映画レビュー1294 『チェッカーで(毎回)勝つ方法』
今もっとも自分の中で確実なもの。それがタイ映画…!
タイ映画の時点で迷わず観るぐらいの勢いなので迷わず観ました。(そのまま)
チェッカーで(毎回)勝つ方法
ジョシュ・キム
ジョシュ・キム
『徴兵の日』『カフェ・ラブリーで』
ラッタウット・ラープチャルーンサップ
インカラット・ダムロンサッククン
ティン・チュティクン
ジンナ・ナワラット
コーウィット・ワッタナクン
ナッタラット・レーカー
トーニー・ラークケーン
Boovar Isbjornsson
2015年2月8日 ドイツ(ベルリン国際映画祭)
80分
タイ・香港・アメリカ・インドネシア
JAIHO(Fire TV Stick・TV)

じんわりいい映画ながら少々地味。
- 歳の離れた兄との日々を振り返る
- 男兄弟らしいリアルな関係性と、その裏にある兄の愛情が伝わってくる丁寧な物語
- LGBTQとが自然に描かれるタイ社会の先進性とそこに絡む格差のギャップに考えさせられる
- しかしいかんせん地味ではある
あらすじ
決して悪くはない映画なんですが、ただ僕が求める「タイ映画らしさ」みたいなものとはちょっと違ったかな、という残念感も強く残りました。その「らしさ」が正しいとは言えないんだけど。
両親を亡くした11歳の少年、オート(インカラット・ダムロンサッククン)は兄のエーク(ティン・チュティクン)とともに叔母の元で暮らしていて、貧しいながらも幸せな日々を過ごしておりました。
エークはゲイで裕福な家庭に暮らす彼氏もいるんですが、その彼氏も含めてみんなから面倒を見てもらいつつ平和な日々を過ごすオート。
やがて21歳となったエークは徴兵制の対象となり、兵役につくか否かの抽選に参加することになります。
兄と離れたくないオート、彼と別れたくないエーク、娘に加えてオートの世話まで手が回らないとボヤく叔母、それぞれにとって抽選は“ハズレ”が理想ではありますが…さてどうなるんでしょうか。
あまり知らない国の話だからこそ
これはちょっとあらすじを書くのが難しいタイプの映画(しょっちゅう言ってるけど)で、問題の「徴兵制」についての話が上がってくるのは結構後半になります。
じゃあそれまでは何の話なのか…というとオートから見たエークその他家族や地域の、もう本当になんてことないエピソードばかりで、特段取り立てて芯となる話は無いんですよね。
ジワジワとオートが置かれた環境と周りのキャラクターを学習して、それが終盤どうまとまっていくのかを理解するための前フリが延々と続く感じ、というか。
例として今パッと思い浮かばないのでアレですが、こういう映画は他にも結構あるとは思います。ただそれらは総じて地味に感じるのは否めず、この映画もまた然り、と。
リアルな日常を観ていくことで物語の最後への余韻をふくらませるのはよくわかるんですが、しかしその「リアルな日常」自体の引力が弱いのでイマイチ惹きつけられないのが惜しいところ。この辺りは好みもありそうです。
ただこの映画はタイ映画なので、アメリカ映画ほど「よく知った日常」ではない、つまり早い話が“目新しさ”を感じる点が同類の映画と比べると有利な点で、そこが無ければ完全に寝ちゃっててもおかしくないような映画だなとは思いました。
一番感じたのは、いわゆるLGBTQが「根ざした」物語である、ということ。
日本は言うまでもなく、おそらくアメリカだったとしてもここまで自然にLGBTQが身近に描かれる物語にはなっていなかったと思います。それだけタイに根付いているものなんだなと、その事実自体が観客に自然に入ってくる感覚がありました。
「こういう時代なので」みたいなちょっと裏が見えるような設定ではなく、それが普通でそれが当たり前の社会になっている、というのは周りの人たち含めた登場人物たちの言動でよくわかるし、そこにタイの文化が見て取れるのは面白いなと。
要はLGBTQ絡みの話が中心に来ていないところ、なんでしょうね。正直お兄ちゃんがヘテロで連れているのが“彼女”だろうとあんまり関係がないんですよ。もちろん兵役云々やその他諸々で物語上意味がある部分もあるんですが、ただそれはそれとして置いといても多分他の形で言いたいことを描けるであろうとも思うし。
誰が何で、みたいな属性が重視されていない自然さみたいなものはタイのしなやかさなのかなと思いました。そこがすごく興味深いし歴史を感じるなと。
もう一点は徴兵制。まさかのくじ引き。
それ故に描けた物語でもあるんですが、同時にやっぱり「抽選ってどうなの」と思っちゃう面もあって、そこのアンバランスさが妙な味を生んでいるのも感じます。
なんというか、すごく生々しいんですよね。抽選って。その場で即答えが出ちゃう生々しさ。
おまけに表面上は「国に奉仕する光栄な職務」みたいな思想があるはずだし実際軍の人たちもそういうテイで現場にいるにも関わらず、抽選が外れる(徴兵されない)とガッツポーズするんですよね。普通に。
徴兵=望まないもので、徴兵回避は歓迎されるもの、それを隠しもしない参加者たち。
日本では絶対ああいう抽選会にはならないと思います。嘘でも(嘘とバレるような立ち居振る舞いでも)「ありがとうございます」って言うんじゃないかなと思うんですよ。
その辺の生々しさがすごく新鮮で、LGBTQの件も含めて“明け透け”な社会なのかな、とか思ったりして。
その辺りの「タイ文化の実際」みたいなところが見えてくるのはすごく面白かったです。そういう国なんだ、そういう社会なんだ、って学べた感じで。
一方でこれは「タイだから」、つまり(映画で)よく見る欧米の国とは違うから、あまり知らない国だからこそ感じた面なので、じゃあ自分がタイに詳しい人間だったら同じように新鮮に楽しめたのかというと微妙な気もするし、それを置いたとして面白かったのかと言われれば「面白かったよ」と答える自信もないぐらいには地味で微妙な物語だったようにも思います。
なんとなく田舎の風景が綺麗だったり、印象的なシーンを上手く混ぜ込んでいたり、タイトルがなんとなく良さげ(真に意味するところはよくわからないんですが)だったりするので「良い映画っぽい」とは思うんですが、果たしてこれをそのままアメリカに持っていって作ったものを観たとしたら、「良さげだけどぼんやりした映画だな」で終わっちゃった気もする。
なので評価がすごく難しい映画だなと思います。まあ良い映画だとは思うんですけどね、結局は。
面倒な客による文句
中心となって描かれる“兄弟愛”、特に兄エークから弟オートに対する愛の形については、フィクションらしく優しすぎることもなく、「ちょっとウザい、けど大事な弟」みたいなリアルなニュアンスが感じ取れてそこはすごく良かったと思います。
守るべきときはしっかり守る兄としての男らしさも良かったし、すごく良いお兄ちゃんだなと素直に感じられます。
一方で「成長した今のオート」についてはもっと描いて良かったようにも思いました。
取ってつけたように出てくる程度なので、もうちょっと「今」の話を膨らませてもいいと思うんですよ。上映時間も短いわけだし。
総じてやっぱりところどころ惜しい、もうちょっとあざとくても良いのかなと感じる映画でしたね。ご存知の通りあざといとあざといで文句を言う面倒な客なので正解が存在しない無理ゲーなのが申し訳ないんですが。
ただリアルで地味な話でありつつ、格差の激しい社会構造を見つめる社会性もテーマに内包していたのは良いところで、そこで考えさせられる内容になっているのは好みでした。
反面、全体的に控え目であるが故に「結局一番言いたいことは何よ!?」と感じられてしまうところがもったいないですね。もうちょっとメッセージ性強めでも良かったような気がする。
とは言えメッセージ性が強いと強いで以下略。
このシーンがイイ!
やっぱりいろいろ衝撃だった面もあり、抽選のシーン。
ココが○
しみじみ風景、ロケーションが良い。昔の日本っぽさも感じます。
ココが×
上に書いたままですが、やっぱりもう少しビシッと決めてくる何かが欲しかったと思います。全体的にはこれで良いと思うので、あとは見せ方、余韻の部分でしょうか。
MVA
一応主人公はオートですが、実際の主人公はこちらの方でしょう。
ティン・チュティクン(エーク役)
お兄ちゃん。おそらくオートとは10歳弱離れてるぐらいの予感。
演じたご本人の性的な立ち位置はわかりませんが、いろいろ難しい役どころを自然に演じていたと思います。ちょっと若い頃の久保田利伸っぽさもあり。だからなんだというお話です。