映画レビュー1308 『グッバイ、レーニン!』
いつか観たかった映画シリーズ。そんなシリーズの存在は確認されていませんがいつか観たかったやつです。
グッバイ、レーニン!
ヴォルフガング・ベッカー
ベルント・リヒテンベルク
ヴォルフガング・ベッカー
ダニエル・ブリュール
カトリーン・ザース
チュルパン・ハマートヴァ
マリア・シモン
フロリアン・ルーカス
アレクサンダー・ベイヤー
ブルクハルト・クラウスナー
シュテファン・ヴァルツ
2003年2月13日 ドイツ
121分
ドイツ
JAIHO(Fire TV Stick・TV)
今の社会を知る上でも大事な一本。
- 国家に身を捧げていた母が意識不明になり、その間に国は激動の変化が起きていた
- 医者に少しの刺激も命取りと言われた息子は“昔のまま”の家に母を戻す
- あちこちで西側的な変化が起きつつも家の中だけは“東側”を守り通すおかしな家族
- 当時の東ドイツがどんな国だったのかが伺い知れる
あらすじ
なんとも評価が難しいと言うか…。不思議な余韻の残る映画でしたね。
かつて宇宙飛行士に憧れていた少年・アレックスも歳を取って男の色気ムンムン(と自分で言ってた)の男性となり、今は東ドイツでテレビ修理工として生活しております。演じるのはご存知ダニエル・ブリュールです。
彼は母親のクリスティアーネ(カトリーン・ザース)とシングルマザーの姉・アリアーネ(マリア・シモン)とその娘の4人で暮らしていて、父は不倫の果てに西側に行ったまま連絡を絶ってしまいました。
父が失踪して以来、母は“国体”にすべてを捧げるようになってしまい社会主義に傾倒していくんですが、ある日アレックスが家族に内緒で反体制デモに参加しているところを偶然見かけたことでショックを受け、心臓発作を起こして昏睡状態に陥ります。
意識が戻らないと思われた母ですが、アレックスやアリアーネの献身的な介護のおかげか、8か月後にようやく意識を取り戻すのでした。
しかしその間にベルリンの壁は崩壊し、すっかり“西側化”してしまった東ドイツ。
医者を説き伏せて母を家に連れて帰ろうとするアレックスに、医者は「どんな些細な刺激も再発を呼び起こす可能性がある」ことを告げます。
当然、8か月間何も知らなかった母にとって一番のショックは「信じていた国が崩壊した」こと。それ故アレックスは姉や彼女のララ(チュルパン・ハマートヴァ)に協力してもらいながら、「以前のままの東ドイツ」を再現しようとあらゆる手を講じますが…さてどうなるんでしょうか。
皮肉なコメディ
タイトルにビックリマークまで入ってるもんで、てっきりもっとカラッとした「レーニンをぶっとばせ!」的なおもしろコメディなのかと思ってたんですが全然違いましたね。一応コメディではあるんでしょうが割としんみりしちゃうような、いろいろ考えてしまうドラマでした。
もっと言えば「レーニン」だしずっとソ連の話だと思ってたんですが、主演がダニエル・ブリュールと知って「えっソ連の映画じゃなかったの?」っていう。さらにダニエル・ブリュールがドイツ人と知ってさらにびっくり、みたいな。スペイン人かと思ってたよ…。
一言で言えば「信じていた国が無くなったことを知るとヤバい(と思われる)母のために全力で取り繕う息子の話」なんですが、その説明から受ける滑稽さとは少し違う、優しさだったり過去への執着だったりをほのかに感じるなかなか深いお話でした。
なんと言うか…人間の複雑さを織り込んだ物語のように感じましたね。単純に「母のために嘘つこう」程度ではない、おそらくはアレックス本人にもなにか変化への恐れのようなものも感じられたような気がして。考えすぎなのかもしれませんが。
背景はまったく語られないものの、アレックスは冒頭で反体制デモに参加する辺りからもわかる通り、おそらくは当時の東ドイツの国体、つまり社会主義(≒全体主義)体制は好んでいないんだろうと思うんですが、しかし「母のため」の一点を持って周りの人たち(姉とその彼氏、そして自分の彼女と同僚まで)に「東ドイツの健在」を強要し、近隣住民まで巻き込んで芝居を打っていく様を見ていると、どこか彼自身が「全体主義」を体現した存在のように見えてきてそこがまたものすごい皮肉だな、と。
きっとそういう風刺も込められているんだろうなぁと思うと、その他の部分も含めてやっぱりいろいろ深い、歴史を知る意味でも重要な映画なのかなと思います。
またいくら母の命がかかっているとは言え、その“演技”を強要される周りの人たちがものすごく優しくていい人たちばかりで、周りに恵まれていることも印象深かったですね。
特に彼女のララなんて別れようとしたとしても誰も文句言わないでしょう…。お姉ちゃんの彼氏も抜けてそうで結構良いやつなのが笑えました。
そして何より同僚の映画監督志望・デニスがめちゃくちゃ良いやつでね! ちょっとキツめの風貌からアタリ強くて嫌なやつになるのかなと思ったらまったくそんなこともなく、最後まで最高の友人だったのがすごく好き。なんならノリノリだし。
思えば彼は西ドイツから来た人間なわけで、そこにも何らかの意図があるのかな…? とか勘繰りたくなりますがどうなんでしょうか。
そんな周辺の人たちも含めて、不思議とそれぞれの思いがしっかり伝わってくるような人物描写はすごく丁寧な気がして、各人の思いが交錯している感覚もよくわかりました。
タイトルの意味するところ
おっさん故に「ベルリンの壁崩壊」は幼少時にうっすらと見た記憶はあるんですが、当然当時のその政治的な背景はまだ知る由もなく、今でもなんとなくしか知らないわけです。
「東ドイツは社会主義体制だった」ぐらいは知っていても、まさかレーニン像が設置されているほどソ連色が強かったなんて思いもしませんでした。
それ以外にも「東ドイツと言えばトラバント」なんてしたり顔で言ってわかった風でいましたが、実態として「(たった)3年で買えた」とか結構衝撃的な話が出てきたりとか、まあいろいろ自分が無知であることを教わりましたよ。実際は10〜12年待ちがザラだったんだとか。
そういったかつての社会主義国家を、庶民である家族の姿から見ていくのはなかなか貴重な気がして、いろいろ歴史の勉強的な意味でも興味深い内容でしたね。
ことさらに西側の自由さ、華やかさが目につくような部分であったり(これは実際当時東ドイツに住んでいた人たちからすればそう見えたんでしょう)、資本主義 vs 社会主義の結論が出ました的な空気感もありつつ、一方で「最愛の母が信じていた社会」への優しい眼差しも感じられて、単なる「西側勝利映画」でもない気がしたのもなんだか趣深い。
威勢よく社会主義との別れを喜んでいるようなタイトルではありますが、実際は「なんだかんだ良い夢見させてもらったよ! アバヨ!」みたいな、柳沢慎吾的な強がりも込められたタイトルなのではないかなと思いましたがどうなんでしょうか。
いずれにせよ、今となってはそれなりに古い映画になってしまいましたが、だからこそ今観ても価値が出てくる、学びのある映画なのではないかなと思います。
このシーンがイイ!
タイトルを思い出させるあるシーンはめちゃくちゃハッとして気持ちよかったですね。もうシルエットが出てきた時点で「うわっ、これか!」って。
あと2回出てくるベルリンの壁を行き来するシーンも象徴的ですごく面白い。
それとコカ・コーラの垂れ幕のシーンもすごく良かった。笑っちゃった。
ココが○
これほどまでドラスティックに「国」そのものが変わる場面って歴史的にもそうそうないと思うので、それを一市民の目線から見られる、追体験できるというのはそれだけでもすごく面白いと思います。それも(ベルリンの壁崩壊は)ほんの30年ちょっと前の話ですからね…。
余談ですがIKEAがこの頃からあったことも知らなかったのでそこも結構驚きました。
ココが×
映画としてめちゃくちゃ面白いかと言われればそこは結構微妙なんですよね。
知識的に面白い部分は多いんですが、映画としてはそこまででもないというか。そこが少し残念。
それとどうでもいいポイントとしては、ダニエル・ブリュールの走り方がダサくて笑っちゃう点。ゲームのキャラみたいだった。
MVA
お母さんが主人公幼少期と現在でまるで別人で、「なんで同じ人にやらせないんだろ…」と思ってたら髪型が違っただけ、で衝撃を受けました。現在シーンになったとき、てっきり別の婆ちゃんのことを母親だと思ってましたからね…。
それはそれとして今回はこちらの方にします。
フロリアン・ルーカス(デニス・ドマシュケ役)
アレックスの同僚で親友。映画マニア。
上に書いた通り、第一印象で嫌なやつなのかなと思ってたらとんでもなく良いやつで、最後まで癒やし。
特に「泣いちゃうからあとで聞かせて」的なこと言ってたシーンなんてこいつ最高かよと。
エセニュースのためにYシャツネクタイになったときも密かに下はパンツ一丁のテレワークスタイルなのも最高。好きすぎる。
あとはやっぱりララ役のチュルパン・ハマートヴァがかわいすぎたことも書いておきたいと思います。
最初のシーンからキラキラしてるぐらいかわいかった。ロシア女優恐るべし。
ちなみに彼女は今のウクライナ侵攻によって亡命したそうです。それも考えるとこの映画もまた一味違ってきますね…。