映画レビュー0926『日の名残り』

今回もネトフリ終了間際シリーズ。

前回「3本厳選した」と言いつつ結局2本しか観られなかったよ、というご報告です。最近ちょっと映画モチベーションダウン中。

日の名残り

The Remains of the Day
監督
脚本
原作

『日の名残り』
カズオ・イシグロ

出演
音楽

リチャード・ロビンス

公開

1993年11月5日 アメリカ

上映時間

134分

製作国

イギリス・アメリカ

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

日の名残り

あまりにも残酷な、人生の分岐点。

8.5
他人に人生を捧げる仕事一筋の執事の半生
  • 国の中枢に関わる主人に仕える執事の半生を静かに描く
  • 執事長と女中頭の2人から見た屋敷内でのエピソードが中心
  • 過去と現在の二面構成で浮かび上がる残酷さ
  • 非常に地味ながら染みる大人のドラマ

あらすじ

一昨年ノーベル文学賞を受賞して話題になりました、カズオ・イシグロの同名小説の映画化だそうです。もちろん原作は未読ソーリー。

全体としては非常に地味で、「こりゃタイミングによっては激寝しそうだな」と思って観ていましたが、しかしこれが…集中して観て良かったと思えるとても良い映画でしたね…。

実際問題、今回観たかったんだけどスルーした(配信終了間際の)映画が2本あったんですが、この映画選んで良かったわと思えるぐらいにとても良い映画で、おまけにおヒューも出てるというお得感ね。っていうかおヒューが出てるから選んだんだけど。

主人公はダーリントンホールという豪邸で働く執事長のスティーヴンスさん。彼は元々は屋敷の名前にもなっているイギリス人のダーリントン卿という方に長年仕えていたんですが、やがてダーリントン卿が亡くなり、今はその屋敷を買い上げたアメリカ人富豪のルイスに仕えています。

ルイスに「たまには外の世界を見てゆっくりしてきな」と言われたスティーヴンスは、かつて共にダーリントン卿に仕え、当時を懐かしむ手紙を送ってきた元女中頭・ベン夫人に会いに小旅行へ。

彼もまた、かつてヨーロッパの将来を決める重要な会議が行われていたこの屋敷での日々を思い出し、今は「ベン夫人」となってしまった若かりし頃の「ミス・ケントン」との淡い思い出を振り返り…的な感じで過去の話と現在を行き来しながらお送りする執事の半生、と言った内容です。

わかるけど切ない

スティーヴンスを演じるのはアンソニー・ホプキンス。レクター博士のイメージはどこへやら、実直で己を殺す仕事人間の執事長を見事に演じています。

そんな彼の元にやってきた有能な女中頭、ミス・ケントンを演じるのはエマ・トンプソン。彼女もまた彼女らしく、有能でかつ人間味溢れる女性を完璧に演じます。

この二人を中心に、ダーリントンホールでの日々を通して、「そこがどんな意味を持つのか」「ダーリントン卿とは何者なのか」を静かに描いていきつつ、二人の当時と現在の姿を通してそれぞれの関係性をあぶり出すんですが…これがまあね、切ないったらないよって話ですよ…。まあ細かくは書きませんけどね…。

最初にスティーヴンスがミス・ケントンを面接するんですが、そのときに口を酸っぱくして言うわけです。「男を連れ込まないように」「駆け落ちはしないように」と。

もちろん彼自身それが当然だと思っているのは間違いないんですが、しかしこのとき予想だにしていなかったことに…まあ早い話がミス・ケントンに淡い想いを寄せていくことになるわけですよ。

それはもう本当に淡い、恋心とも呼べない程の淡い淡い想いで、本人が自覚しているのかどうかもわからないレベルのものなんですが、一緒に働くうちにとても仕事ができて信頼できる、おまけに美人で気立ての良い性格であるミス・ケントンという存在が、知らず知らずのうちに大きな存在になっていくわけです。わかるわー。そりゃわかるわ。

ただ彼はその最初に伝えた“縛り”によってまさに自縄自縛に陥ったんでしょう。彼女への想いを認めたくないのか、ミス・ケントンが見せるサインも全スルーでいつまでも変わらない関係性。

そんなもどかしさを湛えつつ、時を経て再開した二人の姿から当時の答え合わせをしていく残酷さと切なさは相当なものでしたね…。「ニュー・シネマ・パラダイス(完全版)」のような。いやなるほどねぇ…いやわかるけど…わかるけど!! みたいな。

世界が動く舞台を目の当たりにする執事

また舞台となるダーリントンホール、そして(過去)その主であったダーリントン卿という方がなかなかの御仁でですね。

詳しくはわかりませんが、時代は「現在」が第二次世界大戦の数年後、「過去」が第一次世界大戦後の時期で、「過去」のフェーズでは第一次世界大戦後のヨーロッパ(及び世界)の方向性を決めるための会議をここでやるんですよ。ダーリントンホールで。

ダーリントン卿はいわゆる貴族だとは思うんですが、実際何をしている人なのかはサッパリわかりません。っていうか貴族の仕事って何よ。そもそも。仮面つけるのが仕事かな?

その彼が住むダーリントンホールという場所は、(意味合い的に)日本で言うところの高級料亭みたいなイメージでしょうか。「ここでの話は内密に」がルールみたいな。

各国の大使やら代表やらが集まって、国際的な枠組みの会談をしたりするんですよ。貴族とは言え一人の人間の屋敷で。ある意味迎賓館みたいな。

これ結構カルチャーショックだったんですが、実際この頃はあったんでしょうね。こういうことって。

当然、そこで給仕したりするスティーヴンスはその「漏れてはならぬ」世界の趨勢を決める話し合いも耳にするわけです。

もちろん当人は完全に自分を殺して奉仕している立場だし、おまけにその原則を最も忠実に守る優秀な執事であるが故に、次第に浮き彫りになる「ダーリントン卿の立ち位置」におそらくは何らかの思いがあるはずなんですが、これまた自分を殺して無関心を決め込みます。っていうか無関心と言うよりは、「自分よりもこの問題を理解している主の意見に自分の意見が勝るとは思えない」というところでしょうかね。

この辺もまたジワジワと観客(おれやで)に「いいのか!? それでいいのかスティーヴンス!!」ともどかしさを与えてくれるこの感じ、なかなか絶妙です。

仕事一筋、かっこいいけど…

ということでミス・ケントン他、共にダーリントン卿に仕える人たちの人間関係と、ボスであるダーリントン卿が巻き込まれることになる政治の世界、その両方を最前線で関わる形になるスティーヴンスが、すべての“私”を殺して仕事に忠実であろうとする姿を通じて観ている人が何を感じ取るのかを描く映画です。

僕はここまで「仕事にすべてを捧げる」人を観るのは初めてだったかもしれません。もう常日頃から仕事への不満しかツイートしてないし頭の中の8割は「仕事したくない」と思っている人間(残り2割はいやらしいこと)としては、この文字通りの“滅私奉公”っぷりはまったく理解できないというか、自分では絶対無理だなと思いつつも芯を貫き通す姿がかっこいいなとも思うわけです。

「まったく理解できない」って書いちゃうと否定的に見えるかもしれませんがそうではなく、むしろ尊敬の念に近いものを抱きました。アスリートを見るような感覚に近いかもしれないですね。もはや神々しいぐらいに仕事人間で、それはそれで羨ましいけど…でもそれもまたつまらないだろうしなぁ、といろいろ考えたくなるお話でした。

本当に絵面は地味だしほぼ屋敷内の話だし、(寝ないように)かなり観るタイミングは注意したほうが良いと思いますが、そこさえクリアできればとても良い“染みる”話だと思います。

いやぁ、良かったよこの映画、ほんと…。

ネタバレの名残り

まあやっぱり…ミス・ケントンが結婚を決めた晩のエピソードがもうね…たまらないですよね…。いろいろとね…。

わざわざ気付かれないように忍び足で泣いてるところに歩いて行って、これはもしや歩み寄るのか!? と思ったら業務連絡でトドメですよ。「何しとんねん…!」と憤りもしましたが、でも気持ちもわかる。

彼としてはやっぱり「縛り」が足かせになっていたのもあるだろうし、プライドもあるでしょう。今さら彼女が好きでしたなんて言えない、みたいな。

あとは意地が大きいような気もします。ここで彼女を取ったら、今まで仕事にすべてを捧げてきた「優秀な執事・スティーヴンス」が崩れ落ちるんじゃないか、って。そんな意地と怖さと。いろいろな、本当にいろいろな感情が渦巻いた結果、「見送る」ことを選んだんでしょう。あのときの彼は。

ただその後、「ミセス・ベン」となった彼女と会って、去りながら号泣する彼女を見送ったとき、果たして彼は何を思ったのか…。そこのところはよくわかりませんでしたが、でもただただ泣いて去る彼女の姿だけでもうダメでしたね。こっちも泣きましたよ。そりゃあ。切なすぎる…。

ほとんど何もない人生の僕ですら、振り返ると「あそこが分岐点だったな…」と思うことって多少はあって、そのいくつかのエピソードを思い出して我がことのように辛くなったシーンでした。

「あのとき少し勇気を出していれば」とか「あのときもう少し慎重に動いていれば」とか、誰もが抱く過去の自分を投影させるに絶好な「弱い自分」がスティーヴンスだと思います。

そう、彼は強く気丈に見えるんですが、それはおそらく「仕事にすべてを捧げる」というルールに忠実だからであって、そこから逸れたとき…要は恋愛関係に踏み込んだとき、一気に無防備に「弱い自分」が出てきてしまうんでしょう。

その兆候が恋愛小説を読んでいたシーンだと思うし、あそこでもっとスティーヴンスが彼女に近付いて行けてたら…全然違った未来があったのは間違いないでしょう。それがまた切ない…。

歳も離れてるし、「いい歳して浮かれるわけにはいかない」みたいなプライドもあるだろうし、「彼女が自分のことを好きなはずがない」とも思うだろうし、すべてにおいて彼をより仕事に向かわせる感情の動きが手に取るように伝わって、それがまためちゃくちゃ切ないんですよ…。

語りすぎないのにここまで伝わる、それだけよく出来た脚本&演出ってことなんでしょうね。良い映画ですよ本当に…。

あとおヒューがサラッと戦死してたのが悲しかった…。

このシーンがイイ!

読書中のスティーヴンスに何を読んでるのか教えろと迫るミス・ケントンのシーン。このシーンはとても重要なシーンだったと思います。

それと、おヒュー(カーディナル)が夜不意にダーリントンホールにやってきてスティーヴンスと話をするシーン。ここもすごく良いシーンでした。嬉しい。

ココが○

地味な映画ながら、登場人物の心情を理解しやすいのがすごく良かったですね。説明臭くもないし。カズオ・イシグロ原作と知ってたからなのかもしれませんが、すごく小説っぽい、読書に近い印象を受ける文学的な映画でした。

ココが×

まー地味ですよ。本当に。(見た目)明るいシーンもあんまりないし。

本当にタイミングによってはものすごく眠くなると思うので、睡眠十分&眠くなりにくい時間帯に観ることをオススメします。

MVA

早い話がおヒューが出てるから観ることにしたんですが、脇役ながらとても良い役だったのでそういう意味でも満足でした。やっぱりこの人ボンボンっぽい役ドハマリするなぁ。

ただ彼は殿堂入りなので、こちらの方にしましょう。

エマ・トンプソン(ミス・ケントン役)

当時30代中頃、美人で落ち着いた雰囲気に優秀さと人間臭さも兼ね備えた完璧な演技でした。やっぱりこの人もすごい。

ちなみにおヒューとはこの後「いつか晴れた日に」でも共演します。あれももう一度観たい。

主人公スティーヴンスを演じたアンソニー・ホプキンスも本当に素晴らしかったですね。丁寧で自分を殺す仕事人間感がもう。

登場時間は少ないですが、ルイスを演じたクリストファー・リーヴもダンディでかっこよくて良かったな〜。

なかなか通好みの良いキャスティングだったと思います。ここにおヒューを入れてくる辺りがニクいと思う。ほんとに。

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