映画レビュー1301 『ブラックブック』
JAIHOからなにか観るかな〜と適当に探して良さげな1本をチョイスしました。調べたところ世界的には結構有名作のようですが全然知らなかったよごめんね。
ブラックブック
ポール・バーホーベン
ポール・バーホーベン
ジェラルド・ソエトマン
ジェラルド・ソエトマン
カリス・ファン・ハウテン
セバスチャン・コッホ
トム・ホフマン
ハリナ・ライン
ヴァルデマー・コブス
デレク・デ・リント
2006年9月12日 オランダ
144分
オランダ
JAIHO(Fire TV Stick・TV)
生への執着がすべて。
- 家族を皆殺しにされ、レジスタンスに加わった女性がスパイとしてドイツ軍将校の愛人に
- 善も悪もなく誰もが生きるために行動する様は考えさせられる
- ナチスも型にはまった悪として描かず、善悪の境界線が無いリアルな描写
- 戦争映画ながらサスペンスとしても二転三転する良作
あらすじ
そこそこボリュームがある戦争映画として飽きそうな気がしてたんですがそんなこともなく、サスペンス的な美味しさもあってとても面白かったです。
ユダヤ人のラヘル(カリス・ファン・ハウテン)は、ナチス・ドイツ占領下のオランダのとある隠れ家でひっそり暮らしていたもののある日襲撃にあい、偶然難を逃れ居合わせた男の家へ逃れます。
しかしすぐさまオランダ警察を名乗る男が現れ、ここもすぐにドイツ兵がやってくるから逃げたほうが良いと忠告されます。
彼に逃げる方策がないか尋ねると斡旋してくれるとのことで集合場所へ向かうと、生き別れになっていた家族も彼の手引きでやってきて一緒に逃げることに。
再会を喜んだのも束の間、逃げる途中で船はドイツ軍に襲われ、いち早く水中へ逃れたラヘル以外、家族含めて全員射殺されてしまいます。
レジスタンスに助けられたラヘルは復讐を誓い、名前を「エリス」に変えて活動に参加。
しばらくして彼女に与えられた任務は、列車で偶然顔見知りとなったナチス親衛隊大尉、ムンツェ(セバスチャン・コッホ)の愛人としてスパイ活動を行うことでした。
かくして“生きるため”に憎きナチスの愛人となったラヘルの人生はどのような行く末をたどるのでしょうか。
あるのは善悪ではなく立ち位置の違いだけ
実は上記あらすじの前段として、オープニングで「現在のラヘル」の姿が描かれます。観ている途中は(生きてることがわかってしまうと道中で死なないことが確定するため)「このオープニング余計だったんじゃないの?」と思っていたんですが、最後まで観ると…もう一度このシーンを観返したくなるのが巧みですね。味のあるオープニングでした。
それにしても史実か創作かを問わず、相変わらず戦時下のドラマを描くネタに事欠かないナチスは映画適正高すぎるなと思いますが、そんな呑気なことを言っていられるのも今が平和だからと改めて思わざるを得ません。
一応この映画も最初に「史実を元にした」的な説明が入るんですが、どこまで史実なのか創作なのかはわかりません。
なんとなく「ナチスに愛人として近付いてスパイ活動を行った女性がいた」ぐらいなのかなと漠然と思っていますが、予想でしか無いのでアテにはなりません。もしかしたらそれ以上(その後も含めて)映画と同じような人生を送った女性がいたのかもしれないし、もっと手前の「ナチスに家族を殺されレジスタンスに加わった女性」程度の引用なのかもしれません。
いずれにしても「史実」とするにはかなり激しく劇的な人生であることは間違いなく、それだけこの時代が混沌としていたこともありますが、創作的に見える内容でもありました。
物語としてはもう完全に「一人の女性が“生き延びる”ためにあらゆる局面で選択し、強く生きていく」もので、その執念に凄みを感じつつもこういった舞台の映画としてはそんなに珍しいものでもないとは思うんですが、しかしいわゆる“悪役”とされるポジションの実態が最後まで明かされず、観客としては「こいつが怪しい」「いやこいつかも」「やっぱりこいつでは」といろいろ“犯人探し”的に考えながら観られる意味でサスペンス的でもあり、とかく一本調子になりがちな戦争ドラマとは一線を画した映画だと思います。
おまけに非常に深いなと思ったのは、主人公はもちろんその“悪役”と思しき人物も、その他の功罪両面感じさせる登場人物たちにしても、全員やっぱり行動原理が“生き延びること”なんですよね。
つまり陣営は分かれていてもそれぞれの目的は一緒で、要は「生き延びたい」という本能に根ざしたポジション取りの違いでしかないんですよ。
そこがものすごい考えさせられるし戦争というものの本質を突いている気がして、これはなかなかにすごい映画だなと思いました。
主人公目線で言えば明らかに悪である人間も、結局はその混沌とした戦時下において生きるためにやっているのであろうことはよくわかるし、最低だなと思いつつも必ずしも強くは責められない面があって、それこそが人間だよなとしみじみ思いました。
ナチスは当然“悪”として描かれている部分も大きいんですが、しかしそれもどちらかと言うと属人的な描かれ方が強く、他の映画にありがちな「とりあえず悪の象徴として描いても文句言われないし使いやすい」みたいな雑な使われ方ではないのが深い。集団としてのナチスではなく個人としてのナチスを描いているというか。(集団の単純な悪の象徴としてのナチスを描く映画も好きではありますが)
そして同時に市民たちにもハンナ・アーレント的ないわゆる「凡庸な悪」の要素が見えてくる描写もあってそれがすごく良い。
人は属性で善悪が決まるわけではなく、立ち位置によっていかようにも変わるものだしそこを律して生きられる人間なんて僅かなんだ、という痛烈な批判にもなっていて。結局人間なんてそんなものなんですよね。
僕は常にこの手の描写を観るにつけて「こうはなるまい」と思っていますが、しかしいざその場面に身を置いたときに果たして“理想”の通りに自らを律することができるのか、そこもすごく不安だし、不安だからこそ今一度その思いを強くしなければと思わされる意味で、こういった映画は観続けなければいけないなと思います。
…とちょっと真面目なことを書いてしまったので少し振り子を戻すために書きますが、主演のカリス・ファン・ハウテンは写真で見るよりも断然美しく、また体を張ってヌードも辞さない演技は見事だったしおっぱいもすごく綺麗でした。我ながら最低だと思いつつそこは書いておきたいと思います。
娯楽的にもよく出来ている
一方でいくつか気になる点もあり、ネタバレになるので詳細はネタバレ項に譲りますが、気になる点についてはややリアリティに欠けるのかなという気もしました。
とは言え大枠ではかなり面白かったし考えさせられるしよく出来た映画だと思います。
いまだに戦争がなくならない現実を見ると、こういった映画もまたずっと観るべき映画として重要なものであり続けるんでしょう。
ただこの手の映画としては(少し不謹慎かもしれませんが)娯楽面でも楽しめる作りになっているのがこの映画の特徴というかすごいところでもあると思います。
一見やや重そうな気がしていたんですが(置かれた環境は重いものの)そこまででもなく、純粋に物語としての面白さも十分にある映画だと思うので、一度観てみるといいのではないでしょうか。
このシーンがイイ!
市民が罵声を浴びせるシーンが一番しんどいし一番心に残りました。もうパレードの時点で「人間って…」ってなっちゃう。
ココが○
戦争ドラマとしても良く出来ていますが、同時にサスペンスとしても面白いところ。
タイトルの意味するところがわかるのは最終盤なんですが、その辺りから面白さに拍車がかかります。
ココが×
ネタバレ項に書いた2点。ちょっとリアリティに欠けるかな、と思う部分がありました。
MVA
当然のように皆さん良かったんですが、まあやっぱりこの方でしょう。
カリス・ファン・ハウテン(ラヘル・シュタイン役)
主人公の女性。
いろいろ大変でかわいそうなことこの上ないですが強い。本当に強くてすごかったです。
自分はこんなに生への執着心を持てないな…とちょっと尊敬するというか、ある種の羨ましさすら感じる人物でした。それを見事に演じていたので文句無しでこの方です。