映画レビュー1352 『オン・ザ・ロック』
今回はAppleTV+をぼんやり眺めてたときに「うわビル・マーレイじゃん!」と即観ようと決めたこちらの一本。
オン・ザ・ロック
ソフィア・コッポラ
フェニックス
2020年10月2日 アメリカ・日本
97分
アメリカ
Apple TV+(Fire TV Stick・TV)
何やってもサマになるビル・マーレイがひたすらズルい。
- 夫の行動を不審に思った妻、モテモテで人生を謳歌してきた父に相談
- 娘を世界一愛する父はノリノリで探偵ごっこに興じるも尻尾が掴めない
- ソフィア・コッポラの半自伝的な映画らしい
- 何をやってもサマになるビル・マーレイパパをひたすら楽しむ映画
あらすじ
結構意外な内容ではあったんですが、総じて大人の映画だなという感じでとても良かったですね。物語の内容以上に心に残る妙な味がある映画でした。
ラブラブ新婚期も早過ぎ去り、今は2人の娘を授かって平和な家庭で暮らす作家のローラ(ラシダ・ジョーンズ)とディーン(マーロン・ウェイアンズ)夫婦。
ディーンはスタートアップ企業的なところで重要(社長?)なポジションに就いているらしく、今まさに事業拡大の大事な時期故に世界中に出張する忙しい身です。
ある日ローラが寝ていると、出張から帰ってきたディーンが「疲れたよ…」とキスをしてきたので「おかえり」と答えると「あっ」みたいな感じでイチャイチャタイム終了。これは怪しいぞ…! と思っていたら荷物の中から女物のポーチがコンニチハ。
いよいよ不審極まったローラは、かつてブイブイいわせていたプレイボーイの父・フェリックス(ビル・マーレイ)に相談。パパは「白黒はっきりさせた方がいい」とローラを連れ出し、デーハーなオープンカーで尾行したりと探偵ごっこに勤しみます。
それでもなかなか決定打が出てこない浮気疑惑。果たしてディーンは本当に浮気をしているのか、それとも…?
ビル・マーレイショー
夫の不倫調査がメインのお話ですが、実際はそれをフックにした親離れ・子離れ、そして家族の問題を描いた映画と言っていいでしょう。
舞台は「ザ・ニューヨーク」と言った感じでいかにもハイクラスなロケーションばかりが登場し、なんならちょっとした「ニューヨークの観光アピール映像」ぐらいに行ってみたくなる綺麗な映像ばかり。意外とここまで真正面から「憧れのニューヨーク」みたいなロケーションで撮影されている映画も観ない気がするぐらいにストレートにニューヨークをアピールしていて逆に新鮮でした。
当然、そこに暮らすローラ&ディーン夫妻にしても父フェリックスにしても「お金持ってんなぁ」と感心してしまうぐらいに余裕がありそうな雰囲気で、まあ羨ましいったらないですよ。いわゆるセレブ。
ただ序盤はやたら子育てに汲々としているローラの描写からもわかるように、ローラ夫婦の方はそれなりの生活水準にはあるものの、そこまで余裕がある感じでもなさそう。「ベビーシッターは使わない主義」とかでもなさそうだし。
一方パパマーレイは本物のお金持ちっぽさがすごく、プラスしてナンパで軽快な性格を併せ持つ最強感が計り知れません。めちゃくちゃ人生楽しそう。
ネットで見かけた程度なので話半分に聞いて頂きたいところですが、この映画は監督ソフィア・コッポラの半自伝だとか…。つまりパパマーレイ=フランシス・フォード・コッポラってことですね。
さすがにこの映画でのビル・マーレイほどいろいろ達者だったとは思えませんが、それでも裕福で子煩悩な父親像はある程度そのままなんでしょう。おしゃれな成功者でお金持ち、優しくて素敵な父親の一方で女性関係に甘く、価値観としては“昔の男性”そのもの。
そんな“昔の男性”が持つ価値観を元に、“現代の男性”である夫・ディーンの浮気を調査するところにまたこの物語の妙味があるんですが、そこに親子の過去における家庭問題も結びついて、「人間何歳になっても成長する(させられる)んだな」と考えてしまうような奥深さもあり、これはなかなかいい映画だと思います。
それにしてもこの映画はやっぱりビル・マーレイですよ。
「かつてプレイボーイだった父をビル・マーレイが演じる」そのイメージだけで面白そう、やってくれそう感がありましたが、まあその期待を裏切らない見事な佇まい。かっこいいし超かわいい。
ビル・マーレイ、背が高いんですよね。姿勢も良くてスーツも似合うし、もちろんウィットに飛んだトークもお手の物。一言で言えば「人たらしっぷりがすごい」。
そりゃあモテたに違いないと納得感もすごいし、それ故に言うことに説得力がある…からこそ娘のローラも半分迷惑に思いながら“探偵ごっこ”に付き合うんですが、その探偵ごっこすら「娘とのデート」にしか見えないぐらい楽しそうにノリノリでやっていて、実際の目的は不倫調査なのか娘と一緒にいたいのか違いがわからないぐらい。「そこまでやらなくても…」と思うんだけどあまりにも楽しそうだし流されちゃうのも仕方がないほど惹きつける力が強い。本当にこのパパ像は見事だと思います。
言ってることもやってることもちょいちょい「それはどうなの?」と思うところがある(古い価値観が顔を出す)んですが、それもすべて許せちゃうぐらいに人間的魅力に溢れているパパ像はきっとビル・マーレイにしかできないんじゃないかと思います。そう思わせるだけの演技力があるというか。
もっともこれは僕がビル・マーレイ好きだからそう見えるだけという話かもしれないし、その辺は観る人にもよるんでしょう。
AppleTV+限定なのが惜しい
ビル・マーレイはセクハラ疑惑が報じられていたりもするので、生理的に受け付けられない人もいそうではあります。詳細がわからないだけになんとも言えないところでもあるんですが…。
ただ例えば海外の俳優の名前なんて全然わからないよ、って人が観たら、きっとこの父親の演技は自然かつ魅力的すぎて唸っちゃうと思うんですよね。日本人でここまでかっこよくかわいい父親を演じられる人はちょっと思いつかないレベル。
海外俳優だとしても、仮に彼と同年代の他の俳優、例えばリーアム・ニーソンだったらこんなにキュートにはならないだろうし、リチャード・ギアだったらかっこいいかもしれないけどちょっと面白みに欠ける。デンゼル・ワシントンだったら6秒で人殺しそうだし。
やっぱりその辺考えると、ビル・マーレイにしか出せない個性がモロに出た映画だと思うし、それ故に彼が好きな人にはたまらない映画なんですよ。
その演技だけでも観る価値はあると思いますが、その上なかなか他にない家族の物語としても良質な内容になっていると思うので、入り口こそ「夫の不倫疑惑」というベタなものだし舞台もベタなニューヨークであるにも関わらず結構新鮮な映画になっているのが面白いなぁと。
残念なのはこれがAppleTV+限定映画ということ。
「テトリス」といい、良作なのに他で観られない(かつ配信業者のポジション的に地味)のはもったいないなぁと思いますが、まあそれぐらいの作品でないとオリジナリティがウリにならないだろうしもどかしいところですね。
ただAppleTV+は映画の絶対数が少ないだけに、そこもうちょっと力入れてもいいんじゃないのと思いますけどね。ドラマの方が楽なのかな…。
このシーンがイイ!
信号無視で警官に止められたシーン。
フェリックス(ビル・マーレイ)の人たらしっぷりが存分に味わえる名シーンでした。ああやって娘含めてみんなノセられちゃうんだな、っていう。
ココが○
とにかくビル・マーレイのお見事さですよ。それを観るための映画なのは間違いないです。
“完璧な父”ではないのがまたズルいんでしょうね、これは。欠点すらもチャーミングに感じさせるすごさ。
ココが×
ネタバレにちょこっと書いたことを除くと、ちょくちょくママ友の鬱陶しいトークが挟まるのはいい加減気になりました。「子育て大変フェーズ」の表現として必要なのはわかるんですが、そのためだけに何度も出てくるのもなんだかなぁという感じ。
それとラストシーンはいくらなんでも直接的すぎて、もうちょっとソフトな表現のほうが良いような気がしないでもなかった。死体蹴り感がすごいというか。
MVA
悩めるラシダ・ジョーンズも良かったし他のキャストも文句なかったんですが、まあどう考えてもこの人の映画でしょう。
ビル・マーレイ(フェリックス役)
ローラのパパ。お金持ち。
散々上に書いた通りですが、まあどこからが脚本でどこからがアドリブなのかもサッパリわからないぐらいに見事に演じていて、本当にさすがとしか言いようがありません。
この軽快さ、“粋”な雰囲気、そして色気はどうやったら醸し出せるのか…。決してイケメンタイプでもないのにかっこいい、なんなんだろうなぁと深掘りしたくなる魅力に溢れていました。すごい。