映画レビュー1015 『マザー・テレサからの手紙』

今回もネトフリ配信終了の中から良さげな一本をチョイス。元々興味がある人ではあったので。

マザー・テレサからの手紙

The Letters
監督

ウィリアム・リード

脚本

ウィリアム・リード

出演

ジュリエット・スティーヴンソン
マックス・フォン・シドー
ルトガー・ハウアー
プリヤ・ダルシニ

音楽

キアラン・ホープ

公開

2015年12月4日 アメリカ

上映時間

114分

製作国

アメリカ

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

マザー・テレサからの手紙

良くも悪くも入門編。

7.5
彼女の綴った手紙を元にマザー・テレサの半生を振り返る
  • 誰もが知る“偉人”マザー・テレサの半生
  • 手紙が重要なアイテム…の割にそこまで深堀りはしない
  • アメリカ映画らしい見どころを絞った観やすさでマザー・テレサの入門編的な印象
  • ご多分に漏れずすべてを鵜呑みにするのも危険

あらすじ

ということでご存知マザー・テレサの伝記映画でございますよ。

若い人だともしかしたら今の時代、知らない人がいてもおかしくないのかもしれませんが、それなりの年齢の人であればまず知らない人はいないぐらいのレベルの人物だと思います。が、そんなレベルだからこそ「名前は知ってても実際何をしたのか詳しくは知らない」ってことは多いじゃないですか。自分にとってはまさにそのパターンということで。そもそもメインの活動地がインドであることすら知りませんでしたよ…。

物語はとある男性が「マザー・テレサについてのある調査」を行うため、彼女が生前に師のように慕っていた神父さんの元へ赴き、彼に送っていた手紙を読む形で当時の再現を通じて「マザー・テレサとはどんな人物だったのか」を描いていきます。

元々はカルカッタの修道院で教師をしていたマザー・テレサ(当時はシスター・テレサ)は、ある日院の外で暮らす貧しい人々の姿を見て心を痛め、次第に「彼らのために生きていく」生き方がないか考え始めますが、しかし「修道院から出ずに神に仕える」ことを誓った身であるために諦めかけた…ときに神様からの天啓が下り「貧しいピーポーのために働くんやで」と言われましたよと。

やったぜってことで修道院のボスにお伺いを立てたところ「規約上無理やけどバチカンに言うてみるわ」と手紙をしたため、しばらく音沙汰がなかったんですがやがて「OKやで」ということでいわゆるスラムのような場所で活動を始めます。

お金もなく、また宗教上の理由(現地ではキリスト教はどちらかと言うと少数派)で迫害されたり等の苦労を受け入れながら、次第にその活動が周囲の人たちに認められ、また彼らを巻き込んで徐々に大きなうねりとなっていきます。

しかしマザー・テレサはその献身的な活動の裏では苦悩していたことが手紙から浮かび上がる…というようなお話です。

内面は深堀りせず、あくまで入門編

こんなあらすじを書いておいてなんですが、タイトル(邦題も原題も)からもわかる通り重要なアイテムである「手紙」を元に展開はするものの、実際は「手紙が書かれた頃彼女が何をしていたのか」を振り返る形で描かれるお話のため、手紙そのものの内容については特に深堀りすることはなく、「手紙では心の闇や苦悩を記していた」とは言ってもその直接の声はあまり伺えないので、その辺りが少々残念な気はしました。

「手紙」は言ってみればスイッチのようなもので、要所要所でこういうエピソードがありましたよ、という区切りのような存在になっているんですが、実際にどういう文面で気持ちを表現していたのかはほとんどわからないため、彼女の内面に迫るには少し説明不足な映画ではないかなと思います。

おそらくは「文章で説明する代わりに映像で」的な意味合いで映像が作られているんだろうとは思いますが、ただ実際にどういうことが起きたのかは映像から見て取れても、そこからマザー・テレサ自身の心情を伺うには表現が足りないため、せっかく彼女が本当に抱いていた思いを知ることができるいいアイテムをテーマに選んでおきながら、単なる(外から見た)偉人の伝記モノとしか機能していないのがもどかしい。

世間的にもこの手の伝記モノとしては評価が高い方だと思いますが、それは彼女が行ってきた活動に対する尊敬の念や偉大さと、映画自体が比較的理解しやすく(良くも悪くも)単純化した作りで伝わりやすい内容になっているからなんだろうと思います。

実際わかりやすいしすごい話なのは間違いないんですが、ただ「手紙」を主題に持ってきて小道具としても登場させている以上、もう少し彼女の内面の深いところにアプローチする作りであって欲しかったなと言うのが正直なところ。

僕自身、最初に書いた通り「マザー・テレサの存在を知ってはいても中身はよく知らない」人間なので、ざっと彼女の行ってきたことが理解できる良さは十分に感じたし、観てよかったのは間違いないんですが、ただどうしてもそんなわけで「入門編」以上のものは感じられず、穿った見方をすれば「マザー・テレサプロパガンダ=キリスト教プロパガンダ」のような綺麗事に終止した内容だったのは少々気になりました。

「孤独だった」と言われてもそうは見えないぐらい周りの人たちにも愛されていたように見えたし、手紙を主題にするならその辺りをもっと丁寧に描くべきで、正直タイトルは普通に「マザー・テレサ」でいいじゃん感がありましたね。余計なこと言って期待させちゃった感じというか。

マザー・テレサその人も宗教化した内容

ちょっと腐してしまいましたが、しかしまあ当然ながらマザー・テレサご本人のなさったことは偉大オブ偉大で、まーこんな献身性は“報酬があっても”自分には持ち得ないなとひたすら感嘆致しましたよ。

僕はどちらかと言うと(現在日本において)弱者寄りの目線を持っている方だと思いますが、それにしたってこの人の決断と行動力と献身性はあまりにも自分から遠すぎて、途方も無いことをやってのけた、まさに“偉人”なんだなと畏怖の念すら覚えるような内容でしたね。まあだからこそ歴史に残る人物となったんでしょうが…。

ただ僕も鑑賞後に調べて知ったことなんですが、彼女の活動には批判も結構あったようで、この映画で描かれるほどの聖人君子でもなかったようではあります。

きっと活動初期はこの映画で描かれたように“すべてを捧げる”ように貧しい人々を支え、ともに歩んだのは間違いないと思うんですが、やはり世の摂理と言うか…彼女もその活動の偉大さ故に“権威”となってしまったとき、それを利用しようとする様々な人たちとつながっていくことで、結局は俗世に染まってしまった部分があったのかなと思います。

もちろん真偽はわかりません。かと言ってそれなりに批判が多いことを考えると、この映画で語られるほどに無垢であるとも思えません。そのことに対する回答としておそらく“手紙”がある程度価値を持つと思えるだけに、なおさらもっと手紙の内容について深く見せてほしかったし、ある種の検証のようなものを期待したかったなと。

実際に行ってきたことの尊さはもちろん認めつつ、とは言えこの映画の内容はあまりにも綺麗すぎるし差し障りがなさすぎて、教科書に出てくるような表層的な内容にも見えたし、同時にそうであるが故にプロパガンダ臭も強く感じました。資本にバチカンが混ざってんじゃね、みたいな。素直な大人じゃなくてごめんね。

逆に言えば、そういう穿った見方を防ぐためにももっと人間味のある人物として、それこそ手紙に書かれていた苦悩とか闇の部分を「苦悩していたようだ」とかセリフで触れる程度ではなく、きっちり描いて「マザー・テレサですらこういう部分があったんだなぁ…」と感じさせてくれたほうが、よりリアルな人物として受け入れられたと思うんですよ。

もうあまりにもすべてが完璧すぎて人間味が感じられないと言うか、聖人に描きすぎて(実際キリスト教上は聖人なので間違いではないんでしょうが)自分と同じ人間には見えないような描写に終止したのがもったいない。

いや実際そうだったのかもしれませんけどね。でも上に書いたように結構な批判もある以上、もう少しリアルな“人間”として描いても良かったんじゃないの、結果的により感動させられたんじゃないの、と思いますね。この内容じゃキリストと一緒だもん。

途中で「マザー・テレサも宗教だな」と感じたんですが、これがもしかしたら一番端的に“この映画”を表した感想かもしれないですね。自分たちのような人間ではなく、神に近い存在として描かれているような。

入門編としては最適

引っかかった部分ばかり書いたので割と批判的な内容になってしまいましたが、感想としては観てよかったし“普通に”面白かったです。

この辺はさすがアメリカ映画と言った感じで、やっぱり描くべきエピソードの選別やその見せ方の巧みさは他の国の映画ではなかなかこうはならないのではないかなと思います。

活動開始から晩年までを描く「わかりやすいマザー・テレサ伝記」として「まさに入門編」と言えるし、逆から見れば上に書いたように綺麗所ばかりをまとめた内容なので「入門編でしかない」とも言えます。

興味を持った人はここからいろいろ調べて、彼女の“実際のところ”が何なのかを知るのも良いことなんでしょう。なので映画の役割としては間違ってないんでしょうね。あまり難しくしてもついていけない人が多くなっちゃうし。

誤解しないで頂きたいのでもう一度書いておきますが、当然ながらマザー・テレサの行ってきたこととその偉大さはもう文句のつけようがなく、間違いなく歴史に残る偉業を成し遂げた方であることには異論ありません。

ただその「偉大なんだぞ」という点の表現ばかりに注力して逆に胡散臭く感じられる内容になっちゃったな、と言うのがこの映画のポイントで、多少の欠点を見せた方がもっと感情移入させられたんじゃないの? というのがこの映画に対して言いたいところ。

マザー・テレサその人に文句があるわけではなく、映画の内容に「もうちょっとやれたやろ」と言いたい、ってところでしょうか。よろしくどーぞ。

このシーンがイイ!

やっぱり終盤のスピーチのシーンかなぁ。まったくお恥ずかしい限りなんですが、僕はこれ知らなかったんですよね。

ココが○

はるか昔、関口宏司会の「知ってるつもり」という番組でマザー・テレサを取り上げた回の予告編を観た記憶(本編は観てない)があるんですが、まさに「知ってるつもりのマザー・テレサ」を知るには最適の映画であるという点。

ココが×

上に書いた通り、もう少し等身大感があって欲しかったなと思います。「手紙に書かれた実際」に触れているのでなおさら。

MVA

主人公の方はいかにもそれっぽくてよかったんですが、ただやはり苦悩が無い分一面的な演技に見えたのが少々残念。

他にもこの人だな! と思える人がおらず、消去法的ではありますが…。

ルトガー・ハウアー(プラグ神父役)

最初に「これルトガー・ハウアーじゃね!?」と気付けた自分が嬉しい。どうでもいい話。

そんなに重要な役でもないんですが、この人のイメージ的にあんまり神父って無かったので、そのレア感もありつつかっこいい神父像が感じられてよかったなと。

もちろんマックス・フォン・シドー御大もよかったです。

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