映画レビュー0876 『灼熱の魂』
もはやドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は超一流の仲間入りを果たした方だと思いますが、そのヴィルヌーヴ監督のカナダ時代(って言うのかな)の映画の一つ。
ずっと観たかったんですが、この度ようやく配信終了というきっかけが訪れたため、鑑賞。
灼熱の魂
『焼け焦げるたましい』
ワジディ・ムアワッド
ルブナ・アザバル
メリッサ・デゾルモー=プーラン
マクシム・ゴーデット
レミ・ジラール
アブデル・ガフール・エラージズ
グレゴワール・エッツェル
2010年9月17日 カナダ
131分
カナダ・フランス
Netflix(PS3・TV)
戦争ドキュメンタリーかのようなリアリティと緊張感で描く衝撃のファミリーヒストリー。
- 亡くなった母の遺言に従ううち、知られざる出生の秘密を知る姉弟
- 戦時下を生き延びた母の壮絶な人生と現在の双子の調査を交互に展開
- 遊び一切無しの骨太ドキュメンタリー風ミステリー
- 地味なものの映画としての地力の高さが伺える
あらすじ
いやはやなんともすごい映画でしたね…。非常に地味な映画なんですが、“さすがヴィルヌーヴ監督”的な力強い映像とシビアで重厚な物語のおかげでその地味さが気にならない傑作感というか。なかなか他で観られるレベルの映画ではないと思います。
主人公は双子の男女。とは言ってもどちらも立派な大人です。この二人の母が亡くなり、彼女の遺言を公証人である母の元雇い主から聞かされるところから物語が始まります。
その遺言の重要な部分を要約すると、「今まで黙っていたがあなたたち二人には兄がいる、兄を探しなさい」「父親も生きているので探しなさい」、そして「それらが叶うまでは私の墓に名前は入れさせない」というもの。
二人はそれぞれ母からの兄宛・父宛の手紙を預かり、渡すように命じられるような形で、「まだ見ぬ兄と父を探す旅」に出ることになります。
この母親(ナワル)は生前、子供たちからも変わり者として見られていたぐらいに少し変わった母親だったようで、双子の弟・シモンは「親父は死んでるはずだし兄貴なんているわけがないから放っておけばいい」というスタンスだったんですが、姉のジャンヌの方はやはり初めて聞いた兄、そして父がまだ生きているのかもしれないという話をうまく消化しきれず、母の願い通りその行く末を調べるため、母の故郷である中東へ向かいます。
こうして母の若かりし頃のエピソードと、現在の双子の調査を交互に描きながら、果たして本当に兄と父はいるのか、そして生きているのか、さらに母親の狙いは何なのか…を追う物語です。
破綻なく予想させない展開の上手さに唸る
きっちり明確に「これは過去です or 現在です」という描写は一切なく、いきなり母親フェーズと娘フェーズ(序盤の現代は娘の調査が中心)が切り替わるので、結構「アレ? これ母ちゃん?」と混乱し気味でした。結構似てるんですよね。観ているうちに全然違うわ、ってなるんですけど。
娘役のメリッサ・デゾルモー=プーランはほんのりルーニー・マーラっぽい感じでお綺麗です。お母さんを演じるルブナ・アザバルも意志が強そうな美人という感じ。
物語の中心は、母親の足跡を辿りつつ「初めて聞かされた兄と父の正体、そして現在も生きているのか」を調べていくというものなんですが、最後まで観ると(現実として実際に起こり得る話なのかは置いといて)まったく破綻していない物語でありながら、うまく真相を隠しつつ巧みにミスリードを誘う展開がとても良く出来ていて、真相の衝撃をきっちり受け止めさせてくれる作りの良さがさすがヴィルヌーヴ監督だな、と唸った次第。
これが後から振り返ると穴だらけだったり、謎めいた不必要な要素で目線を反らしてたりすると結構興醒めだと思うんですよ。そういう映画もたまに観るし。
ところがこの映画はかなり強烈な物語でありつつも、その事実を追っていく内容も真摯に作られているおかげで、興醒め感はもちろん「フィクションなのにノンフィクションのように受け止めさせてより真相に対する感情移入を強力にする」ような面があって、こりゃもうやっぱり単純に監督がすげーわ、って話だと思うんですよね。脚本(脚色)も担当してるし。如実に監督の力量が表れている映画だと思います。
おまけにその真相の部分も引っ張って引っ張って最後にドーン! という形でもなく、終盤とは言えさっくり挟み込んでくるので、それはつまり「サスペンス的要素よりも人間ドラマ」という部分に重きを置いているのかな、と。そこがまた良い意味で重さを与えていると思いますね。
真実の衝撃よりも、その真実に直面する登場人物たちの心情に寄り添う作りというか。
伝わるかわかりませんが、「見世物感よりも一人の人間(母親)とその周り(子供たち)の人生の表現を重視した」感じというんでしょうか。
なのでジャンルはすごく迷ったんですが、ドラマにしました。ただ実際は戦争映画でもあるし、ミステリーのような側面も大いにあります。
“何者なのか”が知りたくなる引力
母親は内戦に巻き込まれた一般人なんですが、その生き延び方が壮絶でですね。というか最初に描かれる愛する人との別れの時点で壮絶で、もう我々平和な国で生きている人間からすると「その選択肢が浮かんでも取り得ない」行動で生き延びていったような人物なんですね。
それも背景に戦争(と宗教)があるためにそんな過酷な物語が描かれるんですが、その「知らなかった母親の壮絶な過去」を知っていく二人の子供は、おそらく…「きっと良い答えではないんだろうけど知りたい」ような欲求に突き動かされるようにして真相に迫っていきます。
とは言え二人は(も)普通の一般人なので、探偵やスパイのような鋭い捜査をするわけでもなく、周りの人たちの協力を得ながら、また運の良さも手伝って「兄や父を知る人物」とつながっていくことで真相に近付いていきます。
この徐々に真相に近付いていく物語の展開がですね、劇中急にふと思ったんですが、ちょっと「ゴルゴ13」のルーツ編っぽいんですよ。多分伝わる人ほとんどいないと思うんですが。
自分の母親でありながら「その人生をほとんど知らなかった」足跡を辿っていくと、母親が何者なのか、そして“実在するらしい”兄と父もまた何者なのか…というその出自を追っていくミステリアスさが観客の興味を強く惹きつける作りにもなっていて、人間ドラマなんですが…やっぱりサスペンス的な側面も強く、真相を追う双子と同じように「きっと良い答えではないんだろうけど知りたい」ように観客を仕向けるのがとても上手い映画だと思います。
重い映画に向き合いたい時に
舞台が中東という…おそらく大半の日本人は(欧米等と比べて)ある意味興味をそそられにくい場所でもあるし、終始(感情的に)暗いし地味だしで、娯楽感はまったくないんですが、しかしそれも気にならないぐらいに力強く、また壮絶な人生を描いた物語になっているこの映画、さながら「神の気まぐれ人生・ヴィルヌーヴ煮」と言ったところでしょうか。
作り物の話ではあるんですが、そう感じさせないほどにリアリティ溢れる力強さと遊びのなさで、「もしかしたらこんなような話、どこかにあるのかもな…」と思わせる何かがあります。スゴイ。
なかなかに重い映画でもあるんですが、映像表現としてのキツさ(グロいとか)は無いし、じっくりガツンとやられたいような時に観ると良いかもしれません。
なかなか他にない凄みを持った映画だと思います。
このシーンがイイ!
やっぱりラストシーン、いいですよね…。あのシーンが入るか否かでかなり印象が変わると思います。
あれのおかげで、その後あの人が何を考えたのか、いろいろ思いを馳せることができるシーンではないかなと。
ココが○
上にも書きましたが、「破綻していない物語でありながら観客を騙す」作りの上手さが素晴らしい。ちゃんと答えのところまで、「もしかしてこういう話か?」と推理する楽しみを持たせてくれます。
これは多分「男女の双子」って言う設定がすごく巧みなんだろうなぁ…と観終わった後に思いました。詳細は書きませんが。
ココが×
まあ地味ですよ。特に絵面が。
序盤は話もよくわからないし、過去と現在を行き来するしでなかなか難解。かなりしっかり集中して観る必要はあると思います。
MVA
ルーニー・マーラ似の娘さんも良かったんですが、やっぱりこの映画はこの人になるかなぁ。
ルブナ・アザバル(ナワル・マルワン役)
亡くなった母親であり、過去の話の主人公。
とにかくものすごい人生を歩んできた人なんですが、その物語に説得力を持たせる意志の強そうな表情と、男前な美人さがすごく印象的でした。
これだけこの壮絶な雰囲気を出せる人ってそうそういない気がする…。良い女優さんですね。