映画レビュー0789 『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』
今回もネトフリ終了間際シリーズですサーセン。
比較的地味そうな映画なんですが、そういう地味そうな映画こそ紹介するとなんか映画通っぽいやん? という下心丸出しでチョイスしました。いやもちろん良い映画っぽかったっていうのもあるんですけどね。
正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官
近い将来の日本にも起こり得る問題に考えさせられる。
- 取り締まる人と取り締まられる人、グリーンカードが欲しい人と許可する人等移民に関わる人たちのアレコレ
- 中盤にちょっとした事件があり、そこからややサスペンス風の展開も
- 予想通り地味ながら、キャストの熱演でじっくり見入っちゃう社会派ドラマ
(悪い意味で)今をきらめくワインスタイン・カンパニーの映画ですよ奥さん。問題となったおっさんの所業を考えると、その話とは裏腹な真面目で考えさせられる映画っていうのがまた…なんとも皮肉です。
群像劇なので主人公っぽい人は複数出て来るんですが、メインと言えるのはやはり一番ネームバリューのあるハリソン・フォード演じるマックスさんでしょう。この人はタイトルにもある「I.C.E(Immigration and Customs Enforcement − アメリカ合衆国 入国税関管理局)」という組織のベテラン捜査官で、物語冒頭でも描かれるように不法就労者への強制捜査で現場指揮官を勤めているような人物なんですが、ただ実際は逮捕した爺さんの体調を気遣ったりするような非常に人間味溢れる人物で、仕事は仕事として遂行しつつも逮捕した不法就労者に対してはやや同情的というか、「はい不法です強制退去ー」と情もへったくれもない国家権力的視点からは一歩引いて「不法だけど事情も考慮してソフトランディングさせたい」と考えているような人物ですね。ある意味で綺麗事を体現する主人公らしいっちゃらしいタイプの人ですが、現実にもこういう現場捜査官がいるとすればそれはそれで救われる話だと思います。
彼は冒頭に強制捜査に入った場所で、隠れている一人の女性ミリヤを見つけ、見逃してほしいと懇願する彼女を一度は見逃そうとするんですがその現場に同僚も来ちゃったためにやむなく逮捕、あえなく彼女は強制退去となります。
彼女には幼い一人息子がいると知ったマックスは…まあ不法就労者の一人息子なんて劣悪な環境下にいることがお決まりっていうこともあるんでしょう、気になって彼を探し出し、一旦彼の祖父母にあたるメキシコに住むミリヤの両親の元へ送り届けます。この時点でミリヤはまだ帰っておらず行方不明、彼女の安否も気がかりだ…ということで彼女の行方も探すことに。
その他、アーティストとしてそれなりに注目されつつあるものの不法就労者のためになんとかしてグリーンカード(アメリカの外国人永住権証明書)を手に入れたい男・ギャヴィンだったり、彼女の恋人で同じくグリーンカードが欲しい駆け出し女優のクレアだったり、そのクレアの車にぶつかってたまたま知り合ったグリーンカードを認可する役人のコールだったり、そのコールの奥さんで人権派弁護士のデニスだったり、またそのデニスに弁護を依頼することになるイスラム系の親子だったり…とあちこち若干のつながりがありつつの移民問題を軸に展開する群像劇になっております。
日本でも少し前に…日本で生まれ育って日本しか知らないものの、両親が不法滞在外国人だったために一家で強制退去だとか、また両親だけ強制退去で子供だけ残されるとか、いろいろ「制度としてはわかるんだけど情としては釈然としない」ような事例がいくつかニュースになっていた記憶がありますが、まさにそんなような問題を、きっちり現場の姿から浮き彫りにする社会派ドラマという感じでしょうか。
主人公のマックスは「取り締まる側」ですが、その対象となる不法就労者には少なからず情を寄せている様子が見えるし、やっぱり彼も「わかるんだけど無下にはできない」という視点で行動しているわけです。まあおそらくは最も平均的な“観客に近い存在”でしょう。ネトウヨみたいな人は全然共感できないでしょうが、まあそういう人たちはこんな映画観ないだろうし。
劇中最も悪役然としている(ように見える)FBIの女捜査官にしても、もうちょっと言い方あるでしょうよと思いつつもやっていることは危機管理的に当然正しいことだろうし、逆にこういう立場の人たちが情に動かされちゃうと万が一何かあった時に「FBIは何やってたんだ!」と世論が沸騰することも間違い無いので、これまた「仕方ないよな…」とやるせない気持ちになったりするわけです。
「取り締まられる側」の人たちにしても、あまり描かれませんがやはりそこに至るまでにはいろいろと事情があっただろうことは推測できるので、ダメはダメなんだけどもうちょっと猶予を与えて欲しいよなぁとかせめて逮捕するにしても息子に説明する時間ぐらいあげてもいいんじゃないのとかいろいろモヤモヤするんですよね。
そう、どっちの立場にしてもわかるし、完全に(立場上ははっきりしてるんだけど)白黒はっきりしている話じゃない、白の方にも黒はあるし、黒の方にも白はあるし…とグレーと言うよりはまだら模様なマーブルストーリーにリアリティを感じるわけです。なんだよマーブルストーリーって。
そこがね。良い映画だなと思いましたよね。綺麗事だけじゃないし、9.11を例に出すまでもなく、予防的観点から言えばそうなるのも仕方がないよね的な話もあるしで。
正直、群像劇じゃなくて良いんじゃないの、マックスとその同僚のお話だけでも良いんじゃないの…と思ったりもしたんですが、ただ群像劇として描くことで「こういう話がたくさんあるんだぞ」と感じさせる、身近なテーマとしての移民問題の伝え方としてはうまいやり方なのかなという気がしました。
いろんな環境の人がいて、それぞれに問題を抱えていると。その問題故に弱みが表面化して事件になったり、差別につながっていったり、そのさらに先にもしかしたらテロのような問題が隠れていたり…と物語外にも考えが及ぶような、まさにリアルな社会問題を可視化した物語なんだと思います。
もう9年前の映画なんですけどね。ただトランプ大統領の今だからこそより生々しく響く部分もあるし、日本だって遅かれ早かれ移民受け入れをどうするのかという議論は出てこざるを得ない人口減少社会なだけに、「まあアメリカの話だしね」では片付けられない切実な面があり、おそらく日本人的にはむしろこれからますますリアリティを増していく映画のような気がしました。
基本的には移民(不法就労者)側に問題があるという訴えの方が強く見える物語ではあるんですが、ただ言外に「アメリカ側が原因を作ってるんだぞ?」という自己批判のようなメッセージも込められていたように見えたし、そこに気付ける…もっと言えばその事実を「見ようとする」かどうかで社会が変わるという話でもあるので、この映画をアメリカの人たちがどう受け止めたのかはなかなか興味深いものがあります。そしてそれが今度は日本の番でもあるぞ、と。
非常に地味な映画ではありますが、役者さんたち、特にマイノリティ側の人たちはすごく熱演していて惹きつけられるものもあったし、ちょっと社会派映画的な気分の時は観てみると良いかもしれません。
このシーンがイイ!
ベタですが、終盤…ハミードが説得する場面は良かったですね。ああいうのは現実的に多分起こり得ない話なんですが、だからこそ映画的で少し救われるような部分があって。
ココが○
一口に「移民問題」と言ってもよくわからん的な人ってたくさんいると思うんですよ。僕もそうだし。それをきっちり身近な問題に落とし込んで見せてくれるのは、映画らしい存在価値があると思います。こういうことを学べるのも映画の良さだよな、っていう。
ココが×
「あれこの話いらなくね?」みたいなのもちょろっとありました。一番はジム・スタージェスの話かな。彼別にいらなくね?
あとはやっぱり相当に地味ではあります。すごく良い映画だと思うけど、そりゃあこういう内容じゃあ興行収入も伸びないよね、っていう…。かと言ってこういう映画が作られなくなるのも困るんだけど…。
MVA
本当にマイノリティ側の方々がすごく熱演で良かったんですよ。彼らが熱演だからこそハリソン・フォードが淡々としててそれがまた良かったのかな、という気もして。あれでハリソン・フォードも熱血漢だったらちょっと鬱陶しかったかもしれない。
そのハリソン・フォードの相棒であるハミードを演じたクリス・カーティスも良かったんですが、一番頑張ってるなぁと思ったのはこちらの方。
サマー・ビシル(タズリマ・ジャハンギル役)
9.11のテロリストに肯定的な意見を述べたことでFBIから捜査を受けることになるイスラム系の女子。
実はかなり美人だと思うんですが、しかしもう涙に鼻水によだれにと水分出しまくりで泣きの演技を見せてくれまして、その熱演に胸を打たれました。この若さであの演技だもんなー。すごい。