映画レビュー1554 『サブスタンス』

去年かなり話題になって目にすることが多かった映画なので、アマプラグッバイ企画の一環として観ることにしました。

サブスタンス

The Substance
監督

コラリー・ファルジャ

脚本

コラリー・ファルジャ

出演

デミ・ムーア
マーガレット・クアリー
デニス・クエイド
エドワード・ハミルトン=クラーク

音楽

ラファティ

公開

2024年9月20日 イギリス・アメリカ

上映時間

142分

製作国

イギリス・フランス・アメリカ

視聴環境

Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)

サブスタンス

さすがにやり過ぎ、ツッコミどころも多い。

7.0
歳を取って見る影もなくなったかつての大人気女優、別の「若い自分」が再生される薬に手を出す
  • かつて大スターだったのも今や昔、唯一(?)のレギュラー番組降板の危機に直面しとある薬に頼る
  • 薬によって「今の自分」と「若い自分」を一週間交代で生きる生活に移行
  • 若い自分は“新レギュラー”に抜擢されトントン拍子で大スターになるが…
  • デミ・ムーアの女優魂は称賛に値するものの、物語は過剰

あらすじ

一言で言えば「欧米版・世にも奇妙な物語」。
想像以上に強烈な映画でしたが、その強烈さでいろいろ誤魔化しているような印象もあり、今ひとつ好きになれない映画でした。

ハリウッドのウォーク・オブ・フェームに名前が刻まれるほどの大人気女優、エリザベス・スパークル(デミ・ムーア)も時が経ち人々からは忘れ去られ、今は(おそらく)唯一のレギュラーと思われるエアロビクス番組で細々と活動しております。
しかし彼女の50歳を機にキャストの若返りを図りたいプロデューサーのハーヴェイ(デニス・クエイド)からクビを宣告され、おまけに交通事故にも遭いどん底に。
しかし幸い怪我もなかった彼女は、その場に居合わせた若い看護師に何も告げられないまま謎めいた「サブスタンス」という名の薬の宣伝動画が入ったUSBを受け取り、一旦は捨てるものの気になった彼女はコンタクトを取ります。
指定された場所に行くと「サブスタンス」一式が用意されていたので持ち帰り、やけに説明不足なデザイン優先キット的な中身を開けて早速薬品を注射。ひどい苦痛で倒れた後、背中がバリバリっと開いて若い女性(マーガレット・クアリー)が現れましたとさ…!
彼女は自らを「スー」と名乗り、エリザベスの後任を募集する新聞広告を見てオーディションに参加、あれよあれよと採用されリニューアルしたエアロビクス新番組のメインに抜擢。
さらに人気を高めトントン拍子で出世していく彼女ですが、当然そのまま順調に行くわけもなく…あとはご覧ください。

終盤が別物

今どき新聞広告で番組オーディション募集なんてするんですかね!?
と小さなことに突っ込んでたら他にも突っ込みどころが満載な映画でした。ネタバレになりかねないのであんまり書けないんですが…。
まあSFに足を突っ込んでいる話なので、細かな突っ込みどころはあまり気にしないほうがいいのかもしれませんが、どうしても納得できないようなところもちらほらあり、またさらに大目に見てそこに目を瞑ったとしても最終的には「コメディかな?」と思うほどぶっ飛んだ展開になっていくため、かなり好みが分かれそうな映画だなと思います。
世の中的には絶賛が多いので好きな人も多いんだろうと思われますが、僕は個人的に「整合性を無視して過激な表現に評価を委ねる」ような映画は明確に嫌いなため、正直なところいわゆるnot for meってやつでしたね。
ただつまらなかったのかと言われるとそんなことはなく、特に終盤30分ぐらいまでは気持ち悪いながらも良く出来た映画だなと観ていました。思ってたよりグロかったから直視してるのが嫌ではあったんですが。
でもその終盤の展開がいくらなんでも「そうはならんやろwww」って感じでまったく納得できず、おまけに描写的にも明らかにそれまでのホラー寄りの演出から突き抜けて笑わせに来ているとしか思えないような極端な形に変わっていくので「そういう映画だったのかよwww」と笑いはしましたがじゃあ今までのは何だったんだよとやり場のない気持ちに支配され、なんとも評価しづらい映画だなと。

改めて少し説明しましょう。
タイトルでもある「サブスタンス」は、簡単に言えば「自分の細胞を活性化させ、分裂した“若い自分”を誕生させる」薬という感じ。元がデミ・ムーア、分裂後の若い肉体がマーガレット・クアリーだよと。
ただ両方が普通に生活を送るわけではなく、「1週間交代厳守」という制約が付きます。なのでずっとスーでいたくても必ず1週間ごとにエリザベスに戻らなければいけません。その逆もまた然り。
スーは番組を受けるにあたり、「介護のため1週間ごとに故郷へ戻らなければいけない」的な嘘の理由を告げ収録が2週間ごとになるようお願いし、それが通って無事採用されています。実はこのシーンも結構重要だなと思ったんですがそれは後ほどネタバレ項で。
まあそんな感じで交互に暮らしていく彼女ですが、当然「若くなった自分」でいたくなるのは人間の性、次第に制約を守らなくなっていく…のは誰もがハナから想像がつく話で、もちろんそっちの方に話は進んでいくんですが、その辺の「人間の性」的な話に向かっていく間は面白かったんですよ。
が、その後の展開がこれまでの前提をすべて放棄したものになっているので、その辺りから僕のこの映画への興味が失われていきました。もちろんここには書けないのでネタバレ項をご用意致しますの心。
やっぱりこういう話は一回「それアリなの?」と思ってしまうと急激に冷めてしまうもの(個人的な問題かも知れない)なので、そこからは惰性で観ていってゲラゲラ笑ってました。ひどすぎるんだもん。
ただそれも評価している人からすれば「つまんねーことに文句言ってんじゃねーよつまんねーやつだな」なのかもしれないし、この辺は好みの範疇かもしれません。
それでも僕からしたら終盤はとても頭が良い人間が作った話には見えなかったので、終盤のパートは監督(兼脚本)がハイになって作ったのかな? と思うぐらいにはまったく別物だったし、逆にここを描きたくて前半を進めていたんだとしたらちょっと性悪なところもある気がします。真面目に観てて損したな、みたいな感じ。

観たことがない話ではある

グロさに若干の嫌悪感を抱きつつも設定や途中までの話はすごく面白かったし、表現が好きではなくても良い映画と思えていたんですが、やっぱり終盤の展開がやりすぎたがために評価が失速したように思います。
逆にその終盤がサイコー! って人もいるんだろうとは思いますが…。なんだかすごい大味なんですよね、最後がね。
何がそこまで評価されているのかわからない面もありますが、「観たことがない話」であるのは事実だし、その意味では確かに評価すべき映画なのかもしれません。
そうだったとしてもやっぱり個人的に好きになれないのは変わらなそうだし、この監督は合わない気がします。
ちなみに監督は僕と同年代の女性です。どういう人生を送ったらこんな話を作ろうと思うのか、そっちの方が興味があるかもしれない。
好き嫌いはあれど忘れられない映画になりそうでもあるし、すごい映画なのは確かです。

ネタバレンス

一番気になったのは、「エリザベスとスーの自我の扱い」。
てっきり同じ人間が2つに分裂したものだと思っていたんですよね。いやそういう話だし。
最初は1週間交代=記憶も切り替わって1本のつながった線になっているのかなと思っていましたが、どうやらそうではないっぽい(それぞれに対して悪態をつく場面が出てくる)ので、おそらく交代制になってから以降は記憶については別個になっているっぽいですが、大本は同じ人物だと思っていたんですよ。
つまりサブスタンスで分化するまでは同じエリザベスの記憶を持ち、分化して以降はそれぞれの生活の記憶だけを持っている、という設定なのかなと思って観ていました。スーの期間が長引いたのは「エリザベスが若い姿(スー)でいたい欲に負けた」、つまりあくまで意識の主体はエリザベスなんだろうと思っていました。
上に「スーが隔週収録を打診するシーン」について結構重要なんじゃないかと書きましたが、それも「スーがエリザベスとまったく関係のない『大人として生まれてきた他人』だったらその配慮は出てこない」から重要なシーンなんじゃないかと思ったんですよ。つまり大本が同一人物であることの裏付け。(何も知らないものの1週間交代という原則だけ植え付けられていたからそう言った可能性もありますが、そう思わせるシーンが無いので同一人物と考えるほうが自然)
が、終盤サブスタンスを中止しようとしたエリザベスが途中で薬剤の投入をやめたときにスーが目覚め、2人で争いになるシーンを観てまったく意味がわからなくなりました。同一人物じゃないの???
同時に存在できるなら1週間交代でスイッチがオンオフするように目覚めたり気絶したりするのってどういう理屈???
正直あそこでかなり冷めましたね。なんでもありかよ、っていう。いやなんでもありの話かもしれないけどさ。

さらにその後、モンスター化してからが尚更ひどい。
そもそも「美を求めて」サブスタンスしたのにモンスター化しても外に繰り出す意味がわからないし、自分の醜さを認識しているからこそエリザベスのクソデカポスターをわざわざ戻して顔を切り抜いて貼り付けてるわけでしょう。
なんとしても司会を務めたかったということかもしれないし、もはや正常な判断ができなくなっているのも間違いないでしょうが、だったらポスターを貼り付けたりせずそのまま行く方が自然だったのではと疑問。
美醜の判断ができるのであれば行かないはずだし、できないのであればポスターは貼らないはず。あの描写が(作り手の精神的な意味で)すごくグロテスクに感じたし、わざとらしくて嫌でした。
加えて「エリザベスの顔」を切り抜いてるのも意味がわかりません。
同一人物であれば理屈は通っているかもしれませんが、2人分離してわざわざ「エリザベスを蹴り殺して」まで生き残ったスーが母体になってモンスター化したのであれば、エリザベスは憎き存在なはず。
スーの顔を切り抜いて貼り付けるならまだわかりますが、そこでエリザベスを選ぶ意味がわからない。
「元はエリザベスなんだからエリザベスを選ぶのが当然」という理屈なのであれば、今度はエリザベスを蹴り殺す描写の意味がわからない。大本を引っ張り出してくるのであればロボット三原則のように「サブスタンスの母体に対して害を及ぼさない」みたいなルールが無いとおかしいんじゃないでしょうか。
唯一「スーがサブスタンスして生み出されたモンスターは一周回って(隔世遺伝的な感じで)意識がエリザベスに戻っていた」のであれば(超ご都合主義ですが)理屈が通るような気がしますが、それだとやっぱり自我が分離した上に別個に存在できたこととエリザベスを蹴り殺した事実がおかしい。スーの潜在意識(?)にエリザベスが存在していないとスーからエリザベスの意識に戻るはずがない=自分を蹴り殺せるはずがないですからね。

そもそもエリザベスとスーが別の個人だとするなら、どう考えたって「エリザベスに戻る」インセンティブが働かなくないですか?
安定液を生み出すためだとしてもそれがわかるのは手遅れになってからの話だし、そんなの知らないんだから「1週間だけだぞ」って言われてたとしてもそりゃあ守らないに決まってますよ。どう考えても最初からこの展開を見越した罠的な薬としか思えないし供給元の性格が悪すぎる。(物語の整合性という意味ではそのことは別に構わないんですが)
そもそもその1週間交代制を守ろうと考えていたのはやっぱり元のエリザベスの記憶があったからのはずで、であれば上記のようにいろいろ矛盾が生じると思うんですよね。

あと割とどうでもいい方ではありますが、老婆化して足も固まって大変…って描写を結構な尺で見せておきながらガンガン走り回ってるの何なんですかね!? めっちゃ笑っちゃったんだけど。ババア動きすぎだろって。
あれは笑わせに来てたのか…? そうじゃないとおかしいもんな…。
まあその辺全部ひっくるめて「雑な話だな」と思った、という話です。

このシーンがイイ!

フレッドに会いに行こうと準備するところからの一連のシークエンスが良かったですね。あそこが分水嶺だったような気がする。

ココが○

設定の面白さ。

ココが×

矛盾だらけで整合性を無視した展開。詳しくはネタバレ項に書きました。
それとやたら露悪的な撮り方が多いのも気になりました。デニス・クエイドの食いっぷりとか。
あとこれは好き嫌いの問題ですが、結構なグロさなので気をつけましょう。グロ嫌いの僕としては久しぶりにしんどかったです。最終的にはコメディ化したから気にならなかったけど。ホラー的に見せられるとやっぱり嫌。

MVA

マーガレット・クアリーってアンディ・マクダウェルの娘さんだったんですね。
彼女も演技的には良かったんですが、意味合い的にはもうちょっと若い頃のデミ・ムーアに近い人の方が良かったような気もします。
ということでこの映画は間違いなくこの人でしょう。

デミ・ムーア(エリザベス・スパークル役)

落ち目の大スター。
フルヌードも出てきて身体張ってるな〜と思ったんですが最終的にはそんなレベルではない身体の張りっぷりでものすごい女優魂を感じました。ここまでやるか、と。
でも50歳の設定を60歳すぎに演じてるのもそうだし、ルッキズムに絡め取られる役ではありますが還暦過ぎでこの美貌はやっぱりすごいですよ。
本人はこの役どうだったんだろうなぁ。楽しんでいたらいいなと思うんですが。

あとこんなカスのデニス・クエイドも初めて見たのでそれはそれで面白かったです。
ちなみに当初はレイ・リオッタの予定だったそうですが、他界してしまったのでキャスト変更になったとのこと。
言われてみれば確かにデニス・クエイドよりもレイ・リオッタっぽい役な気はしますね。

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