映画レビュー1600 『WANDA/ワンダ』

この日はなんとなくU-NEXT以外にするかなとネトフリとアマプラを物色した結果、アマプラ終了間際だったこの映画が気になったので選んて観て相変わらずCMの入れ方クソすぎるなアマプラ一生使いたくねえと文句を言いつつ観終えた後に調べたらU-NEXTにもあったよ、という道化の話です。

WANDA/ワンダ

Wanda
監督

バーバラ・ローデン

脚本

バーバラ・ローデン

出演

バーバラ・ローデン
マイケル・ヒギンズ
ドロシー・シュペネス
ピーター・シュペネス
ジェローム・ティアー

公開

1971年2月28日 アメリカ

上映時間

103分

製作国

アメリカ

視聴環境

Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)

WANDA/ワンダ

ずっとザワザワする。

9.0
何も良いことがない底辺女性が偶然出会い、ついていくことにした男は強盗だった
  • 底辺女性がついていく男性をとっかえひっかえする中、唯一“続いた”男は強盗だった
  • 犯罪者とわかった後でもついていくだけ、主体性ゼロすぎてつらい主人公
  • リアリティが無いようでとてつもなくリアルにも見える生々しいしんどさが残る映画
  • 48歳で他界したバーバラ・ローデン唯一の監督作

あらすじ

非常に心に残る一本で観てよかったんですが、暗い気持ちにもなるので観るタイミングは選んだほうが良さそうです。

ペンシルベニア州の炭鉱の眼の前…というか炭鉱の中にぽつんとあるみたいなすごい家に暮らすワンダ(バーバラ・ローデン)。
どうやらここは妹夫婦の家らしいんですが、あまり歓迎されていないようでカーラーを巻いたまま早々にふらふらと家を出ていきます。
当然お金にも苦労しているようで炭鉱で働いてると思しきおじさんに少額をもらい、特に急ぐでもなくたどり着いた先は裁判所。
彼女は離婚裁判中なようですが、夫が傍聴席に座る別の女性に託した自らの子どもが泣いていようが一瞥もせずにくわえタバコ(にカーラー)でそのまま出廷、自身に対する夫の否定的な証言を反論もせず受け入れ親権は放棄、まるで生きる気力もなく気だるさがすごいです。
その後以前の職場に再度雇ってもらおうと相談するも能力の低さから断られ、お次はダイナー的なところへ行ってビールを注文、彼女を見たサラリーマンらしき男性が「僕が奢るよ」と出してくれますが、次のシーンではすでに彼との事後です。びっくり。ビール一口→事後。
しかしその男性は彼女が寝ている隙にこっそり出ていこうとしていて、それに気付いたワンダは慌てて服を着て車に乗り込みますが途中ソフトクリームを買おうと車を降りた途端に置いていかれます。
途方に暮れるワンダはなんとなしにたどり着いた映画館に入るも寝てしまい、起きると財布に入っていたなけなしのお金も盗られて無一文に。
そのまま夜になって今度はトイレを借りようと閉店間際のバーに入るとスーツ姿の男に「もう閉店だよ! 出ていってくれ」と言われますがトイレ借りるだけだから…と強引に入り込み、「風呂かよ!」と突っ込まれるぐらい長居したあとに出てきては置いてあったポテチをかじりながら男に「ビールくれない?」と実家のように過ごしておりますが、男の足元には“本物の”バーテンが横たわっておりまして、スーツの男・デニス(マイケル・ヒギンズ)は強盗に入ったあとだったわけですよ…!
頻繁に外を気にしたりと明らかに様子がおかしいデニスですが、彼に「行くぞ」と言われ一緒に出ていくワンダ。
さらに路駐している車のドアを一つ一つ確かめていくデニスにも何も言わずついていき、さらに乗り込んだ車で鍵も使わずにエンジンをかけるところを見てもそのまま助手席に座るワンダ。
どう考えてもついていく相手が間違っているとしか思えませんが、こうして不思議な逃避行が始まります。

幻の映画(?)

まず物語開始前に「これこれこうしてデジタル復元しましたよ」みたいな報告が流れます。それを見て「なるほど幻の傑作的なやつなんだな…!」とワクワクしたわけですが、実際ちょっと変わった立ち位置の映画のようなのでまず最初に軽くご説明です。
この映画は48歳で他界した女優のバーバラ・ローデン唯一の監督(兼脚本兼主演)作で、ヴェネツィア国際映画祭でも最優秀外国映画賞を受賞し、カンヌ国際映画祭ではその年唯一のアメリカ映画だったという非常に評価が高い映画だったようですが、当時のアメリカ国内ではほぼ黙殺され、日本に至っては2022年にこの復元版が劇場公開されるまではおそらくほぼほぼ観ることが出来なかった「幻の映画」的な作品のようです。
ただ「ほぼ黙殺された」にも関わらず当時(1970年代)のアメリカにおけるインディペンデント映画の道筋を開いたとされる作品だそうなので、やはり当時から観た人には強烈な印象を残したんでしょう。
そもそもこの時代に女性監督作品なんてかなり珍しいと思われるだけに、「女性監督作品がインディペンデント映画として作られ評価も高い」時点で相当レアな映画ではないかと思います。そもそもそうまでして映画を撮ろうとする女性監督がいなかった、作れなかった(作らせてもらえなかった)というのもありそうだし。
さらに彼女が48歳という若さで他界してしまった点も含め、いろいろと特別なポジションになり得る映画というのはもう周辺情報だけでも理解できるところですが、そうは言っても中身がしょうもなければ埋もれたままになるであろうことも間違いがなく、要は結局「中身がすごい」ので“幻の映画”になり得たのかな、と。

これ、おそらく10年ぐらい前の自分だったら「犯罪者とわかってもついていく女性なんて嘘臭い。20点」「男も男でこんなリスクにしかならない女性を連れて行く意味がわからない。20点」とか言って低評価にしていた気がするんですが、今となっては逆にすごくリアルでもうひたすらしんどい話だなと思いながら観ていました。
まずデニスと出会うまでのワンダの描写で、とにかくいろいろ詰んでそうな上にそれを乗り越えようとする意志がないことが徹底的に描かれるんですよね。ものすごく主体性がないんですよ。ワンダに。
だからあっさりビールをごちそうしてもらっただけのその辺のおっさんに抱かれるし、それを後悔するどころかきっかけとしてついて行って「なんとかしてもらおう」とする、その人が白馬の王子とまでは言わないまでも「今の窮地から救い出してくれる蜘蛛の糸かもしれない」とすがろうとする生き方しかもうできなくなっているのが嫌と言うほど見せつけられるわけです。
デニスと会うまでに旦那とは決裂し、さらに1人の男性に逃げられ、挙句の果てになけなしのお金すら盗られてしまい、文字通りもうこの日の夜どうしようか(おそらく妹の家に帰る選択肢は持っていない)ぐらいの状況の中、完全に思考停止状態で犯罪者について行ってしまう…という。
それはそれでなんとなくわかる気もするんですよね。もうどうでもいいわとこの世の中にまったく期待していない状況になり、なんなら「犯罪者ぐらいな方が私にとってはお似合いなのかもしれない、現に彼は私を置いていかなかった」ぐらいのことは思っていてもおかしくなさそうで。
案の定デニスは簡単に手を上げたりしてくる(その前にきっちり抱いてもいる)クソ野郎なんですが、しかし彼は彼でワンダを強く拒絶もしない。
一度「降りろ」とは言うものの降りなかったワンダをそのまま連れて行くんですよね。それこそ最初のビールおごり野郎のように置いていくことだってできるのに。
おそらく彼もワンダに依存している面があるんでしょう。依存というか、主従関係を求めているというか。使いっ走りでもいないよりはマシ、みたいな。その時点でやっぱりクソ野郎なんですが。
普通に考えて彼も賢いタイプとは思えないので、別の人間を抱えて捕まるリスクよりも自分が楽になる(上に性処理にも使える)ワンダをとりあえず置いておいて、不要になったら捨てればいいだろぐらいの感じで連れていたような気がします。

ネットでちらっと見たレビューでは、ワンダに何らかの障害があるんじゃないか…とか境界知能なんじゃないか…みたいな意見が結構見られたんですが、僕はそれは違うと思いますね。
確かに地頭は良くないかもしれませんが、それ以上に環境に対する無力感ですべての意欲を削がれてしまった人のように見えて、つまりそれは社会の側にも問題があると訴えているんだろうと思うんですよ。
結婚もうまく行かず、子どもも愛せず、居場所がない。結局男に消費されることでしか生きていけない。それしか方法を知らない。
彼女にまったく非がないとも思いませんが、ここまで追い込まれた人間に手を差し伸べるものがない…あるかもしれないけど届かない、だから結局体を使って男に頼るしかない…みたいなもうどうしようもない閉塞感を嫌と言うほど見せてくるので、いわゆる「普通の人々」からこぼれてしまった社会弱者のことを訴える代表者がワンダなのかな、と。
彼女がなぜここまで主体性のない人物になってしまったのか、そしてことごとく選択肢を間違えてしまうのか…それがわかるような前日譚が作られればそれもかなり興味深そうなんですが、残念ながらバーバラ・ローデン亡き今はそれも難しそうなのがつらいところです。

負の感情だらけだけど観てね

つらつら書いている割にふわっとした話に終止している気がしますが…それぐらい難しい問題を扱った映画だなと言うことで。
正直ずっとしんどいし暗いしで全然「面白い!」って映画ではないんですが、ただめちゃくちゃ頭に残る映画だったと思います。なんというか…取り繕う感じがまったくなくて。
メインの2人を除けばほとんどが素人俳優で即興に近い作りというのもすごい。
かなり昔に観たのであっているかはわかりませんが、どことなく「ラルジャン」を観た後のような居心地の悪さがありました。(あの映画ももう一度観直したい)
音楽も無くかなり暗いしイライラすることもあるしやるせないしでプラスの気分がまるでない映画なんですが、それでも観る価値はあると思います。
もっと彼女の監督作品観たかったなぁ…。

NETABARE/ネタバレ

終盤の展開について。
デニスが死んでまた寄る辺がなくなったワンダは、またもビールを奢ってくれた男についていきます。
人気のないところで車を停めた男に襲われそうになり、抵抗して逃げた後に見知らぬ人たちのパーティーに混ざって浮かれない顔で一人座ってエンディング、という流れ。

この最後について行った男は(表面上は)悪い男ではなさそうで、襲おうとしたときも乱暴ではなく優しい感じに抱こうとしていて、途中まではワンダも受け入れていそうだったんですが突如として抵抗し、逃げていました。
僕はこの「途中で抵抗した」ところにすごく引っかかったんですよね。
最初からやめてほしければ「こっちにおいでよ」と肩を抱き寄せられた時点で「嫌」とか言うと思うんですよ。それかすぐ車から降りるか。
でもそうせず、体を横にされて男がハァハァ言い出してから「やめて!」って抵抗して逃げるんですよね。
そうなったのには何かしらの(物語上の)意図があったんじゃないかな、と。

劇中ワンダが抱かれたであろうシーンは2度出てきます。
一度目は最初にビールを奢ってくれた男、二度目はデニスにくっついていった最初の夜。
どちらもシーンが切り替わるとすでに終わったあとで「随分急だな!」と思ったんですが、それは「そういうシーンを撮りたくない(やりたくない)」のもあったのかもしれませんが、それよりも「ワンダは困ったら体を使うのが当たり前」と見せるような意味合いが大きかったような気がしました。彼女がそのことをそんなに大きなことと見なしていない=セックスは描写するまでもない、みたいな。面倒を見てもらう対価と考えていたのかもしれません。
仮にそうだとすると、「なぜ最後は拒んだのか」がすごく重要になってくるじゃないですか。
「やり方がソフトな方が断りやすい」みたいな側面はあったかもしれません。デニスみたいなタイプだと逆上されて怖いから、っていう。
でもそもそも抱かれることにそんなに抵抗を抱いていないっぽい上に、ビールを奢ってもらって「今度はこの人についていくか」と思った時点でそうなる(襲われる)であろうことは経験上彼女もわかっていたと思うんですよね。でも抵抗した。
それはなぜかと考えたんですが、やっぱりデニスが死んでまた同じことの繰り返しになったことを改めて認識して、「このままじゃいけない」と(ついに)気が付いたんじゃないかと思うんですよ。襲われたときになって初めて。
私はまた知らない男について行ってる、また襲われてる、じゃあこの男はまた悪い男なのかもしれない、また犯罪に巻き込まれるかもしれない、また死なれて頼るものがなくなるのかもしれない…ネガティブな記憶はいくらでもあるはずで、そういうものが一気に押し寄せて「繰り返したらダメだ」と行動したのがあの抵抗だったのではないでしょうか。
しかし抵抗はしたもののどうすればいいのかは相変わらずわからないので、たどり着いたお店の前でただただ佇んでいたところ声をかけられ、酒席に混ざる。
でもまだどうすればいいのかはわからない。また声をかけてくれる男がいて、ついていくのかもしれない。そうならないかもしれない。何もわからない…というのがエンディングだったのかな、と思ったんですがどうなんでしょうか。
結局何もわからず、先も見通せないまま…まさにラストのワンダの表情がすべてを物語っているエンディングですが、一方で「(多分)初めて抵抗した」ことによる変化の兆しも彼女の中に間違いなくあるはずで、この先に待つものがなにかはわかりませんが、ほんの少しだけ期待が残るラストだったのかな…と解釈しましたが…。
どちらにせよ、前日譚も後日譚(続編)も観てみたいぐらいには興味深いキャラクターだったし、考えさせられるものだったのでやっぱりバーバラ・ローデンにはもっと映画を撮ってもらいたかったなぁと残念でなりません。

このシーンがイイ!

劇中(おそらく)唯一ワンダが笑顔を見せるシーンがあるんですが、そこがもうね…。背景とかいろいろ考えるとその笑顔ですら救いようがないものを訴えてくる作り、震えました。
あそこで彼女の自己肯定感の低さがより浮き彫りになったと思いますが、そのことでまた諸々の無気力具合も理解できたような気がしてなおさら切ない。

ココが○

ネタバレにつらつら書きましたが、彼女についていろいろ考えちゃう、「実在の人物」であるかのように心配してしまう時点で間違いなく良く出来た映画です。自分にとっては。
派手な演出も無ければテクニックとしてすごいものがあるわけでもないんですが、そのいかにもインディペンデントな感じも良かったんだと思います。

ココが×

到底明るい物語ではないし、特に女性はキツいところが多い映画ではないかと思うので、観る時はそれなりに気をつけてというか…元気なときに観た方がいいでしょうね。彼氏できた直後とかね。いやそのタイミングで観る映画かよ。

MVA

実質2択ですが、まあ当然こちらの方でしょう。

バーバラ・ローデン(ワンダ・ゴロンスキー役)

主人公の行き詰まり女性。
設定的に当然ですが非常に地味でメイクも控え目。(多分)
でもよく見ると流石にお綺麗です。ちょっとレベッカ・ファーガソンに似てる気がする。
アラサーかなと思って観ていたんですが、この頃の彼女は38歳ぐらいなので10歳近く若く見えました。
ただビジュアル云々関係なく、ものすごくリアルに「こういう人なんだ」と思わせる演技力はすごいの一言。
おそらくかなり自己投影が入った役なんだろうと思います。「女優になっていなかった違う世界線の自分」みたいな。
この演技含めてものすごい映画だったな、と…。

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