映画レビュー1361 『ウインド・リバー』

いつか観ようと思っていた一本ですが、たまたま「そろそろアマプラ終わるよ」と目にしたのでこれは急いで観なければと急いで観ました。(急いで観た)

ウインド・リバー

Wind River
監督
脚本

テイラー・シェリダン

出演

ジェレミー・レナー
エリザベス・オルセン
グラハム・グリーン
ケルシー・チャウ
ギル・バーミンガム
ジュリア・ジョーンズ
マーティン・センスマイヤー
アルテア・サム
テオ・ブリオネス
エイペザナクウェイト
タントゥー・カーディナル
ジョン・バーンサル

音楽

ニック・ケイヴ
ウォーレン・エリス

公開

2017年8月4日 アメリカ

上映時間

107分

製作国

アメリカ

視聴環境

Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)

ウインド・リバー

様々な差別や社会問題を力強く込めた傑作。

9.0
インディアン居留地で少女の死体が発見され、捜査にあたるFBIとハンター
  • 娘同然の少女の死体を発見したハンター、FBIに請われ捜査に協力
  • インディアン居留地という特殊な環境に様々な問題が覆いかぶさる
  • 基本は殺人絡みのスリラーながら、社会派的な側面が強い力作
  • 内容の濃厚さの割に短めの上映時間も素晴らしい

あらすじ

これはもう序盤の映像からして「ちゃんと観ないとダメなやつ」と認識させられるレベルの高さ、さすが「ボーダーライン」の監督だぜ…! と思ったらボーダーラインは脚本だけで監督はこの映画が長編初監督作品らしいです。知ったかぶりカッコワルイ。

雪深いインディアン居留地でハンターとして活動するコリー(ジェレミー・レナー)は、訪れた雪山の中でネイティブ・アメリカンの少女ナタリー(ケルシー・チャウ)の死体を発見します。

現地の警察署長ベン(グラハム・グリーン)とともにFBIに捜査を依頼するもやってきたのは新人捜査官のジェーン(エリザベス・オルセン)一人。

インディアン居留地という特殊な環境下でもあり、また狭いコミュニティでの事件ということもあって思うように捜査がうまく行かないジェーンは当地に詳しくネイティブ・アメリカンでもないコリーに捜査の協力を依頼。

かくしてコリーン、ジェーン、そしてベンの3人は捜査を進めていきますが、そこにはただの殺人事件ではない、様々な要素が絡み合った大きな問題が横たわっているのでした。

強い社会性

ものすごく良い映画だったんですが、ただどこがどう良いと説明するのはなかなか難しい映画でもあります。わかりやすい面白さとか一般ウケする派手さとかが無いんですよね。

ただ映画が好きな人であればいろいろ受け取って考えてしまう要素がたくさん散りばめられていて、「一つの殺人事件」を軸にここまで様々な問題を語れる作品というのは他に無いぐらいものすごい力量を感じました。

被害者がネイティブ・アメリカンの少女という点から、当然ネイティブ・アメリカンに対する差別の構図はあるんだろうなと想像はつくんですが、そういった所属する集団の属性に対する直接的な差別にとどまらず、雪深い環境の過酷さ…これはつまり“こういった場所に居留地を構えさせられている”ことそのものが差別につながっているという点であったり、それ以外にも「新人捜査官」として現地にやってくるFBIが“女性”であることからの差別も見えるし、一方で被害者家族と親しくしていたコリーの「ネイティブ・アメリカンと白人の友情」も感じられるし、コリー自身も抱える哀しみも含めてどうやって自己と向き合って乗り越えていくのかの意志の力も見えてくるし、まあ本当にいろいろな要素にひっそりと光を当てて考えさせる構図がものすごく上手い。

どれも声高に、これみよがしに言わないものの観ているとどうしてもそこに思いを馳せざるを得ない作りになっている巧みさ。そんな多種多様な問題や人間関係を込めながら100分ちょっとで収めるという力量。これは本当にすごいなとただただ感心しました。

話はもちろん創作なんですが、ただ実際に今もアメリカに存在している問題を汲み取って作り上げられた創作なだけに、虚実ないまぜなリアリティがあって、「本当に起きた事件ではないけど同じような事件はきっと起こっているんだろう」と思わせるぐらいに生々しい“環境”を見せつけてくれる映画でした。

一人の少女の殺人事件という発端ではあるし、実際の犯人についてもきちんと明示されるものの、そこが主ではない…というかそれよりももっと大きな“社会の問題”を描いているところにこの映画の凄みみたいなものを感じます。

わかりやすく言えば、例えば炎天下の車内に残されて赤ちゃんが亡くなってしまった事件が起きたとき、置いて行った親の責任を問うのは当然ですが、それだけでは何も変わらないから同じことが起きないように車の構造を変えましょう、みたいな視点が必要になってくることを気付かせる映画、みたいな。この例えわかりやすいのか?

問題はもっと大きなところにあり、犯罪の社会的な背景についても考えてそれに対する何らかの改善をしなければ誰も救われないよ、というようなメッセージが感じられるんですよね。だからこそ犯人はさして重要に描かれていません。その犯人、犯行を生み出した環境の方に重きを置いています。そこがものすごく刺さりました。

視点の大切さ

僕は人が良すぎるのと天邪鬼という2つの特性により、なにか社会的によってたかって叩かれる事件が発生したとき、その犯人に対して「なんでそんなことしたんだ」と思いつつ「何かしら背景があるのかもしれない」と考えるようになりました。最近は特に。

やっぱり何らかの異常事態が発生したときの“社会背景”ってものすごく大事だと思うんですよ。逆に言えば犯人個人が「頭おかしいんでしょ」で片付けるのは簡単だけど何も解決しないよと思っていて。まさにこの映画で描いている点なんですが。

ハンナ・アーレントの言う「凡庸な悪」とも重なってくると思いますが、やっぱり人は個人がすべてを背負えるほど良くも悪くも力はなくて、そこに力を加えてしまう環境って絶対にあると思うんですよね。

金がないから銀行強盗しました、バカなやつだなで済ませるのは短絡すぎて、じゃあなんでこの人はそこまで追い詰められたのかを考えたいと思っていて。ギャンブルだったら「バカだな」ですが、もしかしたら裏に搾取する構造があったのかもしれない。

そんな環境を見る視点の大切さを感じさせてくれた映画でもありました。本当に傑作だと思います。重いですが、ぜひ。

このシーンがイイ!

気丈に振る舞っていた被害者父が、コリーと会った途端に弱みを見せるところがものすごくいいシーンでしたね…。あんなの泣いちゃう。

ココが○

ただの差別・被差別にとどまらない、もっと大きな問題を描いているところ。それは政治にも関わってくるし教育にも関わってくる話で、悲しいことにその点はどの国も一緒だなと思います。

ココが×

特に無いですが、やっぱり暗い話なのでそれなりにメンタルに来るものはあるでしょう。どうしてもいろいろ考えざるを得ません。

ただきちんと溜飲を下げさせてくれる部分もあるし、それも含めてやっぱりとてもいい映画だと思います。

MVA

例によってみなさんよかったので悩ましいところですが…この人かな。

エリザベス・オルセン(ジェーン・バナー役)

FBIの新人捜査官。

僻地でのネイティブ・アメリカン殺人事件ということで明らかに本部は軽視して彼女を送ってきたように見える(それもまた描かれる一つの問題でもある)んですが、新人らしく真摯に事件と向き合い、自分の足りないところもしっかり認める強さもあるとてもいい役でした。

対するジェレミもさすが良かったし、とても「MCUじゃん!」なんてはしゃぐ気にはなれない真面目コンビが観られてすごく良かったです。

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