映画レビュー1413 『ユゴ 大統領有故』
「KCIA」が超傑作だったので、同じ事件を扱ったこちらの映画を知り観てみようかなということで。
ユゴ 大統領有故

まとめ方があまり上手くない印象。
- 暗殺事件に関わった人たちの“そのとき”前後を広範に描いた政治ドラマ
- 本来はブラックコメディらしくゆるさもあるが日本人にはわかりづらい面も多い
- 全体的に国内向けの、より事情を知る人たち向けの映画に感じられる
- 事件をより深く知るという意味では貴重な一本
あらすじ
まあちょっと比較対象(KCIA)が個人的に刺さりすぎただけに、どうしても「あの映画と比べると…」と評価を下げざるを得ない悲しい存在ではあります。少し散漫な気もしたし、作りが今ひとつ甘い気がしました。
ヘリの座席が足りないよってことで大統領(ソン・ジェホ)の視察に同行できなかったキム部長(ペク・ユンシク)は執務室で医師の治療を受け、体調も芳しくない様子。
そんな中、大統領がまた宴会を開くことを聞いたキム部長は秘書のミン大佐(キム・ウンス)を連れて会場へ行き宴会に加わるも、かねてより気に食わなかったチャ警護室長(チョン・ウォンジュン)の傍若無人な態度に苛立ちが募り、宴会を中座して部下のミン大佐とチュ課長(ハン・ソッキュ)を呼び、大統領暗殺計画を打ち明けますが…果たして。
「KCIA」のようなものを期待すると肩透かし
僕が観たのはアマプラなんですが、配信サイトではタイトルが違って「その時の人達〜有故、大統領〜」になっています。原題は「その時その人たち」なんですが、これは事件現場にも居合わせた(この映画にも登場する)歌手、シム・スボンのヒット曲「その時その人」から来ているそうです。
また「ユゴ(有故)」とは当時の新聞で使われた「事故があったこと」を意味する言葉だそうで、要はまだ公に「暗殺」と発表できない段階において異常を知らせる意味で使われた単語のようです。未確認(もしくは報道規制中)だから具体的なことは書けないけど大変なことがあったんだぞ、みたいな。
さて、最初に書いた通り「KCIA」と同じ事件を扱った映画ではありますが、毛色はだいぶ違ってこちらは少々ゆるめ、なんなら「サラリーマン(じゃないんだけど)はつらいよ」的なしがらみの中で大変な事件を経験する人たちの姿を描いています。
一応あっちと同様に実行犯であるキム部長が中心人物として登場しますが、こちらはそれよりもその部下であるハン・ソッキュ演じるチュ課長の方が主人公で、組織の中でいろいろありながらも上に従っていくうちに大変な事件に巻き込まれてしまう姿を観ていくような形。
その他にも宴会に呼ばれる女子大生であったり、どちらかと言うと主体的に事件に関わっていない、流れで居合わせてしまった人たちの姿の方が中心に位置するお話になっていて、事件の重さに反して驚くほど簡単に事態が進んでしまう妙な空気を感じさせるお話でした。
当事者であるキム部長がなぜ暗殺という行動に出たのか等の事件の背景についてはほぼ触れられず、それはそれとして既成事実なんだからその他の話をよく見せましょう、みたいな感じで事件そのものについて深く知るという映画ではなかったのが少々期待外れ。朴正煕についてもことこの映画においての存在としては脇も脇、超脇役と言っていいでしょう。
映画の作り、トーンについても“ゆるい”ことからもわかる通り「KCIA」のようなものを期待するとだいぶ肩透かしを食らうので、僕のように「あれが良かったから観よう」だと裏切られて残念、と感じてしまうのは仕方がないと思います。
ただこの映画は「KCIA」の“あと”まで描かれるので、その後のキム部長の立ち居振る舞い(のまずさ)であったり、どのように事態が収拾していくのかもある程度わかるようになっていたのはあちらにない面白さですね。
とは言え全体的に「事件をよく知る人=韓国国内の観客」向けな印象は強く、ほぼ内容を知らない日本人が観ても描いている皮肉があまり理解できないような面も多くて、正直映画としてはイマイチでした。事件の重要度に反してあまりにも盛り上がりを欠いた1日を観ている感覚。それこそが皮肉なのかもしれませんが…。
しかし鑑賞後に調べて知ったんですが、この映画の主人公であるチュ課長は現実においても衝撃的な供述を残した人として名が知られているようで、その辺りの史実を知ってから観るとまた少し違った印象も受けそうではあります。
彼は実際はパク・ソノという方だったらしいんですが、元はキム部長が教師を務めていた頃の生徒だそうで、いわゆる師弟関係。やがてKCIAの部長になったキムの推薦によってKCIAに入ったという話なので、それはもう逆らいようが無い=暗殺事件計画を聞いて反対なんて出来なかった人であろうことがわかります。
もっとも彼自身大統領には思うところがあったようで、実は彼の一番の仕事は「大統領に“上納”する女性をアテンドする」ものだったそうです。そして敬虔なクリスチャンだったこともあってその仕事も相当に嫌だったようで、何度も辞めたいとキム部長に申し出ては慰留されていたとか。
つまり彼は彼で大統領をよく思っていない下地があり、それが原因の一つとなってこの映画での彼のようにあまり強い意思表示もせずに上司の指示に従う形になってしまったのかもしれません。
僕はオープニングのシーンの意味がよくわからず、それ故に余計にこの映画に入り込めなかった面もあったんですが、この話を知って「なるほど“アテンド”の面接だったのか」と今さら理解しました。いや観ていてもそのことはわかったんですが、こういうことをずっとやらされそれが嫌だった話までは知らなかったので、なるほど理解が深まったな、と。
で、彼の“爆弾供述”によると、大統領は大体月に2〜3回ほどKCIA部長や警護室長を含めた最側近3〜4人+2人以上の女性を呼んで開く宴会「大行事」と、同じく月に7〜8回ほど大統領と女性が2人きりで密会する「小行事」を行っていたと。しかも毎回女性を変えて。その中には当時の一流芸能人もたくさんいたとか…。
事件の日はまさに「大行事」その日であったことは間違いないですが、果たしてその「大行事」で性的な行為が行われていたのかはわかりません。しかし「小行事」では間違いなくあったでしょう。そしてパク・ソノは「アテンド業務のせいで1日も休めなかった」と言っていたそうなので、いかにその仕事がストレスの元になったのかは推して知るべし、ですよ。要は大統領の下半身のお世話のために休みがなかったわけですからね。
仮に「大行事」でも側近含めて同じような(いわゆる乱交パーティ的な)ことが行われていたのであればキム部長にも怒りの矛先が向いていてもおかしくないと思うので、おそらく大行事は映画で描写されるように普通の宴会だったのかなと思いますが実際はどうなんでしょうね。宴会後に個別で…とかはありそうですが。たむけんタイムならぬチャ・ジチョルタイムとかあったりしてね!
人を選ぶ映画かも
だいぶ話がそれましたが、そんなわけで周辺事情を知るには(知識的に)面白い一本ではあるものの、映画としては正直今ひとつだったなと。
一応お断りしておかないといけないんですが、なんだかんだ実話ベースで話をしていますがこの映画も「KCIA」同様に韓国映画でよくある「実話を元にしたフィクション」なので、実際のところあんまり史実と結びつけて観すぎるのも危険なんですよね。おそらく。
その割にあんまりパッとしないということもあって、なんとも微妙な評価をせざるを得ない映画だなと。
僕のように事件に興味があるから観る、というのも良いと思うんですがそれでも微妙だっただけに、なかなか人を選ぶ映画のような気がします。
このシーンがイイ!
特に良いシーンってわけでもないんですが、非番に呼び出された従業員の彼の顛末を知ったときが一番来るものがありました。
ココが○
「KCIA」とは違った方向から事件を知るという意味ではその目的は達成されたので良かったと思います。
ココが×
やっぱりどうしても純粋な面白さに欠けるのが…。ちょっとハイコンテクストなのかもしれないですね。知識不足故に僕がわかってない可能性は大いにあります。
MVA
まあこれは無難に…。
ハン・ソッキュ(チュ課長役)
主人公。いわゆる中間管理職的な感じ。
ハン・ソッキュは脚本にウルサイ(良作しか出ない)とか噂があるので、正直「ハン・ソッキュ出ててこれなの?」と思ったのも事実なんですが、まあそれはそれとしてなかなか難しい役だと思うんですがさすがに安定感あって良かったです。
「八月のクリスマス」とかとは全然違うんだよな〜。ちょっとヤンキーっぽい良い意味での小物感があって、それによってよりブラックコメディ感も増したのかもしれない…とあんまりピンときてないくせに言ってます。