なのでもう少し丁寧にしても良かったんじゃないかなと。
あとは好みとして最終的な結末がベタだなぁと言う点が少し気にはなりました。
MVA
奇しくも2日連続でトニコレさんの映画となり、相変わらずさすがでしたが彼女にしても芸がない。アナケンは(良いんだけど)いかにもアナケンっぽすぎて却下。ということでこちらの方に。
ダニエル・デイ・キム(デヴィッド・キム役)
クルーの一人、生物学者。
名前の通り韓国系の方ですが、当然ながら英語も違和感無く落ち着いたダンディな雰囲気が良かったですね。
トニコレとアナケンのネームバリューからすると少し引いたポジションになると思いますが、ちゃんとメインとして堂々と渡り合っていてよかったです。