映画レビュー1379 『スワン・ソング』

映画好きで集まったタコスオフ会のときに「AppleTV+で一番オススメ」と聞いていたんですが、ちょっと純愛ものっぽいなと思ってあまり乗り気になれず、いい加減そろそろ観るかと選んだ一本です。

ちなみにタイトルで検索するとウド・キア版の映画ばっかり出てくるんですが、そっちは別物なのでご注意ください。

スワン・ソング

Swan Song
監督

ベンジャミン・クリアリー

脚本

ベンジャミン・クリアリー

出演

マハーシャラ・アリ
ナオミ・ハリス
グレン・クローズ
オークワフィナ
アダム・ビーチ
ナシャ・ハテンディ
リー・ショートゥン
ダックス・レイ

音楽

ジェイ・ワドリー

公開

2021年12月17日 各国

上映時間

111分

製作国

アメリカ

視聴環境

Apple TV+(Fire TV Stick・TV)

スワン・ソング

観客を揺さぶるテーマと映像面どちらもハイレベル。

9.5
余命いくばくもない男が取った最後の決断
  • 死期を悟った男への“究極のオファー”
  • 家族を守るために取る選択には賛否両論あって当然
  • SF描写やロケーションの美しさも素晴らしい
  • 役者の演技も文句なし

あらすじ

いやぁめちゃくちゃ良かったですね…。本当に。

まだ今年始まったばかり(と言いつつもう3月)ですが、間違いなく現時点で暫定1位です。キラートマトではないです。

商業画家的なお仕事をしているっぽいキャメロン(マハーシャラ・アリ)は何らかの病に冒されているらしく、突如として倒れたりともはや余命いくばくもない模様。

彼は愛する妻のポピー(ナオミ・ハリス)と息子のコリー(ダックス・レイ)の3人で幸せな家庭を築き、さらにもう1人生まれるぞ、ってな最中での“人生からの退場”を余儀なくされる事態に直面しているわけですが、あるとき人里離れた謎の施設に連れて行かれ、研究段階ではあるもののとある事業への参画…言ってみればモニターみたいなものに選ばれたよと。

その事業とは、「間もなく世を去る人間のクローンを作り、入れ替わってその後の人生を歩んでもらう」というもの。

つまり家族には“死”を伝えることなく、彼がそのまま生き続けているテイでクローンに家族を見守ってもらい、自らの死後を心配しなくて済むようにする…という“究極の終活”です。

クローンは見た目そっくりなのはもちろんのこと、記憶も移植して完全に「同一人物」を作り上げる技術が確立されていて、いわゆる“引き継ぎ”の時期のこともきちんと忘れるようにプログラムされているとのことで、事実上「俺が俺のあとに家族の元へ行く」格好に。

しかしそこには葛藤もあって当然なので…どうなるんでしょうか。

考えれば考えるほど深い

「自分が自分と入れ替わることを許容するのか」、ある意味で究極の死生観を問う内容のSF映画。奥さんとの素敵な出会いから今に至るまでの過去を振り返りつつ、現在の“入れ替わりプロセス”を見せていく形の映画です。

事前に想像していた“純愛映画”でもあるし、言ってみればこれほどまで純愛もないよなと思うぐらいに純愛でもあったんですが、しかしそれ以上にSF要素も思考実験的要素も素晴らしく、久しぶりに目も心も打たれた映画になりました。

まずお話について。

あらすじに書いた以上のことは無いんですが、しかしちょっと字面で見ただけでも「それでいいの!?」と思わざるを得ない設定がまず素晴らしい。

自分にとっては他人、他人にとっては自分にしか見えないクローンを最も大切な存在を守るために入れ替える、という選択。それだけでもうご飯3杯は食べられちゃう深いテーマが最高ですね。

いろいろ論点はあると思いますが、ざっと思いつくだけでも

  • 自分だけが「自分じゃない」と知っている罪悪感
  • 家族には黙って旅立つため、看取りも死後の祈りも無い
  • すべて自分と同じ記憶・形状を持つクローンはそもそも生命とみなせるのか問題
  • 仮に家族がそのからくりを知ったら納得するとは思えない

と言った諸々の問題があり、それでも全部飲み込んでその道を選ぶんですか? という話になるわけです。

これはね…誰でも考えさせられますよ。

ネット上でも賛否両論で、どちらかと言うと「それでいいのか?」と否が多い印象。それもよくわかる。僕でも実際この立場になったら果たしてこの道を選ぶのかはそのときにならないとわからないぐらい「考えても答えが出ない」問題なだけに、賛成も否定もどっちの意見も共感できます。

ただ制作側としてはおそらくその賛否両論は織り込み済みで、なんならそうやって議論を巻き起こしたい、考えさせた時点で成功と考えているのではないかというぐらい結構フラットに描いた話のような気がしました。

どっちが正しいとかそういうレベルの話ではない感じがするんですよね。よって主人公の選択が正しいというわけでもなく、この世界観自体に意味があるというか。

主人公の選択はネタバレになることもあって一応伏せておきますが、大筋の「クローンに事後を託して自分はひっそりと舞台から降りる」というのはもうこれ以上無い自己犠牲だと思うんですよ。

上に書いたように、看取ってくれることもなければお葬式で思ってくれることもない、死後花を手向けてもらうことももちろんない。そんな悲しいことって無いでしょう。

それでも「家族のために」クローンに入れ替わってもらう道を選ぶというのは、非常に現実的でもあるし独りよがりでもあるんですが、それでもその「家族のため」という心はこれ以上なく素直なものであるのも間違いないと思うんですよね。何一つ不純な動機がない選択じゃないかなと。その純粋さにひどく打ちひしがれました。

非常に不謹慎なことを承知で書きますが、例えば自殺するぞと思った人は、その動機は「死にたい」のみではなくて当然だと思うんですよ。特に若い人であればなおさら。

「ここまで追い込んだ“何か”」に対する意思表示、復讐とまでは言わないまでも「思い知らせてやる」気持ちというか、理解させようとする最後の手段という意味合いも少なからず持っているんじゃないかなという気がして。自分が考えたときに思ったことでもあるんですが。

もちろんそんなことも考えず、とにかく苦しくてただ解放されたい一心でそこに至ってしまう人もいると思いますが、それでもどこかにほんの少しでも抗議の意味合いは残っているのが普通ではないかなという気がするんですよね。もう完全に勝手な想像なので間違っていたら申し訳ない限りなんですが…。

ひとまず仮に自殺についてはそうだったと仮定してこの物語における“死”を考えると、こっちはそういった「他者への見え方」とか「死から導かれる影響」を一切排除したものになるので、そこがものすごい決断だなと思うんですよ。完全に“無”と同じ、自分は(クローンは残るものの)文字通りこの世に無かったと同じことになるわけで。

自分に対する他者の記憶や感情はもちろん残りますが、それは丸々クローンに“移譲”されるので、「自分に対する記憶や感情は自分に向いていない」状況になるという…すごくないですか、この話。

他者の頭の中ではクローンも自分もイコールなのでなんの矛盾も生じないし、クローンも「自分」だと思っているのでこれも矛盾はないんですが、唯一“自分”だけは、クローンが“自分ではない”ことを認知しているので、その誰にもわからない喪失感を一人抱えて最期を迎えなければならないという…大げさでなく、文字通り究極の終活と言っていいでしょう。

そんなことを考えているともうめちゃくちゃ情緒を乱されましたね。うおおおおおおおおおおおと声にならない何かを漏らしていました。

悲しいとか悲しくないとか正しいとか正しくないとか家族がどう思うとかそれはそれで考えちゃうんですが、それとは次元の違うもっと重いものを示された気がして、そこがめちゃくちゃ響きました。

よく目にする「自分が自分で無くなる」という表現の本当のところを考えさせられたというか…。いやこれはめちゃくちゃ深い話ですよ…。それでも愛する家族のために「自分が無くなることを受け入れる」のか、という選択を描く話なんですよね…。いやぁ…言葉がないです。散々語ってるけど言葉がない。

もう物語についてだけでもかなり語れちゃうので困ったもんですが、ひとまず置いといて次にSFや映像について。

「人里離れた研究施設」の映像の時点で、観たことがある人はほぼ間違いなく「エクス・マキナ」を思い出すんじゃないかと思いますが、この映画もあの映画と同様に少人数の狭いロケーションで描かれるSFなので、おそらくは(大作と比べると)低予算の部類ではないかと思われます。なにせ情報が少ない(最初に書いた通りウド・キア版ばっかりヒットする)だけにその辺も詳しくはわからないんですが、作りとしてはそんな印象。

僕はそれこそ「エクス・マキナ」然り「月に囚われた男」然り、低予算(でも綺麗に作られた)SFが大好物なので、この映画もその系譜に沿った形で映像面でも大満足でした。

特に近未来感を演出するガジェットの数々が、あまり主張しすぎず生活に溶け込んでいる自然なテクノロジーになっていてとても良かったですね。その辺りがものすごくAppleっぽい。数年後のプレゼン映像で普通に出てきそうなぐらい自然で。

過度に未来描写を売りにするわけでもなく、あくまで世界観の表現として様々なガジェットをさり気なく日常に組み込んでいるセンスの良さはこれまたSF好きにはたまらないものがあるでしょう。

またあんまり出てきませんが研究施設周りのロケーションの素晴らしさも印象的で、自然の美しさとガジェットのスマートさが見事にマッチしているセンスの塊みたいな映像だと思います。物語にしっかり説得力をもたせるという意味でも素晴らしい仕事。

深いSF is 最高

僕が感想を長く書いてしまう映画は基本的にめちゃくちゃ良かった映画かクソ映画の二択なので、この長文を読めばどれだけ響いたかがよくわかるでしょう。

考えれば考えるほど奥の領域に存在するまた別のことを考えさせられるような、ここまで深い死生観を問う映画は他にないと感じるぐらいに深いお話なので、その手の話が好きな人間としてはたまらない内容でした。

世間の評価ではやっぱり「選択の賛否」によって割れている印象があるんですが、僕としてはそこ以上にもっと大きな話として捉えて良い映画か否かを考えれば絶対に低評価は出来ない話ではないかな…と思うんですがまあそれも個々の受け取り方の問題なのでそうとは言い切れないものかもしれません。

ただ映画の作りそのものとして非常にレベルが高いのも間違いないし、好き嫌いはあったとしてもまったくダメということはないと思うので、映画好きを自認する方にはぜひ一度観ていただきたいところ。

例によって一番の問題はAppleTV+限定、ってところですね。本当にAppleTV+の映画は良作が多いんですが、数も少ないし一般的にもメジャーではないのが残念。

もっと映画に力を入れてほしいけど、これだけのクオリティの映画となるとそうそう数も作れないであろうこともわかるだけに…もどかしい。

このシーンがイイ!

いいシーンもいっぱいあったんですが…一番おおっとなったのはワンコが吠えるシーンでしょうか。犬好きとしてはそこに一つのある意味での救いを感じて…。

あとエダマメ。枝豆は英語でもエダマメです。美味しいよね。

ココが○

上に散々書いたのでそっちを参照ということで。一言で言えば死生観、自己犠牲の表現でしょうか。

ココが×

非常に綺麗であると同時に静かな映画でもあるので、環境次第では眠くなってもおかしくないでしょう。血糖値が上がるタイミングで観るのはやめましょう。飯食わずに観ろということです。

MVA

普通に考えたらマハーシャラ・アリなんですよ。間違いなく。素晴らしい演技でした。1人二役だけど二役とは言い切れない、同一人物だけど同一人物じゃない…みたいな微妙かつ繊細な演技を求められる役柄をパーフェクトに演じていたので。

ただ今回はものすごく意外性を感じたこの人にします。

オークワフィナ(ケイト役)

先輩被験者。

先にクローンと入れ替わり済みで、本人は研究施設で死を待つだけの身。

オークワフィナと言えばコメディ、陽気な役しか見たことがなかったので後から調べて「えっオークワフィナだったの!?」とびっくりするぐらいわかりませんでした。

彼女らしい笑いを見せつつも悲しみを内包した切ない演技が素晴らしく、一方でもうすでに決断後ということもあってどこかサバサバとしている雰囲気も本当にお見事でした。

元々彼女は良い俳優さんだなと思っていましたが、自分の中での評価がワンランク上がった感じ。マハーシャラ・アリとセットで完璧でしたね。

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