映画レビュー1411 『ザ・レポート』
アマプラです。観てから気付きましたがAmazonスタジオズの映画なのでアマプラオリジナルなんですね、これ。
ザ・レポート
スコット・Z・バーンズ
デヴィッド・ウィンゴ
2019年11月15日 アメリカ
120分
アメリカ
Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)

アメリカの自浄作用の凄さと羨ましさ。
- 9.11以降「テロ対策」を名目に行われたCIAの拷問の実際
- 当然ながら政治的な思惑も絡み、一筋縄ではいかない
- 他の映画や史実についてもそれなりに知識があるとより理解が進む
- 間違いなくアメリカの暗部ながらそれを映画にできる社会の強さ
あらすじ
久しぶりに社会派映画の傑作に出会えましたね。めちゃくちゃ良くて震えました。
アメリカ合衆国上院調査スタッフのダニエル・J・ジョーンズ(アダム・ドライバー)は、ダイアン・ファインスタイン上院議員(アネット・ベニング)から9.11以降加速しているCIAの非人道的な拷問についての調査チームを率いるように命じられます。
ジョーンズはその生真面目な性格から様々な外圧もものともせずに調査を進めますが、しかし次第に風向きも悪くなり、チームメンバーも減少の一途を辿っていきます。
長期に渡る調査のため議会内でも関心が薄れていく中、それでも調査を続けるジョーンズ。当然その調査内容が不利になるCIAからは疎まれ、孤立無援に近い形で戦い続けますが、果たしてその結末は。
こういう人物こそ必要
実話系。実話インスパイア系よりも実話寄りという噂です。(自己解釈)
事実、アダム・ドライバーが演じる調査スタッフもアネット・ベニングが演じる上院議員も実在の人物なので、よくある実話インスパイア系感動物語的なものよりもかなり事実に近いのではないかと思います。あくまで思っているだけでソースはありませんが…。
なにせ政治を舞台にした実話系なだけに、そりゃー下手な創作は施せないでしょうよと思うので、細かな調査部分や個々のやり取りは別としても、大まかな部分は概ね史実に則った内容かと思われます。それ故に説得力があるのではないかなと。
ある程度アメリカ事情を知っていればわかると思いますが、いわゆるグアンタナモ系というか、「CIAが行っていた(と思われる)人権無視の拷問を許容して良いのか問題」を追った調査のお話です。ちなみに僕は観ていてまんまグアンタナモ収容キャンプでの話かと思っていたんですが違う地名に言及していたので、おそらくは「国外だから(法律に縛られないため)許される」みたいな理論もまるでなくどこでもこんなようなことをやってたのね、という二重の衝撃がありました。(もしかしたらグアンタナモはもっとひどかった可能性もある)
今「こんなようなこと」と書きましたが、実際劇中でもその問題となった拷問のシーンは描かれていて、まーこれが相当にエグい。観ていてつらい人も多いと思います。ただどれだけエグいものなのかがわからないと主人公(ジョーンズ)の気持ちもわからないのでこれは描くのも必要だしその辺りのシーンのピックアップ含め、非常に無駄のない素晴らしい作りの映画でしたね。
基本的には調査の中心スタッフである主人公のジョーンズを追った映画なんですが、その情熱とは裏腹にどんどんその調査の重要度が落ちていく…わかりやすく言えば「お前まだそんなことやってんの?」みたいな目で見られる調査をひたすら孤軍奮闘で進めていく話で、その初志貫徹っぷりには非常に刺激される面がありました。
日本なんて特にそうですが、まあ大体の問題は「ほっとけば忘れられる」んですよね。政治に限らず。大体昨今の不祥事はほとんどがその前提に立った対応をしていて、結局「謝ったら負け」みたいな態度がまかり通ってるじゃないですか。
実際以前なにかの記事で読んだんですが、いわゆる炎上案件は「謝った方が謝ってない人よりも長く糾弾される」みたいな調査結果が出ているそうです。認めちゃうといつまでも叩かれる、と…。完全無視を決め込んだ方がダメージも少ないことが多いとか。
これってものすごくしんどい話だなと思うんですが、しかしそういう流れはおそらく日本だろうとアメリカだろうとどの国でもきっと変わらない話で、だからこそこのジョーンズのように(空気が読めないと思われようが)しつこく問題を追っていく姿勢、ってすごく大事だと思うんですよ。一番その姿勢が必要なのがジャーナリズムだと思うんですが。
できる限りの調査をして、その結果を世に提示してから初めてその問題の善悪が判断できるわけで、その工程を踏む前に「世間も忘れちゃうし」と追わなくなっちゃうのは諦観に近いものがあり、それじゃあ何も良くならないよなとこの映画を観ていて改めて鼻息荒く思った所存です。
どんな問題もちゃんと調べなければ「大体こんなもんでしょ、まあ良くないことだよね」と詳細を知らずに勝手に自分の中で評価を定めてしまいがちなので、やっぱりこの映画におけるジョーンズのように(空気を読まずに)意固地になってでも問題を追う情熱を持った人物というのはどの時代でもどの国にも必要ではないのかなと思い、これもまた非常に熱いものがありました。
また捜査機関でもジャーナリストでもないただの(と言っても上院直轄ですが)調査スタッフの作業なだけに地味に収まりそうな内容ではあるんですが、実際は現実を知る人からの接触があったりとほんのり「大統領の陰謀(ウォーターゲート事件)」を観ているようなサスペンスっぽさもあり、映画としても素直に面白い映画だと思います。
もう一つ、やはり事実を元にしている以上他の歴史的な出来事とのリンクもあるので、やっぱり国際情勢とかアメリカ政治とかの知識がある程度あったほうが楽しめるのも間違いありません。
同時にそれらを描いた創作物に対する言及もあり、アメリカ映画をよく観る人はいろいろと解像度が増しそう。世間的には成功として記憶されているものが、その裏にある非人道的な拷問の上に成り立っていた…というような視点の変化も味合わされるので、本当にいろいろ考えさせられる話だなと思います。
社会派好きなら必見
それにしてもアメリカだろうとやっぱり後ろめたい報告書は黒塗りで出てくるんだな、とこれまた考えさせられましたね。海苔弁ほどひどいものではないにせよ。
この映画のタイトル、検索すればわかりますが実際は「ザ・■■■レポート」となっていて、この四角の部分は黒塗りされた表現になっています。つまり本当は「ザ・なんとかレポート」なんですがその“なんとか”の部分がわからなくなっているという。このタイトルの作り方もめちゃくちゃ上手い。「ザ・レポート」ってすごい単純なタイトルだし何のレポートやねん、と思うんですがその裏には黒塗りへの皮肉が込められているという…これ考えた人天才だなと思いますね。
しかし黒塗りがあったにせよ、この手の国の暗部をしっかり調査して発表しようとする力学が働くこと、そしてそれを阻止しようとする人も当然いる中でそれに抗って公表しようとする人たちもいること、さらにそれを映画として(しかもこれだけ高レベルで)まとめて世に問う文化的な土壌があること、これはやっぱりアメリカの凄みを感じずにはいられませんでした。
めちゃくちゃ問題だらけだし(他国のこと心配してる場合じゃないんだけど)大丈夫かよと心配になる今のアメリカでも、やっぱりこういう下から突き上げる力は残っているのが本当に羨ましい。
日本では絶対にこんな映画は作られないだろうし、その上傑作にするのも難しいでしょう。その社会的役割と映画としての作りの見事さを両立できるアメリカはやっぱりなんだかんだ民主主義のお手本としての力をまだ持っているんだな、と感心しました。
実話系社会派映画としては最近(でもないけど)で言うと「スポットライト」に次ぐぐらいの傑作だと思います。こういった映画が好きな方はぜひ観てみてください。
このシーンがイイ!
一瞬「ゼロ・ダーク・サーティ」の予告編かな? が出てくるんですよ。あれを観るアダム・ドライバーの微妙な表情が素晴らしかったですね。一瞬だけどものすごく雄弁にいろんなことを感じさせるすごく良いシーンでした。
ココが○
題材の良さもありますが、見せ方としても地味になりすぎないようにうまく難点も配して惹きつけてくれる感じは非常に巧みだと思います。この手の映画としてはかなり飽きづらい作りではないかなと。
ココが×
とは言えやっぱり社会派映画なだけにそっち方面に興味がなかったら眠くなってもおかしくないでしょう。まあそんな人は観ないとは思いますが、ただ「アダム・ドライバーかっこいい!」みたいなミーハー動機だけで観ようと思った人は結構しんどいかも。それなりにアメリカの知識がないとついていくのも大変…かもしれないし。
MVA
上司のアネット・ベニングと悩みましたが…まあ順当に。
アダム・ドライバー(ダニエル・J・ジョーンズ役)
主人公。問題の調査を中心となって進める人物。
アダム・ドライバーって割とクールなイメージで、コメディだとそれを利用したオトボケ感がウリだったりするタイプだと思うんですが、今作はクールさも残しつつ空気を読まない熱さを持った雰囲気がちょっと今までの印象とは違っていて、そこがすごく良かったですね。なるほどこの人にこういう役をやらせるのもアリなんだな、と。
良い意味で若造っぽさもあったし、なんだかんだ良い役者さんだよねということで。