映画レビュー1013 『好きにならずにいられない』

スミマセンね、今回もネトフリ終了シリーズですよ。

これもまたインパクトのあるジャケットからずっと気になっていた一本だったので迷わずチョイス。

好きにならずにいられない

Fúsi
監督

ダーグル・カウリ

脚本

ダーグル・カウリ

出演

グンナル・ヨンソン
リムル・クリスチャンスドッティル
シグリオン・キャルタンソン
マーグレット・ヘルガ・ヨハンスドッティル
アルナル・ヨンソン
フランチスカ・ウナ・ダグスドッティル
ソーリル・サイムンドソン

音楽

スロウブロウ

公開

2015年3月20日 アイスランド

上映時間

94分

製作国

アイスランド・デンマーク

視聴環境

Netflix(PS4・TV)

好きにならずにいられない

これもまた、ルッキズムとの戦い。

8.0
風貌も冴えないDTおっさんが恋をするが…
  • 心優しいものの虐げられるおっさんの恋
  • しかし相手は相手で躁鬱系のため問題も多く…
  • ジャケットの雰囲気に反して地味でしんどい面も多い
  • 個人的に刺さる部分も多くてつらい

あらすじ

ジャケットからして少し大人っぽいややコメ恋愛映画的な感じなのかと思ってたんですよ。イメージとしては「人生、ブラボー!」みたいな。あれは恋愛入ってないけど。

ところがどっこい、なんならちょっとしんどいぐらいに地味で暗く真面目な話でした。とは言えそれはそれで良かったんですけどね。

主人公はフーシさんと言いまして、原題はそのまんま主人公の名前です。

独身中年男性の彼は母親と同居している社会人。仕事は空港の地上業務担当で…要はバックヤードの人って感じでしょうか。趣味はジオラマ製作とそれを使った戦争ゲーム。

彼はジャケットにあるようにかなりインパクトのある外見をしていて、髪はうっすら禿げてる上にロン毛だし、体重も優に三桁は行ってそうな巨漢です。まあ…言っちゃなんですがいかにも恋愛から遠そうなタイプ。

そんな彼を心配してか、母親の彼氏であるロルフがフーシの43歳の誕生日祝いにダンス教室のチケットをプレゼントします。たまには外に出なさい、と。

当然乗り気でないフーシは教室に入るなり「ダメだ馴染めない」と退室、外が吹雪いてきたためか車に乗ってぼんやりしていたところ、一人の女性・シェヴンが彼の元までやってきて「家まで送っていってくれない?」と話しかけてきたので、彼は送ってあげることに。

シェヴンという知己を得たフーシは、乗り気ではなかったダンス教室にまた行くことに決め、やがて教室後に食事に行ったり家に上げてもらったりと次第に仲良くなっていき、当然のように彼女に惚れていくんですが…あとはご覧ください。

自分の分身フーシ

実はこれを観た日は「フォー・ウェディング」の記事をアップした当日、つまり僕の誕生日でした。43歳の。

映画ではまったくモテない男が同じく43歳の誕生日を迎え、いじめられたり近所から疎まれたりしながら不器用に恋をする物語が描かれるわけです。なんでこの日に観ちゃったんだろう。

僕はここまでわかりやすくインパクトのある見た目はしていませんが、とは言え同じく恋愛から遠ざかっているし、諸々彼とかぶる部分が多く感じられてとにかく刺さりまくりましたね。痛い。すごく痛い鑑賞でしたよ。

「たまには外に出なさい」なんて自分に向けて言ってんじゃないか、ってぐらい休みの日は大抵家にいるし。さすがに童貞ではないものの、かなり遠ざかっているのも事実なので自分の中で実は記憶が改竄されているのではないかという説も最近浮上しています。目にするのはモザイクばかり。

フーシが最初にダンス教室に行ってすぐに帰るシーン、僕も大昔、まったく同じ様に予備校に入ってすぐに帰った場面がフラッシュバックしましたよ。入った瞬間、もうそこにコミュニティが出来上がっていてみんなそれぞれの友達同士で集団になっている光景を目にして、ここに一から入るのは自分には無理だと思って帰った気持ちをありありと思い出しました。

自分以外全員リア充に見えて、ここに入るのもこういう集団を作るのも自分には荷が重すぎると感じたあの日。激しい疎外感を感じて自分の居場所を見出だせなかった気持ち。きっとフーシも同じ気持ちになったんだと思います。痛いほどよくわかりました。

そんなわけでもうひどくフーシに感情移入しちゃって、「これはきっと俺の話なんだ、俺の物語なんだ」と思いながらひたすら彼には幸せになってほしいと願って観ていましたが、しかし彼はその容姿のせいで同僚からいじめられたりするわけですよ。自分になついてきた同じマンションの少女と普通に遊んでてもロリコン犯罪者のように見られたりもして。生きづらいったらない。

これはきっと最近よく目にするルッキズムとの戦いなんですよね。僕がよく見るのは女性の美醜をあげつらった問題が多いんですが、当然それは男性にも当てはまるし、それによって不条理な扱いを受けているフーシのような人はまったく他人事ではない戦いなんだと思います。

見た目によってレッテルを貼られ、避けられたり望まない善意を押し付けられたりする。それでもフーシは強く怒りを発露することもなく、受け流しながら生きている。この受け流し力は彼の年齢によるところも大きいんじゃないかと思います。それは決して「大人だから」なんて単純な理由ではなく、おそらくはここに至るまで同じような経験を嫌と言うほどしてきているから受け流せる、「またか」と諦めにも似た感情も大きいのでは無いでしょうか。それを思うとまた悲しい。

ただこんな扱いを受けていながら、フーシはとても心優しい人物なのがまた胸に響きます。僕も自分のことは優しいと思いますが、それ以上にめんどくさがりなので果たしてフーシのように文字通り献身的に生きられるのかと言われると100%無理です。きっと自分の“面倒だな”という気持ちが勝ってこんなに応援したい人物にはなれません。そこが自分の限界でもあり、それ故に“最初に描かれるフーシのような”現状に甘んじているんでしょう。いやぁ痛い…痛すぎるぜこの映画。

自分のダメさが際立つ

僕はこの映画を観ていて、すでに(適齢期に結婚する、普通に恋愛するという)レールから外れてしまった人間は、結局「優しさ」で差をつけるしか無いんだな、そこでしか自分の優位を示せる場所はないんだろうと思い至りましたが、しかしそれもこの映画のように偶然の出会いが必要な上にフーシのような献身的な優しさがないとダメ、そしてさらにそこからまた積み上げる必要があるという事実を考えると、今まで以上に無理ゲー感強いなと改めて気が遠くなったんですが…。

おまけに僕は外見は若干フーシよりはマシだったとしても(もっとも“マシ”という考え方自体問題なのかもしれませんが)フーシのようにお金を持っていないのでさらにつらいという…。いや生きづらい世の中だよな、フーシ…わかるよ。わかる。

いやこうして「いかに自分が厳しい状況なのか」を確認して現状に甘えるのが正しくないのはわかっているんですが、どうしてもフーシというフィルターを通して落ちてくるのは「純度の高い自分のダメさ」だったりするので、余計に落ち込むというか…より鋭利な刃物的に刺さってくるんですよね。「フーシはここまで我慢して頑張ってるのにお前と来たらどうなんだ」って自責の念がすごいんですよ。観ている間。これには参りましたね…本当に観た日が良くなかったと思う。自分にとっては。

それだけ映画自体から受け取るものが多かったとも言えるので、他人からすれば「良いタイミングで観たね」って話なんだとは思うんですが。自分としては結構なつらさがありました。

まあ自分と重ね合わせて言ってばかりなのもまったく参考にならないので、今さらですが一般論として。

まず北欧の映画らしく、かなり地味な映画だとは思います。淡々としてるし、彼に起こる“事件”にしてもそこから劇的に変わることもなく、受け身で耐えるフーシの健気さばかりが目立って「おいもっと言い返してやれよ!」みたいなストレスも若干。

また相手となる女性も少しクセのあるタイプなので、「モテなそうな男が主人公の恋愛映画」というよりももっと深い、「恋愛を通して主人公の生き方について考えさせられる」ような…ドラマとしての側面が強い映画でもあるでしょう。

そこが良い映画だとは思うんですが、ただハリウッド系のわかりやすい映画とは対極にあるような、観客の内面で消化してそれぞれ解釈してね的なお話なので、ピンとこない人はまったくさっぱり面白さを感じられない可能性があります。それは良し悪しと言うよりは映画に対する期待の違いかなという気もするし、ジャケットが少しキュート感出してるだけに余計に「思ってたんと違う」となる人も多そうだしで、なかなか日本での売り方が残念な映画のような気はします。

余談ですがこれは「神様メール」に感じたのと同じような(売り方の)残念感なんですが、ヨーロッパ系の映画は配給会社の売り方に問題が多いんですかね? というかこうしないと売れない=観客が未熟なんですかね?

もうちょっと「その作品の魅力をそのまま伝える」形で売れるようになってほしいなと思います。このままだとどっちも不幸だし。

面白さよりも心に残る映画

今まで以上に自分語りに寄った非常に参考にならないレビューとなってしまいましたが、それだけ「刺さる人には刺さる」映画だと思ってもらえれば。

ただ点数はそこまででもないところからもわかる通り、少々盛り上がりに欠ける面はあるのであまり期待しない方が良いとは思います。「面白い」というよりも「心に残る」タイプの映画と言えるでしょう。

例えばハリーポッターシリーズなんかは(自分にとっては)「面白い」んだけどまったく心に残らないタイプの映画なので、そういう映画とは逆のポジションに位置する映画だよ、って感じですかね。ええ。

もしかしたらこの映画を観たことで、僕はある吹雪の日に無意味に車に乗り続けるかもしれない。そんな形で心の中に残り続ける映画でしょう。

家、埼玉だけどね。吹雪くことなんて無いけど。スタッドレスタイヤにしたことすらないけど。

ネタバレ書かずにいられない

エンディングが(結ばれるというわかりやすい形での)ハッピーエンドではない、というのがさすが北欧というか、アメリカ映画にはない展開でちょっと驚きましたね。そうかー、そうなるかーと。

お店まで用意してあげたフーシの献身っぷりとお金あまりっぷりに衝撃を受けましたが、それでも彼はエンディングでほんのり微笑んでいただけに…恋愛の成就以上に「自分が変わった」自覚が嬉しかったんでしょう。(多分)初めて海外旅行に行く、その行動力を手にした自分のことを、今までの自分よりも少しだけ認めてあげられたような。

なのでこの映画、本当は「恋愛映画」ではなく「自己成長映画」なんだと思うんですよね。一応ジャンル分けは恋愛映画にしましたけど。大事なのは恋愛じゃなくて、恋愛を通じて変化した自分なんだよと。

僕がさり気なく重要な気がしたのは、職場に行けなくなったシェヴンの代わりにゴミ処理場で働き出したフーシ(有給取って彼女のために他の職場で短期バイトする時点で献身性がすごい)が、そっちの職場の方が周りと打ち解けていた部分。

元々働いていた職場ではいじめられ、いじめが無くなると思いきや望まない善意の押しつけを喰らい、まあ良いことがなかったじゃないですか。

でもシェヴンの代わりに働いた職場では、飲みに誘われて最終日も(ゴミとは言え)プレゼントをもらったりちょっとした送別会みたいなこともしてもらってたし、簡単に言えば「ルッキズムとの戦いが無い、普通の同僚として扱ってもらえた職場」だったように見えたんですよね。おそらくは職場の特異性(あまり人気の職種ではない)故に元の職場よりも多種多様な人が集まりやすかった面があって、それ故にフーシも特段変わった目で見られなかったんじゃないかなと思ったんですが。

そういうことも(もちろん恋愛の経験も)あって、「自分を認められる場所がある・人がいる」ことを知ったことで今までよりも大きな自分の可能性を感じられるようになったお話なのかなと思います。

きっとフーシはエジプト旅行から帰ってきたら転職するんじゃないかな。それか元の職場の同僚ともっとうまくやるようになるか。

その辺考えるとフーシにとっては決して悪くない、むしろ良いお話なんですが、でもやっぱり…あれだけ尽くして報われない恋愛というのもまたかわいそうではありますね…。本当にフーシには幸せになってほしい。

このシーンがイイ!

エンディングかなぁ。「ほー、ここで終わるのかー」と思いつつ、最後の表情にいろいろ思うところがあって。

あと物語的にはどうでもいいけど回転寿司のシーンがあって新鮮でした。寿司だけに。

ココが○

結構明け透けに悲しみを見せてくれるんですよね。いかにもヨーロッパの映画らしい生々しさがあって。

どっちが良い悪いではないんですが、この地味でリアルな感じがアメリカ映画とはちょっと違って、そこに観る価値があるのではないかと。

もちろんアメリカの映画でもリアルな映画はたくさんあるんですが、それとは根っこにある悲しみが違う気がします。どことなく。まずこんな主人公で真面目な恋愛を扱った映画ってあんまり無いと思うんですよ。コメディならともかく。

ココが×

とは言えその分とっつきにくさもあるだろうし、スッキリする話でもないので人は選びそう。スルメみたいな映画だと思いますね。

MVA

フーシの親友がいい人だなぁと彼の存在にかなり救われたんですが、でもやっぱりこの映画はこの人でしょう。

グンナル・ヨンソン(フーシ役)

主人公。もうビジュアルのインパクトがすごい。

なんでも監督(兼脚本)さんがあて書きしたそうで、なるほどそれも納得…なんですが、ご本人は「あまりいい印象を持たなかった」のも納得せざるを得ないつらさ。

ただ静かに我が身の不遇を受け入れ、ひたすら献身的に生きる彼を見事に演じていたと思います。外見のインパクトと内面の静かさのギャップがすごい。

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