映画レビュー0973『アイリッシュマン』

今年一発目に観ようとしていた例の大作。年明け最初の3連休でここぞと観ました。

ただ観たはいいもののなにせ例の一件があったのでしばらく意気消沈してしまい、レビューを書いたのはだいぶ間が空いてからになりました。

アイリッシュマン

The Irishman
監督
脚本
原作

『I Heard You Paint Houses』
チャールズ・ブラント

出演
音楽
公開

2019年11月7日 各国

上映時間

210分

製作国

アメリカ

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

アイリッシュマン

まさに集大成、じんわりと身体に染み込む傑作感。

9.0
「ジミー・ホッファ」のボディガード、フランク・シーランの一生
  • トラック運転手からジミー・ホッファの“親友”になった男の一生
  • マフィアから見た「アメリカの裏歴史」
  • スコセッシ&豪華キャスト陣の集大成
  • 嫌でも察せられるセリフとカメラワークが素晴らしい

あらすじ

今さら説明する必要もないぐらいの「超ビッグネーム映画」ですが、マーティン・スコセッシ×ロバート・デ・ニーロ…のみならず、そこにさらにアル・パチーノにジョー・ペシという往年のマフィア映画の大スター(というかマフィア映画に限らず大スターですが)たちが一堂に会した、ある程度映画を観ている人であればもうそのネームバリューだけで飯が三杯は食えるね的な「観る前からすごい」映画なんですが、そんな映画であっても制作が一時頓挫し、そして拾ったのがNetflixという…出自の経緯からしてなんとも時代を感じる映画ですね。

主人公はロバート・デ・ニーロ演じるフランク・シーラン。

彼はトラック運転手として働いていたんですが、あるイタリア系マフィアに取り入って商売安泰だぜ的に商品を横流ししていた結果、とある一人の有力マフィアであるラッセル・ブファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合います。

次第に彼の下で“手を汚す”仕事も引き受け始め、やがてトラック運転手からマフィアの構成員になったフランク。ある日ラッセルから「友人が困っているから助けてやってくれないか」と紹介されたのが、あの“大統領の次に権力を持つ男”と言われた、全米トラック運転手組合委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)。

ラッセルの部下としてホッファの元に“出向”するような形で彼のボディガードとして働き始めたフランク。やがて家族ぐるみでの付き合いとなり、ホッファから絶大な信頼を得ていくようになります。

しかしホッファはマフィアも恐れるほどの強権を臆すること無く行使する豪腕の人。次第に周りの人たちとの軋轢も目立ち始め、またケネディ大統領誕生と同時に司法長官に就任した大統領の弟、ロバート・ケネディに目をつけられたことでより大きな権力闘争に巻き込まれていくことに。

かくしてジミー・ホッファという一人の人物の周りに生じる権力闘争を通じ、フランク自身がアメリカの“裏歴史”を形作っていくことになるんですが…あとはじっくりご覧ください。

事前にある程度予習しておいた方が吉

まず大前提としてアメリカの歴史をある程度知っていないと面白さが半減する映画であることは間違いないです。とりあえず「ジミー・ホッファという人物がどのような人物なのか」ぐらいは知っておいた方がいいでしょう。

上に書いた通り、彼は「全米トラック運転手組合委員長」というポジションの人物なんですが、なんでそんな人が“大統領の次に権力を持つ男”なのか、ちょっと現代からすれば理解しにくい部分もあると思います。

僕も全然詳しくはないんですが、早い話がアメリカの物流のほぼすべてを賄っていた「トラック運転手」たちのトップとして君臨している人なので、彼が一言「そんな条件じゃ走らせられない」と言えばほとんどすべての産業が止まるわけです。今みたいにデジタル隆盛の時代でもないですからね。

彼は「組合」のトップなので、経営側のように顧客の顔色をうかがう必要もなく、「組合員のため」という大義名分で(ある程度)好き勝手できちゃう立場だったんでしょう。もちろんそんな単純な話ではないんでしょうが、それでもおそらく関係者たちが「気付いたときには抑えることが不可能なレベル」で彼に権力が集中してしまったように思われます。

またそれ故に“利用価値がある”人物だったことも間違いないわけで、それによってマフィア他様々な勢力が彼のもとに集まり、それによってまた権力が高まっていく…という構造。その上彼自身高いカリスマ性の持ち主だったこともあり、組合員からの支持も絶大だったために余計に手出ししにくい権力者になっていったんでしょう。

そんなホッファさんなんですが、これは有名な話なので書いてしまうと…ある日急に失踪、行方不明となります。僕はこの話は昔ゴルゴ13で読んで知ったんですが。

当然、これほどまでの権力者が行方不明となると事件の匂いしかしないんですが、しかしついに今現在に至るまで死体は発見されないまま、1982年に死亡宣告。その事件の“真相”となるのがこの映画の話…なんですが、完全に事実かと言うとそれはまた諸説あるようで、あくまで一人の人物による独白がベースとなった「事実かもしれないジミー・ホッファ失踪の真相話」の一つ、という位置付け。そしてその独白をした人物というのが…この映画の主人公であるフランク・シーランその人です。

若返りCGも見事

そんなアメリカでは有名すぎる失踪事件の前後を、マフィアたちの人間関係を中心に描いた映画であり、(真相が事実かどうかは別として)史実に則ったノンフィクションのお話なので見応えも十分なんですが、同時に「ただ昔あった話をきっちり描いたよ」というだけではなくちょっと変わった試みもなされています。

話題になったので知っている方も多いと思いますが、それは「登場人物の若い頃も同じ役者が演じている」という点。最初のデ・ニーロなんて若い若い。30代後半〜40代前半ってところでしょうかね。

今までであれば、若い頃は別の役者さんが担当するか、もしくは若い役者さんが特殊メイクで年老いた姿も演じる、というのが定番だったと思います。しかし今作は一貫して同じ人物は一人の役者(しかも限りなく爺さん寄り)が演じ、若い頃はCG処理で若返らせています。

キャプテン・マーベル」もそういう作り方をしていましたが…技術的に何か違いがあるのか等はわかりません。が、思っていた以上に違和感がなくてびっくり。いやすごい時代になったもんですよ…。

ネット上では「見た目若くても動きが爺www」とか揶揄されてましたが、かと言って別にダッシュして刺し殺すぜみたいなシーンも無いし、正直事前に心配していたほどの違和感はまったくなくてただただすげーなと感心しました。というか途中で「どの辺が今のデ・ニーロなの??」ってわからなくなるぐらい違和感がなかった。

物語はお迎えが近い爺さんになったフランク(デ・ニーロ)の語りで進む形を取っているんですが、そのみすぼらしい爺になったデ・ニーロがもしかして今の素の姿なのか!? と疑心暗鬼に陥るぐらい、どれが今なのかよくわからない違和感の無さ。

「あれ? この漢字ってこれで合ってたっけ?」って気になって見てたら正しい漢字がわからなくなるあの感じ。それぐらいどの年代もまったく違和感がなく、とんでもない技術だなぁと感心しましたね。

多くを語らないセリフとカメラワークに痺れる

僕は自分の認識では割とマフィア映画はあんまり好きではない方だと思っていて、「ゴッドファーザー」シリーズだけは別、というイメージなんですが…この映画は本当にすごく良かったし、しみじみと身体にじわじわ染み込んでいくような味わいがたまらない映画でした。

なにせ3時間半という超長丁場の映画なので、気軽に「おい観ろ」と言えない重さがありますが、それでもその数字ほど体感的には長く感じなかったし、バイオレンス描写も直接的すぎない辺りがさすがスコセッシとしか言いようのないデキの良さ。

またねー、マフィアだから当然なんでしょうが、言質を与えないんですよ。多くを語らず、理解させる。そのセリフの味わいと、それを引き立たせるカメラワークの見事さには痺れましたね…。

有能な人物はわざわざ確認もしないし腹を決めて任務を遂行するだけ…その厳しい世界こそがマフィアなんだなぁと、「仁義」の最たるものを見た気がしました。いやはやスゴイ。さすがにこの作りはポッと出の監督・役者じゃできないでしょうね。この人達が揃って、なおかつキャリア集大成として気合いを入れたからこそ作れた傑作ではないでしょうか。

正直観ている最中は「ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノが同じ部屋で寝てるぜ…!」みたいな興奮はまったくなく、完全にフランクとホッファその人としてしか観てなかったし、今更ですがやっぱりすごい人達だなと改めてガツンとやられた気分です。最高でした。

ネタバレッシュマン

細かいところかもしれませんが、ホッファがフランクに撃たれた1発目、「ウッ」て声を上げるんですよね。割と大きめの声を。

続けて2〜3発撃ち込んでとどめを刺すんですが、その1発目に声を発したってことは、ホッファは「フランクに撃たれた」と認識して殺されたんじゃないか…と思ったんですよ。

基本的に銃で頭を撃たれたら文字通りの即死で何が起きたか理解しないでグッバイって(確か)この映画の中でも語られていたと思うんですが、大体頭を撃たれた人って声を発さないじゃないですか。実際はどうなのか知りませんが、こと映画の場合。他に射殺されたメンバーも声は発していなかったと思います。

それを踏まえた上で「声を発した」ことを考えると…もしかしたらフランクは(至近距離だったけど)致命傷ではない位置に当ててしまい、ホッファは撃たれたと認識してから死んだんじゃないかと思うんですよね。そこにすごく“来る”ものがあって…。

おそらくホッファは死ぬまでフランクを親友かつ一番信頼できる部下と考えていたはずなので、そこでその裏切りに気付かされる残酷さ、そして観ていたこっちと同様に「もしかしたら裏切りを認識されたのかもしれない」と感じたフランクの気持ち、双方が…たまらないなと…。

おまけに、仮に1発目が致命傷ではなかったとすると、「なぜ外したのか」が気になるわけですよ。それはきっと、もちろんホッファに情も感謝の気持ちも持っていたフランク自身の迷いみたいなものがそこに現れたんじゃないかなと。

いくらなんでもあの名優アル・パチーノがわざわざ頭撃たれて意味もなくあんな情けない声を発するわけもないし、もちろんスコセッシだってあの声に意味がなかったらNG出すでしょう。となると間違いなく「わざわざ声を出す演技をした」んですよ。で、その意味を考えると…いやぁたまらんなと。

さり気なくスルーされそうな一瞬のシーンでしたが、あそこにはかなり大きな意味が込められてたんじゃないかなぁ。

このシーンがイイ!

ネタバレに書いたシーンを除くと…終盤、フランクが飛行機で一人飛び立つときに窓の外を写すシーンがあるんですね。そこがね…。観客にいろいろ考えさせる、ものすごくいいシーンだなと。あそこで「スコセッシェ…」ってなりました。すごいな…って。

ココが○

長い割に観やすく、深く重い人間模様から観るアメリカの裏歴史。たまりませんよこりゃ。おまけにキャストがキャストですからね。地味にハーヴェイ・カイテルも出てたし。

登場人物の心情を想像するという意味ではかなりたまらない映画になっていて、そういう“察する”作業が好きな人であればかなり好きな映画になるのではないかなと思います。

ココが×

とは言えやっぱり長いっていうのはどうしても外せない欠点ではあると思います。さすがに3時間半はなかなか時間作るのが難しいのも事実なので。

加えてある程度アメリカの歴史についてベースの知識がないとちんぷんかんぷんだろうなというのと、やや固有名詞が多いので「(今のセリフに出てきた)それ誰だっけ?」みたいなことが頻発します。なのでもう一度観たい…けど長いから億劫といういつものパターン。

MVA

さすがに見応えのあるメンバーで当然皆さん良かったんですが…今回はこの人だなと思います。

ジョー・ペシ(ラッセル・ブファリーノ役)

有力マフィアでフランクのボス。

ジョー・ペシと言うと、喧嘩っ早くてイマイチ頭の良くないマフィアみたいなイメージしか無かったんですが、今作では憑き物が取れたように穏やかで重みがあり、しかし相当な冷酷さも持ち合わせていそうな雰囲気を漂わせていてもう完璧でしたね。ものすごく良かったです。

正直ジョー・ペシがこんな演技をするとは思いも寄らず、かなり驚きました。ロバート・デ・ニーロもアル・パチーノも割と今までの延長線上な感じの役だったこともあって、意外性という意味では圧勝。

彼も当然歳をとったというのもあるんでしょうが、しかし今までにない「落ち着いた怖さ」みたいなものが存分に発揮されていて、かなりやられました。本当に素晴らしかったです。

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