映画レビュー0816 『ルルドの泉で』
これも長いこと観たかった映画でしてね、これもネトフリ終了間際でしてね。
ちなみに映画の性質上、要素が少なすぎるが故にいつもより(大した内容でもないんですが)ネタバレ気味にならざるを得ないので、もし観るつもりだぞ、って方は読まない方が良いかもしれません。
ルルドの泉で
宗教に慣れ親しんだ人であればいろいろと感じるものがありそう。
- ほぼ全身麻痺の女性と仕事に不熱心な介護女性
- 奇跡は誰のものなのか、考えさせれる内容
- しかし相当な地味映画
地味にシルヴィー・テステューって気になる女優さんなんですよね。なんと言うか最前線の映画には出てないけど一定の評価は得ているいぶし銀的な感じで。演技上手だし。
そんな彼女の主演映画なわけですが、相方(彼女を介護するボランティアスタッフ)が 出たての頃のレア・セドゥというなかなか興味を惹かれる組み合わせ。ただレア・セドゥは今のドS感漂う美人さはあまりなく、垢抜けない普通女子な感じでした。まあ役どころもあるのかな。
さて、そのシルヴィー・テステュー演じる主人公のクリスティーヌさん。彼女は(おそらく)顔から下を動かすことが出来ない障害者で、その障害を治そうと「奇跡が起こる」ことで有名なルルドのツアーに参加します。
このツアーには同じく様々な障害を持つ方々が同じく奇跡を信じてツアーに参加していて、それぞれが介護スタッフに手助けしてもらいながらいわゆるパワースポットのようなところを巡って奇跡を待つわけです。
クリスティーヌの介護を担当するのがレア・セドゥ演じる若い女性・マリアで、彼女は「やりがいのある仕事です」的に殊勝な態度を見せていたのも最初だけ、徐々にツアーに帯同しているイケメンたちとキャッキャウフフに興じ始め、クリスティーヌの介護はおろそかに。
ただそれを見てクリスティーヌも(不満はあるんでしょうが)声高に何かを言うわけでもなく、マリアの代わりにお母さん(多分)が彼女のお世話をしつつ、ある日突然彼女の身体が動くように…! というお話です。
ということで先に「クリスティーヌに奇跡(と言われるルルドの効能)が起こる」と書いちゃってるんですが、ただここに至るまでが結構長いんですよ。ガイナー。多分そこに行くまで1時間ぐらいはあったと思う。
一応はここがピークではなく、その「奇跡が起きた後の周りとクリスティーヌ」が本題なのでまあ良いだろと書いてますが、しかしその前段の部分がちょっと長すぎる気はします。もう少し削れたんじゃないのか…!
おそらく細かい部分で考えさせられたり何らかのサインだったりがあったのかもしれませんが、ちょっと久しぶりに眠くなるぐらい集中力を欠いた鑑賞になってしまい、なかなか辛い状況ではありました。比較的眠くなりにくい休日の夜に観たんですけどね。
上に「お母さん(多分)」と書きましたが、これも僕が観ている限りでは特に母親って告知はされてなかったんですよね。同じ部屋で寝泊まりしてるし、クリスティーヌをとても親身に世話してるし、他にも親子参戦あったしで「ああお母さんなんだろうな」と。もしかしたら「お母さん!」とか言ってるシーンがあったかもしれませんが、そんなわけでかなり眠くなりながら観たのですっ飛ばしてる可能性があります。あてになりませんね。ごめんよ。
まあね、それなりに悪くない状況下で観てこれだけ眠くなった、ってことからちょっと察して欲しいんですけどね、まあ地味で退屈な話なんですよ。実際。ぶっちゃけ。
まず第一に信仰と奇跡が大きなテーマなだけに、無宗教の一般的日本人がしっかり意図を汲み取るべく観るのはなかなか辛いものがあるんじゃないかなと思います。
それなりに信心深い人とそうではないクリスティーヌとの対比も描かれてはいるんですが、当然ながらその対立が中心というようなわかりやすい描き方でもなく、比べてみればそうなんだろうけど割とクリスティーヌぐらいの人も多いんじゃないの程度の雰囲気だし、なかなかグッと惹き込まれるような魅力に欠ける地味さというのはいかんともしがたいものがありました。
地味故に当然なんですが展開も非常にスローで淡々としてるし、「クリスティーヌはこういう人」と伝えるのはわかるんですがこれも控え目なのでなかなか惹き込まれにくいしで、久しぶりに選択をミスったかもなぁと思いつつ観ていた感じ。
ただですね、さすがに終わりの方はなかなか考えさせられるものではあったんですよ。まあそこを見せたいがための長い前フリだったとも言えるのでそりゃそうだろうって話なんですが。
これ、おそらくはこのストーリーのまま受け取ったところで大した意味はないというか、「へー」でしかないのもやむを得ないところだと思いますが、ただ自分に身近なことに置き換えた時、なかなか皮肉な話に見えてくるなという気がして、多分そういう身近に置き換えるべきお話なんでしょうね。
端的に言えば、特に信心深いわけでもないクリスティーヌに奇跡が起き、信心深い方々は
という展開なんかは、やっぱり今を生きる人間としてはいろいろ似たような状況に思い当たるフシがあるじゃないですか。僕なんかはアレですよね。もう完全にアレですよ。「なんで浮気し放題のこいつがとっかえひっかえ彼女作って真面目な俺はずっと一人なんだ!?」とかさ。もう陳腐すぎて言いたくないですけども。そういうやつですよ。
要は奇跡(女性)は別に真面目なところに降臨するわけじゃないんですよ。「真面目さ」=この映画で言う信心深さが奇跡の条件じゃないわけです。神様はそこを見てるんじゃないんだぞ、という冷酷な現実を教えてくれる(ある意味)怖い映画なんだと思います。
で、そういう身近に置き換えてこの物語を見つめ直した時、示唆に富んだエンディングなんかはこれまたいろいろ考えさせられるんですよね。なるほどそうですかと。じゃあもしかしたらこういうことなのかなと。
その辺は最後まで観ていただいてですね、各々結論を導いてもらえればと。
そんなわけで正直退屈で地味な映画ではありましたが、身近なものとして捉えるといろいろ見えてくるものがあるねと。そんな映画でした。
あとはきっとちゃんと宗教に向き合っているような人が見れば、多分もっと考えさせられてもっと身につまされるような何かがあるような気もします。
知らないけど絶対そう。
このシーンがイイ!
やっぱりラストシーンでしょうか。なかなか良いラストシーンだったと思います。
ココが○
地味で退屈なのは間違いないんですが、結局最終的にはやっぱりいろいろ考えちゃうものがあったので、やっぱり絵面通りに「宗教と奇跡と障害」だけで捉えずに身近なものとして捉えると、結構身につまされる部分もあるのかなと思います。
ココが×
とは言えですね、やっぱりすげー地味なんですよ。はっきり言って面白くはないです。
それとやっぱり前フリが長すぎるかな…。それだけ内容が薄く感じられちゃうのが辛いところ。
実際は薄くないんだと思うんですけどね。興味を持てるほどの引力がない地味さ故、薄く見えちゃう辛さ。
MVA
ぶっちゃけレア・セドゥの役いなくても一緒じゃね? って気もしたんですが…でも描写はなくても彼女への嫉妬みたいなものが影響した可能性もあるしなぁ。
とウダウダ考えつつ結局この人。
シルヴィー・テステュー(クリスティーヌ役)
なんなんですかね、この人。すんごい普通っぽいんですよね。それがすごく上手いんですよ。
やっぱりこの人あっての映画なのかなーと思います。普通で、自分に素直で、悪意がないんだけどそこがイラッとさせるみたいな。その辺の雰囲気が抜群。さすがでした。