映画レビュー1022 『チャッピー』

公開当時に観たかった一つなんですが、もう5年も経ってるとか衝撃…!

ちょうど前日に「オートマタ」を観たこともあって、ロボット・AI絡みの映画を続けて観てみようかな、と。例によって終了も迫ってきてたんですが。

チャッピー

CHAPPiE
監督
脚本

ニール・ブロムカンプ
テリー・タッチェル

原作

『Tetra Vaal』
ニール・ブロムカンプ

出演

シャールト・コプリー
デーヴ・パテール
ワトキン・チューダー・ジョーンズ
ヨ=ランディ・ヴィッサー
ホセ・パブロ・カンティージョ
シガニー・ウィーバー
ヒュー・ジャックマン

音楽
公開

2015年3月6日 アメリカ

上映時間

120分

製作国

アメリカ

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

チャッピー

少し対立軸を詰め込みすぎ?

7.0
感情を持ったAIロボットが犯罪者たちに育てられる
  • 「人間と同等」の感情を持つAIロボット“チャッピー”
  • 特殊な経緯によって犯罪者たちの手元に渡り、育てられることに
  • 驚異の成長を見せるも残る時間は短く…
  • 最終盤のあるシーンで日本人だけ台無しを食らう

あらすじ

決して悪くない映画だと思いますが、どうにもいまいち乗り切れず…。早い話が主人公がDQNなので、少々感情移入しにくいのが災いしたような気がします。

近未来、ヨハネスブルグではAIを搭載した“警官ロボット”が導入され、犯罪抑止に大きな効果を挙げております。

そのロボットの開発を担うメーカーでは、AI導入推進派であり現在の警官ロボットを開発した人物であるディオン(デーヴ・パテール)と、「ロボットは人間が動かすべき」という信念を持つヴィンセント(ヒュー・ジャックマン)が対立しておりますが、しかし現状は警察に採用され費用も安いディオンのロボットが評価され、ヴィンセントは窓際族的なポジションに。きっと今どき窓際族なんて言いませんよねスミマセンね昭和の感覚で。

で、さらなるAIの進化を研究しているディオンはついに「人間と同等の感情を持つ」AIの開発に成功、会社にそのAIを使用したロボットの開発を許可してもらおうとしますが拒否されてしまい、しかし諦めきれないディオンは会社に黙って新たなロボットを作ろうと廃棄予定ロボを勝手にお持ち帰り。

そこに「犯罪するにあたって警官ロボットが邪魔だから開発者を誘拐してスイッチオフの方法聞いたろか」勢であるニンジャとヨーランディとアメリカ(役名です)のDQNトリオが、まさにディオンがロボットを持ち帰ろうとしていたそのときに彼を誘拐、アジトへ連れ帰って「俺たちの言う通りになるロボットを作れ!」的に開発させ、めでたくチャッピーが爆誕。

はじめは子供のような振る舞いを見せるチャッピーでしたが、さすがにAIだけあって学習機能のスピードも桁違い、徐々にディオンの望む姿とは違う「舎弟的ロボット」として成長し、DQNたちの犯罪を手伝うように。

一方いまだ自らが開発した「人間操作型ロボット・ムース」の売り込みに躍起なヴィンセントが不穏な動きを見せ始めますが…あとはご覧くださいませ。

いろいろジレンマを感じる話

のっけから「犯罪者制圧のためにロボットが活用されている」世界のお話なので、「オートマタ」にあったような(そして基本的に大体組み込まれているはずの)大前提としての「人間に危害を加えてはならない」みたいなお決まりは完全に無い世界になっております。

そもそもが「AIの脅威を感じさせる」SFとは少し違ったテイストのお話なのでそれも当然だとは思いますが、とは言えリアリティとして普通に考えればこんな危険なロボットを量産することは考えにくいのは事実なので、SFではありますがどちらかと言えばファンタジーに近いような話かもしれません。外側はSFだけど中身はファンタジーだよね、みたいな。

実際にチャッピー自身についてもその色合いが強く、「構造的にはロボットなんだけど感情移入させるように思考面は完全に人間」として作られていて、そこがお涙頂戴ポイントでありつつも…ちょっとあざとすぎるような気がして、僕はあんまり入り込めない話ではありました。いかにもすぎて。

その上彼を“育てる”形になるのがDQNの皆さんということで、そこが面白いのもわかるんですが…彼らにあまり共感できないがためにチャッピーにも「ずっとディオンが管理してればねぇ」みたいな残念感がつきまとっていたように感じましたね。

例えばディオンではないにしても普通の(子どもがいない)家庭で子ども代わりに育てられ…みたいな話であれば、陳腐ではあってもこの映画で語られるような感情への訴えはより強いものがあったと思うんですよ。

ただそれじゃあつまらない、ってことでおそらくニール・ブロムカンプ監督はこういう話にしたんでしょうね。ちょっと変わった育てられ方=普通のAI育成とは違う話にしたかった、みたいな。

そこの好き嫌いで評価が分かれる映画なのかなと思います。もっともDQNに育てられたにしてはDQN感がコロコロ変わって(そこがコメディ的な美味しさでもあるんですが)中途半端な気もするし、やるならもっと極悪仕立てになった方が面白かったような気もするんですよね。

一応は“創造主”であるディオン(に命じられた生き方)と犯罪の片棒を担がせたいDQNの育成方針とでダブルバインドになる辺りが、いわゆる“葛藤”として人間臭さも出ていいよね的なお話なんでしょうが、その辺の葛藤具合もいまいち中途半端な気はしたし、頭脳が成長している割にはあまりにも人間臭すぎるロボットなので「AIモノ」としても中途半端な面は否めません。

なのであくまで「AI(ロボット)を借りた新しい人情ファンタジー」という位置付けなんでしょう。ですがそもそもAIの時点で人情ファンタジーが成立するのかというジレンマも(少なくとも観ている方の僕の中には)あったので、いくらそっちに寄せる形のAIとして開発したという設定とは言え、「ここまで成長するレベルのAIがそんなに弱いかね??」というような疑問もあったりして、いろいろとモヤモヤして楽しみきれないお話でした。

この辺りの「人と機械の差異と感情描写のジレンマ」については、路線が違うとは言えもう比較にならないほどに素晴らしいものをやってしまったのが「エクス・マキナ」だったわけで、いくらコメディ寄りの物語とは言えアレの後に観てしまうとどうしても中途半端に見えて乗り切れない面があるし、そう言った意味では少々気の毒な設定の映画といえるかもしれません。

ちなみにこの2作、公開時期は2ヶ月ほど違いますがほぼ一緒なので同じ頃に撮影していたと考えても良いぐらいに時期が被っています。それを考えると、今から5年前ぐらいはやっぱりAI絡みが映画のテーマとしても“美味しい”時期だったんでしょうね。

これがリアルになる可能性も

少し引っかかる面ばかり書きましたが、最終的には「なるほどそう来ますか」という内容だったので、序〜中盤はいろいろ気になりつつも、むしろその気になるポイントが良い前フリとなって意外なところに着地するストーリー展開はなかなか見どころがあったと思います。

思うにもう少し早い段階で(と言っても10年単位だとは思いますが)作られていれば、かなり印象が変わった映画ではないかなという気がするんですよね。

今(公開当時ではなく2020年現在)となってはこの設定のAI自体に少し古さを感じる部分があるし、もっと後に観ればそれはもっと大きな違和感になってくるような気もするので、極めて旬が短い映画なのかもしれません。

とは言え、逆にこの映画のような感情面を強調しつつ暴力的でも許容されるAIの方がリアルになる可能性もあるわけで、そこの判断もまた難しいところがあるわけですが。

見方によっては「人間には絶対に手をあげるな」よりも「悪い人間には手をあげていい」の方が高度なAIとも言えるわけで、それを“確実に”制御できる環境が整えば、こっちの方が他でよく見る「絶対に人間を傷つけてはならないAI」よりもリアルに見える未来がある…かもしれません。

まあそういうことをね。ウダウダと考えるのもまた楽しみの一つだよねと。そんなお話ですよ。

ネタバッレー

どうでもいいことですが一応ここに書いておきます。

もーね、おそらくこの映画を観た日本人全員が突っ込んだと思うんですけど、終盤「死んでしまったヨーランディの写真を燃やす」めっちゃしんみりしたいいシーンで、ニンジャが履いているズボンにカタカナで思いっきり「テンション」て書いてあるっていう。テンションて! むしろテンション下がるところだからね!?

いやそりゃ名前も「ニンジャ」だし、きっと日本かぶれ的な設定なんだろうとは思うんですが、それにしてもテンションて!! もうちょっとあるでしょ!?

これ劇場でこのシーンが流れたときどんな空気だったんだろう…。クスクス笑いが広がったのかな…。それを知るためだけに劇場で観たかった…。

ご存知の方も多いと思いますが、この映画、映画好き界隈では有名な“事件”がありまして、公開当時「監督に許可を取ってカットした」と配給元のソニー・ピクチャーズが公言していたんですが、ファンが直接監督に確認したら「聞いてないよ」と言われ、後出しでソニーが謝る&だけど正規バージョンは上映しないよ、と通告する出来事があり、「じゃあ劇場行くかよクソニー」と映画ファンの怒りを買ったんですよね。

僕も「その対応はどうなの」と思ったので劇場をスルーしたんですが…しかしこんな爆弾が仕込まれていたとは…。どうでもいいところなんだけど。

このシーンがイイ!

ネタバレ項に書いたとあるシーンで爆笑しましたが、これは制作側の本意ではないと思うので…。

特に無い、かなぁ。嫌な気持ちになったシーンは結構覚えてるんですけどね。いじめに近いようなシーンが結構あって。

まあそこで嫌な気持ちになるってことは感情移入してる、ってことなんですけどね。

ココが○

なんだかんだ言いつつも、飽きるような内容ではないので割としっかり筋は終えると思います。

難しい話ではないし、地味な話でもないし。着地点が見えないだけに先が気になる面もありました。

それと天才技術者のディオンがデーヴ・パテール=インド系っていうのが良いですよね。今ITの最先端と言えばインド系の技術者という印象があるし、同じアジア系でも変に日本人とか中国人を充ててくるよりもリアリティがあって。

ココが×

結局はチャッピーを育てることになるニンジャとヨーランディの二人が好きになれるか否かが大きいような気がします。

率直に言って「バカすぎる」「急に母性に目覚めて謎すぎる」感じが強かったかなと。

MVA

キャラは好きではなかったですが、本職が俳優ではないニンジャとヨーランディのお二人も演技はとても良かったと思います。

デーヴ・パテールも素晴らしかったですが、今回はこの人でしょうかねー。

ヒュー・ジャックマン(ヴィンセント・ムーア役)

人間が操作するロボット「ムース」の開発者。

珍しくわかりやすい悪役をヒュー・ジャックマンがやっている、ってだけで結構見どころになると思います。そしてそれがなかなか良かったし。よく聞く話ですが、「悪役は楽しい」んでしょうね。きっと。

最初出てきたときはちょい役だと思ったんですけどね…ガチ悪役でしたね。彼のガチ悪役は初めて観たかも。

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