映画レビュー1296 『バイス』
ここに来る人にはまったく関係ないんですが、まさに今日ちょっと己の不手際により過去のPCデータが全消えしてしまい、大変ショックを受けております。
ここのサーバーに縮小版は残ってるものの、元の画像やらWordPressの元データが全部無くなってもうた…。
まあ自分のせいなので諦めます。
で、本日はこちら。
いやーこれ観たかったんですよね。政治ネタは大好物なので。
バイス
アダム・マッケイ
2018年12月25日 アメリカ
132分
アメリカ
JAIHO(Fire TV Stick・TV)

あっちもこっちも変わらない、そのやり方が笑えない。
- ブッシュ・ジュニア時代の副大統領、ディック・チェイニーの物語
- イラク戦争の裏側を人を食ったような軽さで描くも中身はまったく笑えない
- 現代史を語る上で外せない映画…かもしれない
- ナレーションの使い方が秀逸すぎる
あらすじ
結論から言えばむちゃくちゃ面白かったです。面白かったんですが、中身は全然笑えないお話なので困ったな、という感じ。
ジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)、いわゆるブッシュ・ジュニアが大統領を勤めていたときの副大統領、ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)。
彼は元々あまり勉強ができたタイプでもなく、なんならブルーカラーとして一生を終えそうな存在だったんですが、しかし若い頃から交際し、後に妻となるリン(エイミー・アダムス)の“野心”によって政治家の道を歩み始めることになります。
彼がいかにしてホワイトハウスの中に入り、国を動かすまでの存在になっていったのか…その足跡を皮肉たっぷりに追っていく映画です。
今だからこそ観るべき
監督は「マネー・ショート」のアダム・マッケイ。
その他の作品も監督していますが、「史実を元にしている」ことと作風からまさにあの映画の延長線上という感じで、あの映画を観た人であればそのままあの雰囲気の映画だよと言えば大体わかるぐらいには作りが似ています。第四の壁を超えてくるシーンがあったりとか。
僕は「マネー・ショート」はまったくハマらなかったんですが、こっちはその作風が完全にプラスに作用してくれまして、おかげで非常に楽しみながら「ひでぇ政治家だな」と笑いつつもしんどい思いをさせてもらいましたよ。
まずアメリカとしては平常運転だとは思いますが、いまだご存命中の人物、それも主人公のみならずその周辺の人たちも普通に発信力があるようなまだホッカホカのタイミングでこれだけ明け透けに、ある種茶化しながら歴史を振り返り、「こいつはこういうやつだったんだ」と世界に向けて公表する文化がまずすごい。日本のリベラルとは一枚も二枚も…いや五万枚ぐらい上手ですね。本当に羨ましい。
これはいつも言っているように作り手の技量はもちろんなんですが、それを受け入れる社会的な土壌のレベルの方が深刻だと思います。日本は。
まあこの辺は例によって話が逸れるので置いておきましょう。
ブッシュ・ジュニアと言えばトランプ大統領が誕生するまでは「最低の大統領」として名高かった人物なわけで、その彼の政権時代に重要な事柄(その最も顕著な例がイラク戦争なんでしょう)を決めていた存在がディック・チェイニーとそのブレーンとも言える存在だった…というのをチェイニーその人の半生とともに明らかにしていく映画になります。
ちなみにこのイラク戦争の裏側の一端を“真面目に”描いているのが「フェア・ゲーム」なので、そのときの「権力側のお話」という見方もできます。
最初にお断りされる通り、本人は公に自分の過去を明かしていないらしいので、いろんな取材やら事実から推測される内容で構成された「半事実」的な内容だと思われ、これをまるっきり信じて「ひどい!」というのもちょっとナイーブすぎるかなとは思いますが、とは言え火のないところに煙は立たず、まるっきり創作とするのもまた無知すぎる感はあります。
むしろかなり皮肉っぽくコミカルに描いて「嘘くさく」見える部分も大きいだけに逆にリアルに感じられるのが面白いところで、総体として「こんな直接的には言ってないでしょ」とか「こんな悪いやつじゃないでしょ」とか「こんなバカじゃないでしょ」とか細かい部分で疑問を感じたとしても、大枠として「やってることは間違いない」ような作りなのかなと思いますね。
要はディテールが映画らしく面白おかしく描いてはいるものの、プロセスと結果についてはその通りなんじゃないか、と。
まーやってることは「解釈変更」「メディアの支配」とどこかの国の与党とまるで同じで、結局どこの国でも(能無しが)権力を握ったら考えることは一緒なんだな…と苦笑せざるを得ない内容におかしいやら悲しいやらで非常に複雑な気持ちになりました。
なんならこの後にどこかの国で誕生した“歴代最長政権”はまんまこの人たちの動きを参考にしたのでは…と思うぐらいに思考回路が似ていて、それでも国民のそれぞれの政権に対する評価はまるで違う辺りにやはりアメリカと某国の政治的な成熟度の違いを感じざるを得ません。
…と言いつつその後トランプを選んじゃったことも考えれば、アメリカはアメリカで大丈夫なのかと心配になったりもするんですがこれもまた違う話なので置いておきましょう。
やはりブッシュ・ジュニア政権と言えば世界的にも一番目についた“成果”がイラク戦争だろうと思いますが、今となっては大嘘だったと有名な「大量破壊兵器の存在」を理由になぜ戦争を始めたのか、その最も生々しい“政治決断”の現場が伺い知れる内容は面白いしためになるしエキサイティングです。
んでもってこれは「今」この映画を観た人であれば誰もが感じるであろう一点についても触れずにはいられません。
それはやっぱり、「アメリカ、ロシアと変わらんやん」というポイント。
もちろん今のロシアによるウクライナ侵攻を肯定する気はサラサラないし、ロシアの言う「アメリカだって同じだろ=だからうちらがやってもいいだろ」論には与しませんが、しかしフラットな立場で見たときに「どっちもどっちだな」というのはどうしても感じてしまうところがありました。
どっちもどっちだから両方許されるなんてバカな話は無いので、どっちもどっち故にどっちもクソだなという救えない結論に至るわけですが、今現在のロシアの所業に嫌悪感を抱きつつも、ロシア≒プーチンが言う「アメリカには言われたくねえよ」という気持ちはちょっと理解できるようになったな、と。だからって同じことするんじゃねえよ、なんですが。
くどいようですが僕はロシアのウクライナ侵攻は許せないし理解しませんが、しかしこの映画で描かれるような動機が事実だとすれば、極めて個人的な利益のために戦争を起こしたアメリカよりも、(歪んだ)愛国心から戦争を始めたロシアの方がまだ動機としてはマシじゃね? と思いますね。コンドームの万引きよりおにぎりの万引きの方がまだ許せる、みたいな。(良い例えなのか)
もう本当にどっちもどっちだしどっちもダメなんですが、ただこれだけのことをやってしまったアメリカが、今になって正義面して忠告してくると余計に態度を硬化させてしまうようなメンタリティ(国家がそんなようなもので動いているとは思いませんが)はわからなくもないな、と。
そういう意味でも、今の世界を知るにはすごく良い、ある意味でタイムリーな映画なんだと思います。
最後の最後まで観ましょう
「アメリカ映画」として観たときには、やはり芸達者な面々が小気味よく物語を展開していく作りの良さも素晴らしく、ややもすれば退屈になりがちな政治映画をここまで娯楽に昇華できる力量はすごいの一言。もう本当に平身低頭にお願いして日本の政治をテーマに映画撮って欲しい。舞台はアメリカに変えてもらっていいから。
ものすごくわかりやすく問題の核の部分を面白く見せる、アダム・マッケイすごいなと改めて。「マネー・ショート」のときはまったくピンとこなかったんですが、今回は内容に興味が強かったからかこの作風の凄さに恐れ入りました。
他人事ながらこんな映画作ったら保守派からものすごい反発を受けないのかな…と思っていたらそれすらも茶化すようなおまけが入っていたりして、まあとにかく根性座ってるし作り手の頭が良すぎて恐ろしいぐらい。最後まで笑わせていただきました。
エンドロールの曲が一番皮肉で最高です。本当に最後の最後まで見逃せない映画と言えるでしょう。
このシーンがイイ!
途中で一回挟まるエンディングが最高でした。作りとしても人を食いすぎな上に「ここで終わっていれば…」「こういう人生なら…」とものすごい皮肉も込められていて。
それとナレーター(ジェシー・プレモンス)の“ネタバラシ”の瞬間はものすごい打ちのめされました。「彼が何者なのかがポイント」と事前に聞いて知っていたんですが、それでもまったく予想できず。このセンスはすごすぎるわ…。
ココが○
こういう手法で政治を描くのは結構衝撃的ですらありました。こんなバカにして大丈夫なの!? って。
まー肝が座ってますよ。制作陣も演者たちも。世が世なら命狙われてますよ本当に。
ココが×
それ故に頭にきちゃう人がいてもおかしくないなとも思います。共和党支持者が観たら頭の血管切れちゃうんじゃないの、って心配になったぐらい。
それすらもバカにしている作風がすごいんですけどね。もう本当に徹底していて。
MVA
相変わらず無茶な増量でご本人そっくりになったクリスチャン・ベールの役者根性は素晴らしいし、これまた相変わらず軽快な演技で大物感を見事に演じたスティーヴ・カレルも見事だし、ある意味で最も重要なキャラクターと言える奥さんを演じたエイミー・アダムスも良かったんですが、一番びっくりしたこの人にします。
サム・ロックウェル(ジョージ・W・ブッシュ役)
問題の大統領。
オープニングで「おっ、サム・ロックウェル出てるのか。楽しみだな」なんて呑気に考えて観ていても一向に出てこず、いつ出てくるんや…と思っていたらすでに出ていた“ブッシュ・ジュニアのそっくりさん”がサム・ロックウェルでした。えっ…!
本当にめちゃくちゃ似てるし、めちゃくちゃ“それっぽい”んですよ。
当然(日本人はもちろん)アメリカ国外の人間はチェイニー以上にブッシュ・ジュニアの方が「当時のアメリカの顔」として記憶に残っているわけで、そのイメージそのまんまの見た目にさらに「実際こうだったんだろうな」と思える無能っぽさの演技力が凄まじい。相当研究したんじゃないかな…。
あまりにも似ていたんですが、「似る」方が強すぎるとモノマネに寄っていってしまう懸念があるところ、そこはやはり演技派のサム・ロックウェルだけに「モノマネに見せない」力量がまたすごい。本当にびっくりしました。
ハゲるかと思った。驚きで。