映画レビュー0586 『ハドソン川の奇跡』
御年86歳、まだまだ現役クリント・イーストウッド監督最新作でございます。
最近の出来事…かと思いきや、もう7年も経ってるんですね。邦題そのまま「ハドソン川の奇跡」を描いた映画です。IMAX2Dにて鑑賞。
ちなみにファーストデイ(ちょっと安い)だったこともあるかもしれませんが、土曜の昼間で大体6割程度の入り、大きいスクリーンだけにそれなりにお客さんは入っていた印象でした。
ハドソン川の奇跡
ド安定、やっぱり外しようのない傑作でした。
実は初めてというのが意外でしたが、クリント・イーストウッド×トム・ハンクスで実際の出来事を描く…となればそりゃーもう外しようがないよね、と観に行ったところやっぱり素晴らしかったよ、という面白みのない感想なわけですが。
確か…「シン・ゴジラ」を観に行った時でしょうか、この映画のポスターを初めて見まして。
「ハドソン川の奇跡」…ああ、あの不時着水した事故の話か。「トム・ハンクス主演」…ああ、多分機長は人格者なんだろうね。やっぱりトム・ハンクスしかいないだろうね。「監督:クリント・イーストウッド」…ふむ、それをイーストウッドが撮る、と…。
そんなのつまらないわけがないだろ!!
ということでまったく事前知識もなく安心して観に行ったわけですが。
僕はこういう実話系でよくあるパターンのように、単純に「どういう状況であの事故が起き、いかにして助かったのか」みたいな、ライブ感の強いお話をうまく見せてワンワン泣かせてくれるんだろう…と思っていたんですが、そんな単純な話ではなく。物語はあの事故の後、苦悩し、疲弊した機長の姿から始まります。
そう、あの事故の描写というのは最初には出てこないんですね。序盤は事故当時を除く過去の回想も交えつつ、ひたすら事故後の「ヒーローなのに国家運輸安全委員会に糾弾される苦悩の人」としての機長を追い続けていて、観客自身にもある種の疑念…とまでは言いませんが、「うーん、本当のところどうだったんだろう…」とその事故の状況がすごく気になるように作られていて、やがて「ああんもう…早く見せて…ッ!」と焦れきったところでついにその日の回想が始まる…という構成。
これがねー、さすがにとてもお上手だと感じました。これ、最初に事故のシーンを見せちゃってたら全然違った印象の映画になったと思うんですよ。そうせずに、あえて中盤以降に、核となる事故を丹念に素晴らしいリアリティで描くわけです。美味しいものは後に食べたい派としてはこの構成には驚くと同時に感服致しました。
言ってみれば「全員助けたヒーローに決まってるじゃんバカ」と思っていた観客を、「もしかして別の方法があったのかも…」と国家運輸安全委員会に近い視点に寄せていって、その上で実際の成り行きを見せて、観客自身の判断で「いややっぱりすごい事故だったんだな…」と胸に刻ませる作りというか。
ただ「あれ大変だったんだけど機長がすごかったんだよね」という一言で終わらせてたらやっぱりなんか腑に落ちないというか、肌感覚で理解しきれない部分ってあるじゃないですか。
「大谷翔平は二刀流でどっちも成績残してすごいんだよ」って言われるより、「今年の大谷の防御率と打率と本塁打数、それぞれの成績で上回る選手が阪神には一人もいなかったらしいよ」って言われたほうがすごさがわかるじゃないですか。阪神ファンの方ごめんなさいね。ただの例えなので。(ネットで見ただけなので真偽不明ですが、あくまで例えなのでそういうものとご理解ください)
要は生々しさというか、あえてフラットな視点を持てるようにお膳立てしておいて偉業を見せる、その引っ張り方と組み立て方が素晴らしかったわけです。
事故の回想シーンではしばし呆然としてしまうほど壮絶な危機であったことがありありと理解できたし、その上で責めを負わされる難しさ、社会の構造にも思いを馳せざるを得ない描き方は、ただの感動物語ではない、社会派映画としての力も強く感じました。本当に、さすがクリント・イーストウッドと言ったところ。
そしてもう一つ重要なのが、原題「Sully」の意味するところ。「Sully」はこの時の機長、チェズレイ・サレンバーガーさんのニックネーム。
つまり、この映画は「ハドソン川の奇跡」という出来事を描いたというよりも、ハドソン川の奇跡を起こした機長その人を描いた、人物主軸の映画というわけです。ノンフィクションの事故を描いた映画というよりは、ごく短い期間を描いたある種の伝記映画に近い感覚。
オープニングから丹念に機長その人を追い、過去も含めて丁寧に人柄を描き出し、事故後の騒動やその渦中での思いに寄り添うような描写で、とにかく機長に感情移入させてくれます。んでもって、そういう苦悩込みの人格者を表現するのに間違いなくこれ以上ない存在のトム・ハンクス。
いやーもう参りましたね。本当に。
クリント・イーストウッドが「この役にはトムしかいないと思った」的なことを言っていたらしいですが、もう映画が好きな人であれば誰もが同意するんじゃないでしょうか。支持率100%。
申し訳ないですが、我らがおヒューにこの役は向いてません。ディカプリオも然り。ビル・ナイだったらちょっと観たいけど。でもやっぱりトム・ハンクスなんですよ。同じような役ばっかり…と思わなくもないですが、でもいつも完璧に演じるんだからしょうがない。
正直、序盤は少々不満があるものの、事故当日の描写以降はもう緊張感もありつつノンストップで一気に見せきってくれます。結果はわかっているのにドキドキするし、事故の描写は何度か出て来るのに、その度に迫力があって感動しちゃうすごさ。
アクション好きには地味系に分類される映画だとは思いますが、こーんな良い映画はなかなか出てこないので、ぜひ劇場で観ましょう。当然ですが3Dではないのもブラボーです。
このシーンがイイ!
これはもう…「155名」のシーンしか無いでしょう。あそこが最も感動ポイントだし、実際泣きました。グワッと来ましたね、あそこで…。
「キャプテン・フィリップス」でもそうだったけど、なんかああいうシチュエーションでのトム・ハンクスの説得力、すごい。
ココが○
上にも書きましたが、一番はやっぱり「事故スタート」にしなかった構成ではないかなーと思います。(不謹慎ですが)事故シーンが観たい、という欲求をストレートに叶えさせずにカタルシスに導くうまさ。競走馬になった気分でしたね。最後まで抑えられてドカーンと末脚炸裂、みたいな。
それと、現地へ救助に向かった通勤フェリーの船長等、実際に当時事故に関わった本人たちが多数出演しているそうで、その辺りもリアリティを高めるのに一役買っているのが良いですね。エンドロールもちょっとした趣向があり、とても良かったです。
余談ですが、上下に流れないで1画面のフェードイン・アウトを繰り返すのみのエンドロールって初めて観たかも。
ココが×
途中出てくる過去の話なんかは、説明もテロップも無くいきなり出てきて「ん? これ機長の若い頃だよね?」みたいな探り探り観る感じの作りだったのが少し引っかかりました。まあそんなに重要なわけでもないし、「他にいねーだろ」って言われればそうなんですが。ただなんとなく、イーストウッドにしては少しぶっきらぼうな作りだな、って気がしたので。
MVA
しかしローラ・リニーも歳を取りましたねぇ…。地味ながら良かったですが。
今回、最も新鮮な印象を残したのは、顎割れ代表選手のアーロン・エッカートではないでしょうか。地味で控え目ながら良い存在感で映画を引き締めてくれた気がします。この映画にこんなに馴染める人だとは思いませんでした。
んが、まあMVAはね。この人以外あり得ないでしょうということで。
トム・ハンクス(チェズレイ・サレンバーガー役)
上に散々書いたのでこれ以上は控えますが、もうその時そこにいたその人にしか見えない、という完璧さがすべてです。もう本当にこういう役は十八番中の十八番でしょうね。
今後、感動系の事件事故が映画化、とか聞けば「ああ、トム・ハンクス主演だね」と思わざるを得ません。チリの鉱山落盤事故とかハリウッドで作られたらトム・ハンクスがリーダー役でしょう。
ううん、知らないけど絶対そう。