映画レビュー0801 『清須会議』
いやー超久しぶりですね、三谷映画。
なにげに当ブログ一発目の記事が三谷映画(THE 有頂天ホテル)だったりもして、たまたまなんですが初期の頃にお世話になりました。この映画も公開当時から観たいなぁと思っていたんですが、おなじみネトフリ配信終了が迫ってきたということで鑑賞。
清須会議
「戦国マニアが作った」的な観やすい歴史政治ドラマ。
- 頭領亡き後の政治闘争をリアルに描く戦国政治映画
- 三谷映画らしい観やすさはありつつ、そこまでコメディに寄りすぎないバランスが○
- 何百年経ってもやってることは一緒なんだなーと感慨深い
- キャスティングもなかなかの見どころ
- ただしある程度の予備知識は必要かも
表記的には「清州会議」と「清須会議」の2つがあるようなんですが、一応Wikipediaにならって歴史上の表記は「清州会議」、映画のタイトルは「清須会議」という形で表記しています。
さて、そんなわけで観たかったものの、正直三谷映画は最初の「ラヂオの時間」は抜群に面白かったもののそれ以降徐々に失速していっているような印象があり、今回も一応我らが大泉洋大先生主演ということで観たいとは思ってはいましたが、ぶっちゃけ内容的には大して面白くないんじゃないかという震えのもと鑑賞しました。
事前の予想としてはコメディに寄せすぎてちょっと軽くなりすぎてたりお寒くなってたりするのを懸念していたんですが、実際は確かに現代的な言葉遣いその他による笑いはちょこちょこ挟まっては来るもののそこまでコメディタッチでもなく、“意外と”真面目に歴史上の出来事を(三谷解釈込みで)描いた映画だと思います。面白かったです。
舞台はご存知「本能寺の変」直後。文字通り大黒柱である織田信長を失い、さらにその後継者として信長から家督を譲られていた長男の信忠も失った織田家は、一刻も早く後継者を決める必要に迫られたため、家臣一同が清州城に集まって行う「清州会議」の場でその後継者を決めよう、というところが物語の発端でありすべてです。
織田家家臣において最も位の高い人物である柴田勝家(役所広司)は、信長の三男で聡明な織田信孝(坂東巳之助)を後継者に推します。というか普通に能力的な面から考えれば信孝で決まりなんですが…ここで勝家に主導権を握られるとその後の織田家における自身の立場が危うくなると考えた羽柴秀吉(大泉洋)は、信長の次男である織田信雄(妻夫木聡)を担ぐことに決めます。
ただこの信雄がですね。とんでもないバカなんですよ。もうほんと「グレートレース」のジャック・レモンに迫らんばかりのアホっぷり。一応本人は(父である信長の若い頃と同じく)「うつけ者のフリをする有能な人物」だと言っていて、「なるほどそうなのか…」と真に受けて観るわけですが次第に「本物なんだね」という結論に至るというとても残念な人物です。
どう考えたってこんなアホに織田家の家督を継がせるわけには行かず、もっと言えばこんなアホに継がせようとする秀吉は今後の実権を握ろうと闇将軍感出しすぎやないか!! という疑惑の目が注がれることも間違いがないわけで、普通に考えれば秀吉劣勢は間違いないんですが、しかし彼は「信長の仇」である明智光秀を討ち取ったという大功績もあり、そこがまた舞台を複雑にしつつ…。
秀吉は彼の参謀である黒田官兵衛(寺島進)と共に様々な策を講じつつ、果たしてこの一世一代の“政治闘争”に勝つことができるのか…というお話です。
義に篤いもののあまり政治的な賢さのない“戦バカ”柴田勝家に、彼の盟友で知に長ける丹羽長秀(小日向文世)、そして“稀代の人たらし”羽柴秀吉といった面々が繰り広げる政治闘争はまさに想像していた「清州会議」そのもので、「信長の野望」「太閤立志伝」世代ど真ん中の僕は“らしい”織田家の面々にすごく楽しめたんですが、ただこれってある程度その辺の予備知識が無いと結構しんどいのかもしれない、という気もしました。なんとなく。
映画ではほぼ舞台背景は描かれないので、もう細かい部分を知らないと全然わからないのも無理はない作りだとは思うんですよ。例えば勝家は昔から秀吉と反りが合わないとか、前田利家(浅野忠信)は柴田勝家の部下なんだけど秀吉とは幼馴染で仲が良かったとか、そもそも勝家は信長の前の代からの重臣で秀吉は(宿老の中では)新参者だとか、いろいろ予備知識が無いとわかりづらい部分はあったと思います。
この辺りちょっと「三国志」にも似ている部分があり、映画外の知識が必要とされるという意味ではやや軽いコメディタッチの割にハードルが高い映画なのかもしれません。
おまけに例えば勝家は「勝家」と呼ばれるわけではなく「権六」と呼ばれていたりとか、予め頭の中に入っている名前とは違う名前がメインの固有名詞になってきたりしてよりわかりづらい面があったのは否めません。せめて最初に登場した時に名前の字幕ぐらい入っても良いんじゃないかな〜と思ったりもするんですが、ただそれはそれで映画的じゃないしな〜みたいなもどかしさもあるしなかなか難しいところです。
幸い演じている役者さんたちは日本人なら誰でも知っているような人たちが中心なので、観る前に一旦役名を確認しておいて、この人はこの役、と覚えておくといいかもしれないですね。
もっと言えば清州会議自体歴史上の出来事ですでに結果は知れ渡っているものでもあるので、ぶっちゃけ清州会議の内容すらある程度事前に勉強しちゃっても良い気がします。ただ最後に秀吉が講じる策まで知っちゃうとちょっと興を削ぐ面もある気がするのでやっぱり知らない方がいいかも。(どっち)
まあアレですね。簡単に言っておくと「この会議を経て秀吉が天下統一の足がかりを作る、歴史の転換点になる会議」という事実=勝家が没落していって秀吉が台頭していく契機となる出来事、ということは予め知っておいて良いと思います。
ちなみにもう少しわかりやすく織田家の面々を並べておくと、
- 織田信長=中興の祖、会長(任天堂における山内溥的な存在)
- 織田信忠=会長の長男で社長
- 織田信孝=会長三男の専務(ソツがないけど面白みもない)
- 織田信雄=会長次男の常務(偉ぶらないイイヤツだけど超バカ)
- 柴田勝家=ベテラン営業本部長(情に訴える古臭いタイプの猛烈営業)
- 丹羽長秀=営業部長(参謀タイプ)
- 羽柴秀吉=新任企画部長(優秀かつ部下から慕われるタイプ)
- 黒田官兵衛=企画次長(参謀タイプ)
ってな感じでしょうか。その他いろいろ出てきますが。
さて、前フリが長くなりましたが。僕がこの映画を観て思ったのは、「まさに政治そのものだなぁ」という感想。時代は変わっても今も昔もやってることは変わらないというか。
まず最初に思い出したのは、田中角栄が勝った総裁選。かれこれ十年ぐらい前になりますが、僕は一時期田中角栄がマイブームだった時期がありまして、その時期に読み漁った角栄本の中に彼が勝った総裁選の裏話が結構生々しく書かれていた本があって、それを読んで政治の生々しさと人間臭い票の奪い合いに妙な高揚感を覚えたんですが、それのよりわかりやすい駆け引きを描いたのがこの映画だな、と。
その政治闘争のキーマンとなる人物を、情に欲に訴えて両陣営が引っ張り合うという…こういうのはいつの時代も変わらない、この頃からずっと繰り返されているものなんだなという感慨がなかなか良い味わいになっていたと思います。
そう、結局のところ一から十まで「政治」なんですよね。政治の話でしかないんです。
軽くこの映画のレビューを見たところ結構な叩かれっぷりが目についたんですが、ちょっとこの映画に関しては気の毒というか…「三谷ブランド」故に必要以上に叩かれているような気がします。
思うに、上に書いた通り少し登場人物や時代背景に対する予備知識が必要という点と、完全に「政治のお話」であるという点が、「三谷コメディ」を期待して観た人たちに不評だったのかな、と。
実際コメディタッチではあるんですが、ただ純粋なコメディというわけでもなくベースはあくまで(歴史)政治ドラマなため、コメディ的な部分は「三谷幸喜の作風故」程度だと思っておいた方が良さそうです。笑わせるためのコメディではなく、物語に入り込みやすくするためのコメディというような。
また政治ドラマとは言え深謀遠慮が凄まじい緻密な駆け引きというわけでもなく、また丁々発止のやり取りが楽しめる会話劇というわけでもなく、流動的な情勢にいかに臨機応変に対応して自分に有利に持っていくか苦慮する秀吉の姿が中心のお話なので、これまたやっぱりちょっとわかりづらいというか…フリが利いててスッキリストンと収まる、みたいな話じゃないんですよね。
少しずつ外堀を埋めるもこれじゃダメそうだ、じゃあ他の方法は無いか…といろいろ試行錯誤しながらになるので、バチッとハマった気持ちよさみたいなものはあまり無いと思います。無いんですが…その流動的な情勢ってやっぱりリアルじゃないですか。敵は的じゃないんですよ。動いてるわけです。となるとコレはコレでリアルなんじゃない? と思うわけですよ。
まあ将棋みたいなもんですよね。相手(勝家)がどこにコマを置いたかによって、自分(秀吉)がどこにコマを置くか。盤外からコマ呼び出したりもしちゃってね。そういう目に見えない陣地取りのような駆け引きが政治モノ好きにはたまらない内容でした。
ということで「三谷映画だから」観るのはやや危険かもしれず、「信長・秀吉が好きだから」観るのであれば面白いんじゃないかな、と思います。あくまで創作としてではありますが、ただ大きな流れは史実通りだし、細部にはこだわらず“よく分かる『時代が動いた清州会議」”的なニュアンスで観れば良いんじゃないでしょうか。
この会議でもし勝家側の主張が通っていれば、もしかしたらこの後天下人になったのは織田信孝だったかもしれず、となると信雄サイドについた秀吉の攻勢によりまさかの信雄天下人パターンもあり得たかもしれないし、そうすると今度は江戸幕府もなかったかもしれないし、そうしたら織田信成もあんまり泣かない人になってたかもしれないし…といろいろ妄想膨らむ面白さもあると思います。
「歴史の転換点」とはまさにこういう出来事を指すんだな、と改めて感慨深いものがありました。そう感じさせるシーンがビタッと入ってくるのもとても良かったです。
このシーンがイイ!
ネタバレ項に書いたんですが、終盤のとある“歴史的名場面”を再現したシーン。
あのシーンの意味するところ、登場人物それぞれの心情を思うとものすごいシーンだと思います。なんと言うか…「自分が主ではないよ」というテイで自分の正統性を宣言するニュアンス、その計算高さに身震いしました。名場面すぎる。
ココが○
この映画に登場する面々をある程度知っている人であれば、“この人っぽい”リアリティ込みで素直に楽しめる映画だと思います。
特にやっぱり主演の二人、「軍人気質で政治力がなく、情に厚い面もある」勝家と、「稀代の人たらしで計算高い」秀吉という対照的なキャラクターを見事に演じた役所広司と大泉洋大先生は素晴らしいですね。
ココが×
本レビューに書いた通り、軽いようである程度の予備知識が必要という点と、完全なる政治ドラマであるという点。
これは面白かった人間からすればメリットになり得るんですが、とは言え当然その分楽しむためのハードルが上がることも意味しているわけで、三谷映画的な「誰でも気軽に笑って楽しめる」ようなタイプの映画ではないのは確かでしょう。
あとは何せメジャーな歴史上の出来事なだけに、逆にもっとしっかり作った作品もいろいろあると思われるので、そういう本格派時代劇と比べると中途半端な位置取りに感じられるのもやむを得ないのかなぁというのもちょっと思いました。
「もっとこうだろ! いい加減な推測で中途半端なコメディにするんじゃねぇ!」みたいにお怒りの方もいらっしゃるようで、「楽しむためにはある程度知識が必要なものの、逆に知識がありすぎると違和感がある」ような微妙な立ち位置の物語になっているのかもしれないですね。
簡単に言えば「清州会議ニワカ」じゃないと楽しめない(=完全無知識派にも理論武装派にも向いてない)といういかにもなんちゃって感はあるんでしょう。「マンガで見る○○」みたいな。
MVA
そういうわけで各人なかなか良い配役だったと思います。
役所広司の豪胆な重臣感、小日向文世のちょっと陰湿さを感じる参謀感、浅野忠信の実直さなどなど。中谷美紀のねねもすごく良かったなー。かわいかったし。
あと密かにでんでんのソツがない感じも良かったですよね。それと伊勢谷友介の信長感ね。信長じゃないんだけど。信長はこの映画では端役なので、信長感漂う信長の弟としての配役、っていうのはなかなか良かったんじゃないかと。
唯一、お市の方の鈴木京香だけ…申し訳ないんですが少しお歳を取りすぎではないでしょうかとお伺いを立てたい。本来はもっと若かった上にさらに実年齢より若く見えた人らしいので、もう少し若い女優さんの方が良かったような…。まあ三谷組なので彼女が充てられるのもやむなしなんでしょうが。
さて、長くなりましたが当然ながら残ったこの方をMVAとしましょう。
大泉洋(羽柴秀吉役)
ご存知どうでしょう軍団員としては贔屓目もあるとは思いますが、しかしこの「稀代の人たらし」的人懐っこい雰囲気に加え、腹に一物抱えて策謀張り巡らせるしたたかさを垣間見せる雰囲気、まったくもってお見事だったと思います。
今までの秀吉像からすればやや軽い印象もありますが、その辺はコメディ含みなので許容範囲かなと。それ以上にやっぱり「人に好かれる」けど「本心が見えない」曲者感がよーく出ていたんじゃないでしょうか。すげーよ洋ちゃん。エセ関西弁が聞けなかったのがちょっと残念。