映画レビュー1249 『1987、ある闘いの真実』
約2か月半、計10週に渡り装着し最早自分の体の一部と化していたギプスがようやく取れまして、更新再開の運びとなりました。
人生初骨折を経た知見としては、「ギプスをしている場所が毛深くなったからハゲたら頭にギプスをしろ」「マツ●ヨの廉価版キズパワーパッドは死ぬほどかぶれるからケチらずに本家を買え」という2点です。ご参考になれば幸いです。
さて、再開した今回もまたJAIHOですが、これもかなり傑作との呼び声の高い作品だったので迷わずに観ることにしました。
1987、ある闘いの真実
特濃韓国史の一部をオールスターで。
- 韓国史における重要な時期を多くの登場人物の立場から立体的に描く力作
- さして詳しくなくてもわかるぐらいに韓国オールスターキャスト
- 相変わらず史実を娯楽として力強く見せきる韓国映画の凄みを感じる
- 嫌でも今の日本と比べてしまう部分も
あらすじ
いやもうこれまたとんでもなく傑作でした…自国のある意味で“暗部”を、声高に糾弾するような「それっぽい」形ではなくきちんとエンタメとして面白い映画にしつつ描ききる、この力量の高さはなんなんでしょうか。舌を巻く、とはこのこと。
ある日、警察にて“アカ(共産主義者)”取り締まりのために連行していた一人の大学生パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)が拷問によって死亡、警察は表沙汰にならないように隠蔽を図るべく、この日のうちに火葬させようと動きます。
火葬には検察による火葬同意書へのサインが必要らしく、その書類を受け取ったソウル地検公安部長のチェ検事(ハ・ジョンウ)はピンときて不信感を募らせ、サインを拒否。
上から種々の脅迫じみた圧力を受けつつものらりくらりと交わし続け、逆にそれとなく部下の検事にリークさせるよう言います。
部下からのリークを受けた新聞記者は大慌てで記事を書き、かくして「大学生、取調べ中の拷問死」事件が世に知られるようになり、世の中が動き始めますが…あとはご覧ください。
ただただ羨ましい
この前観た「南山の部長たち」がド傑作だったもんで、同じような感じかなと観たんですが映画としてはだいぶ毛色の違うものでありつつも同じくド傑作、本当にすげぇと合わせて感動が押し寄せてきましたよ。
はっきり言いますが、日本じゃ自国の歴史を娯楽として再構築したこんな傑作作られようがないです。まず圧力があるだろうし、それ以上に国民に歴史をきちんと捉える文化的素養がなさすぎる。例によって「自虐史観許すまじ」なんて反対の声が大きくなるでしょう。
この映画を観て、「日本は自分たち(自国民)の手によって民主主義を手に入れた歴史がない、与えられた民主主義しか持ち合わせていない」説の意味するところが痛いほどよくわかりました。
この映画で語られるような共通の過去が民衆に根付いていれば、それは日本とは比べようにならない厚みのある民主主義になるでしょう。
もちろん韓国政界にも問題は多いと思いますが、とは言えこの歴史を観れば「日本は韓国より上の兄貴分」なんてバカなことを言う政治家が出てきたりはしないだろうなと思いますね。
話が少々逸れてしまったので戻します。
この映画も「南山の部長たち」と同じく、「史実を元にしたフィクション」の形をとっていますが、すべて仮名だった「南山の部長たち」と違ってこちらはほぼ実名の人物で構成されており、その分より史実に近いのかもしれませんが、おそらく手法としてはあちらと同じく「点と点をつなぐ線」の部分を創作で膨らませたような物語なんでしょう。
ちなみに主要登場人物のうち、ユ・ヘジン演じる看守さんは実在の複数の人物を組み合わせたキャラクターで、キム・テリ演じるヨニだけは完全に架空の人物、それ以外は全員実在の人物だそうです。
そしてその架空の人物であるヨニの使い方がとてもうまいのも驚かされます。無駄な追加ではなく、物語をエンタメに昇華させるために必要なキャラクターとして素晴らしい使い方。
この映画は少し群像劇のような部分もあり、一つの事件をきっかけに、各人・各組織の動きが進んでいくことでそれぞれの思惑に沿うも外れるも関係なく不可逆的に事態が進行していく様を描いているんですが、その全体像の目的へ向けた流れの見せ方と、様々な人物の立場を描くことで立体的に理解できるようにできている仕立ての良さがまた素晴らしくて、その分込み入っているようにも感じるんですが、ただそれだけ当時の韓国社会の“うねり”のような部分がかなりリアリティを持って伝わってくるので、観ているこっちも熱に当てられるような感覚がありました。一緒に参加しているかのようなリアリティ。
民衆はほぼ登場せず、政権トップ内部の闘争に絞って描いた「南山の部長たち」とはまったく違うアプローチですが、どちらも同じぐらいに傑作というのがまたすごい。
ここ数年韓国映画のレベルの高さは思い知っていた気でいましたが、自国の歴史をこんな形で“消費”することができる強さはその感覚のさらに上を行っていて、率直に言ってものすごく羨ましかったです。肝っ玉小さい政府が補助金切るぞとか脅す、文化を大切にしない日本との差がつらい。
ただ一つ書いておかなければいけないのは、この映画の企画が走り出した当時は朴槿恵政権だったんですが、その頃はかなり圧力も強かったために秘密裏に進めていたそうです。なんなら完成にこぎつけることができたかも怪しいような状況だったとか。
ところが政権交代があって無事世に出ることとなり、この一例だけを持っても政権交代の必要性がわかるよね、というお話。そしてそこから逆算的に日本の停滞の理由が導き出されるのもなんとも皮肉です。
全体を通しても「政治に対する宗教とマスコミ」、もっと言えばそこに「政治と検察」も含めてそれぞれの対峙の仕方が重要なお話なだけに、全部癒着しちゃってる現下の日本と比べるとなんとも羨ましく、同時に日本の情けなさが際立って感じられて非常に複雑な気持ちでした。
もっともほんの少しだけフォローすれば、この映画と同じ1987年頃であれば日本もまだマスコミだって検察だって(もっと言えば政治家だって)骨があったとは思うんですよね。矜持を持っていたと言うか。今の日本がひどすぎるわけで…。
キャスティングが激アツ
また話とは別の部分として書いておきたいのがキャスティング。
僕もまだ韓国映画(俳優)は全然詳しくないんですが、そんな僕でも「これはオールスターだわ」と驚くぐらいに主役級の人たちがゴロゴロ出ています。
本作の悪役的な存在である内務部治安本部対共捜査所のパク所長は「チェイサー」「哀しき獣」のキム・ユンソク。
拷問死を公にする最初の一歩を踏み出したソウル地検のチェ公安部長はこれまた「チェイサー」「哀しき獣」のハ・ジョンウ。
民主化運動の裏方として重要な役割を担う看守を演じるのは特徴的な顔でおなじみのユ・ヘジン。僕は「アタック・ザ・ガスステーション!」「ベテラン」で観て目に焼き付いてました。近いうちに主演作「ラッキー」も観たい。(※この後観たよ! レビュー上げるよ!)
物語のキーマンの一人であるイケメン大学生は「華麗なるリベンジ」のカン・ドンウォン。「ゴールデンスランバー」の韓国版でも主演しています。ちなみにこの前「ゴールデンスランバー」の原作を読んだんですが大変面白かったです。
なおネットで読んだ記事によると、カン・ドンウォンは作れるか怪しい時期、悩む監督に「なんとしてもやるべきです」と熱く語ったそうで、その熱量がまた演技にも出ているとかいう噂です。余談。ダンヨー。
そして彼によって運動と関わりを持つことになるJDヨニを演じるのはキム・テリ。「お嬢さん」で話題をさらったらしく、これも未見ですが早く観たい。(※これもこの後しばらくして観たよ!)
事件を追う新聞記者は「南山の部長たち」で無能警護室長を演じたイ・ヒジュン。全然違う…!
その他僕が好きなオ・ダルスもチラッと1シーン出てきたりと本当にいろんな人が出てきます。当然僕が知らないメンバーも有名な方ばかりで、「トップの俳優たちが自国の歴史を紡ぐ」その事実だけで胸アツ。
まー本当に役者陣だけでも相当な見応えがあって、僕のように「ちょっと韓国映画を観るようになってきた」タイプの人にしたらたまらないものがあります。もちろんもっと詳しい人にとってはそれ以上でしょう。
ちなみに、改めて僕が知る限りの時系列で言うと、映画としてのつながりはありませんが「KCIA 南山の部長たち」がまず1979年の朴正煕大統領暗殺事件を描き、今作はタイトル通り1987年のパク・ジョンチョル拷問致死事件から6月民主抗争を描いています。
そしてその間1980年に「光州事件」というこれも重要な事件があるんですが、こちらは「タクシー運転手 約束は海を越えて」で描かれているそうなので、映画としては「KCIA 南山の部長たち」→「タクシー運転手」→「1987、ある闘いの真実」の順番で観ると韓国民主化の流れがよくわかる、というお話です。すごい。手厚い。
「タクシー運転手」は未見なんですが、こうなってくるとこれもまた絶対に観なければいけない作品でしょうね…。ちなみに公開時期は史実と逆順です。(※そしてこれもまたこの後観たよ! やったね!)
「南山の部長たち」と合わせてあまりにも良かったためにちょっと熱く語ってしまいましたが、本当にセットで観るのを激しくオススメしたいのでぜひ観ていただきたいところ。
「民主化運動云々、って説教臭そうでな〜」みたいな印象もあるかもしれませんが、なんと言っても娯楽映画として素晴らしくよくできているので、政治に興味がなくてもオススメしたくなる良作です。どちらも。
「タクシー運転手」も評判を聞く限りではかなり良作っぽいし、勝手に「韓国民主化三部作」として全部必見だよ、って言っちゃってもいいのかもしれない。まだ観てないのに。
このシーンがイイ!
印象的なシーンもたくさんあったんですが、序盤で差し障りのないところをあげると…僕には“自分しか持っていない貴重な情報を見せてほしいとやってきた人に「無理です」と断りつつその資料を机に置いたまま「これからトイレに行くけど絶対に見たらダメですからね」と言いながら立ち去りたい願望”がある(長い)ので、チェ検事の退職シーンはかなりグッと来ましたね。「これこれ〜!!」って。
なんならちょっと悔しかった。俺がやりたかったのに、って。意味わからないけど。
ココが○
「民主化運動」って結構教科書的で退屈な印象もあるんですが、この映画はそれぞれキャラが立っているので(例えがあっているかはわかりませんが)まるで三国志とか歴史小説を読んでいるかのような“濃さ”があるんですよね。
それぞれの立場による綱引きが可視化された面白さがあって、このテーマでこのエンタメ性を持たせられる力量は本当にすごいと思います。
ココが×
後半から終盤にかけてかなりエモーショナルに寄っていくのは少々気になる面はありました。
どちらも傑作であることに異論はありませんが、あくまでサスペンスとして徹底した重厚さを持った「南山の部長たち」の方が好みではあります。
あとは細かい話ですがチェ検事の後ろ盾が知りたかった。
MVA
ハ・ジョンウは「チェイサー」とも「哀しき獣」ともまったく違った飄々とした人物像がすごくよくて、こういう役もうまいんだな〜と感心しました。
もちろんキム・ユンソクも文句なしに素晴らしいし、ユ・ヘジンもカン・ドンウォンも最高だったんですが…今回初めて見たこちらの方にします。
キム・テリ(ヨニ役)
新大学生。似ても似つかぬユ・ヘジンの姪役です。
もうめちゃくちゃかわいいなーと思って観ていました。その上感情の高まるシーンもとてもお上手で素晴らしい役者さんだな…と。
とは言え自分のようなおっさんが10代女子を見てかわいいハァハァと興奮しているのもいかがなものか…と思っていたらなんとアラサーど真ん中。マジカヨ!
30歳で新大学生役ですよ!? しかもまったく違和感がない。超かわいい。よって文句なしに選出です。安心して興奮できました。