映画レビュー0634 『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』

レンタル3本目。最近やたらアイヒマン関連の映画が出てきた気がするんですが、何かあったんでしょうか。

社会派好きとしては見逃せない一本かな、ということで借りてきました。

今公開されている「アイヒマンを追え!」も観たいんだよなぁ…。当然、埼玉ではやっていませんが。

アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち

The Eichmann Show
監督
脚本
サイモン・ブロック
出演
アンソニー・ラパーリア
レベッカ・フロント
アンディ・ナイマン
音楽
公開
2015年1月20日 イギリス
上映時間
96分
製作国
イギリス

アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち

元ナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンの「アイヒマン裁判」をテレビ中継しようとした男たち。しかしその影響の大きさもあってか、スムーズに許可を取ることもできず、脅迫も日常茶飯事。果たして彼らは実際に放送にこぎつけることはできるのか。

価値のある良い映画ではあるものの、やや大仰&周辺掘り下げ不足感あり。

7.0

アドルフ・アイヒマンと言えば、ご存知「ホロコースト」の中心的役割を担ったナチス親衛隊の一人で、ユダヤ人からすれば最も忌むべき存在の一人なわけですが、その彼がモサド(イスラエルの諜報機関)に捕まり、イスラエルで裁判を受けることとなり、その裁判を世界に向けてテレビ中継しよう、と考えたテレビマンたちの戦いを描いた作品です。

詳細は語られませんが、主役であるミルトンはおそらくテレビディレクターの一人で、このプロジェクトではプロデューサー的な役割。彼は同じくテレビディレクターで、ドキュメンタリーを撮る力量は評価されながらも、いわゆる“赤狩り”のために業界を干されていた男・レオをディレクターに据えようとするところから物語はスタート。

レオは説得したものの、肝心の撮影許可がまだ下りていないということで、イスラエルの判事たちの説得をしつつ、さらにはミルトンに「家族含めて皆殺しにするぞ」という脅迫状が届いたり…と前途多難な中、歴史に残る裁判の日を迎える…というお話になっています。

…とまあそんな感じで、「あの裁判を撮ろうとした男たちがいた」的な予告編とともに紹介されるこの映画、実際「アイヒマン裁判をテレビ中継した男たち」の物語ではあるんですが、その肝心の彼らのアレコレに関してはやや掘り下げ不足で、申し訳程度にトラブルが描かれつつも割とあっさり目に解決、あまり葛藤も試行錯誤も描かれないので、結局は「アイヒマン裁判」そのもののお話でしか無い、というのがちょっと中途半端かな、という気がしました。

その割にトラブルに直面した時には若干大げさに煽ってくれるので、「煽った割にこれか」「この大げさな煽りはむしろ大したことないタイプ」ってな感じで醒めてしまう面もあり、素材が非常に良いだけに作りの残念さが目立ってしまっているのが非常に残念に思います。

これねー、クリント・イーストウッドが撮っていたら全然違ってたと思う。周辺描写はあっさりなのに煽りは大げさ、っていう逆逆の描き方をしているので、ダブルで損しちゃっているのが本当にもったいない。ただ、言うほど煽りが多いわけでもないので、おそらく気にする人はそんなにいないのかもな、という気はします。

そんなわけで若干厳し目に書きましたが、しかしやはり「アイヒマン裁判」そのものに関しては…すごかったですね。サブ(ディレクターが指示を出したりする部屋)の映像も差し込まれるものの、基本的には当時テレビ中継で使われた映像に、イメージを補完するために当時に近い雰囲気で撮影し直した映像を継ぎ足していく形で裁判を描いていきます。

おそらくはこの映画で新しい事実や映像が出てきていたりはしていないと思うので、多分ナチス関係に詳しい人であれば常識なのかもしれませんが、でもやっぱり実際のホロコーストの一部が映像に残っていて、それを裁判で上映していたという光景はとにかく驚いたし、おぞましいものでした。その資料映像が白黒で解像度も低いものだったのでまだ観られましたが、これが現代のカラー映像だったら絶対観られなかったと思う。

そして当時の映像をそのまま使った生々しい証言に言葉を失い、裁判を見入る人たち。これはそのまま、この映画を観ている人たちにつながるものでしょう。

「ホロコーストはひどいものだった」と記号的に理解している(つもりの)現代人としては、いかにそれが残虐で、同じ人間の所業とは思えないほど凄惨なものだったのか、よりリアリティのあるものとして理解できるこの上ない「ドキュメンタリー」になっていたと思います。

普通のドキュメンタリーだと、やはり演出も無味無臭なものにならざるを得ないし、物語としての起伏やドラマを作りにくい面がある分、内容のすごさや重要性とは関係なく、どうしても観づらい、集中しづらい側面が出てくると思います(僕にとっては「アクト・オブ・キリング」がそうでした)が、それを「裁判を中継しようとしたテレビマン」というフィルターを用意することで、内容は極力ドキュメンタリーでありつつ映画として観やすくしている、という点はとても素晴らしいと思います。誰もが観やすいようにしつつ、「ホロコースト」の衝撃を伝える、というとても大切な役割を担った良い映画と言えるでしょう。

しかし余談ですが、編集なしのいわば生放送でこういう歴史に残る映像を作る、っていうのはとんでもない話ですね。それ故の「撮り逃し」も出てきたりしますが、当時の本人たちの心労たるや相当なものがあったでしょう。

そんなわけで、上に書いた通り「映画として」は不満のある部分が少なくなかったんですが、その一方「伝わりやすいドキュメンタリー」としてはかなり良い入り口を用意している映画でもあるので、その価値は映画としての面白さ以上のものがあるでしょう。いろいろな人に観て欲しい一本だと思います。

このシーンがイイ!

これはもうラストシーンの「語り」でしょうね。本当にヘイトに染まった人たちに観て欲しい。でもきっと我がことのように受け止められないんだろうな…。

アイヒマンは「普通の人間」であり、上からの指示によって=自分に責任がないという認識で虐殺をしていた、そこに自分を当てはめた時、果たしてアイヒマンにならずに済むのか…。非常に重い問いかけだと思います。

むしろ、最近多い「どうせこんな事件○○人がやったに決まってる」と決めつけるネトウヨ的思考を持った人のほうが、よりヒトラーに近い危険な思想とも言えるわけで、もうちょっと歴史を勉強するなり、それこそこういう映画を観て己の身を振り返るなりするべきじゃないかと思いますね。いろんな映画を観ていたら、絶対偏見に染まることの危うさに気付くと思うんだけどな…。残念なものです。

ココが○

上記の通り「知るべきことを知らしめるための作り」として一つフィルターを用意して観やすくしている、というのはとても大事で、そこがこの映画の一番のポイントでしょう。

ココが×

これまた上記の通り、ドラマ部分がやや中途半端な点と、一部直視し難い凄惨な映像がある点。特に後者は人によってはかなりキツイと思うので、それなりに心して観る必要があるかもしれません。普通に死体がゴロゴロ転がるように出てきます。本当にモノクロじゃないとかなりしんどい場面。

何せ作り物じゃないですからね。実際の死体、実際の被害者たちの映像なので…。

MVA

マーティン・フリーマンは元々童顔のせいでやや甘い印象がありましたが、さすがに40代半ばになってだいぶいい味出てきましたね。とても良かったです。そんなわけで彼にしようかとも思いましたが、こちらの方に。

アンソニー・ラパーリア(レオ・フルヴィッツ役)

テレビ中継ディレクター。

取り憑かれたようにアイヒマンの人間性を映し出そうとするお方。深みのある良い人物像を演じていたと思います。ブイシー。

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