映画レビュー1254 『タクシー運転手 約束は海を越えて』
最近なんだか韓国映画ばっかり観ている気がしますが、やはり前に書いた通り「南山の部長たち」「1987」と観たらタクシー運転手も観ないと…と思っていたら普通にアマプラにあったので観ました。
タクシー運転手 約束は海を越えて
チャン・フン
オム・ユナ
ソン・ガンホ
トーマス・クレッチマン
ユ・ヘジン
リュ・ジュンヨル
パク・ヒョックォン
ダニエル・ジョーイ・オルブライト
ユ・ウンミ
2017年8月2日 韓国
137分
韓国
Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)
苛烈な現地の映像に息を呑む。
- 実際に事件を取材したジャーナリストとタクシー運転手の逸話を元にしたお話
- お金のため強引に客を奪い取ったタクシー運転手が現地の惨状を目の当たりにする
- 現地の悲惨さと人々の強さが印象的
- 「韓国民主化三部作」の映画としてはもっともオーソドックスで観やすいかも
あらすじ
いやー勝手に“韓国民主化三部作”と書きましたが、どれも実際の事件を元にしつつも違った良さがあってすごいなと本当に感心しきり。
タクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は妻に先立たれ、11歳の娘と二人暮らし。家賃滞納を咎められるぐらいには経済状況もあまり良くないご様子。
そんな中、食堂でご飯を食べていると「これから10万ウォンの客を乗せる」と自慢していた同業者を見て急いで現地へ急行、“なりすまし”て客を奪って美味しいお仕事を頂きます。
その客は日本駐在ドイツ人ジャーナリストのピーター(トーマス・クレッチマン)。なんでも「光州が大変なことになっているらしい」と聞きつけて取材のために韓国にやってきたのでした。
現地の報道は情報統制され外に伝わっておらず、光州人以外は現地で何が起きているのかまったくわからないような状況の中、「行ってすぐ帰るだけなら大丈夫だろう」と高をくくって車を走らせるキムですが、光州は思っていた以上に大変なことになっていて…あとはご覧ください。
主人公とともに事件を体験
実際に起こった年代順に「南山の部長たち」「タクシー運転手」「1987」の三部作(勝手に言っているだけで実話系であるということ以外特につながりはありません)のうち、この作品がもっともオーソドックスな作りでわかりやすく、民主化等の時代背景に興味がなくても普通に「いい映画」として受け入れられそうな内容だと思います。
それは裏を返せば「どこかで観たような話」ではあるんですが、そこにやはり「実際に起こった出来事」という一点が持つ説得力や力強さが効いてくるのも事実で、やはり他の2作に負けず劣らずの良作でした。
「1987」のときも若干触れましたが、舞台となる「光州事件」は、1980年に起きた韓国民主化に向けての端緒となる民衆が蜂起した事件で、学生や市民が中心となったデモに戒厳軍が銃火器で制圧に乗り出す大変な事態だったようです。
要は国民を守るはずの国軍が国民に対して銃を向け、殺害を含めて危害を加えた事件なので、これはもう悲劇としか言いようがありません。今のミャンマーにも通じる事態でしょう。
ただこの事件自体は当時の韓国政府も相当神経を尖らせていたのか、情報統制が敷かれていてほとんど外に情報は漏れてこなかったようで、つまり「本当の光州の状況」は光州にいる人間 (と軍政府)以外は誰も知らないような状態。これは今のロシアっぽくもあるような…。
しかし「何が起きているのかはわからないがどうやらかなりヤバいらしい」という情報は漏れてきてしまうもので、それを聞いたドイツ人ジャーナリストのピーター(実在のユルゲン・ヒンツペーターがモデル)が現地入りを決断する、というのが最初のお話です。
主人公のタクシー運転手・キムは「最初乗せる予定だった同業者から客を奪う」エピソードからもわかる通り、良く言えば人間臭い、悪く言えばセコい小人物といった感じですが、ご多分に漏れず物語の進行につれて徐々に立ち居振る舞いが変わっていくのもまたオーソドックスですがグッと来るポイントです。ソン・ガンホが実にそれらしく演じています。
彼はノンポリで光州人でもないからか、「外国人ジャーナリストが現地入りして取材する」ことの重大さを理解していないようなフシがあり、しばらくは自己中心的であまり深入りしないように行動しますが、光州の人々と関わりを持つことで「自分ごと」として光州事件を見ざるを得ない状況になってきて“火がつく”ような展開は、これまたどこかで観たようなものではありますが胸アツです。
キム運転手にもモデルがいるんですが、その正体は映画公開後にようやく話題になってから判明したらしく、またいろいろと実際とは違う部分もあったようで、キャラクターとしては完全に創作と言っていいと思うんですが、それだけにこの「現地の人たちと関わり合うことで自分ごとになる」姿は観客の投影にも見えて、それ故に感情移入もより深まる良い映画になっていると思います。
実際「なんか大変なことになってるらしいぞ」と聞いたところで「そうか大変なのか…」とオウム返しするのが関の山じゃないですか。人間。現地に友達がいるとか親族がいるとかでない限りは「大丈夫かな」って心配する程度だと思うんですよ。普通。
それは冷たいとかそういう意味ではなく、現実味がないからそれ以上想像が膨らまないというか。「なんとかなればいいのに」とは思うものの、そこに切実なものを伴っていないというか。
でも現地に行ってその“大変”がどんなものなのかを目の当たりにして、そこでの繋がりができることで(この辺りの人間関係の描き方もとても良い)、無意識のうちに当事者性を帯びてくる展開は生々しく、観客も同じように事件に身を投じていく感覚を覚えるわけです。
この「体験型」に近い作りのおかげで僕もすっかりやられてしまい、ピークとなる場面は涙なしには観られませんでした。そしてそれは、それだけ悲惨さを強く訴える作りによる面も大きく、いかに「光州事件」が大きなものだったのかを教えてくれます。
三作すべて違った作りかつ傑作
その後の歴史は(最近観たおかげで)ご存知の通り、韓国はこの事件のあと7年も待たなければ民主化の波は訪れなかったわけで、光州事件で壮絶な経験をした人たちにとってのその7年間の長さたるや想像を絶するものがあります。
ちなみに僕にとってさすがに1980年は幼すぎて記憶にないもののもう生まれてはいるので、物心ついた頃からずっと「民主主義が普通」の価値観で生きてきた人間としては、すぐお隣がここまで壮絶な闘いを繰り返し経た上でようやく民主主義を掴み取ったのだという歴史を知ると、日本は恵まれてるなと思うと同時に「民主主義は勝ち取った権利である」という価値観に羨ましさも感じて、複雑な気持ちにもなります。
いずれにしてもこの「韓国民主化三部作」はどれも傑作かつどれも方向性の違う映画というとんでもない三作なので、ぜひすべて観て欲しいと強くお願いするのであります。演説のような文末になったのであります。ご清聴ありがとうございましたのであります。
このシーンがイイ!
ユ・ヘジン一番の見せ場は「創作すぎ」と思いつつもグッと来ましたね…。
ただ映画的に一番考えさせられたのは、やっぱりとある食堂でキムが一人食事をするシーン。情報の流れとか現地との温度差がよくわかる、ひじょーにリアルなシーンでした。
ココが○
普通に誰が観ても良さを感じるわかりやすい映画でありつつ、元となる事件が事実であることの重みをしっかり理解させてくれる現地描写の凄みは韓国映画らしさなのかな、と。
それとロードムービー好きとしては「ロードムービーとして観られる」作りも好きですね。
ココが×
おそらくは三作中もっとも創作の色が濃そうな気はするので、その辺りは好みが分かれるかもしれません。ところどころ少し劇的すぎるというか。
MVA
ペーター役の外人さん、なーんか観たことあるような気がするけどきっと韓国で仕事してる大して売れてない外人役者さんなんだろうな…と思ってたらまさかのトーマス・クレッチマンですよ。「マジカヨ!」出ましたよ。そのつもりで観るんだった…。当然良かったです。
今回もちょい役かと思いきやたまらない仕事をしてくれたユ・ヘジンにあげたい気持ちを抑えつつ、無難にこちらの方に。
ソン・ガンホ(キム・マンソプ役)
主人公のタクシー運転手。
小物感ありつつ徐々に渦中の人となっていくさまを見事に演じています。
すごく平凡に見えるんですが、その平凡っぽさから深刻さを増していく情勢を浮かび上がらせる演技力がすごいなぁと感心してしまいました。さすがです。