映画レビュー1387 『麥秋』
今年は黒澤映画・小津映画を観ていきたい気がしないでもないのでJAIHOよりチョイス。
麥秋

面倒を見ているようで見られている家族。
- 28歳未婚長女をどこに嫁がせるか問題
- 良さげな見合い話も入ってくるが本人はのらりくらり
- いかにも時代を感じる「結婚システム」を中心とした家族の話
- 笠智衆が若い
あらすじ
まだ大して観ていませんが、もうのっけから「小津映画だなー」と思わせるいつもの作りで面白かったです。ただ価値観的にはやっぱりちょっと時代の差から来る違和感は拭えず。
北鎌倉で暮らす間宮家は両親・長男夫婦とその子どもたち・そして独り身の長女の3世代家族で、一家の関心事はもっぱら「長女をどこへ嫁にやるか」。
28歳になる長女の紀子(原節子)には男の気配も無く、また本人もさして焦っている風でもないので余計に家族は気がかりで、何かと世話してやりたいような雰囲気が漂っております。
ある時紀子の上司である佐竹(佐野周二)が彼女に縁談話を持ってきて、それを聞いた一家は良いの悪いの喧々諤々に色めき立ちますが、本人は興味があるのか無いのかのらりくらりとやりすごし、これにもまたヤキモキする面々。
果たして紀子の“婚活”はどうなるんでしょうか。
結婚…めんどくさい子…!
今だったらヨダレを垂らして迫りたくなる魅力たっぷりの28歳女子(という字面)ですが、この頃はもうだいぶ婚期を逃した感が強く“売れ残り”と言われてしまう昭和の過酷さを改めて感じる作品。
結婚自体が社会のシステムに強く組み込まれているので、今以上に独り身の肩身は狭く、同時に結婚するためのフック(違う言い方で言えばお節介)がふんだんに用意されている社会を羨ましさ半分疎ましさ半分で眺める映画でした。っていうか小津映画はやっぱりこういうの多いですね。
物語としては他に僕が観たことがある小津監督作品よりも脚本を担当していた「月は上りぬ」に近い気がしましたね。
今回調べて知ったんですが小津安二郎は生涯独身だったそうで、その願望が表れた映画という見方もあるらしく、なるほど独身だったからこそこういった結婚をテーマにした物語を多く作ったのかな…と思ったりもしました。なんとなくその気持ち、わかる…!
ちなみに主演の原節子も生涯独身だったとのことで、演技ながら本人の環境に近いお話なのもなんだか面白い。
話としては「いかにも」な小津作品で、正直あまりあれこれ言うようなことも無いんですよね。小津映画っぽい演出と画作りに結婚するのかしないのかで一喜一憂する家族の姿を描く、それだけの映画と言ってしまえばそれまでなんですが、ただやっぱり妙に観ちゃう魅力があるのも確か。
概要的には退屈そうな「フツーの話」なのに、言い方は悪いですが特に飽きることもなくダラダラ観てしまう…その言語化しにくい巧みさがすごいなぁと改めて思います。
ただ今で言う“女子会”が出てきて既婚者2対独身2の構図になって既婚者チームが「既婚者マウント」をかましてくる…みたいなエピソードもあってちょっと笑っちゃう面もありました。
一方で、終盤アレコレ観ていくことになる立ち居振る舞いであったり、「嫁入り」=相手方の家に納品するかのような女性の扱いであったり、そもそも「未婚は恥」みたいな共通認識であったり、やっぱりいろいろと今の時代とは隔世の感がある価値観が主体のお話でもあるので、そこに違和感を感じて「なんだかなぁ」と思う反面、「変わらない」ように見えて少しずつ変わっていっている社会の姿を再認識するお話でもありました。
それはつまり、今現在「なんで変わらないんだよ」と思っている事柄も将来的には“変わらざるを得ない”ものになっていくことの裏返しにもなっている気がして、良い悪いは別として「変わらない」と思っていることもきっとこの先変わっていくんだろうなと妙に感慨深いものがあったりもしました。
役者陣はおなじみ小津組のメンバーが中心ですが、びっくりしたのが笠智衆。めっちゃ若い。黒髪の笠智衆初めて見ました。
今作では原節子の兄を演じていて、2人の父である菅井一郎は笠智衆より年下というバグが発生しております。
この作品の2年後に公開される「東京物語」では同じ“紀子”(名前が同じなだけで役は別ですが)を演じる原節子の父となり、さらに今作で母親だった東山千栄子と夫婦を演じているという…2年の間に何があったんや…と思いますがどっちもさすがしっかりそれっぽいのが見事です。
今作ではやや堅物で若干怖そうな雰囲気がある兄、「東京物語」では柔和で穏やかな父…とまったく違った印象の人物を演じております。どっちもさすがだけどやっぱり好々爺然とした「東京物語」の方が笠智衆っぽいかなという気はしますね。
観ていて面白いなと思ったのは、間宮家の面々はみんな「紀子をなんとかしてやらないと」と面倒を見て“幸せにさせる”ような目線で暮らしているように見えるんですが、実際は紀子がみんなを繋ぎ止めている柱のような存在で、いわば「紀子を中心に組み上げられた積み木のような一家」なんですよね。彼女がいなくなると崩れてしまうようなバランスで。
この関係性のバランスの描き方は本当に見事だなぁと思います。ペットにも似たような側面があると思うんですが、みんなが「自分が世話してやらないと」と思っている存在が実は中心で、その存在のおかげでみんながつながっているという…なかなか深いお話だなと思います。
異端の佐野周二
僕としては「東京物語」があまりにも(ゆるいようで)鋭利な内容だったためにあっちの方が良かったなとは思うんですが、こっちはこっちでやっぱり今観てもいろいろ考えさせられるところもあるし、さすが小津作品は今観ても学びがあるぜとしたり顔で言っちゃいますね。
物語的にはどうでもいいポイントとして、紀子の上司を演じる佐野周二(関口宏のお父さん)の笑い方が「イッヒッヒッヒッヒッ」て感じで気になるのと、いきなり「君も変態だよ」ってセリフを吐いたりするので一人だけ異端な雰囲気を醸し出していたのが印象的でした。今とはニュアンスが違うだろうとは言えいきなり嫁入り前の部下に「君も変態だよ」なんて言う!?
それとやっぱり古い邦画は面白いんですがまーとにかくセリフが聞き取りづらい。母国語なのに字幕がほしい矛盾。
映像はウリにもなるしリマスタリングして大々的にアピールしたりしていますが、音響面は地味だからか手を付けてる映画は観たことがないんですよね。
今だったら比較的お手軽にAIを使ってノイズ除去とかもできるはずなので、日本の配給会社は音響面の改善もきちんと考えてやってほしいものです。
このシーンがイイ!
夜中にふすまを開けてアレコレ言う笠智衆がかわいくてよかったですね。笑っちゃった。
あとご両親がお出かけして休憩するシーンもなんだか印象深かった。
ココが○
上に書いたような「紀子ありきの家族のバランス」の描き方。さすがにお上手です。
ココが×
紀子の判断に対する家族の反応がやっぱり時代なのか今ではちょっと不憫に思えるぐらいに厳しくて、その辺やっぱり違和感はありました。(今でもこういう家族はいるだろうけど)
それとどうでもいいポイントですが子どもがかわいくない。生意気。カツオかよ。
MVA
さすがに皆さん良かったので誰でもいいと言えば誰でもいいんですが…この人にしましょう。
原節子(間宮紀子役)
主人公。28歳独身女子。
原節子はやっぱり「東京物語」と同じく甲斐甲斐しいいつもの感じではあるんですが、この雰囲気はなかなか出せないよなと改めて思いました。これほどまで“いい人”っぽさを出せるのはやっぱりすごい。
同時にこれだけ綺麗で性格も良さそう(役でしか見ていないのでまったくアテにならない印象ですが)なのに生涯独身を貫いていたのもすごく不思議で、なんなら「おれは原節子のグループだな」と勝手に自分を同じ箱に入れて自らを慰めております。
上に書いた通り小津安二郎も生涯独身だったそうだし、今後その辺裏読みしちゃって小津作品を観るたびに物語外の“何か”にチクチクやられそうな気がしてならない。でもそこがいい、みたいな。