映画レビュー1311 『主戦場』
話題になっていた公開当時からちょっと観たかった一本。アマプラです。
主戦場
ミキ・デザキ
ミキ・デザキ
ミキ・デザキ
オダカ・マサタカ
2019年4月20日 日本
122分
アメリカ
Amazonプライム・ビデオ(Fire TV Stick・TV)
取り扱い注意。
- “歴史修正主義者”の理論を反対側から論破していくドキュメンタリー
- 豪華ネトウヨの共演で胸焼け寸前
- 知っているようで知らない従軍慰安婦問題についてより深く知ることができることは確か
- ただしドキュメンタリーとしてはかなり監督の主張が強く出ている内容故に色眼鏡感もあり
あらすじ
つい先日、出演していた著名なネトウヨ連中からの訴えが棄却され、監督と配給会社の全面勝訴に終わったとのニュースを知ってそりゃあめでてえ観てみるか、ということで観たわけですが、思っていた以上に監督個人の動機に引きずられた内容でもあり、少々フェアではない感もあって結構受け取り方、取り扱いに注意だなという印象です。
ちなみに細かい話で恐縮ですが、内容はモロ日本の問題だし出てくる人の喋りもほぼ日本語なんですが監督・制作はアメリカなのでアメリカ映画になります。
監督のミキ・デザキさんは日系二世のYouTuberとして活動しており、ネトウヨに過度な脅迫・嫌がらせを受けたことから、彼らが異口同音に否定し続ける「従軍慰安婦問題」とは実際にはどんなものなのか、その詳細を調べるべく否定論者である著名な“右派論者”や、学術的に検証している学者たちにインタビューを行い、それらをまとめたのがこの映画ですよ、と。
日本人でも大半は「知っているけど詳細は理解していない」と思われるこの問題、その否定・肯定双方の意見をまとめつつ考えていきます。
道具としての反論に見える
わかりやすく書くならおそらく「右左双方」なんでしょうが、上記あらすじではあえて「否定・肯定双方」と書きました。なぜなら「従軍慰安婦問題は存在した(ここでは仮に肯定派とします)」人たちは別に左派とは限らないからです。事実に右も左も無いですからね。
否定するのはカッコつきの“右派”しかいないところにいろいろ思うところもありますが、そこはまあ置いておきましょう。
ご承知の通り、僕はもう完全にリベラル思考なのでいわゆる“ネトウヨ”と呼ばれる人たちは「動物さんでも言葉が話せて賢いね」ぐらいにしか思っていないので、まあクソまみれの錚々たる面々が登場するこの映画、特に序盤はかなりしんどかったです。とりあえず好きなだけ彼らの私見を語らせているので。拷問かな、というレベル。本当にしんどかった。
特に僕が今の日本で最も議員になるべきではない人間だと思っている例の議員が「日本人は嘘をつかないけど韓国人は嘘をつく」的なことを言っているシーンではもう文字通り反吐が出ましたね。貴様「女性はいくらでも嘘をつく」言うとったやないか。
…はっ、もしやそれによって「自分も嘘つきだから信じるな」っていう…「1人だけ本当のことを言っていて残りの全員は嘘をついています」みたいな頭の体操的な高度なテクニックなのか!?
で、そんな彼たち彼女たちの“持論”を好きなだけ語らせたあとで矛盾点を突いていき、「彼らはこんなに嘘つきなんですよ」「歴史修正主義者はこういう人たちなんですよ」と(ちょっと意地悪く)ご紹介しつつ、その他教育の問題や韓国側の支援者・活動等についても少し紹介ながら、従軍慰安婦問題の総体、そして今の日本の政治が目指している国の形について論じていくような内容になっております。
一応基本的にこの監督のスタンスと僕の考えは近いものではあるので、自分が知らなかった“この問題の問題”がよくわかって有益だった点はありました。
なんだかんだ遡ると結局アメリカのせいじゃねーか、みたいな部分もあって面白かったのも確か。しかしその映画的手法については少々引っかかる面もありました。
同盟軍として一緒に戦ってるんだけどその戦い方が好きになれない感じ、とでも言いましょうか。
有り体に言ってしまえば、ドキュメンタリーとしては監督の個人的な感情が乗りすぎているかなと思います。ちょっと森達也監督の「i-新聞記者ドキュメント-」を観たときと似た印象。
要は「元々はネトウヨから粘着された」ことへの反撃として制作した映画であって、その意図が見えすぎている気がして。
確かにネトウヨはむちゃくちゃで懲らしめてやりたい気持ちはよくわかるんですが、ただその気持ちが前に出すぎるとただ対立がより先鋭化するのみであまり有益とは思えないんですよね。
簡単に言えば、「従軍慰安婦問題」を否定したい人たちがこれを観て「自分が間違ってたな」と翻意するきっかけになるのかと言えばきっとそうはならず、逆により態度を硬化させる方に作用してしまいそうな内容に見えてしまい、となるとこの映画を作った目的としては「事実を知らしめるため」というよりも「個人攻撃に対する反撃」にしか見えてこない。
もっと意地の悪い見方をすれば、自分の反撃材料として従軍慰安婦問題を“利用した”ようにも取れるわけで、その問題自体の解決を目指したい意志はあまり感じられなかったように思います。
これはやっぱりこの問題自体をきちんとフェアに論じて、最も重視すべき被害者の人たちの(メンタル面を含めた)救済につなげるという意味では悪手でしかないわけで、そのやり方はいかがなものかなと思いました。ちょっとやり方が幼いというか。
この辺りは結局、最終的な結論が「アメリカと一緒になって戦争するような国になってもいいんですか」というところに帰結していることからも、やっぱり「従軍慰安婦問題」自体はあくまで反撃の材料としか扱われていないのではないかなと思わせるんですよね。一番ネトウヨの矛盾を突くのにわかりやすい問題として取り上げただけ、みたいな。
なにせ問題が問題で被害者がいることなので、個人的な勝負カードとして取り上げるにはあまり相応しくないテーマだと思うんですよ。拉致問題を同じように勝負カードにされたらご家族どう思うんだよ、って怒るのと一緒で。
やっぱり議論を呼ぶテーマであればあるほど慎重に真摯に、でも確実に反証していくことが重要なわけで、このテーマを扱うにしては少々軽いやり方のような気がして残念でした。
順番が逆かもしれませんが、なぜこういった違和感を感じたのかと言うと、ネトウヨ側の意見を反証する人はちゃんとした専門家だったり学者だったりするんですよね。
はっきり言ってしまえば席を同じくすることが失礼なほどステージが違う“反証”なんですよ。野球で小学生と大谷翔平が勝負するようなもので。
最初に出てくるネトウヨの「テキサス親父」なんてただのその辺のおっさんですよ。他の連中もレベルは似たようなもので、相手になるわけがない。某議員だけは「議員という立場でありながらこういうことを言っている」と記録することに意味があるような気はしますが。
そう言った連中が影響力を持っている以上、その意見を潰していく必要があるのは事実ですが、であればこうしてことさら彼らを取り上げて反証していくよりも、淡々と事実を積み上げて「判断は観ている人にお任せします」でいいと思うんですよね。
もちろんこの作り方の方が映画として面白くなるのもわかるんですが、その分真摯さとは離れていってしまうし、それが果たして一番の目的であるはずの「問題の解決」に近付いているのかと言うとやはり疑問を感じざるを得ません。
そう言った意味で“取り扱い注意”、観る側もある程度(想像される)映画の目的と問題の難しさをよくよく認識して観ていかないと、「バカなネトウヨを論破してやったぜザマァ」と気持ちよくなって終わり=慰安婦問題にはなんの貢献もしない世論が出来上がる、という形になりかねません。
ドキュメンタリーの意味ってそうじゃないでしょ、と思うんですよね。僕は。そこがつくづく残念でした。
注釈つきで観るのはあり
一方で、「じゃあよくわからないけど観ないでいいか」でスルーされても困るというか、この問題自体を理解するために“注意して”観ること自体は悪いことではないとも思うんですよね。他に(ある程度興味を引く作りで)理解させてくれるようなドキュメンタリーもそうそうないわけで。
それこそ学校で流すようなクソ真面目な資料映像みたいなものを観なさいと言われても眠くなるばかりで意味がないし、言葉は悪いですがある程度ゲスいからこそ観ていられる、理解できる面があるのも事実でしょう。
この映画に染まりきって慰安婦問題の本質を見失うのは頂けませんが、かと言ってネトウヨ的に全否定ポジションに行ってしまうのはもっと問題なわけで、「否定派の面々は学術的に意味のある人たちではないよ」という前提を承知の上で、前提としての知識を得るために観るのは良いと思います。
その上でもっと上質な、きちんと問題について掘り下げる映画(ドキュメンタリー)が出てくると良いなと思いますが、それはまた先の話になるんでしょう。それか僕がそういったものを知らないだけかもしれませんが。
しかしなんでネトウヨ諸氏は過去の過ちを認めたがらないんでしょうかね。自分が実際にしたことでもないのに。
きっと「過ちとも思っていない=否定派」というのもあるんでしょうが、それ以上に“国”と自分を同化しすぎていてそこがすごく気持ち悪いなと思います。ナショナリズムに染まりきっているところが。
もう昔っから言ってますが、「WBCすごい!」はいいですがそれが「日本人すごい!」になるとまったく違う話になってきますからね。打って投げたのお前じゃねえよっていう。
本当に「日本すごい」「偉大な国日本」みたいな論調はダサすぎて見るのがしんどい。
と思ってたらこの映画に出てくるネトウヨたちの著書もそんなタイトルだらけでしたとさ。
まさに“美しい日本”、ですよ。あほくさ。
このシーンがイイ!
ちらっとレーガン大統領が出てくるシーンがあるんですが、そこがすごく考えさせられましたね。
「普通国が謝罪なんてしない」という私見に対して「日系人に対する差別を謝罪するレーガン」を見せて「そんなことねーよ」と反証する文脈で登場したんですが、その内容以上に“共和党の大統領が真摯に謝罪している”ことにとてつもない衝撃を受けてしまい…。
まあ前大統領と比べるのがおかしいとは思いますが、それにしたって「共和党もこんな時代があったんだな…」と思うとかなり複雑な思いを抱きました。
日本もヤバいけどアメリカも相当ヤバいと思うよ、監督…。
ココが○
結構日本ではアンタッチャブルになってしまった問題だと思うんですが、それを平易に見せてくれる意味では良かったと思います。(日系ではありますが)外国人監督ならではの映画でしょう。
ココが×
レビューに書いた通りですが、一言で言えば「スタンス」があまり誠実に感じられなかった点。
ネトウヨの方々と僕の意見は正反対ですが、それでも言ってみれば“道化”にされて訴えた気持ちは理解できるんですよね。
勝訴したからまだ良かったものの、これで負けていたら(訴えの内容は慰安婦問題に関係ないとは言え)やっぱり「問題解決」はさらに遠のいただろうし、もうちょっと賢いやり方をした方が良いのではないかなと老婆心ながら思います。
MVA
例によってドキュメンタリーなので無しにしましょう。
終盤黒幕的に登場するとある人物の“思慮浅さ”にはびっくりしすぎて思わず選出したくなりましたけどね…。「他の人の本は読まない」って断言しちゃうのすごすぎる。