映画レビュー0235 『ネットワーク』

GWから続いた連続更新も本日で一旦終了でございます。やんややんや。観た観た。がんばった。

そんな感じで最近順調に消化してきたおかげで、そろそろレンタル復帰も視野に入って来ました。なんだかんだ言ってGWの「観たい映画を観る」というのはやっぱりいいな、と感じたので、自分でも結構楽しみです。どうでもいい報告でした。

…と書きながら思いましたが、逆に「どうでもよくない報告」ってあるんでしょうか。逆に。お前のプライベートなんて誰も興味ねぇよ、と今日も脳内悪魔の囁きを拝聴しつつ、本日の映画はコチラ。

ネットワーク

Network
監督
脚本
パディ・チャイエフスキー
音楽
エリオット・ローレンス
公開
1976年11月27日 アメリカ
上映時間
121分
製作国
アメリカ

ネットワーク

大手テレビ局のニュースキャスターを長年務めていたハワード・ビールは、視聴率低迷の責任を取らされる形で二週間後に解任されることになり、ヤケになった彼は「来週の生放送で自殺する」と予告、それが功を奏して視聴率が上向き…。

テレビ局の狂気を、鋭利かつリアルに描いた快作。

8.5

さすが社会派監督シドニー・ルメット、ここまで痛烈にテレビ局の「腐りっぷり」を風刺した映画を自分が生まれるよりも前に作っていたとはいやはや感服いたしました。この頃から既に、そしてさらに今でも、テレビ局の常軌を逸した「人間(社会)のクズ」っぷりが変わらないという事実には戦慄すら覚えます。

一人のニュースキャスターの「捨て身の攻撃」が耳目を集め、やがて彼が預言者じみた狂人と化していく中で、それに群がる視聴率至上主義者たちと、その主義が行き着く先を描いた映画です。

物語としてはかなり脚色の匂いが強く、「いやいやそこまではやらんでしょ」と思えるような内容なので、人によっては「やりすぎ」とか「逆に嘘くさくてよくない」と思うでしょう。

が。

僕はこれほど真実に迫ったメディア像というのは他に観たことがないですね。これはもう、自信を持って言えます。テレビ局ってのは、腐ってるんですよ。

もちろん、真面目に真剣に働く人たちも多いですが、大体「稼ぐのが企業の勤め」と思っている上層部には腐った連中しかいません。しかも、「真面目に真剣に働く」=視聴率を取ることだと本気で信じている人、この映画では最もそれを体現していた、フェイ・ダナウェイ演じるダイアナみたいな人が最も迷惑という事実。

ご存じのように、テレビ局に限らず、新聞なんかも含めたマスメディアというのは、多分に公的な役割を担ったものです。特に報道なんて部署はその最たるものですが、そこが“視聴率”を追い求めたらろくなことになりません。

“視聴率”なんて言えばまだ聞こえはいいですが、つまりはスポンサーからいかに金をふんだくるか、もっとわかりやすく言えば「いかに儲けるか」でしかありません。

公的な役割を担った報道が、儲けを最優先することでいかに下衆に成り下がっていくのか、その“成れの果て”をこれほど痛快にわかりやすく描いたというのが気持ちよく、(グローバリゼーションに対する表現なんかも合わせて)いまだに通用する先見性溢れるストーリーは本当にスゴイ。

劇中、狂った(でも正しいことを言っている)ハワードが、「テレビは真実じゃない、遊園地なんだ」みたいなことを言うシーンがあります。これはすごく的を射た表現だと思います。

過激に煽って注目されればいい、真実なんて二の次だし、なんなら真実なんて俺らが作ればいい、なんて平気で思っているのがこの世界で“成功”している人たちです。

いかにテレビ局がモラルからかけ離れた世界にいるか、そしてそういう世界を信じこまされて生きている人たちの愚かさがいかほどのものか、よーくわかる映画になっています。

もう既にその兆候は見られているとは思いますが、僕は十数年後ぐらいの、割と近い未来に、今あるテレビ局(特に民放)の地位は決定的に凋落していくと思っています。

が、この映画が自分が生まれるよりも前に作られていたことを考えると、なんだかんだ言ってしぶといのもまたテレビ局なのかな、と思う部分もあり、ちょっと気が重くもなりました。

所詮「大衆はバカ」、以前に比べれば圧倒的に一般人のメディア・リテラシーも進んだと思いますが、それでもやっぱり、根本的に「受動的に情報を受け取るだけ、ということに疑問を持つ」感覚を持った人がもっと増えない限りは、変わらないのかもしれません。

一応最後に書いておきますが、僕は毎度メディアを叩きはしますが、別にテレビ局に個人的な恨みがあるわけではありません。むしろお世話になったこともあるし、いまだに友達が働いていたりもします。

そもそもこんな力のないクソ野郎が1桁ヒットのブログで何を吠えたところで意味が無いのは重々承知もしているわけですが、ただ、今のテレビを見て、何も疑問を感じずに、「面白いよね、いいこと言うよね、情報源はやっぱりテレビだよね」なんて人がもしいたら、それはものすごく不幸なことだと思うんですよね。なんというか、純粋すぎる。

“金儲け”が大事だと思ってる人たちが情報を発信する側にいれば、その発信される情報には何らかの作為がある、というのは少し考えればわかることで、テレビ局もその例外ではない、ということには気付くべきでしょう。そしてそういう“気付き”のきっかけになり得る映画として、この作品があるという結論というか。

ぜひいろんな人に観て欲しい映画ですね。「わかっちゃいたけど意識はしてなかった」みたいな世界の話だと思います。

このシーンがイイ!

フェイ・ダナウェイとウィリアム・ホールデンの会話はどのシーンも印象的でしたね。

一つ挙げるなら、最後の二人の会話でしょうか。僕が思ったことをそのままストレートにセリフにしていて結構ビックリ。

ココが○

映画とてメディアであり、テレビ局とは持ちつ持たれつだったりすると思うんですが、これだけ痛烈にテレビ局を皮肉る映画を作れた、というのはすごいですね。日本だったらもっとテレビ局と映画製作(おまけに出演者も)が近い関係なので、絶対にこういう映画って作られないんですよね。

ここはやっぱり、アメリカのすごさだな、と。しかもこんな昔に作ってるのが。

くどいようですが、日本の場合、テレビも新聞も映画製作も、みんな同じメディアグループの傘下にあるので、どれも身内なんですよ。「この映画がスゴイ!」なんてテレビで言ってるところで手前味噌だらけ。

あの番宣&自前映画紹介しかしない今のテレビの作り方、頭が悪すぎることになんで気付かないのかな…。作る側も、見る側も。

ココが×

若干、中盤間延びした印象はありました。

最後まで観ると、どれも伏線になっていたりして大事ではあるんですが、でも「ずっと高いテンションで終始惹きつけられる」って映画ではないです。社会派だけに、余計に。

MVA

役者陣がまたまぁ~良かったですね。どの人もすごく印象的で、素晴らしかったです。

普段であれば、間違いなく「一番まともな」マックス役のウィリアム・ホールデンを選ぶところですが、この映画はこの人がすべてだな、と思ったので…。

フェイ・ダナウェイ(ダイアナ・クリステンセン役)

編成権を持つ敏腕プロデューサーという役どころですが、まさに“狂ったテレビ人”。

「こいつ…まさに“テレビ”そのものだな」と思って観てたら、実際そう言われるシーンがあってビックリ。(上の「このシーン」に挙げたシーン)

本当にモラルも何もなく、頭の中は視聴率だけ、最終的には…という話なんですが、こういう人、いるんですよね。実際。

終盤近くの晴れやかなスピーチの寒々しさったら無かった。テレビの狂気を具現化した、ある意味ホラーのような存在でした。素晴らしい演技。

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