映画レビュー0928 『カサンドラ・クロス』
今回はBS録画分より。
最近ネトフリで観たい映画が際限なく追加されていくのに反比例するかのように、BSの受信状態が悪くなってきちゃってあんまり録画も芳しくない状況で哀しみ。古い映画を観る機会が減りそう…。
カサンドラ・クロス
ジョルジュ・パン・コスマトス
トム・マンキーウィッツ
ロバート・カッツ
ジョルジュ・パン・コスマトス
ロバート・カッツ
ジョルジュ・パン・コスマトス
リチャード・ハリス
ソフィア・ローレン
バート・ランカスター
イングリッド・チューリン
エヴァ・ガードナー
ジョン・フィリップ・ロー
リー・ストラスバーグ
マーティン・シーン
ライオネル・スタンダー
O・J・シンプソン
1976年12月18日 イタリア
129分
西ドイツ・イタリア・イギリス
BSプレミアム録画(TV)

時間経過と共に役割が変わっていく登場人物たちが魅せる。
- 病原菌に感染したテロリストが逃げ込んだ列車が舞台
- 病原菌も情報も拡散させたくない米軍は列車を隔離させようとするが…
- パニック+サスペンス+人間ドラマでこの時代らしい面白さ
- 今となっては現実味が薄いだけにこの頃にしか作られない貴重さも
あらすじ
最近はあんまり観る機会が無くなってしまったパニック映画ですが、1970年代はまさにパニック映画の黄金期じゃないですかね。知らないけど。なんとなくの印象で書いてるけど。
そんな時代の流れに乗って登場したぜ的なこちらの映画、「らしい」雰囲気でなかなか面白かったですよ。さすがにパニック映画の金字塔的ないくつかの作品(タワーリング・インフェルノとかポセイドン・アドベンチャーとか)ほどではないにせよ、今では観られない内容の話でもあるし、「時代を楽しむ」意味でも貴重な映画だと思います。
物語はジュネーヴの(多分)世界保健機構(WHO)に三人組のテロリストが潜入するところからスタート。
彼らの真の目的はよくわからないんですが、計画が早々に頓挫しちゃったもんでまず1人死亡。残った2人は細菌関係の研究室のようなところに逃げ込むももう1人撃たれ、残った1人はその際に明らかにこれヤバイやつでしょ感漂う液体を全身に浴びて逃走。ある列車に乗り込みます。
通報を受けた米軍のマッケンジー大佐は、撃たれて拘束され昏睡状態のテロリスト1人を尋問し、調べた結果逃走した1人が問題の列車に逃げ込んだことを把握、事態の収束に動き出しますよと。
一方テロリストが逃げ込んだ列車の方では著名な神経外科医のチェンバレンさん他1000人程度が乗車しており、程なく大佐からの連絡によって事態を把握。問題のテロリストを発見するものの、乗客の中にチラホラと感染症の症状が出始め…というお話です。
込められた人間臭さ
一応舞台としては2ヶ所しか出てこないお話で、片方は事態を収束させるため、ジュネーヴから指示を出すマッケンジー大佐(バート・ランカスター)と、最初に搬送されたテロリストの病状を見た医師のエレナ。青木さやかに激似です。どこ見てんのよ!!
で、もう片方はメインの舞台となる列車。こちらは前出のチェンバレン医師(リチャード・ハリス)を中心に、彼の元妻であるジェニファーや武器商人のマダムとその愛人、時計のセールスマンである爺さん等いろいろ。
当然ながら乗客が「細菌に感染したテロリストが乗り込んだ」と聞けばパニックになるので、事態は最小限の人物に知らされ、同時に被害も最小限に抑えようとチェンバレン医師を中心に数人だけが状況を知った中で進むわけですが、しかし残念なことに感染症は広がりを見せてしまい、やむなく「列車ごと隔離」される形に。
そこからまたさらに二転三転するんですが、まあ細かい話は置いといてですね。その「二転三転」によって登場人物たちの役割・立ち位置が変わっていくのがなかなか面白いぜと。
その役割変換は(生死に限らす、それぞれの立ち位置において)生き延びるための行動でもあるので、これは結構なかなか深いお話でもあるような気がしますね。早い話がサバイバルなんだけど、それは生き死にだけの話ではなくてそれぞれの関係性であったり組織であったりも含まれるわけで。なんなら「この列車の中だけ、ここにいる人たちの関係性の中でだけ」のサバイバルだったりもするし、そこに込められた“人間”そのものを見つめると、やっぱり少し古い映画ならではの人間臭さのリアリティみたいなものが垣間見える気がして、この頃の映画好きだなぁと改めて思いました。
この時代だからこその内容が良い
あとですね、この映画は時代が時代なので、現代からすると考えられないような対処をする場面が結構ありました。でも「だからダメ」と言うわけではなく、逆にこの頃だからこそ今では作れないストーリーになっている気がして面白かったんですよね。こういうところに古い映画を観る価値があるなと思います。
まず「感染症に感染した人間を探す」医師がまったくの無防備で普段の格好のまま、ハンカチを口に当てることすらせずに見つけ出し、同様に無防備な人間に「見ておけ」と命じるとかなかなか牧歌的と言うか…危機感がなさすぎでしょっていう。
あとは当然ながら(携帯のように)普通に外部と連絡が取れる環境が整っていれば話はまったく変わってくるし、「この時代だから描ける」美味しさをきっちり取り込んだストーリーだと思います。
最も今だったら無理だなと思ったのは、(これはネタバレになるので詳細は書けないんですが)物語の結末につながる展開の部分で、この終わり方を作れるのも時代故だし、だからこそ今観ても面白いと思える内容になっているのが良いと思うんですよね。
そういう意味では「古い映画の方が面白い or 最近の映画の方が面白い」論ももしかしたらその人の価値観や時代に対する親和性以前に「その時代のリアリティ」による部分が大きいのかも知れません。
割と新しい映画に関しては「いやそれおかしくない?」と思っちゃう場面が多い=縛りがきついっていうのはあると思うんですよ。それこそ「誰も携帯で通報しないっておかしくない?」とか。
それが昔の映画であれば許容されることになるので、それ故にストーリーを描きやすい面があるんじゃないのかなとふと思いました。
列車モノ強し
ゴルゴ13にもちょっと似たような話もあるし(映画の方が先なのでこれを元にした可能性もあり)、オチについては大体想像できる範囲ではあるんですが、それでも十分面白い映画だと思います。
やっぱり「特捜部Q Pからのメッセージ」の時にも書いたように、列車はその環境自体が時限装置になる面があるし、いろいろと制約がある分緊張感も出て面白くなりやすい気がしますね。舞台としてのポテンシャルが高いというか。
若かりし頃のマーティン・シーンが出てたり、初代ダンブルドアでお馴染みのリチャード・ハリスが主人公だったりと映画好き的な見どころも結構あるので、気になる方は一度観てみると良いかも知れません。
このシーンがイイ!
際立って特にここ、っていうのは思い浮かばないんですが…まあラストシーンかなぁ。構図が良かったですね。
ココが○
「古い映画だからこその内容で(今は観られないから)古くない」、っていうのが良いですね。
「イーグル・アイ」なんて最たるものでしたが、やっぱりテクノロジーが進みすぎると“ルール”が強すぎちゃって物語が身動き取りづらくなる、っていうのはどうしてもある気がします。
もちろんそれを逆手に取って面白く作る方法もあるんだろうとは思いますが。
ココが×
どうしても展開が読める以上は盛り上がりに今ひとつ欠ける面があるのも確か。
「タワーリング・インフェルノ」「ポセイドン・アドベンチャー」はその辺り二枚も三枚も上手だったな、と改めて思います。
MVA
少佐役の人、最初アラン・ドロンじゃないかと思うぐらいイイ男でしたが端役でした。
当然ながら皆さんそれぞれ良さがあったんですが…今回はこの人に。
リー・ストラスバーグ(カプラン役)
時計売りのお爺さん。
観終わってから知ったんですが、この人「ゴッドファーザー PARTII」でハイマン・ロスを演じてた人だったんですね。
アクターズスクールの超有名指導者でアル・パチーノやロバート・デ・ニーロ他そうそうたるメンバーの“師匠”なので、やっぱり何か違う…気がする。
この人が感情的にも物語的にも存在感を発揮してくれたおかげで一段上の映画になったのは間違いないでしょう。さすが。


