映画レビュー0665 『暗くなるまで待って』

今日は久しぶりにBS録画からチョイス。

Netflixは古い映画があんまりないので、今後は古い映画をBSから補完する感じになりそう。古い映画もたまーに観たくなるんですよね。

暗くなるまで待って

Wait Until Dark
監督
テレンス・ヤング
脚本
ロバート・ハワード・カリントン
ジェーン=ハワード・カリントン
原作
『暗くなるまで待って』
フレデリック・ノット
出演
リチャード・クレンナ
ジャック・ウェストン
ジュリー・ハロッド
音楽
公開
1967年10月26日 アメリカ
上映時間
107分
製作国
アメリカ

暗くなるまで待って

見知らぬ女性からヘロインを隠した人形を預けられた写真家のサムの家に、人形を取り戻そうと犯罪グループの3人がやってきた。彼らはサムの妻で家の留守を預かる盲目のスージーを相手に一芝居打ち、人形を取り戻そうと考えていたが、何かがおかしいと察したスージーは隣人の少女・グロリアと協力して抵抗する。

終盤のハイライトは今観てもなかなか新鮮。

7.0

今からちょうど50年前、オードリー・ヘプバーン主演のサスペンス。

元は舞台劇だそうで、確かに舞台劇向きなワンシチュエーションに近い、ほぼサム宅内のみで見せるアレコレ。この時オードリー・ヘップバーンは30代後半のアラフォーど真ん中、さすがに若い頃のピチピチ感(死語)は無いものの、相変わらず品の良さと華やかさがほとばしる美人っぷりと盲目役という演技の幅で魅せてくれます。

そして見始めてビックリ、冷酷で余裕のある佇まいを見せつける主犯格の男を演じるのがあのアラン・アーキン。「ファッキンアルゴ!」でおなじみのあのアラン・アーキンですよ奥さん。若い頃こんな感じだったのか! とひじょーに新鮮でした。ちょっとお坊ちゃまっぽい髪型はどうなんだと。こういう楽しみがあるから古い映画もやめられないわけです。

お話としては、ヘロインを人形に隠して独り占めしようとしたリサという女性が、仲間だったアラン・アーキンに殺され、代わりに彼が昔リサと組んで荒稼ぎしていたという詐欺師二人を使って人形を“穏便に”取り戻そうと画策したところ、人形の行き先となった家に住むスージーが「どうも様子がおかしいぞ」と気付いたことでコトが穏便に済まなくなる…というサスペンス。

よくよく考えると、「悪い人が罰せられない」という大問題を除けば、スージーは大人しく彼らのプロットに則って騙されていれば怖い目に合わずに済んだんだろうと思うんですが、しかし彼女は盲目故なのか非常に鋭いお人のようで、「どうせ目が見えないんだし」とツメの甘さを露呈する犯人たちの細かなミスに気がついてしまい、そのことで窮地に陥ってしまいます。

スージーは気付いていないと思っている犯人たちと、彼らが怪しいことに気が付いているものの誰が味方で誰が敵かがはっきり見定められていないスージーとの心理戦はなかなか良いサスペンスになっていて、終盤それがつながってグワッと盛り上がるぜっと。

いやいや、今観てもなかなかいいですね。舞台はこじんまりとしていて、陰謀の規模も小さく地味な面は否めませんが、しかし良質なサスペンスだと思います。登場人物も徹底的に少なく、ほぼ留守の旦那・サムを除けば、犯人グループ3人とスージー+隣の少女グロリアの5人しか出てこないので、難しいことが一切ない見やすいサスペンスなのもグッド。

ただサスペンスではありますが、謎解き云々ではなく心理戦が主体なので、推理する楽しみみたいなものはありません。そっち方面は期待しないようにしましょう。

あとは何と言ってもヘプバーンですからね。それだけで映画ファンとしてはやっぱり観ておかないと感は強い気がしますね。ヘプバーンとアラン・アーキンの対決に興味がある方はぜひ。

観るまではてっきり「明るいところでのセックスは嫌よ(はぁと)」的な映画だと思っていた自分を叱ってやりたい。

このシーンがイイ!

まーやっぱりラスト近辺のバトルは緊張感があってよかったな、と。

ココが○

タイトルが良いですよねぇ…。暗くなるまで待って、なるほどそういうことなのねと。やっぱり古い映画はタイトルに文学的な雰囲気があったりして、そういうのがまたイイなぁと思います。

ココが×

良くも悪くも単純なお話ではあるので、今の複雑な二転三転なお話に慣れちゃうとやや物足りなさを感じるのも事実です。でもこれはこれで違った味わいがあるとは思うので、古い映画に抵抗がない人なら楽しめると思います。

MVA

アラン・アーキンがねー。当然ですが今の好々爺的雰囲気からは想像もつかない冷酷な兄ちゃんって感じで。新鮮でした。1人3役やっているのも見どころでしょう。でもやっぱりこの人なのかなー。

オードリー・ヘプバーン(スージー・ヘンドリクス役)

正直なところ、盲目役としての演技は普通というか…今ほど盲目役の型が確立されていないのか、はたまた自宅という設定故に動きやすいのが「それっぽさ」を削いでいたのかはわかりませんが、そこまですごくうまいという印象はありませんでした。

が、もうね、やっぱり感情を露わにするところとかすごく真に迫ってるんですよね。いかにも一昔前の、「女優」という重みを感じる演技とでも言いましょうか。好き嫌いは別として、今のライトな演技とはちょっと違う、舞台仕込みっぽい実力を感じる演技がさすがでした。

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