映画レビュー0211 『若者のすべて』
最近ちょっとアクセス数が増えてるぜ、となにげにウヒョってたんですが、もうすでに戻ったようです。短いバブルでした。そしてバブルでも20ヒットがいいところという事実。
いいんだ。自分のための記録なんだし。
若者のすべて
大作感はあるんですが…。
「太陽がいっぱい」と同時期に公開された、アラン・ドロン初期の映画。全編モノクロです。やー、やっぱりモノクロってなんか味があっていいですね。イイ映画感が出て。
実際この映画、かなり“イイ映画感”はありました。長いというのもありますが、叙情的に展開される「家族とは」「愛とは」なんぞや的な話は、なかなかの重厚感もあって、いやこりゃいい映画ですね、というのはわかります。
が。
ちょっと今のこの多様化した時代から眺めると、どうしても登場人物のキャラクターが馴染めない。
まずアラン・ドロン扮する主人公のロッコ。ものすごくいいやつです。真面目で健気で。このアラン・ドロンを見てポッとならない女性がいたらきっとそれは。
が、それ故「こんな真っ直ぐなイイヤツいねーよ」と思わせてしまうほど、“イイヤツすぎる”。いくら兄弟とは言え、あんなことされて許せるはずがない。それがまず一点。
次にキーマンである兄のシモーネ。こいつはとにかく悪い。
ただ、彼の堕ちていく様というのは、今観てもわからなくはないです。「ああ、そうなるだろうな…」と先が見えてしまう悲しさがありました。が、これまた「金よこせよ金」的な展開があまりにも(今観ると)ステレオタイプすぎて、逆に信憑性に欠けてしまう面があったかな、と。
ただこれは、古い映画に対して言っていいことではないとも思うので、評価としては公平ではないとは思います。それよりも彼の問題としては、彼が最後に行き着くところが読めてしまうところで、「あー、最終的にはアレしちゃうんでしょ」みたいに思ってたら実際そうなった、というのがちょっと面白みに欠けたかな、と。
でも一番の問題は、この二人の間に位置する女性・ナディア。僕が大して女性の心を理解してないからでしょうか。このキャラクターだけはまったく納得できず。
あんなことされてまた兄貴のところに行く、なんて人間じゃないだろう、と。いろんな打算があったりしたんだろうこともわかるんですが、ちょーっとこの人の動きだけは納得できなくて。
サイテーサイテー言ってる割にくっつくし、挙句の果てに一番被害者ぶって腹立たしいことこの上無い。
いや、腹立ったからダメ、っていうんじゃないですよ。こんなヤツいねーだろ、って最も強く感じさせられた、そのキャラクターが納得出来なかったのです。いくらなんでもあり得ないだろうと。
結局、この人が最終的にどうなるのか、すべてその帰結点を描きたいがための流れに見えてきちゃって、そこがどうしてもこの映画に対して「認められない」部分になっちゃいましたね。
名作であろうことはよーくわかるんですが。受け入れられなかったなぁ…。自分は。
このシーンがイイ!
特にこれ! っていうのは無かったかな…。
ココが○
なんというか…キャラクターに納得できなかったのは散々書きましたが、ただその人間ドラマの描き方というのはすごくしっかりしていたと思います。まさに叙情的とはこういうもののことを言うんだろうな、と。味わい深いと言いますか。
僕個人の評価が低いのは、「観て損した」という方向ではなくて、「納得できなかった」という方向なので、映画としてのデキはいいものだと思います。納得できる人には名作になるでしょう。
ココが×
キャラ設定。それに尽きる。
MVA
役者さんたちはなかなか良かったんですが、一人選ぶなら。
レナート・サルヴァトーリ(シモーネ・パロンディ役)
堕ちていく兄。
なかなかいい演技でしたねぇ。最初の頃とどんどん表情も変わっていって。
ある意味この人が主要3人の中では最も「人間らしい」人だったと思うので、その辺りの良さもあったかもしれません。他の二人はちょっと嘘臭すぎる。
ちなみに鑑賞後に調べたところ、この人はこの映画で共演した、うそくさナディア役のアニー・ジラルドと結婚して、死ぬまで一緒にいたとか。なかなかこれは…この作品を観た後だと面白い話だなぁと思いましたねー。