映画レビュー0334 『ヒア アフター』

これも公開当時観に行きたかったんですよね。クリント・イーストウッドの映画だから、っていうだけで内容は特に知らなかったんですが。

ただ、公開中に東日本大震災が起きたことで、オープングの津波がやっぱりよろしくないんじゃないか、と公開中止となった経緯があります。

ヒア アフター

Hereafter
監督
脚本
出演
フランキー・マクラレン
ジョイ・モーア
音楽
クリント・イーストウッド
公開
2010年10月22日 アメリカ
上映時間
129分
製作国
アメリカ

ヒア アフター

臨死体験から霊的なものに傾倒し始めたジャーナリスト、交通事故で双子の兄を失いショックから立ち直れない少年、「本物の霊能者」でありながらその能力に嫌気が差し、工場で働く独身男性のジョージ。その三人がやがて出会い…。

かなり人を選ぶでしょうね~。

5.0

そんなわけで特に内容も知らずに観たんですが、まさかの「スピリチュアル押し」の映画。日本だったら例の胡散臭い江原的なブームに乗っかって作りましたよ、って感じで(もしくは丹波哲郎追悼企画)背景が理解できるんですが、まさかクリント・イーストウッドがこういう映画を撮るとは。彼も御年80歳、やっぱり「死」と「死後」についていろいろ思うところがあるんでしょうか。

その事自体はいいんですが、いつもの「死生観を考えさせる」内容とはちょっと軸が違っていて、ややとっつきにくいというか、かなり話として好き嫌いが分かれる内容だとは思います。

ちなみにこのブログを読んでくださっている貴重な方々なら大抵おわかりだと思いますが、僕はスピリチュアル方面とは真逆に位置するような頭の持ち主なので、まず入口として嫌悪感とまでは行かないものの、かなり価値観にズレを感じるものであったことは書いておきます。ただそれでも「イーストウッドが作った」っていうことでなんらかの意味合いがあるんだろう、と偏見を持たずに観ました。

オープニングは、問題となった津波から始まります。これは数少ないものの僕の観た中ではもっとリアルで、もっとも迫力のある津波シーンでした。これは確かに…あの大震災直後に観てたらしんどい人が多くて当たり前という感じ。濁流に飲み込まれ、車が柱を壊しながら進むような津波の映像。どうやって撮ったのかなー、と思うほどリアル。

そんな津波で死んだ…と思われた主人公の一人、マリーはかろうじて一命をとりとめ、その臨死体験の時にいわゆる「三途の川を渡りかけた」記憶を持ったことで死後の世界に興味を抱き、周りからも当然のように変な目で見られ始めます。

一方同じ頃、一卵性双生児のマーカスは、兄のジェイソンが交通事故で急死してしまい、そのショックと寂しさから「彼と会いたい」と願う気持ちが死への興味とつながり、いろんな霊能者の元へ赴いては彼との会話を試みますが、どれもやっぱり胡散臭い業者だらけで成果は上がらず…という状況。

もう一人の主人公、ジョージは「本物の霊能者」であるが故にその能力の負の側面を嫌い、普通の人間として生きていきたいと願う人物。そんな3人が、群像劇のようにそれぞれの人生を進めた先、やがて一堂に介して…というお話です。

まず「スピリチュアル」の部分について。

ここはさすがというか、しっかりと「傾倒すれば疎まれる」描写であったり、胡散臭い業者がほとんど、という現実であったり、当然ですが「スピリチュアルって最高じゃん?」みたいな視点では描いていません。つまり、全面肯定ではない、と。そういう現実に即した「スピリチュアル像」を描いてはいるんですが、やっぱりマット・デイモン扮する霊能者の能力は興醒めするんですよね。

これがドキュメンタリーならまだマシなのかもしれないんですが、なんせ言い当てる相手の人生も脚本上の話である以上、そらいくらでも当たるわい、だからどないやねん、と。もちろんその「当たる能力のおかげでその先の展開が」っていう話なんですが、元々スピリチュアル的なものに対して否定的なスタンスの人間としては、その時点でどうしてものめり込めない部分がありました。

おそらくは、その「スピリチュアルそのもの」ではなく、スピリチュアルの先に構築される物語を描きたかったんだと思うんですが、その帰結の方向も結局恋愛含みだったりするので、恋愛モノも好きじゃないだけに余計に気に入らないという。

結局、まず津波にトラウマがある人はダメ、次にスピリチュアル嫌いだとやっぱりイマイチダメ、さらに恋愛嫌いならもっとダメ、と人選び要素だらけなので、これを観て「超いいぜ!」と言える人はかなり少数なんじゃないかと。

その辺のどうでもいい人が作るなら別にそれはそれでいいんですが、なんせイーストウッド作品なので、期待とのギャップに残念感が増しました。

こういう能力がある人、ホントはいるかもしれないんですけどね。その本当のところは誰にもわからない部分なので。ただ、仮にいたとしても、その能力に振り回されちゃう人たちを見ると、そんなのなくていいじゃないか、っていうすごく根本的な感情も抱くわけです。「死」を考えることの大事さは重々承知していますが、その視点はこっちじゃないだろう、と。今まで何本も「死」を見つめる映画を作ってきたイーストウッドだけに、そろそろ変化球を…ってことなんでしょうか。

おそらくもっと先の、深い部分での提案があると思っていただけに、終わった時のガッカリ感は結構強かったです。それでもホロリとする場面はあったし、全体の雰囲気は「イーストウッド映画」してたので、返す返すもテーマが残念。僕が理解できていなかった可能性ももちろんあるんですけどね。

でもこういう話が好きな女性はいそうな気もします。

このシーンがイイ!

ジョージの話を聞くマーカス。ここでやっぱりちょっと来ましたね。

あと恋愛的シーンではありましたが、料理教室で目隠ししながらしゃべるメラニーが良かった。料理教室通おうかと。ほんとに。

ココが○

若干偉そうな物言いになりますが、「えー、スピリチュアルな映画なのか」で最初から観ない、っていうのと、観て「やっぱスピリチュアルは違うな」っていうのは違うと思うんですね。

傾倒する必要はないですが、観て判断して、考える意味はあると思うので、そういう問題提起をイーストウッドがした、っていうことには価値がある気がします。あとは各々が判断することかな、と。

ココが×

でも個人的にはやっぱり、こういう話は好きじゃない。リアリティが無いから現実に活かせるわけでもないし、深い感動があるわけでもないし。やっぱり「帰結の仕方」っていうのも大きかったですね。

MVA

内容が内容だったので、役者陣もそんなに強く惹かれなかったのが残念。マット・デイモンもなんか流してるような雰囲気…というと申し訳ないんですが、なんとなく覇気がない役柄だったからか、淡々とし過ぎてて。

ということで一人選ぶならこの人かなぁ、とちょっと迷いつつ、消極的選出。

ブライス・ダラス・ハワード(メラニー役)

ジョージが料理教室で知り合う女性。「50/50 フィフティ・フィフティ」の元カノさんです。「50/50 フィフティ・フィフティ」のときも思いましたが、よく見ると別にそうでもないんだけど、なんか雰囲気がいい。かわいい。

大して登場シーンも長くないんですが、この人好きだなぁと言うだけで選出。

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